シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年07月24日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き。

 ☆  ☆  ☆

 グルーに機密情報を流していたのはヨハンセン・グループの首魁牧野伸顕と吉田茂である。
 牧野は昭和天皇の父親的存在、吉田はその娘婿。
 彼はヨゼフという洗礼名を持つカトリックシ信者で、イエズス会とも結ばれていた。
 (鬼塚英昭著『日本のいちばん醜い日』より)

 (なお、昭和天皇の父が、西園寺八郎という説もある。西園寺八郎については以下の話を抜粋紹介する。

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 その中で年月不詳というのがあって、島津治子の話があって、この島津治子というのは貞明皇后の女官を長く務めたんですけど、主治医が亡くなった後に、貞明から女官を去るように言われまして、去った後に民間宗教に凝り固まって妙な言動をする女なんです。

 そのことを木戸幸一が書いていて、年月不詳という中にこう書いてます。『大正天皇の侍従の指令-貞明皇后のお相手八郎のこと』。『貞明皇后のお相手八郎のこと』とは西園寺八郎のことです。その西園寺八郎は隠れた重要な人物で、ちょっと余分なことを喋ります。

 長州藩に徳山藩というのがあるんですけど、長州は萩が本家で(徳山藩はその)分家なんです。そこに毛利元徳(もうりもとのり)という分家なんだけれども一応城を構えた殿さまがおりまして、その殿さまの八番目に生まれたから毛利八郎といいます。その毛利八郎が本家の毛利頼近の養子になります。ま、形でしょう。

 で、頼近の息子として、形式なんでしょうけど、西園寺公望の養子として西園寺八郎となる。西園寺公望は女房がいませんでしたけれど、子どもを儲けていたんです。新子といいます。その新子と西園寺八郎が結ばれるんです。

 ちょうどその頃に、西園寺八郎は子どもの時から大正天皇と同じ学習院の同期で幼友達なんですが、大正天皇は子種がないので結局ある筋から西園寺八郎に「お前が強引にやってこい」と、で、西園寺八郎は命令されるがまま貞明とチョメチョメしまして、まチョメチョメという言葉はどうでしょうか、チョメチョメしまして子どもが生まれます。それが昭和天皇です。

 ◎私見では昭和天皇の母親は貞明皇后ではない。昭和の闇の本質は昭和天皇と秩父宮の確執ではなく、長州を後ろ盾にする昭和天皇VS極端な長州嫌いの貞明皇后の確執だと思う。これが昭和最大の分水嶺2・26事件を引き起こす。

 貞明皇后は田布施村政権を佐幕派に大政奉還しようと図り、樺山愛輔を二度も駐米大使・松平恒雄が駐在するワシントンへ往復させて、松平容保候の四男である彼の娘を秩父宮の妃に貰い受けた。貞明皇后が秩父宮を皇位につけようとした動機は盲愛ではないと私は思う。彼女の言動からは意思がはっきりしていて正義感が強い人となりが伝わってくる。

 笠原和夫は2・26は第二の壬申の乱と言ったが、私は2・26は第二の戊辰戦争であると考えている。そして田布施村王朝を転覆させようとした貞明皇后は、戦後心臓麻痺で急死している。私は吉田茂と昭和天皇が暗殺したと考える。白洲次郎は戦後は暗殺工作から身を引いている。

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 以下も抜粋紹介。)

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 これこそ日本民族にとって本筋の問題でなければならない。ガーター勲章とガーター騎士段が、ここで想起される。

 明治天皇は、日露戦争後まもなく、英国王エドワード七世カラ、ガーター勲章を授与され、ガーター騎士団、またはガーター結社の中に組み込まれている。しかし明治天皇はそのことが
いやでたまらない。そしてそれから五年後に崩御された。

 大正天皇がガーター勲章を授与された年月は分らないが、いずれにしても、大正天皇の心身の状態では、そのことの意味を十分理解して判断するに至らなかったであろう。

 昭和天皇はどうか。三代目にして、ついに英国ユダヤ・イルミナテイは、日本の皇室を決定的に自覚的に取り込むことに成功した。大正十年(一九二一年)皇太子時代の英国訪問、そして一九二九年(昭和四年)、昭和天皇に対してガーター勲章が与えられる。


 しかし、単なる書家の域にはまる人でもなさそうだ。この書に深く内臓されているものを読み解いていくと、このときすでに西郷の心において、「天皇=日本」の構図は崩壊していたと、草森論文は解する。

 『わが忠誠は「日本」にこそあり、腐臣のたむろする皇室には反逆の剣を差し向けるという意味に豹変している。天皇=日本の構図が西郷の中で崩壊しているのである。愛するのはただ日本、皇室に対しては刃を向けようとしていたことになる』
 (草森伸一『汗血の飛沫ー幕末の人と書 西郷隆盛』)

 西郷隆盛は、明治維新第一の功臣であるのみならず、当時の日本におけるただ一人の「陸軍大将」だ。その西郷が、「腐臣のたむろする皇室に反逆の剣を差し向ける」「わが忠誠は『日本』にこそあり」と、すでに明治六年、意を決していたという。これは、どうでもいいような歴史上の些事ではあり得ない。

 『だが、その「天子」と皇族が、それを欺く政府の「姦謀」が、ともに相寄って自ら国を亡ぼそうとしているとすれば、この事だけはどうしても赦すことができない』(江藤淳『南州残影』)

 昭和天皇は二度、陸軍と激突し、二度とも陸軍をねじ伏せ手勝利なされた。
 一度目は既に述べた二・二六事件。このとき、米内、山本五十六を長とする海軍は、昭和天皇を支え、陸軍との内戦を辞さずとの態度をとった。

 そして二度目は、昭和二十年八月、ポツダム宣言受諾と降伏を阻止しようとする、陸軍クーデターである。このときも、米内を長とする海軍首脳は、昭和天皇の側に立って陸軍に対抗した。この成り行きは偶然だろうか。

 二・二六も八・一五もヤラセのクーデターである。前者の主謀者は昭和天皇と秩父宮、後者の主謀者は昭和天皇と三笠宮。ヤラセであるが前者では実際に股肱の老臣たちが虐殺され、後者では森近衛師団長が虐殺されたのでクーデターだと信じられている。

 昭和天皇の庇護者・ヨハンセングループの首魁牧野は事前に逃げおおせている。陸相阿南惟幾の自決はヤラセにリアル感を持たせるために要請されたものである。阿南が自決間際に「米内を斬れ!」と叫んだ気持ちはそういう事情から忖度されたい。(鬼塚英昭氏前掲書より)

 ユダヤ・イルミナテイ三百人委員会世界権力は、昭和二十年八月十五日の敗戦後の日本を、ちょうど、蜜蜂の群れのようにして、そっくり手に入れる琴に成功した。見事に成功したと言うべきかもしれない。女王蜂=昭和天皇の身柄を彼等の手中に確保したのだから。

 女王蜂としての皇室を、彼等の目に見えない牢獄の奥まったところに収容したとすると、一億の日本国国民は働き蜂よろしく、自動的にイルミナテイの監獄の中に安住した。これが戦後五十余年の日本である。この巧みさ、その手回しの良さには、敵ながら感嘆してしまう。

 ザビエル以来四百五十年、彼らは一日たりとも無駄には過ごしていない。理想的な「蜂の秩序」が、敗戦後の日本に構築された。これこそイルミナテイが、二十一世紀に完成しようとする世界人間牧場の雛形だろう。事態が彼等のこの筋書き通りに展開する確証もないが、しかし日本民族に関する限り、本質の一面を捉えてはいる。

 (働き蜂というより働き蟻によく喩えられるが、ワーカーホリックであることにかわりはなく、日本人は奴隷のように働く。)

 だがそこにそこに至るまでには二つの条件がある。一つは、日本の皇室が今後ともイルミナテイの傀儡であり続ける、すなわちイルミナテイの手中の女王蜂として留まること。

 もう一つは、さらにこのイルミナテイ三百人委員会のエージェントとしての皇室の正体が、日本国民に知られないままであること、つまり、今後ともずっと半永久的に、少なくとも日本民族が完全に滅亡してしまうまでは、日本国民がイルミナテイの仕掛けたこのからくりに気づかないことが条件になる。

 果たして、この二つの条件はこのまま満たされるのだろうか。
 少なくとも私は皇室の正体を、すでに明確に白日のもとに曝け出している。
 日本民族がやがて目覚め、イルミナテイの陰謀を木っ端微塵に砕く日が来ると私は信じている。

 以上、太田龍『天皇破壊史』より順不同に抜粋しました。

 ☆  ☆  ☆

 今上天皇の平和憲法が改憲されるときに、それは明らかになるような気がする。平和憲法とともに、皇室も滅亡の道に陥るだろう。





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Last updated  2013年07月24日 16時42分58秒
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