シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年08月28日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前からの続き。

 ☆  ☆  ☆

セッション527……1970年5月11日(月曜日)午後9時12分

 多くの人が、魂を、永遠不滅性を賦与された自我である、と思っています。それは貴方がたの知る自我は、本当の自己の小さな一部にすぎない、ということを、貴方がたが忘失しているからなのです。

 よって、この人格の小さな一部が、いわばただ先へ先へと際限なく投射されるもの、と考えています。貴方がたが忘失しているからなのです。

 貴方がたの現実の可能性がほとんど理解されていないため、貴方がたの概念も限定されてしまうのです。「永遠不滅性」を思いやるとき、どうも人類は、そのまま自我が(自動的に)発展していくことを望むようですが、そのくせ発展にはつきものの「変化」に関しては否定的です。

 魂のなんたるかを自問することもなく、宗教心から自分には魂なるものがあると信じる人々もいます。魂を重要視している場合もしばしば見受けますが、そこでもまた、魂は自らの所有物と見なされています。

 (魂をモノ的に捉えている。)

 さて人格は、たとえそれが貴方の既知の部分であっても絶えず変化しているのですが、それは必ずしも予測できる変化ばかりであるとは限りません。事実、思いがけない変化も起こります。



 (習慣の奴隷になっている。)

 そうした変化のパターンは、貴方がた本来の自己の探求を阻止します。しかも、貴方がたはこうした歪(ゆが)んだ見解を、魂の現実についての概念にまで投影します。つまるところ、魂を誤った概念のもとに見ているのであり、死を免れない自己についての本質さえも取り違えているのです。

 おわかりでしょうか。死を免れない自己は、貴方がたが理解されているより遥かに素晴らしく、奇跡的とも言える部分で、思いもよらぬ絶大な能力を秘めているのです。

 今のところ貴方がたは、死を免れない自己について取り上げても、「自ら」の知覚力さえも理解できていないのですから、ましてや「魂」の知覚力の理解にも到達できません。

魂とは、何よりもまず知覚し、創造するものなのです 。

 貴方がた自身が魂であることを、いまここで再認識してください。つまり、貴方の内側にある魂が、いまここで知覚を行っているのです。魂による知覚の方法は、現在も、貴方が物質界に誕生する以前も、また物質界から死去した後も、変わることがありません。

 ですから、 貴方の「内なる自己」である魂という代物は、基本的には肉体の死の後でも、その性質や知覚の方法などを急激に変化させたりはいたしません 。

 従って、貴方がたは、今ここでも魂の知覚力に気づくことができるのです。魂は、貴方がたの死を待って出迎えてくれるものでもなければ、損なってはならじと守ったり、購えたりできる性質のものでもありません。魂は、貴方がたが失うことのできないものなのです。

 「魂の喪失」であるとか「魂の救済」といった表現は、ひどく解釈を誤ったか、あるいは歪曲された解釈の結果と申せましょう。なぜなら、魂とは貴方がたの一部であり、永劫不滅のものだからです。特にこうした概念については、本書でも宗教や神の概念を扱う章において、より深く掘り下げていきたいと思います。 

 貴方が知る自身の人格、つまり貴方自身が最重視し、最も自分らしい「唯一の我である」と考えている部分もまた、決して破壊や消失の憂き目に遭うことはありません。その自分も魂の一部であると同時に、決して魂によって食いつくされたり抹消されたり、意のままにされてしまうものではありません。

 また、別の面から見ると、魂から「自分」が離れることも断じてないのです。しかし、「自分」は貴方がたの魂の一局面にすぎません。個としての貴方は、貴方自身がどう考えるにせよ、貴方の合意の内に存在し続けるのです。

 個としての自己は絶えず成長し進化しているのですが、それには自らが他から識別可能な、個性ある独自の存在であることを自覚しつつも、一方では魂の1つの表現にすぎないことを理解しているかどうかが大きく関わってきます。

個としての自己が、このことをある程度理解してくると、創造性を開花させたり、自身に本来備わった能力を使うことを学び始めます 。



 ところが、そうした喩え話のような単純化のなかにこそ、危険が潜んでいるのです。貴方の現在の人格、過去における人格、そして未来における人格―貴方がたが理解できる時間の概念に則した表現―は、全てみな魂、しかも他でもない貴方の魂の表出なのであり、紛れもない真実なのです。

 (思い込みが自己をつくっている。)

 従って、貴方の魂、貴方がその一部となる魂は、貴方がこれまで想像してきたよりも、遥かに創造性に富んだ奇跡的な現象なのです。しかし、そのことが明確に理解されていなかったり、先にも述べたように、そうした概念が簡略化の名のもとに骨抜きの状態になっていた場合には、魂の強靭な生命力を理解することは到底できません。

魂は、そうした他の全ての人格による体験の一部である叡知や情報や知識を有しています 。

 そこで貴方は、自らの現実の真の本質を自覚してはじめて、貴方の内にある情報に接することができるのです。

 再度、繰り返して申しあげますが、そうした人格はそれぞれが自立し、魂の一部として、魂のなかに存在しています。そして、それぞれが何ものにも制約されることなく創造に励み、進化し続けているのです。

 それでも、それら人格の間には内なる意思疎通が存在し、1つの人格の知識は他の全ての人格にも入手可能となります。それも死を迎えた後ではなく、貴方の今この瞬間にも可能なのです。

 さて、先にも述べたように、魂そのものは静的なものではありません。魂は自らを構成するそれらの人格の体験さえも通して成長し、進化できるのです。しかもなるべく簡潔に申しあげるなら、魂とはそうしたあらゆる人格の総和以上の存在です。

 さて、現実には、閉じた体系というものは存在しません。貴方がたは敢えて、付与された「場面」の範疇に焦点を合わせることを決めているため、その物質体系下では、貴方がたの知覚が、現実についての概念をある程度限定されたものにしています。

 しかし意識は、根本的に決して閉じた体系ではあり得ず、そうした性質に登場する障壁は全て幻影なのです。従って、魂自体も閉じた体系ではありません。しかしながら、貴方がたが、魂に思いを馳せるとき、大抵は、不変の、霊的な、もしくは精神的な砦というような見方をします。

 そこで貴方がたが思い描いているのは、侵入者を締め出すだけでなく、発展拡大や進化をも拒む砦に他ならないのです。

 このように、魂については、言葉による表現が極めて困難な事柄が沢山あります。なぜなら、貴方がたは、自分という個性ばかりを気にかけるあまり、例えば、自らの魂が開いた体系であり、なおかつ、あらゆる方角に創造的エネルギーを放射している超自然的な動力源である、という概念について、それが真実であるにも関わらず、抵抗を感じているからです。

 再度申しあげますので、忘れないでいただきたいのですが、貴方の現在の人格は断じて損なわれることはありません。さて、魂を表わす今1つの呼び名が「存在」です。

 魂、すなわち「存在」についての定義づけを試みるのが決して簡単ではないことは、貴方がたにもおわかりでしょう。それは、その論理的意味で捉えられる時でさえ、精神的、霊的、あるいは電磁気的な観点からの理解や、意識や動きの本質についての基本的理解が要求されるからです。

 しかし、貴方がたは、魂、あるいは「存在」の本質を、直感的に見出すことができます。そして直感的な知識こそ、多くの場合において他の如何なる種類の知識より秀でているのです。

 魂を、直感的に理解しようとする時に不可欠な条件は、それを成し遂げたいという願望です。 もし、その願望が充分に強いものであれば、鮮烈で紛れもない自覚的知識に至る体験へと、無意識のうちに導かれていることでしょう。実際、それを可能にする方法は存在します。私は本書のおしまいのほうで、その方法を開示させていただくつもりです。

 取りあえず今は、ここで非常に効果的で簡単な練習を1つ紹介させていただきましょう。この練習は、やり方を読まれてから目を閉じて行ってください。では、自分自身のなかに、呼吸や生命力が湧き出てくる、力の源があるのを感じてみましょう。

 これを最初から上手になさる方々もいれば、少し時間をかけてうまくいく方々もおられます。内側に、この源の存在を感じることができたなら、次に、その源から力が外に向けて流れ出し、体全体を満たすのを感じます。

 その力は、貴方という中心から指先や爪先、さらに体じゅうの毛穴を通って光となって放出され、四方八方に広がっていきます。放射された光線は弱まることなく周囲の緑を通って上空の雲に達し、一方では地球の核にも至るのと同時に、宇宙の果てにまで届くのです。

 さて、この練習は単に象徴ではありません。まずは想像するところから始まってはいますが、これは真実に基づいたものです。貴方の意識の投射や、魂から発せられる創造性は、その練習通りに、紛れもなく外界に達しているのです。

 この練習は、魂の真の本質、創造性、生命力についての概念を示しています。貴方は、魂から自己のエネルギーを引き出すことができるのです。貴方はまたそうした魂の個性であり比類なき一部でもあるのです。

 さて……この議論は、貴方がたの日常生活に実際上あまり意味のない、秘儀の開示を意図したものではありません。貴方がた自身の現実について限定された概念を持ち続けている限りは、実際に自身の多くの能力を活用できない、というのが真実なのです。

 同様に、魂に関して限定された概念を持ち続けているかぎり、自らの存在の源や創造性からの乖離(かいり)をある程度余儀なくされてしまうのです。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年08月28日 14時34分38秒
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