シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月03日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き。

 ☆  ☆  ☆

  さて……このような案内役を務めるには、多くの修養や訓練が要求されます。

 例えば、案内人として、いまお話したような出来事を体験する前に、私は幾つもの転生のなかで、毎日の睡眠時に、案内を得意とする教師のもとで、案内を学んでいました。

 創り出された幻影のなかで、一時、自分自身を見失ってしまうような可能性もあり、そうした場合は、師に救い出してもらわねばなりません。あまつさえ微妙な精神の過程を、細心の注意を傾けて綿密に調査することも求められます。

 巻き込まれる幻影のバリエーションは無限に存在します。例えば、死者が生前心底慈しんでいた亡きペットの動物に、姿を変えることもあり得るのです。

 そうした幻影を伴う活動は全て、死して間もない時期に起こるのが普通です。なかには死後、自分の置かれた状況を充分に把握できる人もいますが、それは生前、それなりの修養を積んで進化を遂げている場合であり、そうした人は望めば、休息を経た時点で次なる段階に進む準備が完了したことになります。

 そのような人は、例えば別の転生での人格も認識でき、そうした転生で出会っていた人格存在も容易に認識できるようになります。ただし、それらの人格存在が、既に別の何かに意識を集中している場合は、認識できない場合もあります。

 また、当の人格存在は、その時点で故意に過去世の特定部分を幻影で形づくったり、「追体験」を選択するかもしれません。それから自身を見つめ直す内観の時期があり、いわば弁明や申し開きの機会とも言えるその時に、自分の行い全てと能力や弱点を見つめたうえで、再び「物質存在」に戻るかどうかを選択します。



 しかし、そうした人が既に他の段階での活動へと進んでしまっている例も少なからずあり、その場合にはしばしば案内役が親しかった人の姿を一定期間まといます。そうすることで、貴方がたとの間に確かな信頼が成立するからです。

 こうしたことが必要となるのは、言うまでもなく生前大抵の人が、肉体を離れることは不可能なのだから、体外離脱などできるわけがない、と決めつけているからなのです。死者が、死後において遭遇する状況を理解するには、言葉による説明よりも遥かに体験のほうが効果があります。

 (百聞は一見にしかず。)

 覚えておいていただきたいのは、 貴方がたの物質存在は、ある意味では集団的な幻影の結果である、ということです 。ある個人の現実と、別の個人の現実との間には、大きな隔たりが存在するのです。

 死後の体験には、現在の貴方がたが知る体験に匹敵するほど、極めて複雑に入り組んだ構造があります。それが何であるか、を気づいていないのは当人だけで、現在の貴方がたにも一人一人に関わる幻影があるのです。

 これまで論じてきたような幻影、すなわち鮮烈な象徴的存在(モーゼ等)との遭遇は、睡眠の最中にも起こり得ます。それは、人格存在が大転機を迎えようとしている時、または対極の概念同士が統合されなければならない時、あるいは一方が他方に道を明け渡さなくてはならない時に起こります。

 そうした邂逅は、生前に起きようと、死後に起きようと、精神的にも霊的にも非常に感動的で意義深い出来事となります。

 そうした出来事は、夢のなかで起こりながら、魂の進化の流れを変えることさえあります。死を迎えた人のなかには、自分の(生前の)人生を、動物として視覚化する人もいます。

 そういった葛藤や邂逅は、絶大な効果をもたらすことになります。なぜなら人は、自己の全てを受け入れる必要があるからです。

 この場合、その幻影が、自分が、その動物(人生)に乗っている光景、動物(人生)を飼い馴らしている光景、動物(人生)を殺している光景、動物(人生)に殺されている光景、その動物(人生)と仲良くしている光景などのうち、どの状態で終わるにしても、それぞれの選択肢は……一つ一つ慎重に検討され、その結果は当人の今後の進化に大きく関わってくることになります。



 このやり方が、全ての人に適用されるわけではありませんが、時として、このような一連のエピソードが求められることもあります……。

セッション537……1970年6月24日(水曜日)午後9時24分

 ルパート(霊媒)の生徒のどなたかが、「死後まもない体験には、何か系統だてられた構造のようなものがあるのか」という質問をされていたようですが、多くの方々が同様な疑問を抱かれていると思いますので、ここで説明しておきます。

 まず、私がこれまでに述べてきたことからも、死後の現実が1つではなく、そこでの体験もそれぞれ異なっていることは明白です。しかし概して、そうした個人的体験が落ち着く次元というのが存在します。

 例えば、亡くなった後も過度に物質的現実に意識を集中していたり、一定の回復期間や休養期間を必要とする人に関しては、最初に通過すべき段階があります。この段階のために、病院や療養所(訓練施設)が創られています。そこに収容される患者は、自分に患う部分などないことを理解していません。



 かような患者には、様々な霊的な治療が施され、自分の容態が、自らの信念によってもたらされたことを諭されます。

 さて、この特別な期間を通過する必要のある人は多くありません。そうした病院や訓練施設は、もちろん貴方がたの言う「物質的な事物」ではありません。実際それらの施設は、死者に必要な計画を実践している案内人たちによって、往々にして一纏めに維持されているのです。

 これを集団幻影と呼ばれても結構です。しかしそうした現実に直面した人々にとって、そこでの出来事は極めてリアルに感じるのも事実です。

 訓練施設においては、当人の理解力や知覚力に応じて、現実の本質についての説明がなされます。少なくともそこでの最初の時点では、当人にとって親しみのある譬え話が用いられる場合がありますが、その後は徐々に省略されていきます。

 また、それらの施設には、物質的な環境へ戻ることを選んだ人々のための教室があり、後々役立つ指導が行われています。

 言い換えれば、そこで学ぶ人は、感情や思いを物質的な実在に置き換える方法を教わるのです。そうした思いの発端と、その実現化との間には、3次元体系にあったような時間によるズレは存在しません。

 (思ったら即座に実現する。)

 以上が、大体1つの段階の枠内で起こります。しかし、私が、問題をある程度簡略化して述べていることをどうかご理解ください。例えば、そうした期間を体験しない人もいるのです。

 ですが、それはこれまでの転生での成長と進化の結果であって、訓練施設を必要としない人は、より意欲的なプログラムを開始する準備が既に整っている人なのです。

 さて、そうした成長や進化についてはこれまでにも述べてきました。読者の方々は、自らの超自然的能力におそらく少しも気づいておられないため、自分は、当面、死後の訓練として、長期の訓練施設滞在の羽目になるのかと思われるかもしれません。

 取り急ぎ申しあげますが、そうした超自然的能力全てが、意織的に生じるとは限りません。ただ、それらの多くは貴方がたが自覚していない睡眠状態にあって発揮されているのです。

 さて、貴方がたは死を迎えても、自分の死を認めることを真っ向から拒み、生前知っていた人に感情的なエネルギーを集中し続ける場合があります。

 例えばもし生前、何らかの計画に取り憑かれていれば、それを貫徹しようとします。そこには常に案内人が赴き、置かれた状況をより正確に理解できるよう手を差し伸べてくれるでしょう。しかし、貴方がたは案内人の忠告に耳も貸さないほど、自らの執着事に専心没頭している場合もあるのです。

 さて……幽霊と呼ばれる存在については、別に論じる機会を作ることにいたします。物質的現実への感情的な思い入れ、つまり執着があまりに強い場合、貴方がたの進化はそこで停滞します。ここではそのことを述べるのみで充分でしょう。

 意識が肉体を離れ、そのまま時が経てば、むろん意識と肉体との繋がりは断たれてしまいます。体外離脱の場合には、その繋がりは維持されています。さて、死を迎えた人でも死の体験を全く誤解し、もう一度もとの肉体に入ろうとする場合があります。

 その人格存在が、肉体像のみを自己として信じて疑わなかった場合には、こうした事態に陥る可能性があるのです。

 これはさほど頻繁に起こることではありませんが、それでも、そうした人は様々な状況のもとで、肉体の機能を再度動かそうとします。それで思うようにならないことがわかると、更なるパニック状態を来すことになります。

 また、なかには、死後の自分が意識体であることを自覚しておらず、弔問客が去った後まで長いあいだ自分の遺体にすがって泣く人もいます……そうした事態が起きるのは、例えば当人が長く病床にあったり、修復できない臓器の損傷があったなどという場合です。

 かような人は、まるで骨をくわえ、振り回している犬のように見えます。一方、肉体と意識を完全には同一視していなかった人は、比較的容易に肉体を後にできます。

 奇妙なことに、生前自らの肉体を毛嫌いしていた人ほど、死の直後には、その肉体に強く惹かれるようです。

 こうした全ての情況は、亡くなった当人によって起きたり起きなかったりします。しかし、物質的肉体から離れた直後に、貴方がたは別の体をまとっていることに気づくでしょう。その体は、体外離脱して動きまわる時にまとうのと同じ種類の形態です。

 そして読者の方々に再度申しあげますが、貴方がたは毎晩の睡眠中、しばらくの間は体外離脱の状態にあるのです。

 この形態は物質であるかに見えますが、物質的肉体をまとっている人には普通は見ることができません。その形態をまとった貴方がたは、夢境でできることなら何でもできます。従って空も飛べますし、堅固な物質であっても通り抜けできます。

 また、その形態は直接貴方の意志で動かせるので、ある1つの場所から別の場所へと、その2つの場所を思い浮かべるだけで移動できます。

 もし、ニューヨーク州のポキプシー市にいるサリー叔母さんは今頃どうしているかな、と思われたとしますと、貴方は既に、その場所におられる、といった具合です。ところが、通例、その状態では、物質を動かすことはできません。

 つまり卓上ライトを持ち上げたり、皿を投げたりはできないのです。かような体は即座に貴方のものとなりますが、貴方がまとうことになる形態は、それだけではありません。実際、その形態は新しいものではなく、現時点でも貴方の物質的肉体と重なりあって存在しているのですが、それを知覚していないだけです。

 死が訪れてからしばらくの間は、それが貴方に認織できる唯一の体となります。

 ☆  ☆  ☆ 

 次回に続く。





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Last updated  2013年09月04日 08時37分11秒
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