シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月25日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き

 ☆  ☆  ☆

知るということ 5 [ラムサ―真・聖なる預言]

 脳下垂体は大変小さな、しかし素晴らしい分泌腺で、これを「第3の眼」と呼ぶ人も沢山いる。でも、第3の眼はない。頭のなかに、第3の眼を入れる余裕もない。脳下垂体は眼のような姿さえしていない。

 洋梨のような形をしていて、小さなほうの端には口のような部分があり、それはまるで花弁のようにみえる。貴方の脳は、この強力な分泌腺によって、複雑なホルモンの流れを司るシステムを通じ、支配され制御されている。

内分泌腺である脳下垂体は、ホルモンを分泌し、そのホルモンが脳全体を流れ、もう一つの内分泌腺の、(脳下垂体近くの大脳の基底部の脊椎の上に位置する)松果体の口のような部分へと流れていく。

松果体は、想念を増幅して全身に送ることができるようにする機能を司っている。脳下垂体から松果体へのホルモンの流れが、異なった思考の波動を受け取る様々な脳の各部を起動させる働きをするのである 。

身体の諸機能は、内分泌腺から血液の中に流れ出すホルモンにより調和を保っている。その調和を保つのが松果体の役割だ。松果体は、ホルモン型の分泌腺を起動させ、互いにバランスをとりながら各々のホルモンを分泌し、「ホルモン・バランス」と呼ばれるものをつくり出すのである。

そのバランスの水準は、松果体が受け取る集合思考の波動により決まる。思考の波動が高ければ高いほど、化身全体のホルモンの流れも多くなる。また、波動が高いほど、松果体は脳下垂体の働きを促進し、そのホルモンの量を増やして、今度は更に高い波動の思考を受け取るよう脳を活動させるのである 。

 「意識の流れ」からの想念は、貴方という存在のなかで、どのように実現するのであろうか?

 想念がオーラを通ってくるとき、オーラはそれを定義するわけではない。想念に価値判断を下したり、変えたりせず、無限の状態のままで通す。やってきた想念が脳に到達すると、まず大脳の左上部、知性(あるいは理性)の機能に宿り、「変性自我」が表現されている場所に移動する。

 さて、では「変性自我」とは何だろうか?

 人間としての体験から得られた叡智が、魂に蓄積され、脳の知性部を通して表現されるもののことである。神なる人間が、ただ生き残る生物として、社会意識の影響下で生きるときの価値観の総体といえる。

 そして、その世界観は、身の安全という概念のなかには収まりきらない、つまり生存を確実にするのに役立たないような思考の波動は受け容れを拒んでしまう。「変性自我」とは、化身のうちで更に大きな気づきを得るために、全ての想念を受け容れ、それを心に抱くことを拒否する姿勢のことなのである。

 「変性自我」によって脳の中に入ることを許された想念の波動は、電流に変換され、脳下垂体が起動させた、波動を蓄積する役割を持つ部分へと送られる。脳のその部分は、その電流を増幅し、松果体へ送る。

松果体は、貴方の中枢神経を司っている。松果体は、個々の思考の波動を集め、それを更に増幅し、思考の電気的なハイウェイとして脊髄のなかを走る中枢神経に送り込む。松果体からきた電流は中枢神経内にある液体(これは水である)を伝わり、脊髄を通り、そして個々の神経から全身の一つ一つの細胞へと伝えられていく。

知るということ 6 [ラムサ―真・聖なる預言]

 さて、身体の中の個々の細胞には、血液を通して行われた食物摂取の際に、酵素の働きで得られた気体が供給されている。想念からの電流が細胞組織に入るとき、それは火花のような光として入っていく。この火花が細胞を「燃焼」させ、それが気体を膨張させる。これが、細胞分裂を通して、細胞の自己複製を可能にする。



 想念は身体中のあらゆる細胞にいきわたるので、その電気信号に対しては全身が反応する。 全身が反応する!

 こうして、あらゆる細胞を通して体験される想念の結果、あるフィーリング、感触、感情、あるいは「体を走る感じ」というような情緒をつくり出す。そして、そのフィーリングは魂に送られ、記録される。

 貴方の魂は素晴らしい記録装置で、貴方の化身の内で感じられた全感情を極めて科学的に記録する、全くのバイアスのないコンピュータなのだ! 

 感情を何か感じるとき、貴方が感じているのは、想念が、貴方という存在のオーラに衝突し、脳を通して受け容れられ、中枢神経系を通って、全身に送られ、身体中の細胞に、「感じ」を発生させた総体なのである。



 記憶には大きさというものがない。それは1つの実体といえる。記憶は視覚的な記録ではない。それは感情の記録なのである!

 視覚的なイメージをつくり出すのは感情なのである。魂は、記憶のために、画像や言葉を記録するのではなく、その画像や言葉のもたらす感情を記録する。

 魂は、全身で感じられた思考によりつくり出された感情を受けて、記憶の中から、それと似たものを探す。脳の理性、知性と呼んでいるものが、その感情を描写するのに、使える言葉を探し、選ぶのだ。

 記述できることは全て、体験に基づくある特定の感情と結びついている。皆が花を花として知っているのは、花についての感情面の体験がある御蔭である。象徴名が「花」という構造物を見て、それに触れ、香りを嗅いだり、身につけたりした体験があるから、花は、ある特定の感じをもたらしてくれる。

 絹を絹として知っているのは、特定の感覚や感情的体験が、それと結びついているからであり、それが「絹」という理解を生じさせる。魂は、それを記録し、そして記憶にある、これまで体験した思考の中から、それと似た感情を探す。そして、その情報を、脳に送り返し、その想念は、実感された化身全体を通して、その全てが理解されたことを伝えるのである。

思考はただ脳だけで実感されるのではない。それは全身で実感される!

 脳の理性は、感情の後に起こるものに他ならない。どんな思考であっても、まず感じられるまで、それが知られることはない。感じられて、初めて、それは1つのアイデンティティを持つ。

 ある想念を知ることは、まずそれを脳の中に受け容れ、感じるのを自分に許す、つまり全身でそれを体験することなのである。

知識とは、あることを証明するものではなく、あることを感情で確かめることなのだ!

 (ブルースリーで有名な「考えるな、感じろ」とは、「証明するな、感情で確かめろ」という意味に置き換えられる。)

一度、感情を自分の内に持てば、貴方は「それを知っている。その感じがある。」と言えるのだ!

わが愛する兄弟たちよ、貴方たちの内にこそ、全ての知識への扉がある!

 貴方の内面で燃える炎は、あらゆる微小な原子、あらゆる巨大な星、あらゆる細胞などを持つ生き物、つまり万有の内にメラメラと燃える炎と同じものなのだ!

 全く同一の火なのである。全ての生命と1つである、という貴方の状態は、光の原理を通じて実感される。魂にある感情に、信を与える光とは、花々や、星や、その他万物万有に信を与えるのと同じ光だからだ。

 だからこそ、貴方は自分の内に万物万有を知る力を有しているのである。何であろうとも、それを知る、ということは、意味もない難解な言葉に包まれた知性の美辞麗句を通して理解することではない。

 花を知っている状態というのは、内面の存在が、感情を通して到達するものなのである。何かがどう考えているかは、それが発する波動、すなわち感情を通して必ずわかる。何かを知りたいなら、必要なのは感じることだけである。そうすれば、貴方はいつも絶対に正しいだろう。

 (古代、詩は、知性そのものといわれたのは、感じることを基本にしていたからだとわかる。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年09月27日 08時59分34秒
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