シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年11月14日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 巷のマスゴミの百済ない洗脳報道を鵜呑みにするアホがまだまだこの国には多いことが、偽装だらけの詐欺だらけ怠慢腐敗魂の守銭奴が多いことからわかるが辟易してしまう。

 「一流ホテル」といわれてきた連中が偽装していた、というのは、洗脳が広く、この国に浸透してきた歴史を物語るものでもある。なにが「一流」なのか、何をもって「一流」なのか、物質文明をつくった西欧の連中の精神など、外見を取り繕うだけで、このように中身は空っぽであることが、西欧に追従してきた家畜国家日本の現状から窺い知れるところなのである。

 つまり単純な話、ニセモノということである。一流風の格好をしているだけで、聖書に書かれたユダヤ人の振りをしている偽者であるということである。単なる一流風のモノマネにすぎない。コピーをつくっているだけである。

 さて、このような偽装が物質文明崩壊の序曲とともに次第に明らかになってきているが、そのことを端的に現わす格好の書をみつけたので報告したい。

 それは以下の「医学不要論」である。

医学不要論
http://www.amazon.co.jp/%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%B8%8D%E8%A6%81%E8%AB%96-%E5%86%85%E6%B5%B7-%E8%81%A1/dp/4883205851

 この書は、西欧医学がいかに偽装治療で金儲けしてきたかを告発するもので、これまでなぜ、このような重要な議論が出なかったのかの不思議さを気づかせてくれるものでもある。

 目に鱗という本である。この本の主張を一言でいうならアロパシーはニセモノということである。かといって、巷に流れているホメオパシーも高額の費用がかかるというような嘘が多いことも確かである。



 だから、治療というのは本来無料でなされるものである。それは患者本人が改心することで、治るからである。医師は、そのことを助言するにすぎない。だからカネを介在させた時点で、それはニセモノということなのである。そのカネを介在させたのが、アロパシーの詐欺手法である。治る気のない人に治すなんていうのが詐欺である。

 このアロパシーの遣り口を簡単にいうと、病気を悪とし、仮想敵をつくりだして、撃退することで、本来無料の治療行為に金銭を介在させ、経済行為にしていることに根拠をおいている。つまり、戦争屋の手口と同じで、古くはアベルを殺したカインの手口、妬みにある。

 アロパシーというのも結局は、自然治癒力を反対方向から刺激しているにすぎなく、本質はホメオパシーなのである。

 だから、ホメオパシーであることを隠すために、仮想敵をつくり、撃退したという物語で洗脳し、金銭を巻き上げるわけで、全くの詐欺行為なのである。

 しかし、残念ながら、物質文明の興隆により、ほとんどの人は洗脳されてしまっているので、麻薬のようなアロパシーから抜け出すことはなかなか困難であるのが現状といえるだろう。しかし、その物質文明はニセモノの暴露とともに、終焉を迎えつつある。

 所詮、ニセモノの医学では、ヒポクラテス、パラケルススの書を読み解くことはできない。ということは、現代の医学が、わずか数百年の経験にしか基づいていないことを意味し、唯物論に限っていえば百年そこそこの経験論にすぎない。だから物質文明がはじまって起こった肉体を主とした、主に外科的な病気しか治療の意味をもたないのである。

 しかし、そこには重大な欠陥が見落とされている。たとえ肉体を治しても、魂は治らないということで、それは根治には至らないということなのである。裏を返せば、人間に家畜的な生き方を強要することになる。神から与えられた人間の可能性は無限なのにも関わらず、それは可能性を自ら摘んでいることになる。

 人類進化が唯物論科学でさえ数千万年といわれているのにも関わらず、現代医学はわずか数百年の経験にしか基づいていないのである。つまり、ほとんど記憶喪失の状態で治療云々の議論をしているようなものである。 

 このような現状を嘆いてばかりでは益々絶望するだけであるが、単なる警鐘を鳴らすだけでなく、そこで一つの考えを提示したい。

 どの宗教にも、地球がいわば刑務所のような話があるが、病院というものは悔い改めるといういい意味で正しく刑務所といってよいだろう。病院が刑務所なら、何の罪があるか?と問われるだろうが、肉体への罪といわねばならない。

 間違った考え、すなわち無知ゆえに、肉体を損傷させてしまったと考えられるからである。肉体への愛情を失った罪が病気として、そのこころを映し出すのである。



 本来、物質は不可逆なので、肉体を元に戻すことはほとんど不可能だが、ある程度代替はできるが、それでは、仏像彫って魂入れずである。病気から肉体制御を学ばなければ、また病気、それも重篤で複雑な病気に罹るだけなのである。

 つまり、何度もいうが、悔い改める気持ちのない者に、治癒は不可能なのである。たとえ他人が治癒を誘導しても、今度は、その者に依存してしまう奴隷根性を生んでしまうだけで、それは、本当の自立した人間に施す治療ではない。何のために生きているのかさえ、わからなくなるだけである。

 生きる目的は人それぞれ違うから、それを見つけるのが当人の本当の魂のうえの治療活動なのである。

 だから、古代ギリシア哲学では、汝自身を知ることが、全てである、といわれたのである。

 自分の肉体の状態を正確に把握することが、覚醒意識を形作っている。だから、肉体の状況を的確に把握することで、潜在意識のなかの情報が自動的に引き出される。それはなにも肉体だけではなく、物質の構造全てがその結果である。



 設計図通りに物質構造を反映させる目的だろう。

 自分の道は自分で切り開くというのが自然治癒力といえるだろう。一体、なんのために人は病気になるのか、考えるべきである。

 それは完璧な肉体をつくろうとする魂の欲求から生じるのである。完璧な肉体は病気に罹ることで克服されるのだ! つまり悪を善導するその働きにある。

 とどのつまり、「医学不要論」は、死を克服する可能性ある人間として生きるのか、それとも単なる機械的な奴隷の家畜として死んで無になりたいがために生きるのかの選択を迫る警告の書である。

 この「医学不要論」に欠けていることは、人間の意識は死なない、ということである。つまり、そもそも人間の意識は死なないのだから、医学も必要ないということなのである。人間の死がなんであるか、を医学が提示できない限り、医学は意味をもたないということなのである。





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Last updated  2013年11月14日 10時55分29秒
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