シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月11日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 八切氏、鬼塚氏などの史観を紹介してきたので、学校で習う日本史がいかに出鱈目で、この世でいかに高い位に伸し上がり、他者を支配しようとする欲の深い愚か者、悪魔といってよいが、その連中が与えられた人生を真面目に生きようとせず、インチキを行なってきたことがわかる。

 人生を真面目に生きようとするなら、少なくとも人の下に人をつくるような権威者にはなろうとはしないものだろう。

 お釈迦さんは、出家のことを出世といったが、それは、血縁関係に拘らずに、人類全体を平等に愛するためには、血縁関係から派生したカースト制度を抜けることであり、実際、釈迦は王子として生まれたが、最下層のいわゆるホームレスの部落民になることで、カースト制度の誤りを指摘したのが、仏教である。

 しかし、弟子たちが出来損ないのアホばかりだったので、もはや仏教が一種のカースト制度になってしまっているわけである。

 キリストも同じで、最下層のホームレスとなり、人の下に人をつくろうとする自意識過剰な自己意識を抑制するために、災いの種となる聖書の説くユダヤ人の家系に生まれ、ニセユダヤ人に殺されることで、ユダヤと自称するニセユダヤ人の自意識過剰を戒めたのである。

 イスラムも祈りにおいて、唯一アラーだけが人の上にたち、人類は皆平等であることを説いているわけである。そのため偶像崇拝を一切禁止したのである。

 つまり、天は人の上に人をつくらないように教え諭し、人生を与えているのに、愚かで傲慢な人間は、人の下に人をつくろうとし、人間に都合よく法をつくろうとしてきた。それが宗教である。

 だから、本来、いかなる宗教もあってはならないもので、ただ自然の生き方、生活の仕方、つまり、真剣に人生を生きるという意味においてのみ、各個人個人に教条、信条として宗教はあり得るものだろう。だから信仰心を語れば、それは嘘になる。

 ましてや金儲けのために、カースト制度をつくって上位に君臨しようなどというのは、見苦しく恥ずべき行為である。人の下に人をつくるのが、ルシファーの本性なのだ!



 さて、明治維新以降の歴史は、三菱の金儲けのための偽装工作であったことが、八切史観や、鬼塚史観から、わかる。戦争をすることで大量虐殺を行い、タンマリと金銭を稼いできたのが、この悪党の本性なんである。

 本気で先の大戦の戦犯を裁くのなら、戦争に加担した三菱らやマスゴミの資産全てを没収し、考えられる戦争被害者全てに補償しなければいけないだろう。そして、歴史を歪めた責任で一切文筆業や出版ならびに広告等を禁止しなければいけないだろう。それぐらいやらないと、戦争はなくならないと思うからである

 その証拠ともいえる話が、ネットゲリラというブログに載っているので、以下に抜粋紹介する。

 ☆  ☆  ☆

イマどきウヨクの正体はこんな程度
http://my.shadowcity.jp/2014/01/post-933.html

 自衛隊の幕僚長がどんだけ偉いのか知らんが、三菱重工に行くと「天下り室」というのがあって、元将校がズラッと並んでいるそうで、何十人もいるんだが、 仕事なんかないので、お茶飲んで、新聞読むだけ 。それで恥ずかしいとも思わないらしいw 貧乏人はヤダねw 金欲しさに、そこまでやるw まぁ、金持ちは職業軍人にはならんからw 今の日本じゃ、自衛隊なんざ、お役人の典型だし、役人といや、薄給の典型。貧乏人が金持ちの傭兵になって、立場もワキマエず増長してるとしか思えないw まぁ、イマどきウヨクの正体はこんな程度ですw

 ☆  ☆  ☆

 「仕事なんかないので、お茶飲んで、新聞読むだけ」というのは、要するに暇つぶしで、この人の人生は、ただの暇つぶし、ということを意味する。仕事というのはどれだけ他者に施しができるか、そして愛を育てることができるか、ということすらグータラ生活で忘れてしまったのだろう。

 こんな奴らが、タモガミのように、戦争になったらどうするとか、若者を説教恫喝し、洗脳し、喧々諤々ほざいているのが実体だから始末に負えない。こんな奴らが、若者の派遣社員の数十倍もの給料や待遇を得ているから、世の中若者が真面目に生きるのが馬鹿らしくなって、安易に振り込め詐欺のような犯罪に走ってしまうわけである。



 若者に説教する時間があったら、紛争地帯に調査でも行くべきだろう。戦争という現実を少しでも経験しておくべきだろう。「仕事なんかないので、お茶飲んで、新聞読むだけ」という自分がしている行為そのものが平和ボケであることすら気づいていないのである。

 さて、このような権力塗れで腐った大人を唆して、ニセユダが、日本に傀儡政権をつくるために、行なったのが明治維新であることが、八切史観や鬼塚史観からわかる。

 かつてアメリカ大陸を先住民から略奪し支配したのが米国だが、このような支配はメーソンを通じて様々な大陸に及び、この日本列島も、イエズス会がその尖兵だったようである。だからこそ、イエズス会を通じて、バチカンに日本の戦国期の詳細な記録が残っているのである。

 そのことがわかる話をネットにみつけたが、その前に、先の大戦の戦犯が明らかになる、以前紹介した話を再掲する。

 ☆  ☆  ☆

太平洋問題調査会と真珠湾攻撃工作
http://satehate.exblog.jp/15625945/

 1941年1月、山本は第11航空艦隊参謀長であった大西瀧治郎少将に対して「真珠湾を航空攻撃できないか」と航空攻撃計画の作戦立案を依頼した。・・・連合艦隊参謀黒島亀人大佐が「この作戦が認められなければ、山本長官は連合艦隊司令長官を辞職すると仰っている」と軍令部次長伊藤整一中将に言い放ち、これに驚いた軍令部総長永野修身大将は渋々作戦実施を認めた。〕

 一九四一年、ロックフェラーの多額の資金が太平洋問題調査会〔IPR〕を通じて、日本の真珠湾攻撃工作のために、ゾルゲ経由、日本の皇族に渡された、とのジョン・コールマン(元MI6のジャーナリスト)の説。

 「一九四一年、ロックフェラーの別のフロント組織、太平洋問題研究所〔IPR〕が、東京の関連機関に多額の資金を拠出した。その資金は、ロシアスパイの大立者=リヒャルト・ゾルゲ[Richard Sorge]を経て皇族に送られ、日本の真珠湾攻撃工作資金となった。再度言うが、タヴィストックがIPRのすべての出版物を起草している。」

 〔ジョン・コールマン著『タヴィストック洗脳研究所』、第一章 p040-041。成甲書房から平成十八年三月下旬刊予定〕

 第三章  ユダヤが策した日支闘争計画

実施機関は太平洋問題調査会

 「西紀一九一八(大正七)年九月一七日、モスクワにおいてイルミナティ(ユダヤとボリシェビーキとの合同)会議が開かれた。そして「イルミナティの荘厳な会議において、一五名の会員、国民ソヴィエトの五委員、全連盟共産党中央委員会の秘書一名が署名して交付するもの」という「日支闘争計画案」を含む文書が交付された。

 この文書には、「一九一八年八月中旬、イルミナティ大会は、ユダヤ世界最高会議より発せられた教書を受領した。この教書は今後におけるヨーロッパ及びアジアの同時闘争の決定計画を指示するものである」と冒頭に注意書きしてあったという。

 この案の日支関係についてを要約すると、「直ちに 日本と支那との内部破壊を図るとともに、支那に反日運動を起こさせ、それを日支の武力闘争にまで発展させ、それに対してソ連と特にアメリカを干渉させる戦争にまで発展させて日本を倒し、それとともにヨーロッパに社会革命を起こさせる第二次の世界大戦を計画する 」というものであった。」  p96

 中略

 「 このいわゆる「日支闘争計画案」なるものは、その後永く日本の親英米・親ソ容共派の行動を内面から指導し続けた原理であった。 その原理を実施するための機関をと目されるものも、既に甘粕事件発生のころから日本に設置されている。太平洋問題調査会(IPR)であり、本格的には大正一五(一九二六)年から常設となった

ロックフェラーとソ連の司令下にあった秘密工作機関である。もちろん表面は公設機関と見せて、民間機関と称していた

 日本代表は新渡戸稲造、松岡洋右、鶴見祐輔らであり、幹事長はキリスト教界の斉藤惣一であった。

 第三回会議は昭和四(一九二九)年十月、京都で開催され、アーノルド・トインビー[Arnold Joseph Toynbee CH (April 14, 1889 ? October 22, 1975)]やジョン・ロックフェラー三世[John Davison Rockefeller III (March 21, 1906 ? July 10, 1978)]らが出席していた。

 米国代表はゾルゲ事件のバックとなった男であり、コミンテルン・ソ連スパイであったオーエン・ラティモア[Owen Lattimore (July 29, 1900 ? May 31, 1989) ]であった。

 親英・親米と見せながら、実はコミンテルン〔引用注:現在では不思議でもなんでもなく、コミンテルンの中心地はオックスフォード-ロンドンシティ-ニューヨークだったわけで、あたりまえですが〕に身をおいていた西園寺公一らもこれに参画し、

 また米・英と特にソ連との対日・対中謀略ルートもこれを主流とし、後に日本の国政の主軸を狙ったゾルゲ[Richard Sorge (Russian: Ри?хард Зо?рге) (October 4, 1895 - November 7, 1944) ]もまたこのルートを辿っていたのである。

 すなわち、西園寺公望、牧野伸顕らを表面に立てた術策にも、実はこのルートを通じた原田熊雄及び西園寺公一らの工作が絡んでいたのである。」 p97-98 

 ☆  ☆  ☆

 次に続く。





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Last updated  2014年01月15日 10時32分50秒
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