シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月30日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

秘儀の教育(改変)

 この世では、人間の本性のどの構成要素がどんな現われかたをしても、その現われかたに有効な働きを及ぼせるのは、現われている構成要素よりも一段階上の高次の構成要素である。人間の本性のどの構成要素も、それよりも高次の要素を通してのみ有効な発達を遂げることができる。

 肉体を発達させるには、エーテル体の活動が必要であり、エーテル体を発達させるには、アストラル体の活動が必要であり、アストラル体を発達させるには、自我の活動が有効な働きを及ぼす。そして自我のためには霊我の活動だけが有効な働きを及ぼすことができる。

 (略)

 では一体、この法則は何を意味しているのか?

 ある子どものエーテル体が何らかの形で萎縮していることがわかったら、自分のアストラル体を使って、子どものエーテル体によい働きを及ぼせるようにしないといけない。

 (略)



 (子どもの肉体を改善するには、教育者のエーテル体を改善しないといけない。つまり他を変えるには、自分が変わらないといけないのである。このことは、親が挙動不審だと、子も挙動不審になることからもわかる。親のエーテル体に統制がないので、子の肉体に乱れが伝わる。)

 次の段階は、教育者の霊我が問題となる。自分の霊我がまだ発達していないと確信している人が多いが、それが子どもの自我に有効な働きかけをしなければおかしい。それが原則である。

 そして理想的な教育者ではなく、しばしば酷い教育者でも、当の教育者自身が全然意識していなくても、教育者の霊我が実際に子どもの自我に働きかけを行なってしまっている。このような教育の実践は古来からの秘儀として存在している。

 〔シュタイナー「治療教育講義」角川書店/P37-39〕

 ☆  ☆  ☆

 教育者は霊我を育成することが肝要であることがわかるが、霊我とは、簡単にいえば、感情のコントロールである。感情を的確に表現することはなかなか困難であるが、次に求められる生命霊となると、人格のコントロールを要するので、更に困難である。

 釈迦は、人格をコントロールできるようになったので、仏陀=生命霊(ブッディ)と呼ばれる優れた教師になったことが、この話からもわかる。仏陀のような優れた教師とまではいわれなくても、教育者の立場にある人はせめて、以前紹介したが、次のシュタイナーの4つの気質の話だけは知っておくべきだろう。

 ☆  ☆  ☆

『人間の四つの気質』 ルドルフ・シュタイナー (風濤社)
http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/52198526.html

【4つの気質】(改変)


 「アストラル体」が他の構成要素を支配すると、多血質の人間になる。
 「エーテル体」が支配的だと、粘液質になる。
 「肉体」が支配的だと、憂鬱質になる。

 永遠(不変)と無常(変化)が混ざり合って、構成要素間の様々な関係が現われる。(p.48)

 シュタイナーは4つの構成要素に対応させて気質を4つに分類している。整理すると、以下のようになる。


 心  ― アストラル体 ― 多血質 ― 神経系統
 生命 ― エーテル体 ― 粘液質 ― 腺組織
 物質 ― 肉体     ― 憂鬱質 ― 肉体


 ただし、10歳以下の子供の場合(アストラル体、エーテル体が未発達なため)は、この対応関係が変わる (p.216) とも書かれている。

【思考の産みの親】(改変)

 人間は通常、自分の思考が事実に即さず、大部分が思考癖の結果であることを知らない。 

 ・・・(中略)・・・

 例えば、物質だけしか見ないことに慣れている人は、その思考癖に固着する。

 (その思考癖に固着すれば、その思考の王様になれるからである。ある思考に執着すればするほど、事実とは乖離してくる。反論を受け入れる余地がなくなるから。反論が生まれるのは、現実に即していないからである。アホ総理の靖国論をみればわかる。)

 今日の人々の主張を導くのは事実に即した根拠ではない。根拠の前に、身に付けた思考癖があり、その思考癖が感情や感性全体に影響を及ぼす。

 そのような人々が根拠を述べるときは、自らの感情と感性に、思考癖という仮面を被せている。「願望が思考の父である」だけでなく、「感情と思考癖」が「思考の産みの親」になっている。

 人間の生活をよく知る賢者は、事実に即した根拠が人を納得させることがほとんどないことを知っている。事実に即した根拠よりずっと深い思考癖などが、心魂のなかで決定権を持っているからである。(p.39-40)

【アストラル界】(改変)

 アストラル界とは狭義の日本語でいえば霊界である。

 人間のアストラル体は死後も存在する。アストラル体がどのような生を送るのかを明らかにするために、「人間が低次の享楽において体験する全てが、アストラル体に付着する」と、思い描いてみる。

 肉体そのものは、喜びや情欲を感じない。肉体はアストラル体の道具で、アストラル体が肉体をとおして、喜びや享楽を感じる。

 ・・・(中略)・・・ 

 肉体を捨てたあとも、享受への烈しい欲望が残る。

 ・・・(中略)・・・

 享受を満たす肉体がもはやないので、燃えるような渇きを感じる。様々な宗教が、人間が死後に通過しなくてはならない苦しみを、火(炎)として描き出している。アストラル体は肉体との関連を断ち切るまで、欲界〔煉獄(地獄)〕にとどまる。(p.169)

 欲界にとどまらなければならないのに、禁を犯して人間界に行き、人体に憑依し享受の欲望を満たそうとする霊が殆どである。そういうアストラル体に憑依されると、食欲代行やエッチ代行などの人生になってしまう。

 人間の性質や病気は、このようなアストラル界の支配下にあって、様々な影響を受けているのが事実である。

【詰め込み教育の問題点】(改変)

 詰め込み教育の本質は、心魂やその最奥にある自我と、詰め込まれる情報などとの結びつきが全くないことにある。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからである。

 ・・・(中略)・・・

 人間にとって、頭(脳)の活動と心魂(精神)が遠く離れていること以上に悪いことは他にない。

 (嘘脳科学では、脳と精神を同一視しているので、痴呆症の原因がわからない。シュタイナーは、痴呆症の原因は、若いときの詰め込み教育にあるとも述べている。恐らく昨今の若年認知症は、詰め込み方の幼児教育にあると思われる。教育ママのせい。子どもを賢くさせたいのなら、親が賢くなるべきである。)

 繊細で敏感は人だけが混乱するのではなく、まさに人間のエーテル体(生命体)の力、エネルギーそのものに影響が及ぶ。人間の心魂と人間の活動の結びつきが少ないと、エーテル体は弱くなっていく。興味のないものに従事すると、エーテル体は弱くなっていく。(p.63)

【もの忘れを治す方法】(改変)

 安全ピンをテーブルの角に置く。「私はこのピンを、この角に置く。そして、ピンが置かれたテーブルの角を、心にはっきりとイメージしよう」と考えながら、ピンを置く。そうして、落ち着いて立ち去る。

 ・・・(中略)・・・

 イメージづくりを習慣のようによく行なうなら、もの忘れは次第になくなっていく。

 「私はピンをここに置く」としっかり考え、自我を自分の行為と結び付け、更にイメージを付け加える。自分の行為の明瞭なイメージを考え、自分の行為を、精神-心魂の核である自我に結び付ける。そうすると、記憶力は根本的に鋭くなる。(p.65-66)

 (イメージをつくる感情を豊かにする。)

 ものを置くときに、このような思考の習慣がつくと、それだけでエーテル体(生命体)の力が呼び出される。

 ・・・(中略)・・・

 人智学〔アントロポゾフィー〕をとおして、「エーテル体はある意味で記憶の担い手である」と、学んだはずである。(p.66)

 「生命力(エーテル体)は記憶の担い手である」は重要なポイント。

 落胆し切った経験のある人はよく分かるだろうけれど、人生を投げてしまうと、気が散ずるから、生命力が弱まり、記憶力も無くなってしまう。だったら、逆に、記憶力を鍛えれば、生命力は向上し、肉体も強くなり、人生が輝く。

【もの忘れと病気の関係】(改変)

「人間がもの忘れをすることが少なくなると、多くの病気の発生は避けられる」と言うと、奇妙に聞こえるが、本当である 。(p.64)

【装飾と集団心魂】(改変)

 「装飾」とは、一体何を意味するのか?

 身を飾ることで、人間の精神を外(物質)的に表現している。

 ・・・(中略)・・・

 昔の民族は、「グループで一体」と思っていた(集合自我)。ある神霊を自分たちの集団心魂と見なしていた。「この集団心魂が自分たちを結び付けている。自分たちは身体の一部のように、この集団心魂に属している」 と、彼らは考えていた。(p.92-93)

 (日本人の多くが、この古い集団自我の名残をもっている。)

【衣服】(改変)

 衣服は大体、霊魂の必然性から発生した。(p.93)

 古代ローマ人とギリシャ人は、裸で歩くとき、「裸体が人間全てではなく、他に超感覚的な身体がある」ということを知っていた。その超感覚的な身体を、彼らはトーガで模倣した。

 ・・・(中略)・・・

 トガはアストラル体(感受体)を表現したものに他ならない。トガの芸術的な衣紋のなかに、アストラル体の力が表現されている。(p.96)

トガ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AC

【菜食:身体の主人になる】(改変)

 菜食にすると、体内に摂取された植物は人体に多くのことを要求する。

 ・・・(中略)・・・

 人体は自分で脂肪を製造する能力をもち、「脂肪でないものから脂肪を作る」ように要求される。つまり、菜食にすると、人間は、この脂肪作りの活動を展開しなければならなくなる。

 ・・・(中略)・・・

 動物性脂肪を摂取すると、そのような活動が省かれる。

 唯物論者は、「努力なしに、沢山の脂肪が得られるなら、それは人間にとってよいことだ」と言う。精神的な立場からは、「内(精神)の活動こそ、内(精神)を主とする生命本来の展開」と見なくてはいけない。

 自分で脂肪をつくり出す力を呼び起こす必要がある場合、その内の活動のなかで、自我とアストラル体(感受体)が肉体とエーテル体(生命体)に対して主導権を持つようになる。

 ・・・(中略)・・・

 菜食にして、自らで活動する機会を得るなら、人間は自由になり、自分の身体の主人になる。(p.118-119)

 (これと同じで、金持ちは金を出せば自分でやらずに他人任せで楽に暮らせると思い込んでいるが、それでは、人生の落伍者であることに気づいていない。そもそも楽な人生などは精神を磨くことができないから、生きる意味がない。

 このようなアホは、生きているのに、死んでいるのである。死んではじめて、自分の思い込みの間違いに気づくわけである。精神の活動を通じて、神のごとき強靭な精神の持ち主になれるのである。

 これとは逆に、物質的に豊かになるのは、偽装で、単なるモノマネでしかない。物質的に豊かな社会に幸福感がないのがその証拠。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。 





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Last updated  2014年01月30日 12時34分48秒
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