シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年02月10日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて当然だが、いかなる意味においても、人体が外界に与える経過と、外界が人体にもたらす経過とを区別しなければならない。例えば、人体を通じて、血液が眼に流れ込み、眼に働きかけることで、人体内に生じる経過に注目すべきである。

 人間と同様の器官をもち、眼のなかに房室や剣状突起のような、いわば血液の滞留器官をもつ動物に特別に起こる内部の経過に注目すべきである。血液を通じて、眼球のなかに自我(エゴ;自意識)が強力に送りこまれるからである。

 このような動物と比べると、人間では、自我(エゴ)は後退し、眼球をいわば自由にしている。血液が全身を巡り、人体組織全体に作用を及ぼすことで、人間の眼は、感覚全体に働きかけている。だから、人間の視覚では、味覚が変容させられ、視覚を、「味覚の変容」と呼ぶことができる。

 従って、味覚の変容としての視覚が、味覚や嗅覚の上位に位置づけられる。

 (味覚⇒嗅覚⇒視覚)

 つまり、味覚の経過も、視覚の経過も、内に向かうと同時に外界にも向かっている。つまり、味覚の経過が、外界や人体上部に向かって変容した経過が、視覚の経過となる。

 また逆に、人体下部に向かっても、味覚の変容が生じる。

 味覚の経過は、上部の視覚の経過では外界に向かい、眼がいわば骨格の窪んだ場所に嵌めこまれ、その凹部から外に向かう器官なので、視覚の経過は外界に向かって組織されているが、味覚は逆に下部へと向かうので、味覚の変容は、眼とは逆(対極的)に内的に考えないといけない。

 (全ての経過は、波動のようにイメージでき、外に向かう波と同時に内に向かう波を想定すべきである。)



 視覚の経過の対極と考えられる、味覚の経過を下方に向かって変容させた場合の経過とは何なのか?

 味覚の経過を下方に変容させていくと、消化機能が前提になってくる。消化を内的に理解するには、視覚を、外に変容した味覚の継続と捉え、同時に、消化を、内に変容した味覚の継続と捉える必要がある。

 消化は、外界に向かう視覚に対しての完全な対極として理解できる。

 外(物質)化された視覚は、いわば外界での消化の機能に相当し、人体の器官として内的に組織化されると、消化器官となる、というような認識に導かれる。また、同時に、消化の経過が、味覚の経過に親和性を持つこともわかる。

 例えば、消化の経過全体を、次のように考えれば、人体内の消化機能のなかに、微妙に現われる局所的な働きを理解できる。

 「良い消化とは、いわば消化管全体で味わう能力から生じ、悪い消化とは、いわば消化管全体で味わう能力の欠如から生じる。」というような考えである。

 さて、これまで考察してきた経過は、味覚と嗅覚の機能に大別できる。根源となる1つの経過が分かれ、一方は、エーテルと物質との相互作用が活発な味覚の経過となり、他方は、エーテルとアストラルの相互作用が活発な嗅覚の経過となる。

 味覚から継続(延長)して分かれる経過についても、上記と同様の区別ができる。すなわち、腸による糞便の排泄である消化と、腎臓による尿の排泄の2つに区別できる。

 上記の2つの区別から、人体の上部組織と下部組織についての対応が得られる。上記の2つの区別から、上下で相対する対極の関係が獲得できる。味覚と嗅覚に分け、通常の消化と、それよりも内密な腎臓の働きに基づく排泄全般に分けることで、その間の対極的関係が得られる。

 以上のように、いわば、外界から皮膚により隔てられた人体内で生じる事象(現象)を、外界の経過の内面化として観察できる。というのも、人体の上方に向かって継続する経過は、外界に入り込んでいくからである。この経過の流れから、人間は、外に向かって開いていることがわかる。

 さて、以上の経過の流れを更に追求し、唯物論的な意味ではなく、これまでの講義からもわかるが、霊的な意味で、人体と結びつく霊魂のなかにまで辿っていくなら、視覚の変容[ein metamorphosiertes Sehen]に到達できる。



 脳を探求すれば、思考のなかにある表象(イメージ)の多くは、視覚による表象(イメージ)の単純な継続にすぎない経過とわかる。生まれつき盲目の人や、生まれつき耳の聞こえない人の表象(イメージ)と比較すれば、思考が視覚によるイメージの継続経過であることが明らかになる。

 人間は、思考のなかに、内部に向かって継続した視覚をもっている。

 以上のように、頭部や脳の解剖学的構造と思考の経過との間に生じる独特な相互関係に、一条の光を投げかけることができる。

 実際、奇妙にも、思考の経過に厳密に迫っていけば、医学論文も書けるが、例えば、脳の組織構造と、統合的思考との関係を探求すれば、不思議なことに、嗅覚の神経が変形したような構造を脳のなかにみつけることができるだろう。

 (統合的思考は、嗅覚による匂いが継続した経過と考えられる。)



 「人間の散漫な分析的思考は、内的には、思考の対極にある視覚に似ているが、物事を統合するような観念の総合は、内的には、本質的に、嗅覚に非常によく似ている。」

 上記のような結論は、顕著な形で、脳の解剖学的な構造にも現われている。以上のような考察から、いずれにせよ、表象(イメージ)や思考の一面に到達できる。





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Last updated  2014年02月10日 14時34分20秒
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