シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年02月21日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回は、民族論から、コペルニクスについてのシュタイナーの話を紹介した。その話から、宇宙の螺旋構造(運動)があらゆる事象に浸透していることがわかる。簡単にいえば、立場の逆転、いまでいうブーメラン効果のことである。

 例えば、前回、スペイン人に虐殺されたアメリカ先住民の霊魂が、今度はスペイン人に生まれ変わってくること(カルマという意味ではこれが一番わかりやすい)や、

 原始キリスト教に帰依していた古代ヨーロッパ人として生きた霊魂が、20世紀にキリスト教とはあまり関係のない日本人となって生まれてきて、20世紀の唯物論的なキリスト教のヨーロッパ人のやり方に反抗したことや、

 現在のキリスト教の布教に関係した19世紀から20世紀に北アメリカ文明をつくった者が、キリスト教とはほとんど関係のない秘儀に参入した霊魂の持ち主だったことなどから、

 立場の逆転、つまり、カルマのブーメラン効果が伺える。

 さて、シュタイナーの話を続ける。

 ☆  ☆  ☆

神智学の門前にて

宇宙は螺旋を描く(改変)



 唯物論では通常、コペルニクスは、地球は地軸を中心に回転していること(自転)と、地球は太陽のまわりを回っている(公転)という二つのことを教えた、といわれているが、彼がもう1つ別の運動、つまり(太陽系)全体が、渦巻(螺旋)状に絶えず動いている、ということを教えたことはいまだに注目されていない。

 この3つ目の教えは、人類が精神的に成熟するまで、恐らく秘密糧に保管されるだろう。コペルニクスは新旧の境に立っていて、古い叡智を多分に、自分の霊魂のなかにもっていた。

古代、人間は世界をいまとは全く違う観点からみていた 。

 唯物論では、近代になって例えば、コペルニクスは地球は静止している、という誤謬を打ち砕いた、といわれている(コペルニクスの転回)。彼は、太陽が地球のまわりを回っていると想像するのは誤りだと教えた。ケプラーとガリレオ・ガリレイが、その教えを発展させた。

 しかし、それでも、コペルニクスも、天動説を唱えたプトレマイオスも、どちらも正しい。どの立場から、太陽と地球を考察するのか、という観点が違うだけなのである。太陽系を物質界からではなく、アストラル界(高次元界)から見れば、プトレマイオスの体系(天動説)は正しい。

 アストラル界から見れば、昔の人々が思っていたように、地球が中心にある。アストラル界では、全てが逆(アベコベ)にみえるからである。

 (アストラル界の話は、子を食べる山姥伝説として残っている。お産を逆転させると、赤ん坊を母親が食べる世界になるからである。古代の書は、精神の世界、つまり霊界を書いた本なのである。山姥とは、現代科学でいえば、負のエネルギーの世界のことで、電子と陽電子の関係と同じで、場の理論でいえば、正の生成演算子に対する、負の消滅演算子のことである。)

 プトレマイオスの体系はアストラル界に通用し、コペルニクスの体系は物質界に通用する。しかし、将来は、これらとは全く違った宇宙像が現われるだろう。

ヤハウエあるいはエホヴァの意味(改変)

 ヤハウエ、あるいはエホヴァというのは、「私(唯一神)」、あるいは「私(唯一神)は存在する」という意味である。魂が、自らに向ける名「私」を用いて、魂のなかで、神が言葉を語りはじめる。(P17)



降霊会に現われる1つ目のもの(改変)

 人間の行為全ては、たとえ歴史の本に書かれなくても、神界の境にあるアーカーシャ年代記(記録書)という不滅の歴史書に書き込まれる。意識をもつ存在により、世界に引き起こされた全てを、この境で経験できる。

 意識をもつ存在が体験したことは、アーカーシャ年代記(記録書)に書きとめられる。秘儀参入者は、この境に到達し、人類の過去全てを読み取ることができる。しかし、読み取る方法を学ばねばならない。

 アーカーシャ(虚空)は生命をもち、アーカーシャ像は複雑な言葉を語る。シーザーの行為が記録されたアーカーシャ像を、例えばシーザーの霊魂と混同してはならない。過去シーザーであった霊魂はもう再受肉しているかもしれないからである。

 外(物質)的な方法で、アーカーシャ年代記(記録書)に近づくと、そのような混同を引き起こす。そのような混同は往往にして、降霊会などで生じる。心霊論者は、亡くなった人を見た、と信じるが、それは死者が生前行なった行為の記録によるアーカーシャ像にすぎない。



 生前述べた答えを繰り返すのではなく、当時ゲーテが答えたように(実際、生前は答えていないが)答えるのである。それどころか、このゲーテのアーカーシャ像は、当時のゲーテのスタイルとセンスをもって詩を作ることもできる。アーカーシャ像は、まさに生命体なのである。

 事実はこのように驚愕すべきものだが、真実である。(P32-P34)

降霊会に現われる2つ目のもの(改変)

 自我を通じて自分自身が働きかけるほど、自我の中心である青味がかった球から輝きが発する。その輝きは、アストラル体の支配力を表わしている。だから、「人間は二つのアストラル体を持っている。1つは、(生前自身で働きかけなかった)動物的な欲望を持ったアストラル体。もう1つは、自身で働きかけたアストラル体」ということができる。

 死後、欲界を通過すると、人間はアストラル体の高貴な部分を、低次の部分から取り出すことができるようになる。低次の部分は取り残され、人間自らで作り上げた部分だけを取り出すのである。横暴な人、我侭な人の場合、アストラル体の大部分は低次の領域に取り残される。節度のある人の場合は、取り残される低次の部分は少なくなる。

 例えば、アッシジのフランチェスコのような人が死ぬと、アストラル体はごく僅かしか残らず、自らの働きかけによって高貴になったほとんどの高次のアストラル体が取り出される。残された僅かなアストラル体は、第三の死体となる。

 人間が高貴にできなかったアストラル体は、低次の意識で、俗に本能といわれている。この死体は、アストラル空間の様々な場を漂い、多くの有害な影響を与える。

 この第三の死体が、降霊会で現われる第二のものである。このアストラルの死体は、しばしば長期間とどまり、霊媒などを通して語りかける。そして、人々はしばしば、このアストラルの死体が死者その人だと思い込む。

 しかし、それは間違いで、それは単なるアストラルの死体なのである。このアストラルの死体のなかに、低次の意識と習慣が含まれている。このアストラルの死体は、質問に答えることもできるし、消息を伝えることもできる。また、理性的に語ることもできる。こうして、多くの混乱と誤謬が生じる。

 しかし、この第三の死体、つまりアストラルの死体は次第に消滅していく。そして、それを残した人間の魂が再び地上に受肉するときには、完全に消滅している。大抵そうだが、例外もある。アストラルの死体が消滅する前に、受肉する場合である。

 このような人は受肉するときに、前世での不完全さ(低次の意識)をまだ含む自分のアストラルの死体を見つけて、困難な状態に陥る。(P45-P47)

 霊視者にとって、アストラル界を探求するのは、非常に興味深い。例えば、アストラルの死体が漂い、消滅するのが観察できる。低次の欲望の制御に働きかけ、高度に進化した人間のアストラルの死体は早く消滅していく。自分の性向や激情を抑えることなく、なすがままにさせておいた低級な人間の場合、アストラルの死体は長々とゆっくりと消滅していく。

 それどころか、その死者の魂が再受肉への道を辿っている際に、そのアストラルの死体が残っていることもある。その場合は、困難な宿命を負うことになる。特別の事情から、死後すみやかに再受肉することになり、アストラルの死体がまだ消滅していないこともある。

 そのような場合、アストラルの死体はその人に強く引きつけられ、新しいアストラル体のなかに入り込む。その人は新しいアストラル体を形成したが、古いアストラル体が新しいアストラル体に結合し、一生のあいだ二つのアストラル体を引きずっていくことになる。

 すると、古いアストラル体は、悪夢や幻想のなかで、第二の自我として現われて、その人を取り囲み、苦しめる。その場合は、古いアストラル体は間違った「境域の守護者」となる。この古いアストラル体は、他の3つの構成要素、つまり肉体、エーテル体、自我と強く結ばれていないので、容易にその人から抜け出て、ドッペルゲンガーとして現われる。(P64)

自我の姿(改変)

 霊眼には自我も独特の姿に映る。アストラル体を探究すると、細かな点にいたるまで、絶えず動いていることがわかる。自我は、額のうしろの鼻根の辺りに、長く引き伸ばした卵形の青みがかった球のようにある。

 節度のある人の場合は、節度のない人の場合のようには、自我ははっきりと知覚できない。横暴で我侭な民族において、この球は明瞭に知覚できる。実際は、この場所にはなにもない。空虚な空間である。例えば、炎の中心には何もないが、まわりの光によって青く見えるのと同様に、オーラの光がまわりで輝いているので、この暗い、空虚な場所が青く見える。これが自我の外見的な表現である。

震える子ども(改変)

 今日(1920年代)、百年前にはほとんど知られていなかった病気が広まっている。知られていないことはなかったとしても、広まってはいなかった病気である。神経質である。この独特な病気は、十八世紀の唯物論的な世界観の結果である。唯物論的な思考習慣なしには、神経質はけっして生じなかっただろう。

 もし、唯物論がまだ何十年もつづくなら、唯物論は民族の健康に破壊的な働きかけをすることを、秘教の導師は知っている。もし、唯物論的な思考習慣を抑止しないなら、やがて人間は神経質になるだけでなく、子どもも震えながら生まれてくるようになる。

 (恐らくアレルギーなどのアトピーのことであろう。)

 (唯物論に洗脳された)子どもは周囲の世界を物質的に感じるだけでなく、苦痛を感じるようになる。とくに、精神病が非常な早さで広まる。狂気の流行病が、何十年か先には現われるだろう。精神病の流行によって、人類の進化は妨害されようとしている。このような未来が迫っているために、人類の隠れた導師たち、叡智のマイスターたちは、霊的な叡智を一般の人類に注ぎ込まねばならない必要性に迫られている。

マニ教団(改変)

 マニ教団は、密かに、その成員によって、将来の悪を善に導くような者になるように教育している。悪しき振る舞いの子どもでも、どこかに善の部分があり、その善を教育によって発展させていくことができる。しかし、唯物論に洗脳されてしまった悪しき人たちには、もはや、そのような可能性はない。だから、マニ教教団の課題は非常に困難である。生まれつき全くの悪の化身となった者(レプタリアン)のことを、マニ教教団の成員は今日(1920年代)すでに学んでいる。この悪を改善すると、かえって特別な善になる。

 ☆  ☆  ☆

 次回はレプタリアンを紹介してみる。





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Last updated  2014年02月26日 16時59分22秒
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