シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年04月10日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 ここ最近鬼のような忙しさでブログを休止してましたが、少し余裕ができたので、久しぶりに書き込みします。さて、巷では相変わらずSTAP細胞騒動で大騒ぎだが、物質科学というよりも、もはや宗教化しているので、改めて理論物理の面から考証してみたい。

 もし仮にSTAP細胞なるものがあり得るとするなら、理論的には、あくまでも素粒子レベルでの話だが、「対称性の自発的破れ」といわれる非線形の現象と数理的にはフラクタルと呼ばれる自己相似化、もしくは自己組織化の理論を用いて記述できる可能性が挙げられるが、あくまでも素粒子レベルの話なので、細胞のような大きなレベルでの話ではない。

 以前、STAP騒動は、常温核融合の騒動に似ているということを述べたが、その騒動の前後に、高温超電導というセラミックを用いた超電導現象が話題になったことがある。

 超電導理論は、通称BCS理論と呼ばれ、極低温で「対称性の自発的破れ」が起こり、電子がクーパー対をつくり、通常の素粒子レベルの量子化が、メゾスコーピックと呼ばれるやや広めの領域にまで量子干渉として拡がるマイスナー効果から超電動現象を説明する理論である。

 ちなみにヒッグス粒子で話題になったヒッグス機構もこの「対称性の自発的破れ」を根拠にしている。

 この現象を細胞レベルにまで無理矢理拡大解釈すると、量子論の確率観測論を適応できるので、細胞の分化という秩序性が破れると考えれば、STAP細胞の理論をつくることは可能ではあるが、素粒子レベルから、細胞レベルにまでつなぐ理論が不明である。

 素粒子から細胞がどうやってつくられるのか、という疑問が新たに生まれてしまうわけである。

 シュタイナーの話では、液滴から細胞が形成される理論はかつてあったそうである。しかし、その理論が完成できたとしても、もし仮にSTAP細胞のような簡便な幹細胞があるとするのなら、なぜ人体は、その簡便な方法を用いて、単純生物やトカゲの尻尾のように再生しないのだろうか?という大きな疑問にいきつく。

 シュタイナーは、それはエーテル体の違いにあるというだろうが、それを言ったら、現代の物質科学は益々悲鳴を上げて抵抗するだろう。



 現代医学が、唯物的原子論のように、唯物的細胞論を基本にしている限り、STAP細胞はあり得ない話であろう。そのことがわかるシュタイナーの話を以前「人智学的医術」として紹介したが、以下に再掲する。

 ★  ★  ★

 さて今度は、ロキタンスキーの『病理解剖学綱要』出版後の20年間に、原子論的で、唯物論的な考察が、現代医学の本質的な基礎となった点に注目してみる。奇妙なことに、太古の(霊的な)見解が、なおも19世紀前半に形成された医学的描像の中に入りこんでいる。

 従って、例えば、植物細胞の発見者であるシュワンは、細胞形成の根底に、細胞としてはまだ形成されていない胚胞のようにみなせる液滴の形成がある、という見解を持っていたが、この液滴の形成が硬化して、細胞の核が生じ、細胞の原形質としてその周囲に分化する、という見解のなかに、太古の(霊的な)見解の残滓が読み取れるのは非常に興味深い。

シュワン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%B3

 なおも、シュワンは細胞の分化へと進む特性を、核に内在する液滴の形成に依拠している。更に興味を惹くのは、「人体は細胞から構成される」という言葉で総括できる後の代表的な見解が次第に形成されていく様子がシュワンの見解の後から追跡できる点である。

 「細胞は生命体の基本であり、人体は細胞から構成されている」という見解は、実際今日では当たり前になっている見解である。

 さて、シュワンがなおも、本人の言葉の行間に、いや行間以上にもっていた見解は、つまるところ太古の医学の本質のうちの最後の残滓なのである。

 なぜなら、この見解は、原子論には見当たらず、この見解は、原子論から現われた細胞質を厳密に観察しても、決して観察できない液滴から生じる、というもので、この液滴が、生命(天体)力を内在し、この生命(天体)力自らが、原子論的な細胞へと分化していく、という見解だからである。

 しかし、19世紀の40年代と50年代の20年間に、普遍的であった古代の見解は終焉へと向かい、原子論的な医学的見解が黎明を迎える。1858年にウィルヒョーの『細胞病理学』が出版されたのがまさしく黎明に相応しい時だった。

ウィルヒョー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%92%E3%83%A7%E3%83%BC

 実際、上述した2つの著作、つまり1842年のロキタンスキーによる『病理解剖学綱要』と、1858年のウィルヒョーの『細胞病理学』の間に、近代の医学的思考における大きな飛躍的転回が発見できる。この細胞病理学により根本的に、人間に現れてくる病態全般は、細胞の変化から推論されるようになった。

 (天動説から地動説への医学的な転回といえる。天動説から、細胞動説である。)

 公式的な見解に従って、肉体上の徴候全てを細胞の変化に基づいて構築することが理想とみなされた。ある器官の細胞の変化を研究し、この細胞の変化から病気を理解することが理想と見なされた。

 実際、このような原子論的な観察は容易である。原子論的な観察は、自明の理とも言えるような見解なので、あらゆる見解を容易に構築できる。原子論的な見解から、近代科学はあらゆる進歩を遂げた、とはいえ、このような唯物論的な科学は相変わらず、全てを単純化して、安易に理解することを目指し、自然や宇宙の本質が実は究めて複雑である事実など考えもしない。



 特定の温度を超えた後、アメーバは収縮してしまい、もはや周囲で起こる変化について行けなくなる。また、水中のなかに流れをつくると、アメーバは球状になり、流れを過度に強くすると、最後には破裂してしまう。

 以上のように、環境の影響による個々の細胞の変化を研究し、その研究から、細胞の変化に応じて、次第に病気を構築する理論が形成できる。

 では一体、上記のような見解、つまり、19世紀の40~50年代の20年間に起こった転換により到来した学説の本質とは何なのか?

 この時期に生まれた見解は、今日でも広く公認された医学のなかに浸透し、現代の医学の中にも実際生き続けている。この時期に生まれた見解のなかにある本質とは、まさしく唯物論的な時代に形成された、原子論的に世界を捉える傾向に他ならない。

 ★  ★  ★

 原子=細胞としている限りは、STAP細胞の実体は謎のままだろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2014年04月10日 16時26分32秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: