シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年04月15日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 最近忙しくなかなか書きこみできない状況ですが、久しぶりに書きたいと思います。といってもほとんどが引用ですが、STAP細胞騒動はどうやらおさまりつつあるが、細胞レベルでああだこうだいっても、所詮、物質論を捏ね繰り回すだけで、精神が、物質をどうとらえ、どう影響を与えるか、がわからない限り、堂々巡りをするだけなのである。

 それよりも細胞を動かす精神はあるのか、細胞の機能を統御しているプログラムの本体は何なのか? 環境からどういう情報を取得しているのか?など、益々唯物論では解決できない疑問は尽きない。

 そういうことはやはり霊魂の存在にまで、果ては輪廻転生の法則にまで言及しなければならず、細胞を捏ね繰り回しているだけでは、人間が病気に罹り、果ては死を迎える理由は不明なままにとどまるだけである。

 例えば、名選手が、最新の道具を手に入れても、やはり使いこなすには時間がかかるように、使い慣れた道具というものが優先されるように、肉体を新しくしたとしても、それを制御できる経験やノウハウがない限りは、猫に小判というわけなのである。

 そういう視点から、シュタイナーは、キリストもいっているが、医師などは、輪廻転生の法則を知らなければ、お話にならないわけなのである。というわけで、これまで通りのシュタイナーの話を続ける。

 ★  ★  ★

オカルト生理学

魂の営みと生理との対応(改変)

 オカルティズムの立場に立つなら、地上界での魂の営み、いわゆる思考、感情、意志などにより、それが生物的営みか無生物的営みかは別として、人体内に物質的な働きがつくり出される、という事実に矛盾を感じたりはしない。どんな魂の営みにも、それに対応する物質的な働きが人体内に見つけられる。



 どんな思考の営みにも人体内の機能が対応している。どんな感情の営みにも、どんな意志の活動にも同じことが言える。この事実を次のように言い換えることもできる。

 魂の営みから1つの波が生じ、その波が人体の物質部分にまで影響を及ぼす。

 ではまず思考を取り上げる。思考のなかでも純粋数学のような客観的な思考、つまり感情や意志の影響を受けない客観的な思考を取り上げるのが一番良い。つまりいわば「純粋培養された」思考を取り上げる。

 このような思考が魂の内部に生じるとき、人体内にはどんな物質的な働きが生じるのか?

 このような思考をする度に、人体内では或る物質的な働きが生じる。この事は事実であり、単なる比喩ではない。例えば、塩を溶かした熱湯を冷やし、溶けた塩が析出する現象と似ている。

 つまり思考により溶解とは逆の析出が生じる。塩が完全に溶けていれば、水は透明だが、塩水が冷やされると、再び塩が結晶として現れ、水の中に塩の沈殿が生じる。透明な水の中から塩が結晶として現れるのを見れば、液体から固体が生じる過程が経験できる。固体が現れ沈殿し、塩の沈殿物が析出する。

 さて、先程も述べたように、このいわばオカルト的な知見をいきなり披露すると、物質科学が取り上げる事象を杓子定規にしかみようとしない人は、ショックを受けるだろう。この塩の析出と全く同一の過程が、思考によっても人体内に生じる。

 思考と塩の沈殿は対応している。この対応が血液に作用し、更に神経系にも反作用を及ぼす。思考は血液と神経系の境界で生じる。塩水から塩の生成を観察するように、思索する人間の人体内には、超感覚(霊)的にみると、塩の結晶化と同様の過程が霊視できる。これが思考と物質的な働きとの関係なのである。

 では感情が与える人体内での物質的な働きとは何なのか?

 感情の場合、思考のように、溶解とは逆の塩の結晶化のような事象は生じない代わりに、液体と固体の中間的な微細な半物質の状態が人体内に生じる。液体が半分固まったような半熟卵の白身のような状態に凝結する。いわゆる液体の固形化といえる。

 思考により人体内で液体から塩(固体)が沈殿する一方で、感情により液体と固体の中間的な状態へ移行する。



 更に魂の中での「意志の活動」を取り上げるとなると、その肉体上の対応はもっと異なってくるが、この対応物を見つけるのは比較的容易である。その対応物は現象としてはっきりと現れるからである。つまり一種の発熱が意志の活動の人体内での対応物だからである。この発熱は勿論体温を上昇させ、人体を熱くする。体温の上昇は血流、つまり脈拍とも関係する。

 意志の活動が人体を発熱させることから、血液の熱の上昇と意志の活動が関係することがよくわかる。意志の活動により発熱することが人体だけでなく、動物の生体にも見られることが比較的努力を要せず観察できる。

 このような形で魂の営みと人体との対応を或る程度説明できるが、今特徴づけた事例は即座にわかるほど目立ったものではなく、非常に微々たるものである。この微々たる違い全般は日常の物質現象と較べても比較にならないほど微小である。

 とはいえ、魂の営みから人体が全力をあげて、自我が活動しているときには血液という道具の助けもかりて遂行している相応の働きなのである。それは思考による塩の沈殿から、感情による凝縮や意志の活動による発熱にまで及ぶ。

 そして或るときには人体全体が、この相応の働きに捉えられ、また別のときには例えば思考のように主として人体の一部の脳または脊髄が捉えられる。この上なく多様な形で、人体内の相応の働きは魂の作用を受けている。もしこの事実を認めるなら、思考も感情も人体内に作用を与える現実の力であることを認識するだろう。



 というのも、この現実的な力は、進化した科学の精密な測定法などにより物質(外)的に探求することが可能だからである。そのときはオカルティズムに対する、これまでのような反対は自ずと消えてしまうだろう。今日では依然として、科学の本当の成果からではなく、偏見だらけの理屈によって、オカルト的な認識に非難が加えられている。(P146-P150)

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 その立場に立たない者が非難するのは簡単である。実験したことがないのに、実験に口を出す愚か者が多い。





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Last updated  2014年04月18日 14時34分26秒
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