シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年01月15日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

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様々な宗教に共通する叡智の核心 ―中―

 古代インド人は繁茂する植物界と共生していた。当時の人々は、植物の御蔭で、夢想的に生活していたので、外(物質)的な道具や文化をあえて発達させる必要はなく、現代人とは異なる形で宗教生活を営んでいた。

 (古代インド人は生命力=エーテル力を操った)

 古代の平穏な生活だと現代の機械の中で働くのとは違った考え方、感じ方が現れてくる。地上に様々な地域があり、外なる自然も様々に異なってくるが、そしてまたその多様性故に人間の内なる魂も多様となり、その外の多様な自然と、人間の内の多様性とを結びつける絆を宗教に求めた導師たちは、この絆を見つける方法を多様な時代に多様な民族のために各々異なる形で教えた。

 古代アトランティスのタオヘのこの絆を確かなものにする最初の探求方法(道)は、古代インドのガンジス地方に現われた宗教だった。それは太古の聖仙たちにより与えられた宗教で、その崇高な教えは古代婆羅門たちの素晴らしいヴェーダ文学と当時の人間の最高の理解力を示すヴェーダンタ哲学の中にその面影を響かせている。

 この二つは、万象の根底に統一(唯一)的な宇宙原理が壮大な形で働いていると語っている。その宇宙原理はブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等々の名で呼ばれた。ヴェーダ文学の内容は、次のように言い換えられる。

 (一元的な宇宙原理は、円とその中心の図で象徴的に表せるので、三位一体の原理は、中心と、円の直径(半径)と、円周の3つで表現できるという。恐らく、その各々を、ブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等で呼んだのだろう。)



 宇宙原理は言った。『もし私が私自身によるのでなく、別の誰かによって同定されるのなら、私は私とはいえずに唯一のものでなくなる。

 君たちが、ある事柄を同定するには、同定のための高次の概念を前もって準備しないといけない。例えば、獅子、鷲、犬、狼のような動物たちを同定するには、猫科、犬科、鳥類などの高次の概念を前もって見つけなければならない。

 確かに、この世のどんな事柄も、その上位に相当する名称をもっている。しかし私は、自分の上位に相当するどんな名称ももたない。私は私であることにあるのだ!」

 この至高の存在が人間の出発点であり、かつ到達目標である。古代インドにおいても(高次への進化)が問題となった。「進化(発展)」という言葉は、人間が目標を見つけ出すための呪文だった。今日の人間が立つ地点にまで人類を導いてきた至高の存在がいるに違いない、と宗教は語る。

 (2001年宇宙の旅のモノリスのようなもの)

 神の源泉から現在の人間が立つ進化の通過点にまで下降しようとする願いがかつてあった。そのような願いが必然であり、真実であるのと同じくらい、この世の果実を再び神の源泉にまで連れ戻す力があることも必然であり、真実なのである。

 この力は神の願いにより人間の願いを克服し、神の目標により人間の目標を純化する力でもある。今日では太古の時代とは全く異なるものが宗教だと思われている。

 今日では内面に現れる神ではなく、外から啓示を与える神が求められている。というのも、人類は進化の途中で内と外との間に断絶を生み出したからである。その結果、内と外とをつなぐ生命力の代わりに、今日の意味での内と外とをつなぐ「言葉」が現れる。

 ヴェーダも「言葉」の意味だが、その言葉を通して、人間のなかの神の根源と目標について、また宇宙の原理について、賢者たちが語った。そう語る古代人は、現代人とは全く違った考え方を、「言葉」について持っていた。

 では古代人は、後の「言葉」となる「ヴェーダ」、「ロゴス」の本質をどのように考えたのか?

 いまあるイメージを思い描く。人間は事物に名前をつける。これは何で、あれは何という風に呼ぶが、人間の口がそのような名を語る際、その事物は人間の口から言葉として生じるわけではないが、その名はかつて神の「根源の魂」が語り出すことで、その事物を創造した言葉と同じ名なのである。



 このように太古の時代には、創造の言葉を発する根源の魂があった。

 根源の魂の言葉はそのまま事物をつくった。その後、根源から離れた人間の魂は、内に組み入れられた神性により、事物の中から言葉を取り出した。いわば事物のなかに眠る言葉を再び目覚めさせた。このような古代の言葉について、いわゆる宗教的な感情を持っていた古代インド人は、言葉を通して神との関係を展開した。

 (真言宗の真言のことでもある。)

 従って、古代では、自然の奥深くまで霊視できる人の生き方は、文字通り、神の言葉と結びついていた。そのような人は、かつて神が宇宙の中に吹き込んだ神性の言葉を語ることで鳴り響かせることができた。そのような人は当時、秘儀参入者だと思われた。

 古代インド人にとって、聖仙たちは普通の死する人間ではなく、不死の力を獲得した人だった。聖仙たちの魂は感覚界ではなく、高次の天界の中に生き、宇宙の根源である神霊たちと交わりを結んでいた。



 かつて仏陀が弟子たちに「私は1回目の人生、2回目の人生、3回目、四回目、十回目の人生、百回目の人生を回顧する」と語ったのは、仏陀の単なる想像ではなく、実際の体験であった。

 現代人がいま生きている人生を語るのと同じように、仏陀は過去の百の人生を語った。

 そのように繰り返される人生の中で、仏陀は感覚界(物質界)の経験だけでなく、超感覚界(霊界)の経験から語り、人類に超感覚界(霊界)を告げ知らせた。超感覚の認識こそが、全ての宗教の根源を認識できる要素だった。

 再度、タオを体験した古代アトランティスの民族を考えてみる。その民族は宗教を通して、自分(自我)を神と結びつけたのではなく、自分を、神の衣裳、もしくは莢だと思っていた。実際に、直接、内に神を意識していた。その民族は、現代人のように思考できず、賢くもなかったが、ちょうど果実が種を覆い包んでいるのと同じように、自分が神の核心を覆い包んでいる、と直接意識していた。

 この民族は、自分のなかの、この核心を見、感じ、この核心を通して過去を回想し、未来を予見した。それによって自分の中に輪廻転生の教えを感じとった。

 当時の秘儀参入者たちは上述の民族のような意識をもっていた。古代インド人にはじめてブラフマ文化を与えた秘儀参入者たちは輪廻転生を実感していた。だから、この地から出た様々な宗教全ては、輪廻転生を教える。人間の様々な活動のなかで、タオが感じとられた。

 現代人の魂は、外から来る強大な力により、内と切り離されているので、当然、転生(前世)の体験を実感できず、魂の限定された体験しか知らない。古代インドに続く進化段階以降は、古代ペルシアの宗教から始まり、北方へと拡がっていった民族の意識の中から、人間の魂が永遠に転生を続ける核心を包む莢である、という認識が消えてしまう。

 意識は生から死ぬまでの間の自己だけに向けられ、宗教(religare)もまた、誕生から死までの人生の間だけを探求するようになった。だから、唯一の一元性の代わりに、(内と外という)二元的な対立がはじめて強く感じられるようになった。

 古代アトランティス時代の人間はタオを根源と実感し、古代インドのブラフマン文化期の人間は、人間の内と外とをつなぐ一様な共通のブラフマンを呼び起こそうとした。そして、次のペルシア文化期の人間は、先ず二元性を感じとり、人間の中から生じた内と外との違い、つまり人間の内の根源と現在の人間の外見の容姿との対立を感じとった。

 万物を発する根源の、植物、動物、人間の物質形姿を生んだ(神の)言葉に注目するだけでなく、根源から切り離された不調和な外界の存在にも注目した。人間は後者を、根源の神からの堕落と感じた。光と闇、男と女のような、互いに対立し合う二極の原理が与えられた。

 それは内の根源を表現すると同時に、根源を逸脱した外の凝縮も表現している。これが人類進化の第二段階だった。

 『諸宗教に共通する叡智の核心』(一九〇五年一一月一六日:ベルリン)より

 (人智学通信 1994年1・2月 第46号より)

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 次回に続く。





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Last updated  2015年01月16日 14時52分24秒
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