シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年02月12日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 オカルトでは人体は光からなり、霊魂は愛からなるとされているが、前回紹介したつまらない脳科学番組とは対照的に、和食の番組は面白かった! 

 その番組では和食絡みで「日本人はなぜ生(なま)を好むのか?」を掘り下げていて、「旬」の味覚に辿りついていた。

 洋食と和食の大きな違いは「旬」で、洋食はできる限り手をかけるが和食はできる限り手をかけないの違いにあるという。だから、和食は、食材そのものがもつ旬に拘るというわけである。

 和食は精魂込めるといわれ、仏教の料理は精進料理といわれる。要するに精神、つまり霊魂を問題にするのである。

 では「旬」とは何かというなら、生命の成熟期という意味が浮かび上がる。つまり、霊魂の躍動期という意味に通じるはずである。

 生命は生命によって生かされる。死んだ物質をいかに集めようが生き返るはずはない。

 日本人は「生(なま)」が好きなのではなく、自然をそのまま採り入れることを好むのである。自然をそのまま採り入れると、下手すると食中りになる。だから、自然への知識がないと、自分の命を滅ぼすことになる。免疫力がなければ感染症にもなる。ある意味、食は自然との戦いでもある。

 古代では、人間は自然の創造者でもあり、守護者でもあるといわれた。自然を適度に食するには自然を育てないといけない。だからホンモノの和食は自然を育てることから始める。

 自然を食することで自然から学ぶ、という深い意味が和食には隠されている。だから「和」なのである。



 例えば、いま神様を太陽光線に置き換えてみる。すると、太陽光線に浴びさせることで、干物などができるが、これは一種の解毒でもある。

 また例えば、神様を食に対する知識、つまり「旬」と置き換えてみると、その知識や「旬」に作物を照らし合わせてから、口に入れるということになる。

 このことから医食同源という意味もわかる。

 病気になったとき、人体から病因を含む病変部を感覚として切り取ってきて、人体の健康の法則に照らし合わせて処置してから、人体に戻すというのが医であるが、食と手順は同じである。ただ人体の外と内の違いである。

 このように和食には古代の叡智が隠されている。和食が健康にいいというのは、古代の叡智が残っているからである。だから伝統が重んじられている。

 和食は味覚で味わうだけでなく、味覚を超えた自然感覚、地球感覚、つまり霊力で味わうべきである。

 だから、仏教の精進料理は、「精」神が「進」化するというわけである。だから精進料理とは食べているのではなく、生命と生命が愛を通じて一期一会で出会っているのである。

 神と対話する芸術なんである。だからバランスがとれ、霊魂にエネルギーが漲り中庸を歩むようになる。

 そのような霊力の話を紹介する。

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これまでに刷り込まれてきた多くの嘘に気づく
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-7ec1.html

 生活のなかで一瞬一瞬に考え、行なう全てが、宿命をつくり出す。なぜなら、人間は、自分の宿命を生み出すようにデザインされた生物だからである。そして、人間のもつ感情こそが、その運命を調整する鍵となる。

 人生で遭遇する全てに対して人間は感情を持つが、その積り積った感情は、人体内の細胞や血液の中にそれ相応の組み合わせのパターンをつくり蓄えられる。そのパターンが繰り返されると、それに呼応するある特徴をもつ電磁場の介入を招いて、自身が思い描いた像を現実化させ、人生を創り上げる。

 つまり人間の思考が、人生という現実を作りあげる。

 (我思う、故に我在り。)

 時代の夜明けや終焉などは特にエネルギーが大きく変化する。そして、その交代には常に権力の交代も伴う。最も活力に満ちた力が権力であることを理解すべきである。



 しかしこの力は上辺のニセモノで、実際は、権力とは知識なのである。

 ただ知識を持っているだけでは何にもならず、その知識をどのように使い、権力をどのように行使するかで、運命は決まる。人間を取り巻く現実は、人間を映し出す鏡である、という宇宙の法則が正しければ、人間が、知識をどのように使うのかが、人類に起こる出来事を決定する。この事実を把握するのは、人類にとって極めて重要である。

 知識からくる権力と、権力が与える試練を人類は避けることはできない。

 (叡智を毒にも薬にもするのは人類のその使い方にかかっている。)

 そして今日、人類は自分たちから、その力がなくなっていくかのように感じ、自分たちはまったくの無力だと信じ込むまでになっている。

 (お金を権力だと信じているから。)

 しかもそうした無力感はここ2、30年そこらでできたものではなく、こうした誤った信仰体系が、自分たちの細胞に蓄えられ、実は何千年も前に人類に刻み込まれたものなのである。

 (だから闘争や破壊でしか信仰体系を保持できない。平和のための宗教が破壊と闘争を生んでしまっているお粗末さである。仏教などは成仏とは無関係なお墓などにカネをかける堕落さである。)

 魚座時代が始まった時、そうした人類を少しでも救い上げるために、即座に誤った信仰から抜け出る能力を発揮できる霊魂たちが地球に転生して来た。こうした救世主たちは、宇宙の法則をよく理解している存在たちであり、そうした男女は人間を即座に癒すことができた。彼らは地球上で奇跡のような癒しを行なうヒーラー(導師)として、数百年にわたり活躍した。

人類は長い年月を通して恐怖することを教え込まれてきた

 あなたの人生はあなた自身で管理することが基本要件である。

 人生とは有意義で、人生には学ぶべき学習の場が沢山ある。中でも一番大切な学びは、ユーモアのセンスを養うことである。いかなる出来事に直面しようともユーモアを持ち続けながら、全ては人類の意識が進化していく歩みという視点を保ってほしい。

 人間は繰り返し何度もこの地球への転生をしている意識体だが、今回の人生でもまた、病気や餓死や戦争というような無意味な苦痛が避けられない不条理が人生であるとして受け入れ生きている。とはいえ、誰もが少なくとも1度は、人生で愛に触れる体験をしたことがあるはずである。

 そして、多くがその愛を体験するためだけに、この地球に何度も訪ねて来る。なぜなら銀河の果てに存在する我々が「地球図書館」と呼ぶ、この惑星ほど、愛に価値があり、豊かで、しかも多様性に富んだ手の加えられていない愛が存在する場所はないからである。

 愛とは極めて伝染しやすく、簡単に広がっていく。

 そしてその反対は恐怖である。もし恐怖について真剣に考えるなら、恐怖についての多くの考えが、祖先の血や歴史の本を通じて人類に教えられ、注ぎ込まれていることに気づくだろう。

 人類は神の権威や罰とか、自分の身体に対する不安など、様々な場を通じて恐怖や不安を持つように教えられてきた。つまり、外界には、必ず権威が存在しなければならないとか、そうでなければ生物学的に管理不可能であると説得させられてきた。

 しかし今となっては、どの国の政府や地方自治体でさえもが、もはや、それに所属する人々の面倒を見ることができない時代になっている。従って、そこで何が持ち出されるかと言うと、更に大規模な管理が必要な大きなグローバルな(コストがかかる)政府が必要だとか信じさせられようとしている。

 思考がどのように生まれるかというような質問すら浮かんでこないほど、人類は思考力を放棄してしまった。血液や知識というものは、1人の人間から別の人間へと何代にもわたり受け継がれていくものである。だからこれまで生きて存在した全ての人間の経験は、生物学的構造を持つ素晴らしい人体の中に刻まれている。

 繰り返し何度でも言うが、人体は、人間がこれまで設計してきた、いかなる優秀なコンピューターよりも優れた存在なのである。人間以上に優れた機械を人間は設計できない。つまり、人間がつくる全てのものは、人間自身が本来持つ素晴らしさを鏡として映し出しているに他ならない。だから人間を超えることはない。

 地球の「物語」を見れば、現代と同じような学びの場に直面した別の知的文明が存在していたことがわかる。

 いまの人々がどのようなことを考え、互いにどのように意思疎通を図り、更にどのようにして自分たちについての思い込みに辿りついたのかを知ることが、いまの人間自身を知る方法である。

 そのようにして辿りついた結論は、10年前であれ、1万2千年前であれ、今の人類とほとんど変わらない。つまり、いかなる意思疎通の形であれ、いつも一番声の大きな者が全体の信念体系をつくっていったことに変わりがない。いまの歴史は、そういった勝利者の声に満ちている。勝利者が正しいわけではなく、ただその声が大きく力強かっただけである。

 地球とかつてこの惑星に住んでいた住民たちの隠された秘密がある。

 その秘密は古代から受け継がれてきた遺産としての秘密であり、それは現代人の血液にも蓄えられている。現代人も何度も生まれ変わって来たことで、地球と地球の歴史を何度も体験してきた。そして「地球の本」が保管された地球図書館は、実は地球の大気圏にまで刻み込まれている。

 なぜなら、地球の大気圏そのものが、人類の生命を維持し、人類のエネルギーと知性を生み出し、なおかつ情報を保管できるからである。

 (人智学ではアストラルと呼んでいる。)

 そして実際に、薄い皮膚1枚を隔てて、人間の周囲を埋め尽くし存在する大気などの空間全てが、人間が何者なのかという物語を記録している。

 人間が息を吐くたびに自分の一部を記録として大気に与え、息を吸うたびに何かを自分に取り入れては変化している。このようなことが細胞レベルでも、互いに、全体とエネルギーを交換し、記録しあっている。

 しかし、人類は、自身を常に変わらない存在と信じることから、何度も繰り返し同じシナリオを忠実に再現することに疑問を抱くこともなく、そうした視覚的に同じ枠中に暮らし続け、それ以外の他の考え方や在り方があることを疑いもしない。

 つまり人類は非常に線形的な考え方と、定義可能で、予想可能な経験に慣れすぎているので、自分の現実を、その枠内だけに限って創造する。

 FAMILY OF LIGHT Pleiadian Tales and Lessons in Living
 book『プレアデス 光の家族』 バーバラ・マーシニアック著 太陽出版

                            抜粋

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 次回に続く。





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Last updated  2015年02月12日 16時33分48秒
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