シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年05月12日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 人智学を学んでいくと、キリスト教の父=子=聖霊の三位一体が、古代エジプトのイシス=オシリス=ホルスの三位一体と同じで、聖母マリアが子キリストを抱える像が、古代エジプトのイシスの目を表しているように、キリスト教は、古代エジプトのトート=三度生まれのヘルメスの教え、更には古代ヘブライのゾロアスターの拝火教に源流があることがわかる。

 余談だが、イシスの目とは、肉体では松果体のことで、オカルトでは第三の目とも呼ばれるが、端的に喩えるなら、ウルトラマンのカラータイマーのような霊界に帰れコールをする。つまり霊性を消耗し過ぎると、肉体に不都合が生じるので、早く寝なさいというサインを出す。

 また人智学から、バガヴァット・ギーター(神の詩)や古代アトランティスのタオを理解すればするほど、仏経が、これらの教えに由来することがわかる。

 つまり、シュタイナーによると、あらゆる宗教の源流は、霊界の法(カルマの法)を、現世に伝えることから派生してきたそうである。

 そこで、来るべき時代には、西洋と東洋の思想が融合し、更には、キリスト教と仏教が同一視されるようになることが預言されている。それには人類が、再び霊能力を取り戻さなければならない。霊界からみれば、どれも同じだからである。

 というわけで、キリスト教や、仏経の源流となっているバガヴァット・ギーター(神の詩)についてのシュタイナーの話を紹介する。

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バガヴァット・ギーター
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

バガヴァット・ギーター

 今日の人間に必須なことは、内面(精神)で真理を体験し到達することである。実際に真理を体験したいなら、外界の変化の無常を感じなければならず、数限りない悲しみや悲劇を味わうと同時に至福の喜びも体験しなければならない。

 つまり、 あらゆる存在から流れ出る生命力の息吹とその儚さを体験しなければならない 。

 生命の息吹と、感覚(物質)界の儚さに、自分の関心を結びつけなくてはならない。外界に、これまでにない苦痛と同時に至福を感じとれたなら、ついで自ら(の認識)を存在させている概念や理念に集中しなければならない。

 そうすると、「この概念と理念のなかに、私は宇宙の秘密や出来事の一端を捉える。」というイメージが浮かび上がる。

 これは、私(シュタイナー)がかつて著書『自由の哲学』のなかで用いたのと同じイメージである。真理を体験したいのなら、単なる知識として捉えるのではなく、完全な孤独を体験しなければならない。

 更にまた別の感情が生じる。外界全てを超え広がる、壮大な理念界(神界)の体験をし、同時に、自分の概念や理念のなかにとどまろうとすれば、「今いる、この空間と時間から離れなければならない」という深い苦悩が浮かび上がる。

 それは孤独の体験であり、凍りつくような寒さの体験である。

 そして、「いま、私は、この孤独な理念(概念)のなかにいる。」のを体験する。・・・

 ついで、理念(概念)界のなかで、自分が孤独となり、道に迷うのを体験する。心を深く掻き乱すような体験である。

 そうして、「全ては私自身である。私一人のなかに全てが生きている、というのは真実である。」と悟るようになる。すると、あらゆる存在への疑念が無限に大きくなるのを体験する。



 苦悩と疑念の後に、自分を内面(精神)から解放すると、疑念の正しさを知る。というのも、物質界の時間や空間から理念が生じたものと信じ込んでいたので、この疑念が起こるのは当然だったからである。

 しかし、そのとき何を感じるのか?

 理念界を精神界から体験した後、理念界をどのようなものに感じるのか?

 そのとき初めて、霊感が授かるのを感じる。

 それまでは、無限の荒地が、深い淵のように自分の周囲に広がっているのを感じていたが、そのとき、深い淵から出現した岩の上に自分が立つのを感じはじめる。



 以上の体験は現在の人間の霊魂が経験する次の進化段階である。今日では既にガラクタとなっている真理を再び真剣に取り扱いはじめる段階である。

 上述のような感情を心の中に担うことが、大きな衝撃の後にクリシュナからアルジュナに与えられた以下の第一の真理への準備となる。

 「有為転変のなかを生きる永遠の精神についての真理」

 概念や理念は悟(知)性には抽象的に語られる。

 クリシュナはアルジュナの心に語りかける。

 悟性には全く凡庸にみえるものが、心には無限に深く崇高にみえる。

 以上の事実から、「バガヴァット・ギーター」の冒頭の深い震撼から必然的に第一の段階(真理)が現れるのがわかる。

 さて、次の段階である。・・・・・・

 クリシュナがアルジュナを神秘の世界に導いて、理念界を明らかにした後、アルジュナに次の段階を示すのはごく自然に感じられる。いかなる霊魂も正しい出発点を見つければ神秘の世界に到達できる。

 そのために、・・・クリシュナは当時のあらゆる教条主義を拒まねばならない。彼は徹底的に、あらゆる教条主義を拒んだ。第二の段階で、厳しい言葉がみつけられる。何世紀にもわたって、当時の最高の人々にとって神聖であった『ヴァーダ』の内容が徹底的に否定される。

 「ヴェーダの言葉に拠るな。ヨーガに拠れ」。つまり、汝自身の心の内面に拠れ、ということである。

 (ヨーガとは、人間の内面から神を探求する姿勢のことである。古代インド文化で開発された。)

 『ヴェーダ』に虚偽が含まれているのではない。・・・当時の人間の霊魂の進化段階から更に出発することを、クリシュナは、彼に教えようとした。あらゆる独善的な叡智はあえて無視されねばならない。

・・・高次の超感覚界の具体的な真理に本格的に参入するのに前提となる事柄が、アルジュナにも前提とされねばならない。

 「バガヴァット・ギーター」以来、一般の人間に当たり前となるものに、クリシュナはアルジュナの注意を向けた後、彼がヨーガを通して得るべき真理を認識するように導いた。アルジュナは初めてヨーガを体験する。これが次の段階である。

 第二段階として、「バガヴァット・ギーター」の最初の四章の内容から、真理が人間個人の経験へと劇的に発展しながら進行していくのがみえる。

 クリシュナはアルジュナに、ヨーガの道を述べる。彼は、日常の概念と理念についての霊視から、ヨーガを通してのみ到達可能な次の段階に至るために、アルジュナが体験すべき道を述べる。その概念と理念に正しい光を当てる必要がある。

 アルジュナはヨーガへと導かれねばならない。これが第二段階である。

 第三段階には、再び劇的な発展があり、再び神秘の真理が語られる。・・・・・・

 現代的な意味で、ヨーガは意識を拡張に導き、固有の包括的な存在との同一化に導く。そうして各個人は地球全体に織り込まれるのを感じる。しかし、そう感じても、自分が、ある一定の時間と場所に縛られているとは感じない。

 自分の人間性が地球の始まりから終わりまでどう進化するかを感じる。地球の進化を貫く人類の進化の無限の連綿を感じる。そのようにヨーガは、地球の進化のなかで輪廻転生していく霊魂と自分が一つであるという感覚へと進む。それが第三段階である。

 このギーターという崇高な叙事詩は、内面的・芸術的に段々と高まっていく構成のなかに、神秘の真理をうつしだしている。第一に通常の概念のなかでの示唆、第二にヨーガへの指導、第三に地球を超えた素晴らしい生命の輪廻転生についての叙述である。

 そこでは、クリシュナはアルジュナに、

 「君の心のなかに生きる魂は、今まで何度も生きてきた。君はそれを知らないだけで、私は体験してきた自分の輪廻転生を振り返り、知っているのである。私は君を霊的に高めて、私が(過去の)自分を感じるように、君が君自身を自覚できるようにしよう。」

 という見解を述べる。

 これは新しい劇的な瞬間である。深く秘められた真実と同時に美しい瞬間でもある。人類は日常の意識や思考の世界から、自分の心のなかにあり、地球の様々な転生を通して生きていく永遠の生命である魂の概観へと進む。

 「シュタイナー古代秘教講義」p64

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 平和に生きるということは宇宙全体を見渡す能力をもつことである。





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Last updated  2015年05月13日 16時41分25秒
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