シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年08月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回の続きだが、いま世界でおこっていることと、がんの発生は非常に似通っているので、簡単に紹介する。

 ニセモノユダヤとその一味の戦争屋が現在の地上での地位を失いたくない恐れから、その恐れに世界中が振り回されているのが、いまの世界の現状である。連中は悪魔なのに、人類の支配を失うのが恐ろしいのである。人類に無視されるのが最も恐ろしいのである。

 だから弱い者虐めをして目立とうとしている。恐怖を周囲に撒き散らし、自分の恐れから逃げようとしている。

 人類のガンというべき存在である。しかし考えてみれば恐れは自分でつくっているものである。何も怖れるものはない。我々人間は皆神の子だからである。

 恐れから逃げようとするから恐ろしくなる。案ずるより産むが易し、である。

 米国から覇権が奪われ、他国に移るのは時代の流れである。それに逆らえば恐怖を増加させるだけである。

 人智学ではすでに現在のアーリア文化期が終わりを告げることが明らかになっている。

 さて、ガンも同じように、現状への不満から生じる。不満をもつのは、現状を認めない意識からくる。現状を認めない意識が分離し、自分のなかに葛藤を生み出すから、障害となり、苦痛となるのである。



 このカラクリがわかれば、なぜ人間がこの世に生きるのかがわかるはずである。

 さて、前回、土下座が、ヨガの蛇のポーズかもしれないと書いたが、ネットで調べると蛇ではなく以下のポーズらしい。

 ★         ★         ★

ヨガポーズ
http://www.noa-yoga.com/pose/19034.php

日本語名 腕を伸ばした子供のポーズ

 サンスクリット語名 ウッティタ・バーラ・アーサナ

腕を伸ばした子供のポーズ-thumb-300xauto-20450.jpg

 → 両足の親指をふれさせ(重ねない)正座の状態から、息を吐きながら身体を前に倒す。
 → 額(第三の目)を床につける。
 → 両腕を前に伸ばし肩は落とし耳から遠ざけ首の後ろを長く保つ、臀部をカカトに下ろす。
 → 背中の上部を左右に開き緊張が全て肩から腕へ身体の外へと逃げて行くようにする。


ポーズの効果

 心が安らぐ、安らぎを感じるポーズ。
 意識が中心に集まる。
 身体の失われたバランスと調和を取り戻すし、心を開かれた状態にして、物事を受け入れやすくしてくれる。



 ★         ★         ★

 では前回の続きである。

 ★         ★         ★

 (前回は苦痛から逃げないことが大切という話だった。)

 そういう意味では、この沢本さんは救世主みたいなもんですが、多くの人にとって、この言葉は救世主的な言葉として響くのではないでしょうか。

 もちろん、このことを知ったからといって、実行することは、そう簡単なことではないし、沢本さんも、「だから徐々に徐々にね」と言っていますが、実際には、かなりの時間がかかったと思います。

 しかし、釈迦やイエス・キリストでもない沢本さん、つまり、私たち同様の普通の人が、このような激しい悟りを得たという「事実」は勇気づけられる材料とはなりはしないでしょうか。

 ところで、後に沢本さんは「なぜ自分はガンになったのか」を考えるうちに、 自分の性格にその原因があることを自分で突き止めます 。 きまじめすぎる性格などがそうですが 、そういう「性格」や「気質」、沢本さんは「心」と言っていますが、そういうところまで変えないと、病気は治せないもののようです。

 気質や性格が変わることに時間がかかるのは当たり前ですので、沢本さんもずいぶんと時間がかかったと思われます。しかし、結果として、

 「 痛みに感謝する 」

 ところから始まり、結局、ガンは沢本さんの性格までを変え、そして、ガンになった後は、それまでギクシャクしていた家庭も旦那さんの性格も変わり、何もかも幸せになったらしいです。

 つまり、この本に書かれてあるのは、

 「ガンが自然に治ってめでたい」

 という話ではなく、

 「 ガンになったおかげで、私は幸せに生きる方法を見つけた (ガンになっていなかったら、不幸なままだった)」

 という、ものすごく積極的な人生を体験した人たちの証言集なんです。

 で、そのような本の中にあった「痛みに感謝する」という模索は、私自身の今模索している生き方と非常にリンクすることに気づいて、まったく、もう本当に今、この本に感謝しています。

 「恐怖に感謝する」

 「不安に感謝する」

 という考え方は、実際、私の中になかったのですよ。

 「克服する」とか、神経症治療の森田正馬さんの提唱した(不安や恐怖に対しての)「あるがまま」ということばかりで。

 もっと積極的な、「それに感謝する」という考えはなかった。

 考えてみれば、不安も恐怖も自分の心の中で作りだしているものなのですから、「 不安も恐怖も自分そのもの 」だということを考えると、不安や恐怖や痛みに感謝することは不思議でも何でもないということもいえそうです。

 (中略)

 いずれにしても、この沢本さんの言葉・・・というより、この言葉が出ていたこの『幸せはガンがくれた』の著者の川竹文夫さんに感謝したいです。

 もちろん、「破壊のための自分戦争」は、そっちはそっちで推し進めなければならないですが。

 そして、ここに至って気づいたことは、感謝するという思想の本当の意味は「 すべてと一体化する 」ための実践方法のひとつだということでした。この意味は、つまりは、 「感謝」と「この世の正体の把握」には密接な関係があるというようなことだと思うに至ったのです 。

 (中略)

 実はこの「苦痛に感謝する」という「現実的な輪郭」については、少し前の記事、

・「私はいかにして病気を愛するようになったか」 : 筋ジストロフィーに対しての米国のリアルバービー女性の超越した肯定的態度と全語録
 2015年07月29日

 の「リアルバービー人形」アンバー・グスマンさんの、一種狂気とも思える「自分の肉体が萎縮していくすることに感謝して陶酔する」という概念に直面した時にも何かを感じたのです。

 (中略)

苦痛もまた必要だから起きている

 考えてみれば、西洋医学が「苦痛(症状)だけ消せば、病気自体は治らなくても、それでいい」というものになってしまったのは、その根底に、今の私たち人間社会が、

 「苦痛はとにかく悪いもの」と考えていることと、それに加えて、

 「 この世に偶然はなく、起きることはすべて必然 」

 という摂理を忘れているからかもしれないとは思います。

 実際には、苦痛は多くの場合(おそらくは全部)、体の回復を示しているもので、悪いものではありません。

 「起きることは全部が必然」というのは、たとえば、先ほどの料理教室の章に出てくる別の女性のお言葉に下のようなものがありました。冒頭に「先生」とあるのは、東城百合子さんのことです。

 『幸せはガンがくれた』より

 「先生がおっしゃった言葉で、私にとって決定的だったのは、偶然ということはあり得ない。全部必然だって、必然で世の中すべて動いているというふうにおっしゃったのです」

 「私はそれまで、できたら、ガンになったのは偶然、たまたまだったんだと思いたかったわけです。でも先生は、必然だとおっしゃる。ということは、必然ということは、私にとって、ガンはすごく必要で起きたことだったのです」

 「そう思った時に、やっぱり病気の捉え方が百八十度転換しました。必然で起きたことならば、ここから、私は何かを学べということなんだなって」

 ちなみに、この女性もまた、ガンになった原因に「自分の性質」があることに気づきます。

 というのも、この女性は、ガンになる前からずっと、添加物の入った食品は避けて、肉は一切食べず、当然、タバコも吸わない、という「健康に徹底的に気をつかった生活」をするような真面目な人でした。

 なので、ご自分がガンになった時、「なぜ私が?」と思ったそうですが、 そのガチガチに凝り固まった生き方に問題があったと気づくのです 。

どんな健康法も「思い詰めたように」行うと、むしろストレスになって良くない面はありそうです 。安保徹さんも著作の中で、徹底した自然食の実践者やマクロビオティックの人たちが次々とガンになっていくことを書いていましたし、先日の記事の坂本龍一さんも、マクロビオティックの実践者であり、過去にはヴィーガン(完全菜食主義)だったこともあったそうです。

 良い食事=健康、というだけのことではないようです。

 話が逸れましたが、この料理教室にいる安永和代さんという方の話の内容は、あまりにも何もかも良い方に転がってしまって、何もいえなくなるほどです。

 この方の場合は、旦那さんが工場を経営していたのですが、経営もままならず、夫婦関係もギスギスし、いつも家族はイライラしていて、ついに旦那さんはガンになってしまい、工場も手放すはめになります。

 普通の想定下ですと、「不幸への転落の図式そのもの」ですが、その後のこのご夫婦は・・・。

 『幸せはガンがくれた』より

 「私、あの時、主人が病気して本当によかったと思いました。ああ、これで、生まれ変われるって。だから今はね、私、主人を子育てしている気持ちでいるんですよ」

 「だから絶えずこう、スキンシップして。勤めに出る時もですね、私、毎日玄関に出ていって『肇さん、行ってらっしゃい』って、こうするんですよ、こう、ね」

 恋人がひしと抱き合うように、和代さんは、毎朝の儀式を再現してみせる。

 「『肇さん、行ってらっしゃい』と言うと、この人、『うん』としか言わない。『うん、じゃないでしょう』と私が言うと、『和代、ありがとう』って、そして出ていくんですよ。本当に幸せですよ。病気する前だったら、「うるさい」って叱られますよ」

 「夜、帰ってくる時は、バス停で待ち合わせて、横浜からずっと歩いて帰るのです。手をつないで、夜空を見ながら。そうしますと、ご近所の人が、『あ、安永さん、本当に手つないで歩いてる』なんて」

 「主人は『俺の人生、ずいぶんと変わった』って言うから、『よかったじゃないの、よかったよかった』って、ずっと手をつないでね」

 ここまでです。

 (中略)

 同じ本からの抜粋だらけになってしまいましたが、「病気」というものが、実は人間生活にとって「非常に積極的な存在」であるかもしれないということを知ることができたと同時に、今回知り得た「苦痛に感謝する」という概念は、自分自身をも変えることができるかもしれないという希望に結びつきます。

 この「痛みへの感謝」のことを語っていた沢本さんは、以下のようなことも言っていました。

 「 変われるのよ、人は。変わろうと思えばね、変われる 」

 なんというか・・・今回の記事を読まれた方は・・・というと僭越ですが、つまり、沢本さんの言葉を実践しようと思えるのなら、読まれたすべての方が、ガンになっても治るでしょうし(どんな治療法を選択しても)、そもそも大きな病気にはならないのではないかとさえ思えます。

 ★         ★         ★

 現実を常に受け入れるのが、自分が常に変わることなのかもしれない。





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Last updated  2015年08月14日 12時15分16秒
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