シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年10月06日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 巷は先週はラグビーウィークで、今週はノーベル賞受賞ウィークとなっているようだ!

 ニュートリノに質量があるというのは、理論物理のなかでは、標準模型に満足しない個性的な人たちが盛り沢山の世界なんで、数十年前から予想されていたが、それを観測するとなると大規模な施設と予算が必要なんで、それを実現したカミオガンデもんの努力は素晴らしいものだからこそノーベル賞を受賞したのだろう。

 ノーベル賞を受賞するのは、ニュートリノの質量があるのと同じで時間の問題と20年前からいわれていたが、当時は戸塚洋二氏の名前が素粒子物理では有名だった。

 理論の世界はひたすら思考実験という名の勉強で、実験の世界はひたすらデータ処理という名の労働というのが物理界の鉄則みたいなもんである。いずれにしろ人と同じことをやっていては駄目である。パクリなんか論外なんである。人がやらないことをやる、のが基本である。

 医学生理学賞の微生物の受賞にしろ、物理学のニュートリノの受賞にしろ、他の人とは異なることをやったことに意味がある。微生物の受賞者の人は、様々な経歴を渡り歩き微生物に巡り逢えたのが天運で、ニュートリノの受賞者は、実験はそれほどアタマを必要としない代わりに、観測機器管理や、データ処理やデータ解析という、ひたすら精神力や忍耐力の毎日を続けたのが天運ともいえる。

 努力して当たり前だが、その努力が必ず報われるとは限らないのがシナリオ、マニュアルのない世界なんである。

 かつてこの国では、学問ができ、アタマが良い子を、末は博士か大臣かといって誉めそやしたが、恐らくこの表現は、理数系の頂点という科学者の意味で博士を、文教系の頂点という意味で大臣という言葉を用いたのではないかと思うが、博士の方は主にノーベル賞級の国際的評価も高い人たちが世界七位といわれるほどに輩出しているのに、大臣の方といえば、もはや賄賂やインチキだらけで国際的評価は月とスッポンの散々な結果となっている。

 現在のこの国の大臣の頂点が不正選挙のインチキでなったアホだから大臣が散々で残念な結果は当たり前といえば当たり前である。せめて待遇や給料は国際的評価を基準にすべきではないかと思うほどアホダメ大臣は高給取って税金を浪費しまくりだからこの国は終わりである。



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アドリブきかない役者は三流
http://my.shadowcity.jp/2015/10/post-7954.html

 シリア難民に関して聞かれて、「日本は女性がー、高齢者がー、出生率がー」と、頓珍漢な回答をしたアベシンゾーの件なんだが、あれは 台本にない突発的な質問だったそうで 、脳味噌ないので、アドリブは無理です。台本があっても、シドロモドロなのにw でも、タイムリーな話題なので、記者だって聞くよね。

 「難民については、とにかく難民を出さないようにするのが大事」とか言っときゃいいんだよw なんで難民の話で、日本の出生率になるんだよw

出来レース 」批判された安倍首相国連会見 質問を事前設定か
 「もう1つ、質問が有る。あなたはシリアの難民問題で支援を表明したが、なぜ難民を受け入れないのか?」
ロイター通信の記者がこう質問すると、通訳を通して質問を理解した安倍首相の表情が強張った。

 実は、その質問に慌てたのは安倍首相だけではなかった。 会見場にいた日本人記者全員が「予定外」の質問にざわめきたったのだ 。


アイ・アジアが入手した首相官邸の資料や取材に応じたアメリカ人記者の話によると、この会見では、質問者も質問内容も予め決められていたのだ。つまり、出来レース会見だったのである。

日本のマスコミは、コレをオカシイと思わない 。 マスコミばかりじゃない、国会の質疑だって、事前に台本が作られる 。

 たまに、 共産党とか、台本にない質問を浴びせると、大臣も官僚もアタフタしてシドロモドロです アタマの悪い世襲政治家ばかりなので、台本なしでは政治が出来ない。だから、ジャパン・ハンドラーズの餌食にされる 。

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 この国の大臣は官僚が書くシナリオかマニュアルがないと動かないアホなんである。ダマスゴミ記者にも事前に配られ、芝居の演技をさせられるわけなんである。まだ俳優の方が独自の演技を持ち込みアドリブがきくだけマシである。官僚の方もシナリオかマニュアルを書くのが仕事だと思っているから始末が悪い。

 インチキや詐欺を仕事とするのは地獄行きのパスポートなんである。

 マニュアルがないと何もできない大臣らの低能ぶりと、マニュアルなんか何の役にも立たない博士らの優秀ぶりの明暗がはっきりくっきりと現われた今日この頃である。

 というわけでシュタイナーの人智学的医術の話を続ける。

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 というのも人智学は、現代人に決定的なショックを与えるような事実を知っている。

 つまり、人智学が知る事実とは、人間の長い進化の歴史のなかで、現在の進化段階で創られるべき眼という視覚器官のために、人体に必須の経過が、前回述べた視覚による骨格の形成という正常な経過にまで至る前段階の炎症の要因となる経過である、ということである。

 炎症の要因となる経過と同じ経過が、抑制され、緩慢にされて、凝縮された場合を考えると、眼の形成が想定できる。だから眼を観察することで、炎症の傾向の有無を確認できる。この眼の観察法を修得すれば、眼から炎症の兆候を見通すことができる。

 実際、人間の視覚は、人間のエーテル体の観察と密接に関わっている。エーテル体を実際に知覚する方法は、瞑想を通じて、霊視力獲得へと至る内観のような精神修養法があるのは勿論だが、外界からの養成法もある。

 自然の経過を正しく見て、捉えるように努力すれば、炎症の傾向の有無などの直観を、自然の観察を基にした判断力から獲得できる。霊視力に関わる器官は、基本的には、内部から養成されねばならないが、その補完ともいえる、判断力などは外界を手掛かりに養成できる。

 外界に接近して判断力を養成すれば、この判断力が、瞑想による通常の内部の霊視力養成法、いわゆる内から外へと進化する過程に外から内へと対応するようになる。

 さて、次のような疑問も生じてくるかもしれない。

 人間の眼と同様に、動物の目でも観察できないのか?

 さて、人間の場合に当てはまることを、動物に当てはめると非常に悪しき過ちを招く。公開講演でもしばしば強調してきたが、今回は特別に強調したい。人間も動物も、眼は目であり、肺は肺であり、肝臓は肝臓で、同じ器官に違いないと考えがちである。

 しかし、この考えは間違いである。

 確かに人間の眼は、動物にも目としてある視覚器官に違いはないが、人間の眼には、自我が組み込まれている点で、動物の目とは異なり、修正されている。

 そして、人体の器官内で起こる経過に自我が浸透していることが、特に病人には極めて重大な役割を演じ、自我に浸透されていない動物の器官よりも遥かに重要である。

 この自我の浸透の有無が考慮されることがほとんどないため、例えば、外見から、どのナイフも同じナイフと説明する人がいるが、一方がテーブルナイフで、他方がひげそりナイフである場合もある。

 自我の浸透を考慮せずに、人間の眼と動物の目を同じと説明する人は、このナイフの喩え話と同じである。外見だけで判断するのは無意味である。

 特に研究が単なる外見だけに基づいているなら、その研究でもたらされる成果は何もない。動物からもたらされたデータに基づく研究などは、人間の自我を想定していないので、人間に関する研究をかえって妨げることになる。

 というのも動物とは異なり、人間の場合、人体のほとんどが自我に浸透されているので、自我を無視するのはナンセンスだからである。

 さて、人間の耳は、眼とは異なった経過で創出された。外界からの判断力の養成に伴い、外界に適合するために創出された眼の理解を習得し、眼を通じて、瞑想の内観などでエーテル体の霊視力へとアプローチできるのと同様に耳も理解できる。

 つまり、眼と同じ瞑想の内観などの手法で、霊聴力の獲得へと到達できるのは勿論だが、また外界から判断力を養成することに伴って、外界に適合するために創出された耳の理解も習得できる。

 人間には動物と同様に耳があるが、この耳の形成は、動物にはない自我に浸透されている、という事実を、正しく観察できるように、自我を教育できる。

 更に耳を研究していくと、この耳の形成は、視覚によるエーテル体の骨格が、人体の周辺に配置されているのと似たような形で、人体のより内側に配置されているのがわかる。

antromed14-1.gif
 上図には間違いがある。青線と薄青線が頭部で入れ替わっている。

 直観力を耳の形成、つまり聴覚による骨格の形成にまで関係づけると、自我が眼の形成に関わるのと同じように、耳の形成にも関わっていることがわかる。自我はまた、人体のなかに、視覚とはまた別の骨格を組み込む。人体に組み込まれる骨格を、物質体が異物と捉えないのは、自我に浸透され、耳を形作る基礎となった組織だけである。

 従って、更にまた別に、この耳を形作る基礎となる自我の浸透による骨格を、図に描く必要がある、これを青点線で描く。これは黄線の骨格よりも内側にあり、他の骨格ほど四肢の中に拡がらずに、組織化されないもので、仮に、この骨格を人体から取り出せたら、腕も脚もなく、切り株のような形をもつ。

 つまり、この骨格は、形成を幼児期の段階で止めてしまっている。またこの骨格は、他の骨格よりも、頭部に向かって未分化なっている。とはいえ、この骨格の形成は、耳の形成に関わる自我の組織化力によるもので、聞くという聴覚の根底にある経過全体の骨格が、青線の自我による骨格と対になっている。

 この聴覚による骨格を、黒線の視覚による骨格と同様に、図には(前図参照)薄青点線で暗示しておく。この聴覚の骨格も人体のなかで、ある特性をもつ。人体内で自我が過度に強く作用すると、この薄青線の骨格は異常になる(腫瘍化する)。

 眼の形成で扱った骨格は、自我が人体表面で、過度に強く作用する場合だった。

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 青線と薄青線の関係はまだはっきりと理解していないので、間違っているかもしれない。後に訂正しようと思う。次回に続く。





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Last updated  2015年10月07日 16時51分41秒
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