シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年11月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 シュタイナー教育というと、自由な教育と思われているが、「自由」という言葉ほど曲解させるものはなく、自由を放任と考えてしまいがちである。

 自由と放任では真逆である。自立した大人の自由を認める意味での放任ならわかるが、自立できていない子供を放任するのは保護者として無責任である。

 自立とは本人の意志に任せても道徳や法律を守って行動できる、ということである。

 思想の上で自由なのは勿論、子どもでも同じだが、それを現実の世界に持ち込み、現実の世界を天国にするためには、認められる行動と認められない行動の区別が必要となる。

 思想の上では自由でも、その行動となると、他者や社会がもつ自由を制限しないような行動でないと認められない。

 だから、自由とは、道徳や法律に則ったものでなくては駄目なんである。

 持ち込む(自由と思いこんでいる)行動が、今ある自由を制限しては不自由になるから、今ある自由が道徳や法律の上で更に自由になるのでなくてはならない。多種多様になる。つまり具体的にいうなら、選択肢が拡がるということである。

 人はみなこの世界を天国にするために生まれてくるのに、地獄にしてしまうのでは落第で神々の意志に背く。

 そういうわけで、認められる自由な行動の見極めが重要となる。なんらかの行動を社会から認められるには、まずは道徳や法や習慣を理解しなくてはいけない。結局、この世界の仕組みを知らないと「自由」な行動がとれないということなんである。



 実は躾こそがシュタイナーの自由の教育である。自由とは何かを教えるのが自由の教育である。

 勿論、親や保護者も逆に子どもから自由を学ぶこともある。例えば、芸術的な表現での自由などである。画用紙内でならどんな絵を書いてもよく、また騒音でなければ、どんな音を発してもよい。そういう無邪気な表現は子ども独特である。ピカソの絵が子どもの絵にみえるのも子どものもつ自由の斬新さを現わしている。

 芸術の世界では自由と放任の区別がつきにくいが、つくった作品が人に不快感を与えるもの、落書きや騒音であっては駄目ということを教えるべきである。

 シュタイナー教育はなにも目新しいものではなく、躾のことである。躾を霊魂の上から説いたにすぎない。そういう躾をされてこなかったアホバカが政治家になって総理になって法律を破るから、この国はおかしくなる。

 健全な国家をつくるには、子どもの躾が重要である。

 そのような区別の話を紹介する。

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過保護よりもタチが悪い! 一歩間違うと大変キケンな「自由のびのび型教育」の落とし穴とは
http://itmama.jp/2015/08/26/87271/2/

自由と放任を履き違えると…

 もし、通っている園が自由保育とは名ばかりの“放任保育”をしていたらどうなるでしょう。



家庭でのしつけも同じこと 。「うちは“自由のびのび”がポリシー」と言って、ご飯を食べずにお菓子ばかり食べてもOK、手づかみで食べてもOK、ねだれば何でも買ってもらえるような生活をしていると、子どもは粗暴になり“野生児”と化してしまいます。

 これでは、感情をコントロールする必要がないので、我慢する忍耐力も育ちませんよね。

 また、家であまりに自由にしていると、お友達の家で勝手に冷蔵庫を開けて飲み食いをしてしまい、恥ずかしい思いをすることも。

しつけを全くされずに育ってしまうと、そのうち人との関わりで亀裂が生じます

「自由のびのび」教育は過保護よりも大変!

 (自由にのびのび、といって法律を破るようでは社会破壊になるだけで、かえってその罪にびくびくする人間になる。)

 そもそも“自由のびのび”型の教育は、手取り足取り指示を出す“過保護・過干渉”型の教育よりも、親は何十倍もの労力や精神力が必要になるものです。

 なぜなら、子どもが何を考えどう行動したいのか、手や口を出すことなくじっと観察していなくてはならないから。

 どんなに子どもの行動に不安を覚えても、親は信頼してじっと我慢しなくてはなりません。着る服を一つ選ぶのにも子どもに意志を尊重するため時間がかかります。親が「これを着なさい」と指示をした方が時間も短縮できますし、親が思った通りになるので楽なのです。

 もちろん、子ども側も親からの指示がないので、自ら判断し、コントロールしなくてはなりません。

 このように、“自由のびのび”型の教育方針には、親子ともに相当の自覚が必要になるものです。安易な気持ちで“自由のびのび”を教育方針に掲げ、子どもを放置するようなことだけは絶対ないようにしましょうね。

 いかがでしたか?

 ルールのないゲームがゲームとして成り立たないように、一定の枠組みない自由は認められるものではありません。

 自由と放任を混同しないようにしましょうね。

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 この著者も自由を悪のように誤解しているが、過保護のほうが、自由放任よりマシといっているだけにすぎない。そして、過保護の方が親には「楽」を選択できるという飴を強調しているのはいかがなもんか?

 確かに選択肢のなかで迷っている子どもにアドバイスをする必要はあるが、親が子どもの意志を奪ってまで決めるのはよくない。

 もし決めるとするなら、なんらかの事情を説明すべきで、例えば、予定していた時間に間に合わないから、とかである。はやく決めればそれだけ自由時間が増えるし、遅くなると、計画通りに進まないことを学ばせるべきである。

 また、ある程度の時間を待つのも親の務めであるし、子どもの性格を考えて徐々にすみやかに決断できるように誘導するのも親になる親の教育である。なにより、すみやかに決断できれば自由が拡大する。

 服装については、親は習慣を教えないといけない。TPOに合わせて、どのような服装がよいか、とその理由を教える。だから、自由な教育を行うには親が自由を身に着けていないと駄目なんである。親がどういう心境で服を選択するのかを理解させる。4つの気質に合わせた服装の色なども目安になる。

 この話からもわかるように、自由な教育とは、親がその自由を既に体現していないとできない代物なのである。自由な教育が誰もができるわけではなく、その敷居は高い。

 さて、自由な教育には最低限、4つの気質の話が必要なので続ける。

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人間の気質(改変)
http://higusumi.world.coocan.jp/japanisch/steiner/kyoikunohaikei/kyoikunohaikei_5-1.html

 シュタイナー教育では、子供の気質を、教育の一つの目安にしています。シュタイナーは、人間の気質を、次の四つに分けています。

 胆汁質、多血質、粘液質、憂欝質

 なお、この分類自体は、古代ギリシャのヒポクラテスやガレーノスの主張に沿っている。ただし、シュタイナーは、人智学の知見を加えて説明している。以下は、全集五七番の中の「人間の気質の秘密」の章に基づく。

 なお、以下は大人の場合です。

胆汁質―自我(ジャイアン)

 胆汁質は、自我、アストラル体、エーテル体、物質体の四つの構成要素のうち、自我が強い。その性質は自分を押し通そうとし、攻撃的で、カッとしやすい。

 自我はアストラル体のような感覚をもたないが、肉体での表現は、血液循環系に主に作用し、優勢にする。アストラル体の肉体での表現は、神経系だが、自我が強すぎると、血液循環の抑制が神経を通じて効きにくく、情緒不安定にする。

 胆汁質の人間としてナポレオンが挙げられる。ナポレオンは自我が強すぎたため、他の構成要素、特に肉体が小さくなった。この気質の人の歩き方の特徴は、地面を踏み込むようにして歩く。顔つきは、深く刻み込まれ、輪郭がはっきりしている。

多血質―アストラル体(スネ夫)

 アストラル体が強い。肉体には神経系が優勢に現われる。その性質は、感情や想念がしばしば揺れ動き、一つの印象にとどまっていられない。とても明るい気質で、表情はよく変化する。姿、体形は、細長く。跳ぶような歩き方をする。

 粘液質―エーテル体(ドラえもん)

 エーテル体が強い。「粘液(液体)」は外から力を加えても、振動がなかなか伝わらない。しかし一旦、振動し始めると、今度はなかなか収まらない。そういう性質で象徴されるような気質である。

 外に向かっては不活発で、無関心な表情をもち、この気質が生命力の担い手であるエーテル体が強いというのは一見理解しがたいが、エーテル体の中で満足しきって、自分自身で満ち足りてしまい、他のことに関心がなくなる。内的な快感を見てとれる。歩き方の特徴はゆっくりとヨチヨチした歩き方をしている。

 憂欝質―物質体(のび太)

 憂欝質は物質体が優勢である。この気質は名前から想像がつき、メランコリーがある。この気質は、物質体が強すぎて、霊魂が扱いきれないように感じ、痛み、不快、悲しみとして感じる。つまり、物質体がエーテル体の快適さを阻み、アストラル体の運動性を阻み、自我の目的を阻んでいると感じるので、メランコリーな気分が生ずる。

 この気質の人は、頭を垂れ、首筋を自力で立てることができない。目はボンヤリし、歩き方はしっかりしているが、引きずるようである。

 もちろん、この類型通りに人間を区分できるわけではなく、混合型の無数のヴァリエーションがありえる。たとえば、ナポレオンにも、粘液質がかなりまじっていると、シュタイナーは言う。

 ただ人間を型にはめて理解するのではなく、各要素の強弱によって、気質の違いが生じることを知れば、人間を知る手がかりとなる。子供の教育でも、どの構成要素が強いかを見分けることは、教育の仕方に反映してくるので重要となる。

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 次回に続く。





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Last updated  2015年11月25日 14時39分37秒
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