シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年12月25日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 アホノミクズで日本経済が崩壊寸前だと巷は噂でもちきりである。それもそのはず、日本の利益は偽ユダヤの米国資本家に吸い上げられて、地方はシャッター通りと化し、中小企業は倒産に追い込まれ、貧困が激増しているそうである。

 そのような話を紹介する。

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アベのせいで日本経済ボロボロ
http://my.shadowcity.jp/

 消費が大幅低迷、というんだが、12月も暖冬なので、もっと酷い数字が出ると思うw アベノミクス完全崩壊ですw 国会なんて開けないわなw 北朝鮮に頼んでミサイルでもチラつかせて、非常事態宣言で、国会停止、永久に開かずに済ませるしかないですw 追求されたらイイワケしようがない。そら、実質賃金が下がり続け、税金は上がり続け、それでどうやって消費が増えるというのかw ないカネは使えませんw

 総務省が25日発表した11月の2人以上世帯の家計調査によると、1世帯当たりの消費支出は27万3268円で、物価変動を除いた実質で前年同月比2・9%減だった。マイナスは3カ月連続。

 支出の内訳では、シャツやセーターなどの「被服および履物」が13・8%の大幅減となったほか、テレビやパソコンといった「教養娯楽」も5・8%減少した。



いずれも3カ月連続でマイナスとなった 。

 予告しておきます。12月はもっと恐ろしい数字が出る。暖冬のせいだとイイワケするんだが、そういや夏の間は「天候不順で雨が多かった」とか言ってたなw まさに、「日本を背負う気概のある人間は、この国にはいない。 ただ、日本を食い潰したい人間だけが、好き放題なことをしてる 。」という状況ですw

すいません、うちの会社も買収してくれませんか

 中国に買い取られたラオックスが爆買いで好調なんだが、働いてる日本人も、給料が良くて働きやすくてウハウハだそうでw 中国企業は女性の登用に積極的だというんだが、昔から共産圏の国では男女同権が徹底していて、ソ連にもオバチャンの重機オペレータとかいくらでもいた。まぁ、中国人だ、ロシア人だ、コリアンだと、何か国語も駆使して接客するので、それなりに高い給料もアタリマエではあるんだが。

 (省略)

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 かつて郭ムソウにこの国が支配されたように、いま、アホのせいで、また中国に資本支配されようとしているようである。

 では姓の話の続き。

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原住東北系(八幡国群・天<海>の朝系)─ア姓列

 神話にでてくる天の〇〇のミコトというのが今日の天野さんと呼ばれる人の先祖です。ですから現在でも天野という姓が学校の先生や宗教関係に多いのです。

 紀元前九十七年頃に、現在の沿海州から満州を抜け、北鮮の羅津あたりから、裏日本へ入ってきた扶余族が、騎馬民族として日本に入ってきたとき、「仲よくしよう」と結びつき、崇神帝の御孫の景行帝の妃になられたのが、ア母音系統の八坂姫だったことでも判ります。

 今日でも生まれつき肉食できない人がいますが、それがこの流れの末孫なのです。

 そして毎年四月から五月に初鰹を祝う風習を、この人たちは「目に青葉山ほととぎす初鰹」と民族の祝いとして江戸時代まで伝えていた魚食人種だったのです。

 つまり、明治まで日本橋にあった魚河岸のことを「あま店」と呼んだり、≪万葉集≫などで漁師のことを「あま」と呼び、今も海女を、「アマ」というのも、この民族発祥です。



 それゆえ、その時からの怨念が体内に脈うっているせいか、いくら日本史が、「天の朝→天孫民族」といった扱いをしても、北海道のユーカラにも似た親から子への口伝で、天照大神の直系の末孫には体制に順応を示したくないという人が今でもいます。

 特に、アカサタナハマヤラワの中で、カとヤとマの三つの姓を上につけた人には、「天の邪気」というか、その傾向が今でも強く伝わっています。 

 しかし、人口比率はそれでも多くて、現在でも三千万人以上の多数を占めていることから、「庶民」と呼ぶのですが、一般庶民といっても、大衆の意味ではありません。

 現行法で摘子でないと父親が認めた子を「庶民」と区別するのと同じで、つまり一般庶民とは被占領地の末裔の意味なのです。

 (奴隷民という意味らしい。)

原住農耕系(仁徳王朝系)─イ姓列

 関東では「イカン」「イケマセン」というのを、関西では「アカン」「アキマヘン」といいます。本辞と修辞の差といいますが、これはやはり民族別の発音の違いなのです。

 つまり、イが上についても、茨城県の水郷地帯のイタコから以東のイ姓はアと同じなのです。また、拝火教の末裔が多い関係でヒは炎のホと結びつきますので、オ母音列にも入ります。また北と白という文字を用いた姓はキとシでもこの列から外します。北はオ母音列、白はア母音列に昔は入れていたからです。

 何故このイ母音列はそんなにややこしいのかといいますと、もともとは原住民なのですが、西部劇にでてくる騎馬隊の軍属のインディアンのごとく、早いとこ藤原氏に降伏してしまった要領のよい連中と、藤原基経に廃立させられ上州のハルナ系の山中へ逃げ込まれた陽成帝のお供をして山中アジトへ逃亡し、あくまで公家に対してレジスタンスを続けたものとに分かれるからなのです。

 反抗派は、ア母音列やオ母音列とその混血して今日に至っていますが、いち早く藤原側について、種米のモミの束を与えられて、「田夷」と呼ばれ、編戸の民となった方の姓は、江戸時代になっても寺百姓と呼ばれて、各壇那寺に人別帖なる戸口簿で総括取締りをうけていたので、昔は軽くみられ、「奴百姓」とも呼ばれました。

 しかし、唐から渡ってきた連中のだらっとした弁髪をみて、「長いものには捲かれろ」と、いち早く転向した目先のきく先祖の血をひいた者は、「百姓は滑稽だ」といわれつつも明治まで逞しく生き抜き、今では土地成金になった人も多く、その要領のよさでは他に肩を並べる者はなく、現代のエリートの多くがこの姓なのです。

 (「ドラえもん」でいうスネ夫のような人物が多いのは、この姓の繁栄にある。)

藤原船舶系(公家・継体王朝系)─ウ姓列

 ペルシャ、東南アジアから漂着してきた土民の弱小国家群を、馬に乗ってきた北鮮系の崇神王朝系が統合したあと、文化の高い南鮮系の仁徳王朝系が取って代ったあと、やがて、北鮮の高句麗や、南鮮の新羅、百済をも降した隋に代った唐の新勢力が、日本へ入ってきて「藤原氏」をたてたのは、七世紀の初頭なのです。

 そして、朝鮮語での国家を意味する「ナラ」を主都名にしていた奈良朝に代って、彼らは藤原京を新しく造営したのです。

 高松塚古墳の壁画の美人画が唐美人の顔なのも、当事としては、それが最高の美だったからなのでしょう

 さて、彼らは北鮮系は斥けたが、南鮮系の百済人はそのまま重用したり表面には立てましたが、壬申の乱(六七二年)から宝亀の変(七七二年)をへて、次第にその勢力の基盤をかためてくると、やがて完全にすべてを己が手中におさめだしたのです。

 藤原良房が八五七年に太政大臣となってから、二十七年後には、とうとう廃帝さえ敢えて行ない、九八六年にもまたも花山帝をも廃し、藤原の血をひかれる一条帝をたてたりして、「この世をば、己が世とぞ思うもち月の、欠けたることのなしと思えば」という藤原道長の世の中としてしまったのです。つまり、「公家」と呼ばれるものを確立したフを中心とするウクスツヌユムの姓列にあたるのです。

 日本人は先祖を遡れば、天の朝系、崇神王朝系、仁徳王朝系とつながってゆきますが、それらを一斉にしめ出して反体制化して遠ざけてしまったのが、このウ母音列であって、かつては一番権威があったのです

土着西南系(耶馬台国群・ヒミコ系)─エ姓列

 神話の中に、天の浮橋に立てられた女神が、「エな男や」と見そめた男神に声をかけたところ、男神も、「エな女や」と寄ってきて、そこで立ったまま、まぐわれた際のしたたり落ちた雫が日本列島になったとされていますが、このエ母音列の姓は、その時のエな男やエな女の直系なのであります。

 今でも、「エエな」とか、「エエこっちゃ」といいますが、この言葉はマレー語で、グットの意味だし、ヒンズー語でもエは可、エンは不可と昔は用いられていました。言語学的にも西南から漂着し土着したのでしょう。

 考古学的には、日本では弥生人と呼ばれる種族ゆえ、今でも赤ん坊が生まれてくるときに一緒にでてくるのを、胞衣というのもその頃からの伝承なのです。

 したがって、われら日本人の大先輩であるこの姓は、余程優遇されていたと思えるのですが、現実は厳しく冷たかったようです。あっさり降参した者はよかったが、そうでない連中は次々と圧迫されて東へ北へと寒冷地へ追われ、北海道へ渡ったのはアイヌの毒矢で殺され樺太や千島へまで逃げています。

 日本列島に残った者も、孤島や川の州や、不便な所へ入れられたので江の島とか江田島といった地名も残っています。

 そして彼らは限定区域へ入れられ苛め抜かれたので、このエ母音列の姓は今では 日本人口の3%もいません 。

 しかし、不撓不屈のど根性をもっているといえますから、タレントや宗教家としては、かなり有名な人が昔からこの姓には多くいます。

 なにくそと頑張って自己主張する血の流れがそうさせるのではないでしょうか、いわゆる 女傑型にも多い姓です 。かつてのヒミコもこの御先祖だったのですから血の流れでしょう。

 (いま思い浮かぶのは、女優の江角マキコさん。)

騎馬民族系(崇神王朝・蘇民系)─オ姓列

 エビス、ダイコク、ビシャモンといった七福神は、今では単なる縁起物扱いされていますが、かつては、それらは蘇我氏人の奉ずる多神教の神々だったのです。

 徳川家康が天下をとる際、徳川だけではオコソトノの姓しか統合できないので、アカサタナハマのマのつく松平姓をもあわせて、二倍でゆこうと併称してからというもの、ア母音列とオ母音列の姓は公然と混同させられてしまい、今ではごっちゃになってしまっているのです。

 しかし厳密にいえば、騎馬民族系は頭蓋骨が小さいのが特徴ですが、蘇民将来系や白山神信仰、土俗八幡信心の人達は、大頭だったりフクロクジュのごとき長頭なのです。

 彼らは、戦国時代には勇ましく戦ったものの、その後、武士から脱落した者が商人になっていったので、「番頭」「手代」といった武者言葉をそのまま商家でも用いています。

 が、なにしろ商人は殆どといってよいくらい出自が蘇民将来系ゆえ、大阪あたりでは、現在でも「十日えびす」とか「えびす講」といった売出しをやりますが、堺や昔の佐渡などはかつてはエビス島と呼ばれたものでした。

 そしてエケセテネのエ母音列が、このオコソトノのオ母音列に入ってしまっているのは吸収合併されてしまったからの所為なのです。

 そして、その結果、エ母音列の女性上位の感化をうけ、相当に女人から苛め抜かれてきましたので、今でもその子孫は、恐妻家とか愛妻家と呼ばれる人には、このオコソトノの姓をつけている人が多いようであります。しかし、復讐のために反動的になって、女性の敵ともなります。例えば、オのつく大久保清とか、コのつく小平義雄といった例です。

 (いま思いつく関係としては、江角マキコさんに対する岡村隆史さん。岡村さんは女性不信があり、恐妻家とか愛妻家になりやすい。)

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 次に続く。





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Last updated  2015年12月25日 16時47分59秒
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