シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年03月11日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 一億総活躍社会ならぬ国会議員総アホバカ社畜の国会質問で、少子化問題に直結する深刻な保育園不足について、子育てで大変な母親が切実なブログでの「保育園落ちた日本死ね!」の訴えに対して、女性蔑視ともとれる愚弄するような「やめろ!」という野次を飛ばした動物並みのアホバカ脳総理のアホバカ家庭教師だった議員が、巷で話題になっている。

 ブログでの「死ね!」という書き込みよりも、最高立法府国会での「やめろ!」というヤジの方が遥かに下品で、人間とも思われぬ振る舞いなので、国会で汚いヤジを飛ばしたアホバカたちを動物園に送り込むことを提案するような話を紹介する。

 母親の叫びを「やめろ」というのなら、この糞議員こそ議員をやめるべきである。 

 この国の国会を動物園にする予算よりも、すみやかにこの国の将来を担う人間を育成するための保育園をできるかぎり多く設立すべきである。

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おいらコイツが大嫌い
http://my.shadowcity.jp/2016/03/post-8990.html

 平沢勝栄なんだが、おいら、コイツは大嫌いだ。色々と理由はあるんだが、書くとまた、弁護士使って東京まで呼び出されるので書きません。ただ、大嫌いとだけ書く。ホトケのヒーちゃんと呼ばれる温厚なおいらがこれだけ嫌うんだから、そこにはそれなりの理由がある、とだけ言っておこうw で、「日本死ね」騒動なんだが、ネトウヨの陰謀論によれば、「共産党のヤラセだとバレた」というんだが、ソースが見当たらないw つうか、ネトウヨはシールズも「共産党のヤラセ」だと言ってるよねw 志位るずだってw だとしたら、共産党によほどの策士が付いた、という事だ。民共合作といい、このところの共産党はステップが軽やかです。保育園落ちた日本死ね、は名文です。短い文章で、簡潔に政治への不満を凝縮している。

 2月29日の衆院予算委員会で「保育園落ちた日本死ね」のブログについて質問した山尾志桜里議員に対し、ヤジを飛ばした自民党の平沢勝栄議員が10日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に出演。ヤジを飛ばした真意を説明した。



 平沢議員によると、出所不明のものは使わない、また日本死ねという言葉は子供の教育にも影響があるので使わない、ということが自民党と民主党以外の野党も賛成して決めたにもかかわらず、山尾議員が「自民党(だけ)が(ブログやパネルを使うことを)止めた」などと説明したことに抗議するため、ヤジを飛ばしたとした。

 だが番組後半で、「日本死ね」ブログを指し、「これ、本当に女性が書いた文章なんですかね」と発言。これを聞いたコメンテーターの高木美保は「それは関係ないでしょう、女性、男性関係ない」と激怒した。

 おいらは、保育所作るより、保育所入れないママさんに高額の手当渡せという主義なんだが、入れなければ毎月5万円あげますと言えば、急いで引き取りに行くママさん急増だろうw

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 動物といえば、タイでの裸問題だが、謝罪はタイの国民に、であって、あのような裸連中はもはや日本人ではないので、日本で謝罪してもらっても迷惑千万である。聞くところによるとネットで政府宣伝偽装工作をしていた会社というから、日本の精神を穢す存在なので、何度も言うが、日本から永久追放すべきである。

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全員死刑で許してやるよ
http://my.shadowcity.jp/2016/03/post-8991.html

 ホアヒンで暴れたIT会社なんだが、謝罪文を出したようでw この会社、調べてみると、色々と香ばしいです。自民党からネット工作請けたりしてますw アベシンゾーのお友だちw ITと言っても、この会社でやっているのは「2ちゃんねるを埋め立てる」という、まぁ、土木工事みたいなもんだw たとえば2ちゃんねるにネットゲリラの悪口スレが立ったとして、この会社に依頼するとスレを埋め立てて落としてくれる。こんな具合です。

 637 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:14:31.64 ID:R9XtboVn0 大丈夫か???

 638 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:24:17.43 ID:okh5RO+g0 どうなんすかね



 640 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:32:58.57 ID:j1MBVtvg0 そういうもんだ

 641 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:44:32.93 ID:EqgS8K/x0 ま、そーだわな

 642 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:46:52.86 ID:tJpA4btX0 そういうこと?

 643 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:54:19.04 ID:ootOFY2P0 そうだろうな

 644 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 10:54:58.98 ID:zdxnt9Ca0 わからんぞww



 646 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:10:15.95 ID:QLrA/VSt0 (笑)

 647 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:15:11.81 ID:Su/U6ug70 どういうことだ

 648 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:20:24.47 ID:86XX5ftH0 なるほどね

 649 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:24:53.02 ID:XJeuUiju0 納得かー

 650 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:30:03.39 ID:9xWJIhj70 いやはや

 651 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:32:32.67 ID:bCFJllQc0 どうなんでしょ

 652 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:40:34.49 ID:o699jZYj0 う~ん

 653 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:43:32.23 ID:25CEfabQ0 どうかしたか?

 654 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:49:37.49 ID:jYa4GjBX0 別にないでしょ

 655 :名無しさん@どっと混む:2012/09/19(水) 11:50:00.76 ID:eNVl4M820 なかなか厳しい

 これで何十万もかかるらしいw そんなん、放置しときゃいいじゃんw

 タイ王室の保養地として知られる同国中部のリゾート地フアヒンのビーチで、社員旅行で訪れていた日本人男性約30人が泥酔して集団全裸になった騒動で、社員旅行を行ったIT企業のDYM(本社・東京)が10日、ホームページ上で謝罪した。

 同社は「旅行先の解放感でタガが緩み、深く考えることなく、タイ王国の国民の方々の名誉感情を害する行いに至りましたこと、深く反省し、心よりお詫び申し上げます」と謝罪。再発防止のため「今後、同様のことが無いよう、メンバーの教育を徹底して参る所存でございます」としている。謝罪文は水谷佑毅社長名義。

 ところで、この会社の社長は「医師」なんです。ただ、実態はどうなのか、疑う人もいる。

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 さて、話は変わって、マネーは三種の神器のマナス=マナ(霊我=無我)を語源としているのを以前紹介したが、キリストが説くように、自我が霊我になるのを目指すのではなく、悪魔に誑かされ、逆に自我が裸の王様のようにエゴむき出しになり、我儘になったために、マネーが、マイナスとなって、物質を吸収し、経済的な格差を拡大させ、国家財政を蝕み、大量な社会的弱者を貧困に陥れ、社会的信用を失墜させている。

 アホノミクズはその縮図といえる。

 改憲馬鹿の裸のアホバカ総理は、アホバカ故に、憲法が、経済的自由よりも、精神的自由を優先しているのも知らなかったようである。

 というのも、裸のアホバカは、アホノミクズで税金を使って大企業やダマスゴミを買収し、買収したダマスゴミを使って景気がよくなったかのように洗脳し、買収した税金を補填するために増税し、大企業やその悪徳一味には減税し、改憲を支持させ、インチキ改憲して、戦争屋とともに金儲けにまっしぐらというような、地獄行きの悪魔の目論見をもっていたからである。

 つまりアホノミクズそのものが、経済的自由により、精神的自由を奪うインチキ政策なのである。

 しかも、前回紹介したように、肉体を物質界から切り離すことは不可能なので、つまり、肉体を食物で維持しないと人間は生きられないので、経済的自由というのは、物質が絡むことなので、欲望で物質を求めるほど、物質が有限なので欲望が制約されるわけである。

 例えば、職業選択の自由や営業の自由、財産権の保障などの経済的活動の自由は、物質が有限なので、ある程度、その欲望は制約されざるを得ない。

 だから、物質の有限性において、自由を追求するなら、欲望を抑え、物質を広く共有する他はなくなる。物質を自由に共有するとなると、今度は物質の時間的変化、つまり所有権が、経済的自由を制限する障害となる。

 結局、経済的自由を追求するなら、物質の有限性から派生する所有権を極力なくす他はなくなるのである。

 それはどういうことかといえば、物質を所有した分、その物質を新たにつくりださないといけない。単純にいえば、食べた食物分だけ食物をつくりださないと、経済的自由は成立しない。

 だから経済的自由を追求するなら、無限に共有するという所有を確立しなければならず、それには消費した物質分を、生産しないといけないわけで、究極的には、経済的格差や貧困をなくさなければならず、資産を持つ者は、その資産に見合うだけの生産活動をしないと自由は確保できないので、資産を放棄しないといけない。

 とどのつまり、倹約生活が、経済的自由を確保するわけで、米国の1%のようなアホバカ金持ちたちは、経済的自由の障害でしかないことになる。

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マイナス金利で資本主義経済も終焉
http://my.shadowcity.jp/2016/03/post-8993.html

 IMFが「世界経済は破綻寸前」と言ってるそうだが、もうね、破綻しないと収まらないからw バブルとその破綻を繰り返すたびに、インチキの規模が大きくくなる。ここらでちゃんと正しく破綻させないと、またしてもインチキバブルで傷が深くなります。

 世界は経済破綻のリスク増大に直面。カタストロフィーを回避するには、各国首脳らは需要刺激策を採る必要がある。IMFのデビット・リプトン筆頭副専務理事の声明をフィナンシャルタイムズ紙が報じた。

 リプトン筆頭副専務理事は、グローバル経済は「実際に苦境に立たされている」とし、早急に経済成長と需要を刺激し、原料市場、金融市場の高いボラティリティーの結果、現れた新たな脅威に向けた準備策をとるよう政治家らに呼びかけた。

 「経済活動を支援し、世界経済を再び強固なものに再現する時代が到来した。」

 具体的には、ドイツ銀行どうするか? ドイツ銀行というのは、ドイツ政府とは関係ない、中央銀行ではなく普通の銀行です。ただ、投資銀行で、規模が異常に大きい。そこが 隠れ負債を天文学的に抱えていて 、それが今月中には破綻するというんだが、判ってるんだから逃げておけよ、という事だw

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 経済的自由も追求すべきだが、精神的自由を追求しなければならないので、シュタイナーの話の紹介を続ける。

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 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-905.html

≪キリスト意識(9)(改変)≫

★神を試すなかれ

 次にイエスは、聖なる都に連れてゆかれ、その都の頂上に立たされて、試されます。

 『もしお前が神の子であるなら、ここから飛び降りて見よ。そうであるなら、地上の石に打ちつけられる前に、神が、天使を遣わし、助けるだろう』

 一般的な解釈では、悪魔はイエスに対し、

 《イエスが神の子であるなら、磔刑から復活する証の前に、神の加護を、ここで試してはどうか》

 と誘惑したが、

 イエスは、《神の加護》を試してはならない、と言ったと言われています。

 しかし、シュタイナーはこの場面について、全く違った解釈を述べています。

 「アストラル体の中に参入し、実際に、自我のなかの不条理な利己主義の情念、情熱の前に立たされたら、それを克服できず、それから身を護ることもできないと、エーテル体と肉体の中に参入したくなるので、実際に、《奈落の底への転落》とも言うべき状態に陥る、というのです。

 (…中略…)

 つまり、この誘惑は、アストラル体の参入時に生じる、それまで手づかずだった未完成なエーテル体と肉体への転落の物語なのです。けれども、情熱や情念をを克服する前に、この誘惑に曝されてはなりません。

 キリストはそのことをよく知っており、自分の前に立ちはだかるものを克服して、こう言い返します。

 《お前は、どうなのか? 神の加護を試すつもりなのか》。」

 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』p202 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載

 正直に言って、小生はこの《第2の誘惑》の場面の解釈については、正しく理解しているかどうか自信がありません。特に最後の言葉については、いろいろな解釈が出来るような気がします。

 まず、この部分について、巻末の高橋氏の解説を見てみると、次のように書かれています。

 「第8講(この講演がされた1910年9月8日)はミクロコスモスへの道の途中で出会う3つの誘惑について語っている。

 地上の物質界に依存しないで生きたいという修行僧の願いは、石をパンに変えたい、という願いにすぐ転化される。

 その間違いに気付かない人は、好んで奈落の底に落下して、最後には、この世の栄光(誤謬=錯誤)の中に包まれて生きたい、と思うようになる。」

 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』p422 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載

 つまり、前夜でお話しした《第1の誘惑―この世の環境から独立して生きたいという願望》を克服しないまま、マクロコスモスへの中へ入ってゆくことを、キリストにけしかけている場面ということです。

 第150夜にも述べた通り、不用意に自分の内面に参入すると、自分の自我の中に組み込まれ、自分の中の悪しき願望、欲望の赴くままの奴隷となってしまうのでした。これは、その転落への誘惑を示すもの、と言うのです。

 ここまでの解釈は《高い場所から飛び降りさせる》という比喩と合致しており、問題はなさそうです。

 しかし、キリストの言葉である《お前はどうなのか?、神の加護を試すのか》とは、何を示しているのでしょうか。

★3つの解釈

 まず《悪魔の神》について考えた上で、それを《試す》とは何かを考えて見ましょう。

 ひとつには、第153夜でも述べた通り、子であるキリストと神は同一と考えると、神は、誘惑している《悪魔》さえ創りだした、全ての創造主であり、まさに《悪魔の神》でもあると言えます。

 そして、その悪魔に向かって、

 《お前を創り出した神を試すなどという行為は、お前という存在自身の否定ではないのか?》

 と言っている、という解釈ができます。

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 次に、《三位一体》とは言え、《肉体》をまとった以上キリストも生身の人間と同じ境遇にあると考えると、この場面のキリストは《神》とは切り離された《自我》を持っていると考えることも出来ます。

 つまり、この《悪魔の神》とは、生身のキリストを含めた全生命の神であり、まさにキリストは、地上の人類の代表として、この誘惑の体験を受け、そこから学ぶべき真実を、人類に対する戒めの言葉として残したと言えます。

 そうなると《神の加護を試す》とは、

 《最後には神が救ってくれるという思いを持って、利己主義の情念を抱えたままで、《自我》を欲望に任せるままにする》

 ことを指す、と思われます。この誘惑に負けないことは、

 《キリスト意識は、人類に手本を示すために、あえて人間と同じ肉体に受肉し、人類が新しい見霊意識を獲得するための道を創った》

 というシュタイナーの講釈にも合致していることになります。

★3つ目の解釈

 そこで、小生は敢えてもう一つ突っ込んだ解釈をしたいと思います。同じく第153夜で述べたとおり、キリストの正体とは《太陽の正体=アフラ・マズダ》である事実を考えてみましょう。

 第126夜で述べたとおり、ミトラ神話ではアフラ・マズダはアーリマン(サタン)とともに、至高の存在であり永遠の時間であるズルワンが、『ミトラ』と『生命の母』に創造させた双子の熾天使でした。

 この神話は、ほぼ同じ形で神智学のベースにもなっています。シュタイナーは、基本的には神智学の説く歴史観については肯定的ですので、この部分についても肯定しているものと思います。

 (若干のニュアンスは異なる。キリストは、熾天使以上の高次の存在。)

 とすれば、ここでアフラ・マズダであるキリストが《悪魔の神》と呼んでいる存在は、誘惑者であるアーリマンにとっても創造主である、ズルワンのことではないかと思うのです。

 つまり、ここでは双子の熾天使であるアフラ・マズダとアーリマンが、自分達の神であるズルワンの至高の意識に対する態度をめぐって、対峙していると考えてはどうか、と思うのです。

 そのように考えれば、2対の存在がほぼ対等の問答をしている理由も、誘惑者を前にして《悪魔の神》と呼んでいる点も、双子の熾天使とズルワンとの関係から、キリストの神でもあり、同一の神からでた双子の存在で、スンナリと納得がゆきます。

 また《試す》という言葉の内容も、単に2人の熾天使の存在の対立点である、

 《ズルワンの意識に従うなら、自我の利己主義を克服するまでは、未完成なエーテル体と肉体には参入しないはずなのを疑うこと》

 を指していると考えればスンナリ納得できます。

 (正解を知っていながら、わざと間違いに誘導している。)

 つまり悪魔は、ここでイエスが

 《利己主義の情念を抱えたままで、肉体とエーテル体に深く落ち込んでゆけば、他の人間同様に、自我の欲望の中に沈んでしまい、(神は当人の意志を尊重するので)それを神が助けないこと》

 を承知の上で誘惑している、と解釈してはどうでしょうか。

 従って、ここでイエスは

 《ズルワンの戒めを疑って、このまま落ちて行く誘惑に負けてはいけない 》

 という意味で《神の加護を試すなかれ》と言った、と小生は思います。

 …………………………………………………………………………………

 蛇足ながら、このように考えると、小生は、冒頭に示した一般的な解釈には、少々疑問を感じてしまいます。

 悪魔が《神の加護を試してみよ》と言ったことについては間違いないのですが、それにすんなり続けて書いてしまうと、イエスも同じように《神の加護を試すなかれ》と言ったように解釈されてしまいます。

 この解釈の方が正しい可能性も否定できませんが、それではこの重要なシーンに対して、何となく子供の喧嘩のような《俗っぽさ》を感じてしまうのです。

 そうではなく、キリストは、神の言葉(愛)を《疑って試すなかれ》と言った方が、キリストの神への信頼感がずっと重くなるような気がするのですが、いかがでしょうか。

 さて、第3の誘惑については次回第156夜でお話しします。

 ★         ★         ★

 自分は救われると思うな、どんなものも救おうとすべきである。神の愛を独り占めするな。自分を特別と思うな。





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Last updated  2016年03月11日 20時26分44秒
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