シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年11月05日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
久しぶりに書きたい。

 先日、加藤の乱の解説をTVでやっていた。日本の政治を壊したのは、サメ脳の森であり、このバカがオブツ死後に、民主主義を無視して悪徳5人組で後継総理を決めて、総理になってから、日本の屋台骨が傾きだした。

 そのバカをやめさせる最後の機会が加藤の乱だったが、私利私欲の悪徳野中が加藤の腹心の古賀を誑かし、日本の政治を壊した。

 この連中は地獄でもがき苦しむだろう。なんせ日本のまかりなりにも機能してきた民主主義を破壊した連中なのだから。

 その後の衰退をみればよくわかる。政治が単なる票読みのポピュリズムになってしまった。大学の文科系学者と改憲を巡ってポピュリズムで論争するのがいまのアホ総理である。

 この国は本当に終わっているように思える。実際、少子化、高齢化、災害、長く続く不景気による雇用破壊と地方経済破壊、科学技術も衰退気味で、教育も戦前回帰している始末である。

 さてこの国も深刻だが、お隣の韓国はもっと深刻で、FTAで、韓国経済は草刈り場と化した。国民のストレスがいま大統領に向けられているといえるだろう。この状況はかつての明治維新後を思い起こさせる。

 というわけで、その話を紹介する。

 ★         ★         ★

支持率ゼロ
http://my.shadowcity.jp/

 パクネの支持率がゼロパーセントというんだが、まぁ、笑い者にするのはいいんだが、それだけ韓国は自浄能力を持っているという事でもある。日本会議とか統一協会とか創価学会とかのカルトに支配されて、自浄能力のない日本の方がよっぽど恥ずかしいんだけどねw 

朴槿恵大統領の支持率、一部地域で0%に...ニュース視聴率は絶好調
「親友」の崔順実(チェ・スンシル)氏を国政に介入させていた疑惑で窮地に立たされている韓国・朴槿恵大統領の支持率が、史上最低の5%を記録した。韓国の各メディアが報じている。
 韓国ギャラップが4日午前に発表した11月第1週(1?3日)の世論調査結果によると、朴槿恵大統領を支持すると答えた人はわずか5%に過ぎなかった。一方で支持しないと答えた人は89%に達した。
 地域別に見ると、元々リベラルの強いソウルでは2%、与党の票田である大邱市と慶尚北道でも10%、反与党感情が強い光州市と全羅南道では0%を記録した。

 そういや一次安倍内閣の頃にも、カルト教団とアベシンゾーの関係について、マスコミが騒いだよね。アベシンゾーが復活してからは、とんと表に出てこないがw よっぽど統制が効いているんだろうw

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 どこの国の政治家も私利私欲が極まって、国が崩壊寸前になっている。そもそも弱者を保護できない国は国とはいえない。国を超える企業がでてきているのを止めることができないのは、国がもはや崩壊しているからである。

 国とはなにか?

 端的にいうなら、生命と生活を保障するものである。



 つまり人類は思考力を失い、崩壊に向かって進んでいる。

 人工知能に思考力を受け渡し、人類は思考せずに、どんどんバカになっている。人工知能に人類は滅ぼされている。

 このような激動の時代に重要なのは、個人主義である。

 以前紹介したが、マツコデラックス氏の以下の話は、現代を生きるための的を得ているように思える。



 日本では大震災が起きて、欧米も経済危機で国が潰れそうな状況の中、私たちがしなきゃいけないのは、この先、自分の生活スタイルや考え方を見つめ直して、どうやって生きていくか、を決める作業だと思ってる。

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 日本人に乏しい感性は、この「自分をみつめる」作業だと思われる。

 ギリシア哲学では、「汝自身とは何か」が課題とされたように、己をみつめることが、基本なのを実は最も怠っている民族が、日本人ではないか、と思われる。

 例えば、数十年前、いまでもそうだと思うが、「なぜ大学に行くのか?」という問いに、「皆が行くから」とか、「大企業に就職できるから」、もしくは「特定の職業につけるから」と、漠然とした答えしかできないのが、没個性ともいわれる日本の若者の特徴であった。

 その答えには、全く「自分」という言葉がない。唯一を求めない答えである。そうつまり、どこかの回答集に載っているうちの1つにすぎない。コピーなのである。

 猿まねでオリジナリティがないのが日本人と海外ではいわれてきた。そして、使い古されて海外でも既に有名な、建前と本音の使い分けをいまだに持ち出すのも、日本人である。

 いま流行なのが、海外からの日本旅行者や居住者に、「日本は素晴らしい」といわせることだが、これも体裁を気にする内向きの特徴といえる。

 このような内向きの特徴をみていると、日本人って進歩がないのではないかと思わせられる。

 かつては経済第2位ともてはやされたときに、エコノミックアニマルと蔑称された。海外では人間と思われていなかったのである。「日本人」という不可思議な生き物という感覚でとらえられている。

 過労死という言葉が世界で認められるほど、日本の長時間労働は、その例で、海外での調査では、仕事が好きでないのに、生活費を稼ぐために、やむなく残業をしているという実態も明らかになっている。

 つまり海外では、「日本人」とは不可思議な生物という感覚でとらわれているようで、日本でいうところのアニメキャラや、ゆるキャラのようなものらしい。不思議な国ニッポンというキャッチコピーで代表されるような、どこかコミカルという非日常的な感じを与えるようである。

 つまり、「日本人」というキャラが独り歩きしている現象を起こしている。

 このブログで何度も紹介されているが、日本人は多民族で、ただ明治期に「日本人」という単一民族かのように宣伝洗脳されただけなのに、つい最近も、大阪の無知な警官が、沖縄の住人を「土人」と表現したわけだが、この感覚は、大阪が江戸時代の差別感覚を色濃く残していることを顕わにした。

 大阪は昔からかつて戎と呼ばれ、異民族扱いの堺の部落民の土地柄で、日清日露戦争で徴収された大阪兵が最弱だった、のは司馬遼太郎氏の本で有名である。大陸からきたお上に対して反抗的なのも大阪だったが、もはや米軍に飼いならされた犬になったようである。

 江戸時代では、沖縄も、大阪も、京都や江戸からは土人(土着民、部落民)と呼ばれていたわけで、もっと古代にさかのぼれば、朝廷や坊主は大陸からきた渡来人なので、原住民は土人と呼ばれ、朝廷でなければ土人で、いまの表現でいえば、胤が不明なので、「庶民」である。英語でのサンオブビッチ、売春婦の子という言葉になる。

 例えば、英語圏で、このような言葉を使えば侮辱罪になるだろう。敬語が発達した国とはいえぬ言葉使いである。

 結局のところ、「日本人」という言葉と同時に画一化が行われていることに気づかないといけない。

 この明治期につくりだされた「日本人」という言葉が、いまだに組織を拘束し、自由を奪っているように思える。「日本人」という呼び方が個性化を阻んでいる。

 そう、これからの世界では、「日本人」という幻想を捨て去るのが基本となる。

 日本語でさえ、明治期とは異なるのは、明治期の本が読みづらく、意味がつかみにくいことでもわかる。明治期にインチキな日本史がつくられ、それを宗教の経典のように信仰されてきた。

 陰謀論において、その経典を書いたのが英国のフリーメーソンで、それに操られ、宣教師となった日本人が、長州の下忍出身の伊藤俊輔だったのは、前回紹介した。

 この明治期につくられた欧米追従の宗教から改宗しないといけない。

 日本人という言葉でもわかるが、日本が島国で閉鎖的で、内向きで、洗脳されやすく騙されやすいので、特に全体主義から脱却し、個人主義に目覚めるべきである。

 個人主義というと、エゴと勘違いしやすい人もいるが、唯一という意味で、つまり宇宙に唯一、社会に唯一の存在になれば、それは欠かすことができない、ということである。

 数年前に流行った「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」という歌が流行ったが、オンリーワンになること、しかし、そのオンリーワンとは、宇宙や社会に欠かせないオンリーワンであって、それをみつけるのは並大抵の努力では無理で、何度も何度も輪廻転生して磨いていく能力なのである。

 オンリーワンというと、なかなか雲を掴むような話で、想像しがたいが、そこで、ある面白い本を紹介する。それは以下のように、論語を現代風に解釈したものである。

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あなたの悩みを晴らす論語 佐久 協 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E6%82%A9%E3%81%BF%E3%82%92%E6%99%B4%E3%82%89%E3%81%99-%E8%AB%96%E8%AA%9E-%E4%BD%90%E4%B9%85-%E5%8D%94/dp/4262155552

温故知新

 既にある説に新解釈を加える。

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 以上のように、古典を現代風に、自分の人生経験のなかから、自分風に解釈すると考えれば、オンリーワンは掴みやすくなるだろう。

 4次元世界では、過去は未来につながっている。我々が生きる物質界は、時間が過去から未来に流れているが、精神界と呼ばれるアストラル界は、未来から過去に時間が流れている。

 つまり、個人の精神は、カルマの法則に沿って、未来を選択しているのである。それは、例えば、学校で数学を学びたいと思えば、数学の教科書を読むのと同じである。

 例えば、自分には貧乏の経験が必要だから、その経験をするために、貧乏に生まれるわけである。

 未来から何を選択するかは、個人の自由で、この選択は、既にある説に新解釈を加えるのと同じで、既に経験したことに、新しい体験を加えることなのである。

 だから、自分というのが最も大切で、オンリーワンなので、それが唯一神といわれる存在に由来する。

 誰かの人生を生きるのではなく、自分の人生を生きるべきである。





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Last updated  2016年11月05日 02時58分52秒
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