シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2017年05月09日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!

 少し時間ができたので、本を読んだ。昔読んだ「安岡正篤 最上の人生設計」である。陽明学者の安岡氏は、「平成」の元号で有名だが、恐らくその漢字を選んだのは、平和を確かなものにする、という意志に私には思われる。

 平和憲法を堅持していくという意志に私には思えるのである。

 というのも、この本に書かれているように、パワーポリティクスの「勢力」に対して、パブリックエデュケーションの「摂受」を説いているからである。
 結局、闘いは何も創造しないだけでなく、ネガティヴな想念を増大させ、苦悩の地獄に落とすだけなのである。勢力争いを続けるなら、いまのサルのように人類は退化していくだけである。

 闘いではなく、指導者の話し合い、人格で解決すべきなのである。人類を霊的に進化させるには、どのような世界をつくるのか、で決めるべきである。

 この本を一読するのを是非お勧めしたい。特に日本会議のような無知でバカな連中のように、論語読みの論語知らず、にならないように注意すべきである。安岡氏も、このようなバカな連中の看板に担がれるのは片腹痛しだろう。

 日本が素晴らしいのは、この国の生活にこのような東洋哲学が残っていることにあり、古代中国の、シュタイナーに言わせれば、古代アトランティスの文明が残っていることにある。

 私は勝手に安岡氏を著作を通じて、師匠にしているが、だからといって氏の発言全てを肯定するわけではなく、またシュタイナーも師匠にしているが、だからといって人智学教に染まらないように注意している。

 自分に相応しい学問は自分でつくるしかないと思っている。しかし、良いと思われるところは受け継ぎ、改善していき、悪いと思われるものはあっさりと放棄していきたい。


 陽明学の良いところはその改革思想だが、悪いところはあまりに過激になると、思想に凝り固まり、攻撃的になるところである。だから、陰陽論を合わせて、推していくだけでなく、引くべきところは引くという陰陽明学にすべきである。

 というわけで、この本から、現代のご時世にとって、興味深い部分を紹介する。

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 日本には素晴らしい東洋思想が根付いている。それが日本人にとっての「素」であり、まずは、そこに立脚して物事をみるのが大事である。 

 「富貴に素しては富貴に行ない、貴賤に素しては貴賤に行ない、夷狄に素しては夷狄に行ない、患難に素しては患難に行なう。」とは、環境に左右されるな、という戒めである。

 これも、本当の自分を見つけていれば、どんな環境にあっても、それに振り回されることはない。自分自身というものが、定まっていないから、環境に振り回されるのである。

 本当に徹底している人は、カネや地位などといったものに執着しない。

 本当の自分というものがわかれば、カネがあろうがなかろうが、どこの国に行っても、どんな苦労にあっても、悠然としていられるわけで、いかに自分というものを掴むことが大事かということが「自得」なのである。

 自得とは、自ら得るということで、自分で自分をつかむ。本当の自分をみつけることである。カネとか地位などというものは枝葉末節で、人間として大事なのは、本当の自分をつかむことである。

 ところが、人間が一番失いやすいのも自分なのである。根本において、自分というものを掴んでいないことから、あらゆる間違いが起こる。まず自分を掴まないといけない。

 それがあらゆる哲学、宗教、道徳の根本問題なのである。

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 この本当の自分とは、現代物理の繰り込み理論と相通じるところがある。簡単に説明すると、裸の電荷の周りに、反対の電荷が引き寄せられるので、全体としては、引き寄せられた電荷が繰り込まれ、キャンセルされて、現れてくる、という話なのである。

 この繰り込み理論と同じで、正味の自分は、周囲への欲望をまとって、現世に現れてくるので、執着のために、見えにくくなる、というわけである。

 この正味の自分を見積もる眼を、心眼や霊眼というわけである。

 さて、このような本物の眼をもつためには、人生の苦渋を味わう必要があるのだが、この本の最後には、その見分け方が載っている。恐らく、老子の出典をアレンジしたものといえる。

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http://www.roushiweb.com/category3/entry103.html

善戦者不怒
 (善く戦う者は怒らず)


 老子によれば、「戦上手な者は、安易な挑発には乗らないもの」。

 優れた名士は、武力に任せて物事を解決しようとしたりしないし、怒りに身を任せて戦ったりしない。

 上手に勝ちを収める者は競争しないものだし、上手に人を使う人はへりくだってお願いするものだよ…と言うのです。

 ちょっと強引な解釈かもしれませんが、老子が言いたかったことは要するに「力まかせに正面からぶつかるんじゃなくて、頭を使えよ」…ということだったのではないでしょうか。

 怒りに関していえば、何か腹の立つ出来事があった時、カッとなったその衝動に任せて怒りをあらわにしてしまう人は所詮、二流、三流。

 一流の武士、ホンモノの「強者」は、一旦間を置いて、その出来事(他者の言動など)や自分の気持ちの変化を客観的に捉えられる余裕があるのでしょう。

 すなわち、 安易に周りに振り回されたりしないということ 。

 言い換えれば、 自分自身の軸がしっかりしているということです 。

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 続けて、四等と五等と六等の(ダメ)大臣の特徴だけを以下に抜粋する。

 人気や自身の安隠ばかりを図り、国家の安危など真剣に考えていないのが四等大臣。


 功名心や権力欲ばかりが強く、我儘で人と張り合い国政にとって有害無益なのが五等大臣。


 大臣の権勢を利用して悪事を働き、善人を傷め、良民を苦しめ、人望を失うのが六等大臣。


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 現内閣はダメ大臣ばかりの寄せ集めにすぎないのが明らかであろう。 

 このようなダメ政権に、この国の行く末を任せていていいのだろうか。






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Last updated  2017年05月10日 20時09分13秒
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