シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2017年09月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
久しぶりにブログを更新する。相も変わらず巷はアホ総理の疑惑すら解明できずに、北のミサイルに誤魔化されているていたらく。

 アホ総理の支持率とかけて、ヤクザの恫喝ととく

 そのこころは、北朝鮮のミサイルで命拾い、といったところだろう。

 都市伝説によると、北のミサイルはアホ総理の危機に飛んでくる、というから、北のミサイルが、アホ総理の正真正銘の自衛隊なんではないかと思うくらいである。

 ただ確かなことは、北の豚とアホ総理の頭の低さは同レベルで、死後どちらも地獄の最下層に堕ちる、ということだろう。

 さて、以前、核に関わると碌なことがないと警告したが、この際にはっきりと言っておきたい。

 宇宙人も警告しているように、核兵器に関わることは、非常に危ういことで、というのも、地球の物質生成は、宇宙の天体の軌道によるので、地球の物質の配分を大規模に変えるということは、天体の軌道にも間接的に影響を与えることになるので、結局、地球の天候や天変地異を変えることにつながり、異常気象を誘発しやすくなる。

 つまり、宇宙の営みから逸脱することになる。天から追放され、地獄行きというわけである。

 それにもし、核兵器を使って、その被害者を出せば、カルマの法則により、死後に、その被害者の苦痛を大体3倍程度味わうことになる。



 例えば、原爆を落とした連中やその開発に関わった輩全ては、カルマの法則により、原爆死傷者全ての苦痛と苦悩を大体3倍、死後に味わう義務や運命を背負うから、熱くて熱くて肌が丸焼けするような灼熱のマグマのなかに、死にたくても死ねない苦痛や苦悩を永遠と味わうことになることがわかる。地球の中心部に吸い寄せられ、堕ちることになるだろう。

 核兵器などで自然破壊をしているわけで、地球という生命体にも苦痛や苦悩を与えているわけだから、地球がお前が何をしたか教えてやろうというようなもんである。

 想像するだけで恐ろしいが、核兵器に関わる連中はそんなことには無関心で想像も及ばないからこそ、余計に死後に想像が及ぶように地獄を体験するわけである。

 自分が何をしたのか、他人の視点でみてみるのが、死後最初に与えられる人生の反省の機会なんである。

 さて、先日TVで、アニメのヒーローとヒロインの昭和と平成のランキング番組をみたが、コメンテイターが面白いことを言っていた。

 昭和のヒーローヒロインは自分のために行動し、平成のは仲間のために行動するという違いがあるというのである。

 ヒーロー1位は昭和も平成もドラゴンボールの孫悟空だったが、ヒロイン1位は昭和は峰不二子で、平成はワンピースのナミだったが、不二子は盗んだ金を自分のために使い、ナミは仲間の故郷を取り戻すために使うという点で、違いがあり、つまり、昭和は自分のための行動と、平成は仲間のための行動の違いがある、というわけなんである。

 この発言が面白いと思ったのは、この国の歴史と、自我の発達度の違いが現れていたからである。

 昭和の前には、アニメはなかったが、明治や大正などからの講談などをみれば、滅私奉公や自己犠牲をうたったものが多いことに気づくだろう。

 戦前の昭和初期などもそうだが、中世の古めかしい集団主義が現れている。まだ個人主義や、自我に目覚めていない、古代アトランティス時代の動物の集合魂に近い原始人の精神といえる。

 この集合魂の集団主義が残っている限りは、次の進化段階には進めないので、天皇制という集団主義に洗脳され、染まってしまった、この国の住人は、先の大戦で、不本意ながらも戦場に送られてしまって、現世を強制退去することになったとも考えられる。



 それは、戦後に生まれてきた住人が自分という自我を、明治大正よりは持っていたことでわかり、何より、戦後のヒーロー、ヒロイン像がそれを象徴していることでわかる。

 戦後の昭和を代表するアニメの主人公が、良い意味で個性に溢れ、悪い意味では行き過ぎるとイケイケドンドンでエゴ丸出しなのでわかる。

 平成になると、個性が行き過ぎると、周囲に嫌われ、かえって良くないという仲間意識が芽生え、エゴに歯止めがかかる。

 個性が過ぎると及ばざるがごとし、というわけである。

 最近、巷で、その例を示す、面白い出来事があったので、紹介する。



 これは個人的意見だが、クラッシックはともかく、ジャズやロックは、奏でる音楽は反体制的だが、音楽業界はバリバリの体育会系で体制的である。厳密な師弟関係、上下関係がある。

 だから言うことを聞かない弟子は殴って当然という職人の世界に近い。そういう世界で生きていくには従うしかない。そういう世界を選ばなければいいので、義務教育ではなく、個人の選択の自由である。

 何もプロで稼がなくても、音楽は趣味でできるし、その方が楽しめるはずである。音楽業界というのは先輩が絶対なので、特に芸能系はそういう世界である。だから、教育というくくりでなんでも当てはめるのには無理がある。

 確かに行き過ぎの指導はよくないが、そういう身の危険を感じる場合は逃げるしかない。辞めるのも一つの手である。

 音楽教育という表現も相応しいとはいえない。平成になったのに、昭和のヒーローやヒロインに憧れる勘違いした若者が多いのかもしれない。むしろ若者というより、その親に多いように思える。自分の夢を子どもに託すというような、中世的な思考形態をいまだに持っている人も多い。

 個性や個人とは、それが全体のなかで輝くときにはじめて意味をもつのである。

 親に強制された道を歩くのは単なる親の奴隷である。

 日本のクラブ活動も、欧米などに比べて遥かに遅れている。学校で、専門でもないクラブ活動を教員が教えるのは不自然である。将来、その業界に進むのなら、その業界のしきたりを良く知る人物に師事するしかない。

 必要以上にドラムを叩くのはドラムがかわいそうである。

 ドラムだって生きている。音楽だって生きている。

 殴られてみて、ドラムの気持ちがわかればいい。殴られてもへこたれずに、良い音を鳴らしてほしい。師に殴られるのは、若いときの良い思い出になるのだから。

 というわけで、最近のていたらくぶりに警告するためにお馴染みのサイトから紹介する。

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他人の顔色が見えないドラマーなんてクソ
http://my.shadowcity.jp/

 日野皓正が中学生を殴った、というんだが、彼は日本のジャズマンには珍しく幼少時からの叩き上げの人で、父親からタップダンスを仕込まれ、肺が成長すると9歳から「もう吹けるだろう」とトランペットを習った、という経歴です。その後はかまやつひろしの父親、ティーブ釜萢からジャズを習う。ティーブはアメリカ産まれで、生涯、日本語はちゃんと話せなかった。まぁ、青年期にJAZZに魅せられて、という人ではない。

 ジャズトランペット奏者の日野皓正(てるまさ)氏が今月20日、東京都世田谷区で開かれたコンサートで、壇上でドラムを演奏していた男子中学生の髪をつかみ、顔に往復ビンタを加えていたことがわかった。

 生徒にけがはなかった。この事業を主催した区教委は「(日野氏が)行きすぎた指導をした」と認め、今後は改めるよう日野氏側に要望した。

 区教委によると、コンサートは中学生向けの体験学習事業の一環で、日野氏の指導を受けて約4カ月間練習してきた生徒約40人が成果を発表する場だった。

 日野氏は終演後、生徒の保護者に対し「生徒のソロパートの演奏が長くなりすぎたので、止めようとした」と説明したという。

 中学生のジャズバンドを編成し、コンサートでワンコーラスずつソロ回しをやっていたら、ドラムの坊やが夢中になり過ぎて、ソロを渡さなかったらしいw コンサート終了後、日野皓正は、「ジャズだから、こういう事もある。それがジャズだ」と言ったというんだが、その通りですw 他人の顔色が見えないドラマーなんてクソですw

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 知り合いのドラマーは非常に神経質だけどね。ドラマーは全体がみれないとダメだと思うよ。ドラマーは大抵一番後ろで、全体の動きがみれる位置にいるから、まとめ役じゃないとダメでしょ。叩きすぎてたら、まとめ役でなく壊し役だよね。





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Last updated  2017年09月01日 21時12分58秒
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