シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2025年01月29日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
巷の倫理観欠如のドタバタ会見をみていて、この国の行く末が益々案じられてくる。昭和時代の悪しき権力忖度主義では、この国はお終いである。情けは人の為ならず、というように、思いやりを持った倫理観に欠けてしまえば、徳を積むために折角この世に生まれてきたのに、人間以下の獣に生まれ変わるより他はないだろう。古代ギリシアの賢人たちも、徳を積むために哲学をつくったわけである。

例えば、ソクラテスは次のように説いている。

            ☆      ☆      ☆

 ソクラテスは、「人間の徳(アレテー)」とは魂をできるだけよいものにすること(魂への配慮)であると考えました。また、自分の魂をすぐれたものにするためには、何が善であり何が悪であるか、何が美しくて何が醜いかについての正しい「知」(知識)が必要であるとし、この「知」を他の「知」より重視しました。
 そして、ソクラテスは魂をすぐれたものにするためには、善悪についての「知」(知識)が必要であるが、逆に善悪についての「知」を実現すれば魂はすぐれたものになり、徳は実現されると考えました。このことを「知徳合一」とか「徳は知である」といいます。つまり、善悪を判断できる「知」を持つことが、「徳」を持つことだと考えたのです。
 ソクラテスの知徳合一の立場で考えると、「悪い」ということを知りながら悪いことをする人はおらず、悪いことをするのは本当の意味でそれを「悪いこと」だと知らないからだということになります。
またソクラテスは、善悪を判断する「知」を持つということは善く生きられること、すなわち、正しく徳を知っていれば正しく行動することができる(知行合一)とし、こうした徳を持つことは人間としての幸福につながる(福徳一致)と考えました。

「知徳合一」における知と徳の違いについて|地歴公民|苦手解決 Q&A |進研ゼミ高校講座


しかし、現代人のほとんどが、このソクラテスの説く知を、死んだものとしている。現代人が哲学を理解できていないどころか、哲学者も理解できていないのは、自らを知的生命体と呼び、知識を所有しているかのように思い込んでいるせいでもある。

巷の自称専門家たちや、隠蔽工作塗れの某マスゴミのゴミ会見をみていると、現代人は、知識を所有しているのではなく、知識に所有されているのが明らかである。というのも、その某マスゴミは、大谷選手のプライバシーを侵害しておきながら、自分たちの隠蔽工作には不都合な加害者のプライバシーを利用して、性接待の道具にしておきながら、女性のプライバシーを濫用し、誤用しているからである。



ソクラテスが知識を通じて言いたかったことは、神は知識と共に常に進化している、ということなのである。人間が所有した時点で、知識は死んだも同然なのである。それは単なる過去の経験でしかない記憶の断片にすぎない。知識は捨ててこそ意味がある。知識は絶えずアップデートされないとダメということである。現時点で最も事実に近いかもしれないが、その時点で、探求をやめてしまえば、知識は腐敗してしまい、その知識が今度は、人間の霊魂を束縛してしまうわけである。

哲学は、知識を貯めることではなく、知識を絶えず更新していくことにある。問題は理解力を深めることにある。知識は人を操るためにあるのではなく、優劣や、上下関係を与えるものでもない。知識を通して、人間関係に和解やバランスをもたらすためである。自我を戒めるためである。

現代人には、キリストが、金持ちの青年がやってきて、キリストへの信仰を求めたのに対し、十戒を守っているか、と問い、その若者は、守っていると応えたので、それなら、財産を全て貧しい人に与えて、無一文になって、私についてきなさい、と言った意味がわかるだろうか?

その若者が、金銭を所有しているのではなく、金銭に所有され、金銭感覚の奴隷となっていたからである。金銭は、現世での徳を積むための道具にすぎない。金銭を稼ぐことで、徳がおざなりになれば、人間として自由な意志で自己実現のために生きるのではなく、金銭の奴隷として、死んでいるようなものである。

つまり、キリストが説いたのは、あなたの人生は、あなたの徳を積むためにあるのだから、他人のマネをしたり、何かの奴隷にならずに、人生の主人公になりなさい、という意味なのである。あなたの人生は、あなたの自由な意志を育成するためにある。だから何らかの奴隷になってはいけない。あなたの良心を、徳を積みなさい、というわけなんである。

さて、万物の根源は水である、と唱えたのはタレスだが、現代人が、ソクラテスの無知の知に到達できない限りは、この言葉の真意を理解できない。タレスは他にも次のような名言を残している。

「汝自身を知れ」
(意味)自己認識の重要性を説いています。自分自身を理解することが、世界を理解する第一歩だと考えられています。(出典)デルフォイの神殿に刻まれていた言葉で、タレスがこれを重視したと伝えられています。

「最も古いものは何か?神である。なぜなら神は生まれたことがないから」
(意味)神の永遠性と宇宙の根源的な性質について述べています。(出典)ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシャ哲学者列伝』

タレス - Wikipedia

【解説マップ】タレスの哲学思想を図解でわかりやすく(著書や名言まで) |【公式】 MindMeister (マインドマイスター)

水の教え

タレスは、万物の根源(アルケー)を「水」(ὕδωρ、hydōr)と考え、存在する全てのものがそれから生成し、それへと消滅していくものだと考えた。そして大地は水の上に浮かんでいるとした。世界は水からなり、そして水に帰るという説を唱えたのだった。

このタレスの説いた水とは、現代人が考える物質的知識の「水」ではないのは明らかである。神智学によれば、この水とは、メムと呼ばれる、宇宙の海のことで、現代物理学でいうなら、ディラックの海に近いものである。中世的にいうなら、エーテルの海となるかもしれない。メムというのは古代ヘブライ語で、現代に知られているヘブライ語は、比較的新しい俗語のアラム語で、聖書もアラム語で書かれたので、本当の意味がわからなくなっているという。

ディラックの海 - Wikipedia

神智学によれば、この宇宙の海のメムから、マルクトと呼ばれる物質宇宙が生まれたという。宇宙の海の水面上を神の息吹へブルが流れ、「光あれ」と発せられて、ホドとネツァク(二トザク)の2つの火のシンが生まれ、この2つの火からホドとネツァクの光が、十字架のように交差しながら、渦をつくり、その渦から、蜘蛛の巣のような光の宇宙が生まれたという。この宇宙創成の話は、聖書の創世記にも書かれ、様々な神話にもなっているが、現代の唯物的な言葉では表現し得ないものなので、なかなか理解困難だが、以下のサイトにあるように、水素を観測することで、神の息吹が宇宙放射線であるのが現代科学でもわかってきている。

115 億光年先にある宇宙の「蜘蛛の巣」を観測!宇宙の進化史解明に向けた新たな一歩 | Business Insider Japan


さて、朝起きて太陽光を拝むことで、人間は一日の活動がはじまる。だから、太陽光がなければ、人間の覚醒意識は活動できない。このような覚醒意識の活動を、現代医学は、サーカディアンリズムとして解き明かしているが、神智学でいうなら、これは潜在意識の時間感覚と、覚醒意識の時間感覚の調整といえるだろう。古代叡智では、内なる神と外なる神の照応とも呼んでいる。

人智学的にいえば、地上の物質界に適合すべく人体のタイムマシンであるエーテル体を調節しているわけである。この調節が巧くいかないと、人体のある部分が、「寝違え」とも称するような不調が起こる。また、自我全体が、睡眠中に、潜在意識に戻らないで、一部を残してしまうと、その一部が腫瘍化し、がん化するのが、人智学ではわかっている。そしてまた覚醒意識での時間調整は、以下に紹介するように、脾臓が担っている、のがわかっている。

概日リズム - Wikipedia

脾臓のマッサージ - その1 | シュタイナーから読み解く神秘学入門 - 楽天ブログ


 脾臓は、規則正しい呼吸のリズムと、ほとんど不規則な栄養摂取との間をスムーズに、リズミカルに誘導する中間のリズムを挿入し、両者を仲介する。人間は、呼吸リズムを通じて、宇宙の厳密なリズムのなかで、霊的に生きているが、不規則な栄養摂取を通じて、この厳密な宇宙リズムを絶えず、物質的に侵害するので、脾臓が、両者の仲介役になっている。
 このような事実は、脾臓からの動脈が直接、大動脈とつながっていることや、脾臓からの静脈が、門脈へと進んで肝臓とつながり、人体全体に組み込まれることで、栄養摂取へのリズムを仲介しているのが、その構造からもわかる。



脾臓⇒大動脈
脾臓⇒門脈-肝臓

 脾臓では、呼吸を通じた外的なリズムと、新陳代謝を通じた外的な非リズムが、共にリズム化され組織され、互いに調整されている。呼吸により緻密なリズムの霊的な人間と、新陳代謝により粗雑なリズムの物質的人間との間に挿入され、両者をバランスしているのが、脾臓の働きである。


例えば、時差ぼけと体内時計の関係をみれば、この脾臓のバランスの働きがよくわかるはずである。太陽光を充分に含んだ大気を呼吸することで、呼吸リズムが人体に浸透するが、人体上部のサーカディアンリズムを司っているのが、松果体と脳下垂体なのは、前回紹介したが、そのリズムを人体下部の新陳代謝のための、栄養摂取に反映させるのが、脾臓のリズムバランスの働きなのである。端的にいえば、霊的なリズムを物質に浸透させる働きといえるだろう。このリズムバランスの調整が巧くいかないと、時差ボケになる。

時差ボケってなんで起こるの?日本にいてもおこる時差ボケとは? | 文部科学省後援 健康管理検定 | りずみんの健康管理

脾臓がなくなるとどうなる? - 意外と知らない「脾臓」の働きとは?(おがちゃん先生) - エキスパート - Yahoo! ニュース

健康になりたい方は「脾」から丈夫に! | 誠心堂薬局 西葛西店


そこで、また脾臓が体内時計の調整役であるのを、シュタイナーの人智学「オカルト生理学」から以下に抜粋紹介する。

            ☆       ☆       ☆

ひとでなしの猫 『ルドルフ・シュタイナー選集 第 7 巻 オカルト生理学』 高橋巖 訳

 「誰かが朝八時に朝食をとり、一時か二時に昼食をとるのが生活のリズムになっていたとします。ところが仲のよい友人を訪ねて、朝食と昼食の間に何かを出されたとしますと、彼の食生活のリズムは崩れてしまいます。それによって生体に大きな影響が生じます。これまで規則的に養分を摂取していた生体はこの変化に対抗して、一層強く働きながら、不規則に摂取したことの悪影響を解消しなければなりません。そのためには、養分が血液の中に取り込まれる際に、この養分摂取の不規則を正常なリズムに移し変えて、血液が必要な規則的なリズムを維持できるようにするための器官がなければならないのです。そして、この器官こそが脾臓なのです。脾臓は一種の制御装置であり、消化過程の不規則を調整して、養分が血液循環の中に規則的に取り込まれるようにする役割を果たしているのです。」

 「脾臓は消化管との関連で言えば、外からの養分の摂取に依存した器官ですが、他方、血液との関係言えば、そのような外的事情にかかわりなく、その養分が規則的なリズムに従って人間本性に相応しい仕方で人体を形成することができるようにする器官なのです。実際、人体が人間本性に相応しく形成されるためには、人体の中心である血液が正しい仕方で本来のリズムを保ち続けねばならないのです。血液循環の営みは、養分として体内に取り込まれる外界の事物に固有のリズムから切り離されていなければなりません。人間本来のいとなみは、外界から独立し、孤立しているのです。オカルティズムでは、或る本性が個別化し、独立して存在することを土星的である、または土星作用の結果である、と呼んでいます。そもそも土星的であるとは、何かが宇宙から孤立し、個体化して存在している、ということなのです。自分自身を通して自分が規則的になる、ということなのです。(中略)宇宙全体の中で、太陽系そのものを他の宇宙から切り離し、個体化させる力はすべて、オカルト主義者にとっては、土星の力なのです。ですから太陽系全体を考えますと、土星の軌道の内側に全太陽系が存在しており、太陽系自身の諸法則はこの軌道の内部でしか働いていません。その意味で太陽系は外宇宙の空間から、または外宇宙の形成力からは切り離されている、と言えるのです。ですからあらゆる時代のオカルト主義者たちは土星作用の中に、太陽系を完結した存在にし、太陽系外の宇宙のリズムとは異なる独自のリズムを持つことを可能にする働きを認めているのです。」

「訳者あとがき」より:
 「かつて、秘儀の伝統は人間のからだを「神殿」にたとえ、そして地上に建てられたどんな大伽藍よりも、ひとりの人間の肉体の方が、神の宮居としては、無限に優れている、と見做していた。本書に即して言えば、「活力組織」を内蔵した「自体形式」は最高の神殿形式であり、「 人間の進化の全過程は、人間のために存在しているのではなく、全宇宙の神霊の働きを開示するために存在している 」(本書一〇頁)、と考えていた。けれども 一般社会は、ひとりひとりの人間の中に神霊が宿っているという、この当然すぎるくらい当然の事実を長らく無視し続けてきた結果 、「 人間は自分の本性から遠く離れてしまい、自分を理解するためには非常に遠い道のりを歩かねばならなくなった 」(本書一〇頁)。
 一九一一年三月二〇日から二八日まで、プラハで行われたこの連続講義『オカルト生理学』の中で、ルドルフ・シュタイナーは彼自身が辿ったこの「非常に遠い道のり」を、はじめて一般社会のために包括的に記述している。」
 「本書はシュタイナーの医学、治療教育学、さらには マクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(人間)との照応という神秘学の基本問題 を研究する上で、不可欠な基本文献であるとも言える。」

              ☆       ☆      ☆

人智学によれば、人間は、外の神の、マクロコスモスと、内の神の、ミクロコスモスの照応のなかに生きる存在なのである。もっというなら、覚醒意識の時間感覚と、潜在意識の時間感覚を調節するなかで、寿命を獲得し、「人間の進化の全過程は、人間のために存在しているのではなく、全宇宙の神霊の働きを開示するために存在している」とあるように、神の子から、神となるべく自助努力を続けるわけなんである。

我々地球人は、神から生まれた宇宙人の一分枝なのである。

さて、あれこれと巷を徘徊し、ネットフーテンの寅さんをやりながら、宇宙人について色々と紹介してきたが、宇宙人と交信したいのなら、物質界の知識と同等か、それを上回る知識を獲得しないといけないのがわかる。物質界にいながら、物質界と同等以上の認識力を獲得するのが、古代のヨーガ哲学である。

神智学によれば、有名なアカシャ(虚空)とは、ヨーガの言葉で、神我一体の、禅の三昧に達することで、三昧とは、キリスト教の三位一体を表わすようである。三位一体とは父と子と聖霊の関係で、光と闇が唯一神の宇宙意識が発する言葉から生まれたことを意味する。現代物理学で譬えるのなら、ブラックホールの画像となるかもしれない。以下の画像は、ブラックホールの構造をエジプトのピラミッドで表現した図である。

三昧 | 仏教語豆事典 | 浄土真宗本願寺派(西本願寺)





覚醒意識での時間感覚から構築された物理学理論で、ブラックホールを画像化すると、上図のように、光と闇の渦がみえてくるが、それはダークマターとダークエネルギーを合わせた全体のなかの5%でしかない渦を物語るものなのである。つまり、我々は全体のわずか5%の、太陽光を用いた物質光の感覚の知性から、物質界での物理法則を見つけて知性と呼んでいるのがわかる。全体の5%だから、消費税にも満たない。

ダークマターについて | XMASS


例えば、神智学では、元素が144種類あるのがわかっているが、現代化学では、118種類となっている。あと26種類の元素をみつけるための、物質的知識が必要なのがわかる。人類が地球人を卒業するには、まだ物質的知識が必要で、宇宙人と交信するには、まだまだ未熟で、全体の5%しか観測できない知識領域を拡げていく必要があるのが、物質界での換算からもわかるわけなんである。

元素って何? | TBS テレビ : 特別展「元素のふしぎ」

原子のせかいであそうぼう|材料のチカラ | NIMS( 物質・材料研究機構 )


同じ神から生まれた生命体の、高次の宇宙人と交信するには、この5%を少しでも拡大していく必要があるが、それは、物質界のなかで、日々移り変わる物質の運動を、時間感覚で捉えるだけでは不十分で、かつて獲得していた潜在意識のなかでの、時間感覚を再度獲得していく必要がある。

生命が何から生まれ、何に帰するのかは、覚醒意識での時間感覚からは理解不能で、物理学でいう、ダークマターやダークエネルギーを解釈するツールとなる潜在意識での時間感覚を理解できないと、無意味となる。この潜在意識のなかの時間感覚を、ソクラテスは無知の知と呼んだわけなんである。

我々地上人は、閉じた秩序化する宇宙体系を想定し、質量保存の法則やエネルギー保存則から、線形的に、微分方程式を立てて、覚醒意識の時間感覚から、物事を予測したり、評価するが、それは物質界だけの、しかも局在化した体系でのみ、しかも思考実験という、個人的な意識観点でしか、成り立たない知識を基盤にしている。それは、キリストが説いた砂上の楼閣なのである。

それはある意味で、自分の立場を乗り越えて自由になるべく、そのような一時的な成長段階に相応しい、知性を与えられているともいえるかもしれない。固定観念を乗り越えるべく、固定観念が、自己として与えられ、その段階を乗り越えたら、捨て去るべき知性なのである。つまり、自己矛盾に陥らないように、自助努力で自己を乗り越えるべく、自己が与えられている、というわけなんである。

本来の自己は流体のものだが、何度も相転移で、固体化して、いわば、俳優として舞台で、多様な立場を演じることで、多様な人間関係を流動的に構築するような能力を、自己として演じ分ける能力を獲得するのが、自己の覚醒という感じなのかもしれない。

我々は、地球という舞台で、多種多様な自己を演じることで、独り善がりの自己を乗り越えて、総合的で統合的な自由な自己に目覚めていく必要がある。自己の本質とは、閉じた線形の体系ではなく、拡がった非線形の自由な自己なのである。だから、過去の自己を捨てよ、執着心を捨てよと、お釈迦さんは仏教を説いたわけなんである。神から与えられた仏に向かう自己を育てようという意味である。

タレスが説いた、万物の根源が水である、というのは、お釈迦さん風にいうなら、全ては水から生まれたのだから、水に帰しなさい、というわけなんである。水というのが、万物の根源なのだから、水の本質を知りなさいというわけで、水の本質を、ヨーガ哲学では、アカシャ(虚空)と呼んで、水に帰す、真実の探求法を求めたわけで、それが日本では禅の三昧となったわけなんである。この三昧は、神智学では、水のメム、火のシン、空気のアレフの、自然の三大要素として有名である。それに現代の物質界の土のアダムが加わると、四大元素霊となる。

キリストが、神の国を求めなさい。そうすれば全てが与えられる。といったのは、この宇宙の三大要素の世界まで、つまり宇宙の海のメム、それは母なる海という意味でもあり、純粋な聖母マリアのイメージでもあるが、つまり、霊魂を純粋になるまで、徳を積んで高めなさい、という意味なのである。この世の名声、つまり虚栄心や名誉欲を求めても、それは束の間の一時的な快楽でしかなく、根源の水に帰してしまうわけで、万物は流転し、永遠不滅のモノではない。

だから神我一体となれば、人間は神の如く、完全無欠になり、全てが与えられるわけなんである。そして、キリストが言った、持てる者は益々富み、持たざる者は益々失われるとは、神のような徳を積んだ精神の持ち主のことなのである。名声や虚栄心、名誉欲や執着心は益々失われ、水に帰するが、心を水のように万物の根源とすれば、聖母マリアのように、全ての愛が与えられるのである。

聖母マリアとキリストは、マクロコスモスとミクロコスモスの照応のイメージなのであり、それは宇宙の神メムと、人類の祖アダムカドモンでもある。


地球人の目覚めのときはいつくるのだろうか





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025年01月29日 01時03分21秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: