シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2025年04月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
日本の文化を、神智学で解き明かすと、健康に良い習慣がしばしばみつかる。それは恐らく、神道や仏教の行事や作法から来たものと思われるが、例えば、家に入るときには、靴を脱ぐ習慣である。最近は、靴を脱いでも、スリッパなどに履き替える人も多いが、足の健康を考えるのなら、裸足でいるのが望ましい。裸足でいると、足のツボが歩く度に刺激されて、体内の内分泌腺を促すからである。

また、日本の作法では、椅子などを使わずに、地べたに座るが、勿論、長時間ずっと座っているのは健康にもよくないが、座るときは正座で、頻繁に、座ったり立ったりすれば、スクワットの運動になるわけで、ふくらはぎを適度に刺激すれば、血行もよくなる。このような適度なストレッチ運動を取り入れたのが、日本の作法なのではないだろうか。

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また作法ではないが、修行者には肉食が禁じられて、仏教の精進料理は、肉を食べないが、人智学では、肉食が肉体の物質界に同調させやすくするために、霊的修行者には、戒律で禁じられているのがわかっているが、更に、神智学では、甲状腺の機能を阻害するものとわかっている。肉食に加えて、飲酒も、甲状腺の機能を弱める。だから肉食と飲酒ばかりすると、甲状腺機能が衰えて、いずれ心臓疾患にかかるだろう。

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甲状腺は、肉体の成長に関係しているが、摂取された毒物を解毒する働きを担っている。だから、過度の肉食は、甲状腺の機能を衰えさせるので、甲状腺機能低下症になりやすくさせる。甲状腺の機能が低下すると、その上で、甲状腺を刺激している脳下垂体が、そのバランスを埋めようと、甲状腺を刺激し過ぎるようになると、全体のバランスを失って、不安定になり、今度は、甲状腺機能亢進症に罹りやすくなってしまう。

甲状腺機能低下症について | メディカルノート

疲労感、むくみ、寒がり、便秘、体重増加、脱毛といった症状が引き起こされるようになります。放置して重症化すると、心不全や意識障害を引き起こすケースもあるため注意が必要です。また、甲状腺ホルモンは卵子の成熟や子どもの成長にも必要なホルモンであるため、甲状腺機能低下症を発症すると生理不順や不妊、小児期の成長・発達障害がみられることがあります。

甲状腺機能亢進症について | メディカルノート

甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、体のさまざまな機能や新陳代謝を活性化するはたらきがあります。そのため、甲状腺機能亢進症によって甲状腺ホルモンの分泌量が増加すると、心拍数の増加や血圧の上昇、発汗、ほてり、手の震えなど交感神経が過度に刺激された際に生じる症状が見られます。さらに、活動性の異常な高まりや、基礎代謝が異常に高まることによる体重減少、消化管のはたらきが過剰になることによる下痢などさまざまな症状が現れるようになります。

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このように人体は複雑なバランスで成り立っていて、それを制御しているのが心の世界で、3次元空間の肉体を、4次元以上の時空の霊魂で、高次の世界に同調して、休息をとったり、睡眠などで、偏った悪い制御の記憶を忘れるようにして、バランスを回復させているわけなんである。

肉体を動かしているのが心であるように、心の操縦法を間違えると、心のバランスが崩れて、肉体に病気が生じる。だから、病気をつくりだしているのは患者の心なのを、神智学は解き明かしている。このことを、古代叡智は、人間の法は破れるが、神の法を破ると、自分が破られる、と端的に表現している。神の法の道徳を破ると、心のバランスが失われるからである。

例えば、ガンになるのは、抑圧された感情がストレスとなっているせいと、神智学では解き明かしている。このようなネガティヴな心の闇があると、人体の内分泌腺のバランスが崩れて、特に解毒作用が働かなくなり、抵抗力を失うために、ウイルスや細菌などの感染症にかかってしまうわけで、このような寄生生物が病因となっているのではなく、それらは、病気を悪化させて、肉体上に、表出させているだけにすぎない。



この医者への信仰心が、患者の思い癖からくる、罪を告白し、生活態度を改め、自己反省を促すから、思い癖が改善され、病気が癒されるのである。病院に行っても、医者を信じずに、生活態度を改めようともせずに、自己反省もないのなら、思い癖はなくならずに、内分泌不足は改善されずに、病気が癒されることもない。だから、何事も信仰心に勝るものはないのである。医者を信じる者は救われ、治される。ただし、患者の訴えに真剣に耳を傾け、患者が何を信仰しているのか、洞察できる医者に限られるが。診断というのは、患者の心のなかの信仰心を見抜く作業なのである。その際注意すべきなのは、患者の病気に至るネガティヴな感情に共感しないことである。この感情に同調すると、患者から病気をうつされる。

巷の、ニセモノのキリスト教では、イエスが奇跡を行ったと吹聴しているが、神智学では、奇跡も、超能力も存在しないのを、意識の違いから、解き明かしている。キリストが、奇跡や超能力の代わりに、ただ「信じる者は救われる」という、宇宙意識の共鳴共感の、神の、あらゆる存在を救いたい、という愛との同調の法則を用いているにすぎないのを解き明かしている。

「信じる者は救われる」という言葉の意味は、あらゆる意識に同調できるのが、神の意識で、あらゆる意識を拒絶するのが悪魔の意識といえるかもしれない。この同調の法則を、金儲けの道具や私利私欲に、悪用しているのが、物質界の悪魔崇拝教である。自分だけが正しいと思い込むのは、悪魔の信仰心に他ならない。そして、他者に、自分のこの間違った信仰心を強要するのは、信仰心の悪用で、悪魔に魂を売ることになり、地獄に堕ちていくだろう。自分が何を信じるのか、人間には自由な意識や意志がある。

なにより、宇宙には多種多様な意識と意志がある。そのどれかに同調する、自由な意志を人間は与えられている。

現代科学でも並行宇宙が提唱されているように、また量子力学からもわかるように、地上の人間が物質界で暮らせるのは、物質界を信じて、物質界を形成している意識、物理的にいえば、物質的な波動に同調しているにすぎない。霊魂の、物質波に同調する道具となっているのが、覚醒意識である。この覚醒意識が、光をみて、粒子あれと、物質界に同調するから、量子が生まれる、のである。それを客観的に説明するために、数学者のイメージによって、確率統計で、波動関数や行列式で表現しているわけなんである。

パラレルワールド - Wikipedia


さて、物質界では、毎日様々な出来事が起こっているが、その出来事に同調するか、しないかは、人間の自由意志と、これまでの輪廻転生で獲得してきた意識にかかっている。物質界の出来事を経験するために、この世に生まれてきたわけで、そのために覚醒意識をもち、日常の物質的感覚から、自分にされて嫌なことを自分が他者にしないように、自分に与えられた立場と役割の面から、霊魂を育てている。

霊魂を育てることで、人間は不死の霊魂の存在だと知ることにある。だから、この地球で、人間は様々な死を経験し、死を乗り越えて転生してきた。昨今、シュタイナーが預言したように、前世を記憶している子どもや、前世を思い出す霊能者などが現れてきている。人間はこれから次第に死なない存在だと自覚していくだろう。ただ今自分に与えられた立場と役割を完遂することに努力し、霊魂を不死の認識へと成長させていくだろう。

さて、ローマ法王が亡くなったという発表で、世界は追悼ムードに明け暮れ出しているが、キリストが『「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」(ヨハネ11:25〜26)』と言っているように、ただ肉体を脱ぎ捨てただけの話にすぎない。

キリスト教カトリック教会のローマ教皇フランシスコが死去、 88 歳 - BBC ニュース

わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 | 聖書入門 .com


人間の肉体は崩壊するが、霊魂は不死なので、永遠に続き、終わりはない。肉体は、霊魂の生まれ変わりの抜け殻で、物質界での一時的な居住地にすぎない。キリストの、この言葉を信じるものは、死んでも死なないのである。自分が死ぬ存在に思う人は死ぬだけである。人間には自由意志がある。だから、自分が思ったようになる。死ぬと思えば、死ぬし、死なないと思えば死なないのである。

だから、信じる者は救われる、というのは、この宇宙の真実なのである。信じるとは、同調することで、神に同調するには、自分が神になるまでに、肉体を捨てて、純粋な霊魂として、同調しないといけない。神は常に愛として宇宙にあるので、その愛に同調できるかどうかは、あなた次第なのである。

愛に同調すれば、それは万物流転の法則なので、愛が形を変えて蘇り、生命となる。確かに物質界では、肉体というアカウントをもって、時間の流れのなかに、ログインして生きるが、この物質界での立場と役割をカルマの法則から、解消して死期を迎え、ログアウトして、物質界から離れれば、また別の並行宇宙で生きる。そこが天国であるかどうかは、本人が、物質界で生きた時に何を学んだかである。物質界に染まらずに、常に愛と同調できていたか、心のなかの闇を拭い去る事ができたか、にある。



              ☆         ☆        ☆

ガブリエルの時代の前の、アラヌス・アプ・インスリス、ベルナルドス・シルベストリ、フィオーレのヨアキム、ハンビルのジョンやブルネットー・ラティーニの時代の探求は全く別なものとなります。この時代を、人間の成長期に当てはめるなら、大体7歳の歯の生え替わりから、14歳前後の思春期までに、人間に働く力を、遡って振り返るときに獲得される力によって支配されていました。これが水星の力なのです。

この人生期を、出発点として霊的な感覚器を発達させるとき、何か非常に意義深いものを経験します。歯の生え替わりから思春期までの時期は、いわゆる何でも知りたがる子どもですが、この人生期につくられる感覚器で知覚すると、子どもの、世界を知りたいという情熱を思い出すのです。この時代に属する人々に個人的に会いたいと望むのは、この感覚器のためです。

そして、霊界に参入し、獲得する認識から、実際に情熱を叶えるのです。それは、10才か12才の子どもが目上の大人、例えば、教師と出会うように、ブルネットー・ラティーニのような人物に個人的に出逢うのです。

霊界に参入するための、正しい認識を自分のものとするなら、物質界の出来事に無関心であってはなりません。大人であると同時に知識を渇望する子どもになるのです。ブルネットー・ラティーニと対等の立場で向き合い、彼から学びたい、という強烈な欲求を同時にもつのです。



水星を中心にあらゆるものが回っていた時代において、特別な重要性をもっていた存在が、ラファエルという名前で知られていました。ラファエルはルネッサンスに先立つ時代、ダンテやジョットーの時代における水星だったのです。歴史上ほとんど知られていない人たち、その名前が記録されなかった人たちと個人的に知り合いたい、と感じるのです。

人智学の教えに精通するとき、その時代は、私たちには矛盾した反応を引き起こします。私たちは、はじめにブルネットー・ラティーニやアラヌス・アプ・インスリスのような人物について教科書などがほとんど何も記述していないことに当惑し、歴史的な事実がもっと得られないものか、と思うのですが、私たちの知性の地平線が広がるにしたがって、このような歴史の沈黙に感謝し、ありがたく思うようになります。

何故なら、物質界での、歴史史料は断片的なものにすぎないからです。もし、私たちの時代の認識について、歴史上の副次的な枝葉末節の新聞記事が唯一の有効な存在証明と考えられるとしたら、それが子孫の目にどのように映るかを想像してみて下さい。私たちは、これらの人物に関して、百科事典のなかに見られる、限られた情報によって妨害されないことに感謝できるのです。そして、私たちは、今日、人智学協会が手にする、あらゆる霊的な認識を用いて、これらの人物との精神的な接触を試みるとともに、人智学の立場から、彼らについて確認できる、あらゆる事柄について報告できるのです。

ラファエルの時代に、自然認識に携わっていた人物たちと関係を持つことはとりわけ重要なことです。自然についてのより深い認識や医学についての理解が、この時代の精神的な夜明け(9世紀から15世紀)のなかから、霊的知覚の前に現れて、その時代の多くの人物を通じて、私たちに現在流行している物質概念や宇宙と人間の関係を教示してくれるからです。

私たちが超感覚的な視覚をもってこの時代をのぞき見るとき、その名が後世に伝えられて来なかった多くの無名の人物たちに出会うのですが、これらの人物たちは実際に存在していたのです。これら多くの人物たちが私たちの前に現れるとき、そこに現れるのは「大パラケルスス」なのですが、その名前は記録には残らずに、後の時代、ガブリエルの時代には「小パラケルスス」が生きていたのですが、彼は大パラケルススの自然の叡智を、もはや、大パラケルススの純粋かつ崇高な精神の形態ではなく、思い出としてもっていた、のがわかります。

後のガブリエルの時代には「小ヤーコブ・ベーメ」が私たちの前に現れます。そして、そのときも、この人物は様々な伝統的な教えから学び取った崇高な真実、彼のインスピレーションに刺激を与えた崇高な真実を告げた、のですが、私たちが本当に「小ヤーコブ・ベーメ」を理解するのは、後世には知られていない、その名前もアラヌス・アプ・インスリスやブルネットー・ラティーニと同様、たまにしか触れられることのない「大ヤーコブ・ベーメ」が私たちの前に現れるときだけです。

ルネッサンスに先立つ時代は-そして、その時代の終わりには、ダンテやブルネットー・ラティーニのような有名な人物やシャルトルの学院が、孤立した明かりのようにそびえ立つ一方で、その中心には、スコトゥス・エリウゲナが標石(訳注:氷河などに運ばれて意外なところで見つかる玉石)のように現れるのですが-力強い精神的な刺激を包含しています。中世についての物質的な歴史は闇に包まれていますが、この闇は今お話しした時代を照らし出す力強い人物たちの存在を隠しているのです。

私たちが9世紀から15世紀までのラファエルの時代(原注)に入っていくとき、ダンテやジョットー、そして後世にその名が知られていない人物たち、あるいはまた私が触れた別の人物たちが大きく浮かび上がってきます。彼らは身近な人間の印象を、私たちに与えます。肉体のなかに一度も受肉したことのないラファエルは、更に後方の背景のなかに退いています。永遠に霊界に居住する、その他の霊的な天使存在たちはこの時代にはそれほどはっきりとは現れてきません。大きく浮かび上がってくるのは人間、特に死者の霊魂たちです。

続くガブリエルの時代は、ゲーテ、スペンサー、バイロン卿、あるいはボルテールのような人物たちでさえ、霊界のなかでは影のような存在である、という印象を与えます。他方、私たち人智学徒は、霊能力を通して、人間というよりも超人のような印象を残す、素晴らしく壮大な天使存在を意識できるようになります。

彼らは今日も存在しています。そして、地球が、誕生から死までの人間の住居であるように、月の領域が彼らの永遠の住居なのです。これらの霊的な存在たちが、私たちの注意を引く一方で、人間の死者の霊魂は、そのもっと後方の背景へと退いています。今日、私たち人間がそうであるように、これらの霊的な存在たちはかつて地球に暮らしていた、ということがわかります。

人間は物質的な肉体のなかに生きていますが、これらの月存在たちは、地球上では、いまよりも精妙で高周波の波動をもつエーテル的な肉体のなかに生きていました。そして、太古の時代には地上にあって人間と交流し、人間の精神的な教師であった存在たちは、今でも私たちと共にある、のに気づきます。彼らは、彼らの地上での使命が成就したとき、月の領域へと退き、今日ではもはや地球には直接関係していないのです。

私の本「神秘学」をお読みになった方はご存じのように、月はかつて地球と結びついていましたが、後に分離しました。これらの存在たちは月の分離に際して、月に同伴し、その後、月の領域の住人となりました。ですから、私たちは、死後間もない死者たちと連絡を取るのを可能にする霊的な認識レベルに入っていく霊界でも、通常の覚醒意識についての以前の認識をまだ保持しているために、私たちを取り囲む人たちはかつて地上において肉体を持った人間だった、のを、今日の覚醒意識によって認めるのです。

つまり、私たちは、この異なる意識に参入するとき、ちょうど私たちが地球に属しているように月の領域に属する霊的な存在たちと共にある、ということにますます気づくようになるのです。彼らは普遍的に存在し、人間の行いに関心を寄せているのですが、それは今日の人間が行うような物質的な観点からではありません。

かつて人類の偉大な教師であった存在たち、すなわち、もはや地球の住人ではなく、いわば月領域の住人となった存在たちのなかには、圧倒的な壮大さと最高度に発達した精神性をもち、内的に荘厳な精神に満ちた存在が見いだされます。宇宙の神秘に関する非常に多くのことがらを彼らから学ぶことができます。彼らの知識は、人間の通常の覚醒意識が到達できる知識を遥かに凌駕しているのです。

けれども、彼らはこの知識を、人間のように抽象的な思考によっては表現できません。彼らのそばに近づくと、彼らが奏でる歌やハミングの波動に遭遇しますが、彼らはあらゆるものを詩や芸術的なイメージを通して表現するのです。彼らは、その独自のやり方で、ホメロスや古代インドの叙事詩では知られていなかった崇高な調和をもって私たちを喜ばせ、魅了するのですが、彼らが私たちの前に魔法のように出現させるものすべての中には深い叡智が横たわっています。

とはいえ、彼らの中にはそれほど完全でないものたちもいます。ちょうど地上に愉快な連中もいれば、不愉快な連中もいるように、これらの異なる存在たちの間にも、その仲間たちほどの荘厳さや完全さを達成しなかったものたちを見いだすことができるのです。にもかかわらず、彼らは落第した生徒や弟子として地球領域を離れ、月領域に生きながら、そこで働き続けたために、ある程度の完成段階に到達しています。卑近な表現ですが、彼らとつき合うとき、彼らが地上の出来事に燃えるような関心を寄せているのがすぐに分かるのですが、それは全く異なる種類の関心なのです。

これらの存在は好意的ではなく、どちらかというと招かれざる連中などと想像してはなりません。彼らは、その仲間と比べれば不完全とはいえ、現代人が通常の覚醒意識をもって到達できるレベルを遥かに超えた明晰さ、賢さ、洞察力をもっているのです。彼らはいつでもその仲間と同じ習慣を共有しているのですが、今日の地上の人間とは異なる習慣や傾向をもっているだけなのです。





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Last updated  2025年04月24日 14時50分23秒
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