シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2025年04月29日
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カテゴリ: 神秘体験空間
今日は昭和の日だが、平成が終わるという頃に、巷では、「意識高い系」という言葉が、矢鱈と流行りだして、意識が高いのではなくて、自己顕示欲が旺盛なのだと、自己顕示欲旺盛系に変わっていったが、そもそも、意識も、能力も、3次元空間の物質界では数値化できない、非線形現象なので、確率統計学でも持ち出してきて、同じ状態とみなせるサンプル数を一万個以上集めてきて、全体の正規分布などをつくって占うような推測しか成り立たないから、結局、どうにでも言える確率的な仮説での能力や意識論なのである。

能力や意識を数値化しても、その数値の解釈を巡って、また別の議論がはじまる。そして仮説の上に仮説が上書きされていく。確率が低くても、ゼロでない限りは、起こりうるわけで、高くても、必ず起こるわけではない。例えば、10の事例のうちに、7の事例が該当するといっても、その7の事例に、今回の事例があてはまるかどうかは、結局、人間の思考力や観察力に負う。

意識高い系 - Wikipedia


しかも、物質という、静的で安定的な、線形現象ならともかく、生物においては、動的で不安定な、非線形現象が、正規分布をつくるとも限らないので、生物統計というまた別の統計分布が考案されている。これらは、生物を物質化して表現する手法なのだが、生物を物質化してしまうから、データの取り扱いに注意しないと、条件でいくらでも変わり得るから性質が悪い。

生物は、もともとは受精卵の一個の細胞から生まれるが、その細胞が分裂し、幹細胞となって多種多様に成長して、はじめて霊魂が受胎できる表現の場の容器となる。だから、容器だけをみていても、絵画の絵具を見るのと同じで、絵を道具から推測するだけになる。油絵具をみれば油絵だ、クレヨンならクレヨン画だと条件がわかるだけで、どういう絵画なのかは見当もつかない。

生物統計学 - Wikipedia


描かれた絵画の特徴が画一的で、例えば、動物ならば同じ種族においてある程度の集団性をもつのでまだしも、人間には、個人的な自我があり、それぞれ異なった個性をもっているのだから、それらを一緒くたに同じ基準で観測し、同一視するなどは、かなり独断と偏見の混じった与太話で、それらで持ち出される意識という表現は、もはや意識ではなく、画一された洗脳意識の統一効果といわざるをえない。

だからして、令和になって、それらがパワハラの一種の、マウント系なのが明らかになってきて、意識が高い、のではなく、自己顕示欲や、自意識過剰で、名誉欲や虚栄心、そして利己主義の為せる業だとみなされるようになってきた。

何が言いたいかというと、所詮、人類同士のなかで比較する意識の高低は、統計解析で出力する誤差の範囲内に収まってしまう違いでしかないから、出る杭が打たれるのが常で、平均からわずかにずれる差異にとどまるしかない。意識や能力の高低さは、全体からみれば、ほとんど同じで平均化されるだけなのである。第一、低い意識の持ち主が、高い意識を評価できるわけがないし、逆に、高い意識の持ち主が、低い意識を見下すわけもない。

だから、高い意識という言葉自体が矛盾で、高い意識の持ち主が、高さを表明するわけがない。高い意識の持ち主は、常に向上を目指すので、高い意識に甘んじないだろうし、高いとも思わないだろう。高い意識を表明するのは、そのまま利己主義を象徴化している言葉なのである。自分を虚飾している言葉である。

さて、先日、「太田×石井のデララバ」をみていて、料理というのは、誰が最初に発明したかはわからないが、その発明権利を主張せずに、パクられても多数の人の腹を満たすのを優先し、容認し、ほぼボランティアで成り立っている職業だと気がついた。勿論、生活費を稼ぐために、ある程度の金銭をとらないと経済的に物質界では長くやっていけないので、完全なボランティアというわけにはいかないが、無償の愛がないと、やっていけない聖職である。

BS-TBS |太田 × 石井のデ ララバ

太田 × 石井のデララバ | TVer




このようなボランティアの無私の精神こそが、人間社会を高めて、物質界を心の世界へと意識改革し、向上させていくのだから、このようなボランティア精神に溢れる人が、ホンモノの意識高い系なのである。発明は残り、人々を幸せにするが、名は残らない人こそが、意識高い系なのである。だから、キリストは、「人前ではなく、密かに祈りなさい」、と説いているし、仏陀も、「善行は、成就するまでは、黙っていなさい」と言っている。良い事をしても、それをひけらかしてしまえば台無しになり、かえって低い意識に落ちてしまう。そして、そのような低い志は、いずれ死んでしまう。

善因善果から、日々常に善行を志し、努力して行う人には、占いは必要がないが、その人にとって何が善行となるのかは、その人の前世からの宿命、つまりカルマの法則から定まっているので、つまり、この世での立場と役割をボランティアとして、ボランティアで教えるのなら、占いが預言になる、ともいえるかもしれない。

先日、ローマ法王が亡くなった、というので、ググってみると、日本ではあまりお馴染みのない、法王と教皇の違いに出くわす。法王とは、恐らく、物質界を超えた、心の世界の、更にその上の、人間の自我に関わる、神の天国の、法の意識にまで到達した霊魂を意味し、教皇とは、その意識を人類に教え諭す立場と役割を授かった霊魂を意味するもの、と考えられるので、ローマ法王、もしくは教皇と呼ばれる存在が、霊魂の不死の法を知らないわけがなく、亡くなった、と世間に公表されるのも、なんだかおかしな話ではある。

ローマ教皇は、人間の霊魂が不死なのを教え諭す霊魂のはずなのである。そこには、本来、肉体の死の余地が入る隙間もないはずである。ローマ法王の選出基準に、独身が要件となるのは、結婚して、子孫を残すと、霊魂の不死性が、受精細胞の遺伝性により、失われてしまうからである。このことから、古代アトランティス時代には、子どもがいなかったのがわかり、霊魂は意のままに受肉していたのがわかる。ただし、現在のような物質的な肉体ではなかった。

百歩譲って、過去にはなかった、人間の心よりも遥かに、中世以来から進化し、安定してきた肉体の感覚、もしくは世俗の物質界に合わせた、覚醒意識においての演出なのかもしれないが、ローマ法王が亡くなってから、一週間ほどたって、その追悼のために平和活動が進むのなら、世界も捨てたものではないが、「富を積むのなら、天に積みなさい」と言ったキリストの言葉を理解できる人がほとんどいなくなっているのが現状で、しかもいまだに戦争を続ける独裁者も沢山いるから世の中難儀である。

富は天に積め - 横浜指路教会


人智学は、人間の自我は、天国に由来し、心は心の世界のアストラル界に由来し、心を肉体につなげる、糊もしくは潤滑油のような役割が、水と呼ばれる、エーテル界に由来し、そして、肉体が、この地球の、光の反射などの可視光からなる結晶構造の物質界に由来するのを解き明かしている。これらは、オカルトの基礎的な幾何学では、自我、アストラル体、エーテル体、肉体の4つの正四角形で表されている。

だから、昨今の物質科学の超弦理論でも提唱されている並行宇宙論でいうなら、人間は、4つの並行宇宙の統合体ともいえるわけで、それぞれの宇宙の波動が、それぞれの意識から、バランスをもって、地球の物質界で、いわば、粒子や固体として顕現するように、統合されている。我々地球人は、その統合の結果だけをみているにすぎない。

量子力学は、人間の意識が、物質界と共鳴し、量子状態を決めて、素粒子を現出させている、のを示している。ハイゼンベルグの不確定性関係は、人間の覚醒意識が、素粒子の観測に介入するのを数学的に証明している。人間は物質界と共鳴し、物質をつくれるが、それは人間が肉体という物質界に介入できる道具をもつときだけに限られる。だから、物質界に介入できる道具の肉体を失えば、それを基にして介入できた権力や富を失うわけである。それはネット掲示板での書き込みなどのアカウント権を失うのと同じである。

だから、地に富を積んでも死んだら終わりなのである。物質そのものではなく、物質を変える方法、つまり、物質を操作する心こそ、重要なのである。

さて、日本の巷はGWなので、本当は、このブログもGWにしようかと思ったのだが、先日ヴァイオレットエヴァ―ガーデンをみてから、「ルパン三世 カリオストロの城」を思い出し、改めてこの作品を考えてみたら、オカルト的に深い意味が隠されていたので、再度紹介したい。

「ルパン三世 カリオストロの城」については、岡田斗司夫氏が以下の動画で持論の妄想から、詳しく解説しているが、オカルトの知識が不足しているので、あくまでアニメ作品の枠内での宮崎駿監督についての評価にとどまっている。

【カリオストロの城】頭のおかしい狂った作画 … 実はこのシーン ●●● が映ってます【ルパン三世 / 名セリフ / 銭形警部】【岡田斗司夫 / 切り抜き】 - YouTube

【カリオストロの城】伯爵の目的と伝説の偽札「ゴート札」の謎を解説します【ルパン三世】【岡田斗司夫 / 切り抜き】 - YouTube

【カリオストロの城 / 完全解説 総集編】 これ一本でわかる! 登場人物や名シーン ルパン三世 カリオストロの城 の 設定に隠された すごい秘密を徹底解説 【岡田斗司夫 切り抜き】




ルパンは、この作品で、この世の富の、権力や金銭を盗むのをやめて、人間の心や人類の未来を盗む、つまり先取りする泥棒となって、つまりは、あの世からの平和の予言者、もしくは占い師と転職したのである。このルパン三世の転職の話は、ルパン三世パート2の最終回の、「さらば愛しきルパンよ」でもわかる。

【カリ オストロの城 / さらば愛しきルパンよ】完全解説【ルパン三世 / 岡田斗司夫 / 切り抜き】 - YouTube


宮崎アニメのルパン三世は、この世から悪を奪うことで、あの世に富を積む、のを描いた作品なのである。つまり、作品をみた少年少女の未来の心を盗む、これまでの泥棒から、心を盗む占い師や予言者に変わった新しい未來の泥棒なのである。この世に富を積もうとする愚かな低い意識の悪人が、この世に、将来の地獄をもたらして、人類を破滅させてしまうのを、悪人が悪人と出逢って、改心する話なのである。

だから、宮崎アニメのカリオストロのルパンは、カリオストロ伯爵に出逢って、自分のなかのカリオストロを捨てて、解放したクラリスとは、この世の恋人とはならずに、一緒にならずに、別れたのである。ルパンはカリオストロと同じ盗賊であったのを自覚している。このアニメでは主人公と敵対者での違いでしかない。ただその表現の違いでしかない。この主人公と悪役の違いは、聖書の人類史の、カインとアベルの違いが隠されているので、面白い。

カインから見れば、アベルは悪役で、またアベルからみれば、カインが悪役となる。というのも、人類が大きく二つの、いまでいうところの、コンサバの保守とリベラルの革新にわかれた経緯が隠されているからである。コンサバとは、従来の秩序を維持する、つまり生命をそのまま保守する、アベルの羊飼いの子孫で、人類史では祭司系の血族を意味する。そして、ヤハヴェの月の神により生まれたアダムとエヴァの子がアベルである。

対して、カインは、エロヒムの一柱とエヴァ(リリスという説もあるが)の子で、生命無きものから生命を生み出す土を耕す子孫なのである。だから、アベルには生命を見守る能力はあるが、カインのように無から生命をつくる能力はないので、神殿をつくる能力はない。そして、この違いが、ルパンのカリオストロの城では、アベルの血族がクラリスで、カインの血族が、カリオストロ伯爵として描かれている。カインがアベルを殺したように、カリオストロは、クラリスを略奪して、王位を継承しようとする。そして、両者の調停役としてルパンが登場する。アベルは天国に召されて、カインは追放される。

カインとアベル - Wikipedia




そこで、カリオストロをググってみると、以下のウイキのような、『稀代の詐欺師として特徴づけられているカリオストロだが、壮年時期には愉快犯の色合いが強く、富裕層からまき上げたカネを貧民層に分け与えていた』という日本の鼠小僧のような面白い情報が挙げられているが、このウイキの内容とは違い、実際は、シチリア島出のジュゼッペバールサモと同一人物視されるのを、カリオストロは反対していたらしく、シュタイナーによれば、ホンモノのカリオストロは、フリーメーソンのグラントリアンの最高位に達し、永遠の生命を手に入れた人物だったという。そして、永遠の生命を獲得するには、肉体から、賢者の石を取り出す錬金術をマスターし、五芒星を認識する必要があるという。

カリオストロ

鼠小僧 - Wikipedia


そこで、カリオストロについて話したシュタイナーのフリーメーソンでの講演について短く要約して以下に紹介する。

フリーメーソンを霊視すると、高位のメーソンには、特別の課題を果たす修行法がみつかる。メンフィスロッジとミスライムロッジが合体した特別の修行法があり、この修行法の課題は95もあり、その最高位のグラントリアンは第96番目の課題である。87番目から神秘的な課題がはじまり、この課題を96まで果たせた人は、欧州大陸には恐らくいない。

これら高位の課題を霊視すると、その課題を与えた、ある人物が浮かびあがる。この人物は様々な名前で呼ばれ、非常に誤解されている。この人物こそ、特に歴史家たちに誤解され、悪名高いカリオストロ伯爵となっている人物である。

彼はロンドンで、フリーメーソンを、新しい次元へと意識上昇させようとした。というのも、メーソンが18世紀終わりには低俗化しすっかり唯物論へと形骸化し、衰退してしまったからだが、しかし、ロンドンではうまくいかずに、次にロシアで、そして、ハーグでも次元上昇へと意識を高めようと指導したが、うまくいかなかった。しかし、リヨンでは、仲間と共に「勝利する叡智」と呼ばれるフィラレートロッジを設立できた。

カリオストロの意識上昇(アセンション)の指導には、2つの課題を抱えていた。一つは賢者の石を合成することで、2つ目は神秘の五芒星の意味を知ることだった。この2つの課題は、現代人には嘲笑の的になるだろうが、神秘家にとっては究極の真実である。

賢者の石の合成目的は、人間の寿命を5530歳まで延ばすことで、無神論者には馬鹿げたことに思われるだろうが、特別な修行で、肉体によらない生き方を学ぶことで、生命を延長できる。だから、この生命の延長とは、肉体の寿命を延ばすという意味ではない。簡単にいうと、肉体の死の瞬間に生じる経過を、非常にゆっくりと段階的に経過させ、肉体の死の瞬間には、肉体によらない生き方ができているので、肉体の死を意識しないのである。

つまり、古くなったレインコートを脱ぐように肉体を脱ぎ棄て、新しいレインコートを着るように、新しい肉体を身にまとうようなものである。そして、2つ目の五芒星の認識は、人間の5つの体、つまり、肉体、エーテル体、アストラル体、自我、そしてマナスの霊我を区別できる能力のことである。肉体の中にいる限りは、この5つの体は認識できない。だから肉体の外に出て、外から肉体を認識できる、心の眼をつくる必要がある。カリオストロの弟子への指導は、この心の使い方を授けるものだった。人間にとっては、5つのなかで、肉体が最も進化を遂げ、次にエーテル体、そしてアストラル体、自我とほとんど未発達で、自我はまだ生まれたての赤子だからである。

以上のような話をシュタイナーは述べている。シュタイナーは別の農業の講義で、賢者の石とは、炭素と述べている。肉体は、炭素からできているので、恐らく錬金術で、炭素の構造を変えて、金に変換することを、賢者の石の合成と呼んでいるのかもしれない。恐らく炭素の構造を変えて、例えば、黒鉛から金剛石と呼ばれるダイヤモンドをつくることなのかもしれない。

ダイヤモンド - Wikipedia


面白いのは、「金」という字の形が、五角形で、神社の入口の形も五角形が多いのに気づく。古代叡智では、人間の肉体は、神殿なので、五角形は、そのまま五芒星に通じる。以前、このブログでも紹介したが、契約の箱の形も五角形である。そして、人智学では、ポストアトランティス時代は、第5番目の時代で、その第5文化期のアーリア文化期が、いまの我々地球人が属している、人類の進化紀なのである。





【シュタイナー】地球紀の進化過程について~現在はポスト・アトランティス時代~ | Noos Eggs

だから、我々はいま第5の進化紀で、肉体の死を経験しているのだが、その死は、低次なカママナスによる、利己主義のための不安定な、みせかけのもので、赤子のように誕生したての幼稚な自我によるもので、無私のボランティア精神を発揮し、育てて、成人して、目覚めることで、真の霊我のマナス、仏教でいうところの空の、心眼を獲得できれば、五芒星の認識もできるようになるのかもしれない。

肉体の外に出ると、覚醒意識を失ってしまうが、ボランティア精神を発揮すれば、肉体の外に出ても、心眼があるので、覚醒意識を失わずに、前世を思い出して、同時に霊魂の不死性を思い出すのかもしれない。シュタイナーによれば、人類の霊魂のほとんどが、古代アトランティス時代を経験していて、その時代では、霊魂の不死性は常識だったので、その時代の前世の記憶を思い出せば、霊魂の不死性も蘇るらしい。

シュタイナーは、既に百年前に、現代での再生医学による発見は、古代アトランティス時代に生まれていた潜在意識のなかの、前世の記憶が動機となって、表層の覚醒意識に到達し、生まれるのだが、現代人はそれを現世での見かけ上の科学的発見と思い込むだろう、と預言している。

そして、その発見を利己的に追及し、名誉欲や虚栄心につなげてしまうと、古代アトランティスの大破局と同じように、人類同士で戦いあって、地球という生命体から、利己的に、生命を略奪しあって、権力を求めてしまうので、再び地球という大自然からのしっぺ返しをブーメランとして食らうだろう、と預言している。それはカリオストロを、悪名高き人物に仕立て上げたのと同じように。

だから、人類には無私のボランティア精神が不可欠で、それは地球という生命体にも、神という生命が宿るように神殿を協力してつくっていかないといけない、とシュタイナーは説いている。人類の遺産とは、この地球という大自然の神殿なのである。このようなオカルトの叡智が、カリオストロを通じて、隠されている。あなたがルパンとなって、このカリオストロの隠された叡智を表に出す時代なのである。

宮崎駿アニメのルパン三世カリオストロの城には、実はこの古代アトランティスの水没した神殿が、カリオストロ伯爵の死と共に、時計塔の時計針の回転が一巡し、最後に現れる結末となっている。カリオストロ伯爵の肉体は、古代ローマ文化期を象徴する子羊の指輪を時計にはめ込むことで、それはまさに地上に神殿として地上に降臨した、光と闇のキリストを象徴するが、それら光と闇の肉体が、一巡した時計針に挟まれて消えてしまい、その肉体の死の贖いでもたらされたローマ時代の神殿を、ルパンは、「俺のポケットには大きすぎる」、と言って、放棄して、インターポールに委ねるのだが、伯爵の死を無駄にしないために、怖いオジサンたちインターポールに委ねずに、この神殿をかつての古代アトランティスの黄金に輝く神殿の、不死の霊魂へと、個人個人で、高めなくてはならない。

このカリオストロの城のルパンのように、宮崎アニメが、地球の平和を先取りして、世界の人々にユートピアを表現して、ルパンがクラリスの心を盗んだように、多くの少年少女の心を、盗んだから、多くの少年少女が、奪われた心を取り返しに、いまこの日本に、インバウンドで訪れている。

だから、銭形警部が最後の決め科白のシーンで、「ルパンは、大変なものを盗んでいきました」、というのと同じように、宮崎アニメは大変なものを盗んでいきました、というべきなのかもしれない。

「いいえ、あの方は、何も盗んでいませんが」、と、クラリスは否定する。

昭和一桁生まれの堅物の、銭形警部は確信をもって、「いや、あなたの心です。」とキザなセリフを吐く。

宮崎アニメは、ルパンなどの人物を描くことで、地球の少年少女の、未来の心を盗んでしまった、とまるで銭形警部のように、決め科白をはいて、では失礼します、と画面からハードボイルドに去っていくのである。ルパンのハードボイルドは、このセリフの、銭形警部に盗まれたのがわかる。

今度は地球の少年少女が奪われた心を地球に還す番なのである。そして、アセンションをボランティア精神で遂げる時代がいまこの時代なのである。地球の生命が、あなたの心にかかっている。

盗まれた心の代わりに空のボランティア精神を灯すのは貴方次第。それが地球の生命再生となるだろう。あなたのなかのルパンが目覚めるときなのかもしれない。





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Last updated  2025年04月29日 23時01分07秒
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