Name : とあるニート Date : 2005/11/21(Mon) 05:55 URL : http://age
世の中には必ず優劣が存在し、優であるものはそれほど気にはしない。劣であるが故に何事にも敏感に反応してしまう。劣であるが故に何事も悪い事しか頭に残らない。自分で他人と比較してもらいたくないと言ってるが、自分自身で、どこかで自分と他人を比較して見ている。一般的な視点から見ても、ニートであるのは「-」にしかならない。そしてそれを表沙汰にはできずに誰にも話さない。話さないと言うより話せない。満点が100点だったとすると、今の時点から再出発しようとしても、-1000点からの出発だと思ってしまう。そしてその点数は他人と接する度に「-」になる。自分の中での自分の評価をしてしまう。そして引き篭る。世の中には必ず優と劣が存在する。人類みな平等と言うが、これが平等だろうか?優であるものは気にならない事であっても劣であるが故に心を深く閉ざしてしまう。ある映画を見たら連続殺人の犯人は統計的に見ると、僕の生い立ちと被るんだ。アルコール依存症の親がいたり、子供の頃、家庭内暴力を受けていたり、僕も覚えてる。小学校に入り、学校でイジメを受け、先生は見て見ぬ振り、嫌で仕方なくて学校をサボると家で親に顔が腫れる程殴られる。その腫れた顔で再び学校にいき、新たにイジメを受る。小学校の頃の印象と言うのはそのまま後を引き、高校まで、その印象は続いてしまう。優であるものは、それほど気にもしな事。そして人付き合いに対して、失敗を恐れるばかりに自分に嘘をつく。他人にも嘘をつく。自分の心を閉ざす。脳内妄想だけが自分の快楽。僕と連続殺人犯は被る。とてもよく似ている。その大先生方は、何故、連続殺人が起きるのか20年たっても理解できないと言っていた。それは優であるが故に理解できないのだと僕は思った。誰しも人生の中で一度は劣を感じた事があるだろう。恥じる経験だとか。僕は親には申し訳ないが、人生恥じる事だらけなんです。楽しくない。いつも一人。僕の事を本当に理解してる人間がいるのだろうか?親ですら3割理解してる程度だが。何も感じない人間には接したくない。社会に出れば必ずいる何も感じない人間。人間はエゴだから。人間は個々の心に気遣いをいつもするから、他人の事は後からなんだ。とりあえず今の自分が成功してれば他に何かいるとすれば、自分より下の人間を作ることだろう。誰しも優に立つことが快楽であり、消える事のない欲であると僕は思っている。動物虐待する子も、僕はよくわかる。劣であるが故にわかることのが多いのだと思う。ただそれを大っぴらに語ろうとはしないだけ。僕の心の中の深い闇をアナタ方も理解すればわかること。理解とは、知識とは違う。理解とは経験することだと僕は解釈している。僕と同じような経験を、過去にさかのぼり、できるのであれば理解することが可能だろう。僕は協調性のない人間。ここに書く事ではないのに書いたのも協調性のない僕だからこそすること。心のどこかで真の理解者を求めているのかもしれない。僕は憎む。ニートと言う言葉を作った人達に。白人黒人の差別と一緒のようなものだ。ニートであるが故、声を張り上げても、逃げているだけだとか知ったかぶりをされる。まるで犯罪者扱いの他人の視線。人間に馬鹿はいない。人それぞれに自分のモノサシがあり自分の中で個々に考える事は色々ある。ニートと言う言葉があるため、僕は心に壁を作る。何枚も作る。自分を偽る。人間個々人それぞれなんです。ニートは勉強しない、訓練しない、仕事しない等と言われますが、ニートだって学習します。何もしてないようで、それぞれに考える事は日々進歩します。それが自分のモノサシで自分のペースで他人に見えないだけです。人間の脳は何のためにあるか、わかってますか?考えるためです。僕にだって脳がある。それを無視されてる言葉がニートだなと僕は思います。考える時期があってもいいじゃないか。人生のうちの考える時期があってもいいじゃないか。他人が、両親が、親族が騒ぎ立てる問題じゃない。これは僕の中の僕の問題だ。知らず知らずのうちにニートだの引き篭りだの言ってる方々へ。その時点で、彼ら、彼女らは、あなたと自分の前に壁を作ります。それだけでもいいから理解してください。 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@maia.eonet.ne.jp> Sent: Monday, December 19, 2005 10:51 AM