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2006.02.02
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カテゴリ: 800 日記等


1講演会平成18年2月25日 13:30~16:30
 姫路市民会館4F第六会議室 テ-マ「家族教室対応事業」
 講師 名古屋オレンジの会理事 鈴木美登里氏
受益者負担金(施設利用分担金、講師招聘分担金(交通費を含む)、資料製本等)一般¥3000 会員¥2000
2たぢま屋プラザ開設 指定水曜日 2月15日 22日 3 サロン開設 指定水曜日  2月8日
4訪問サポ-トいたします。連絡ください。
http://www.holonnet.com/hiramoto/

http://www1.winknet.ne.jp/~y-9029/

http://homepage3.nifty.com/tamakis/

斎藤環(さいとうたまき)
1961年生まれ。爽風会佐々木病院医師。思春期・青年期の精神病理、病跡学を専門とする。著書に『文脈病』(青土社)、『社会的ひきこもり』(PHP新書)、『戦闘美少女の精神分析』(太田出版)、『若者のすべて』(PHPエディターズ・グループ)などがある。





 さすがにもう言い訳のネタも尽きた。黙って続きをはじめるとしよう。今回は「転移」の話の続き、後編だ。
 人間の心の面白さはいろいろあるけれど、僕はなんといっても、人が人から影響を受けたり、それでいろんな変化が起こったりする現象がいちばん面白い。人が人を好きになるという「変化」も、その意味ではすごく重要で面白い変化だよね。だけど、そんなに強烈な体験じゃなくっても、人間は色々と変化するものだ。なかでも転移はもちろん、その最たるもののひとつ。なんたって治療に応用できるくらいなんだからね。これをたとえば、人と人との間で何か目に見えないものがゆきかっている、とイメージしてみよう。
 ラカンによる転移の理解は、ごくおおざっぱな例えでもって言えば、人と人との間で情報の移動が起こるような事態を意味している。たとえばフロイトは、治療中に起こるテレパシー的な現象について述べているんだけど、ラカンによれば、これは転移の結果生ずることになるんだね。たとえば治療中の二人の患者が、転移の結果として、ほとんど同時に同じ症状を示したり、同じ記憶を思い出したりすることがある。これは二人がたまたま、同じ情報のネットワークに組み入れられてしまった結果なのだ、とラカンは説明する。そのネットワークというのは無意識であり、ということは、要するに象徴界のことなのだ。このあたり、ラカンはシステム論的な説明をこころみようともしている。
 もちろんここで「情報」と呼ばれているものは、別のところでは「知」と呼ばれたりするような言葉の断片だ。そういうものが、象徴界という巨大なネットワークの中で、人と人とを結節点として巡っている様子をイメージしてみよう。もちろん、このイメージはかなり比喩的なものなんだけど、それでもラカンによる転移についての理解を、少しだけ簡単にしてくれるだろう。
 余談だけれど、こういうテレパシー現象みたいなものを、前回いろいろくさしたユングという精神分析家は「共時性 シンクロニシティ」と称している。「意味のある偶然の一致」って話だね。こういう偶然を即座に意味づけようとする行為は、星座と性格の相関関係を統計的に調べよう、といったオカルティックな姿勢に結びつく。でも、ラカンはまったく同じ現象を例にとって、これを転移現象のサンプルにしようとする。その偶然に意味があるかどうかを決定づけるのは、あくまでもそこにある関係性いかんであり、そこに転移関係があれば、あらゆる偶然は意義深いものになりうる。わかりやすく言えば、ラカンの転移解釈は、こういう関係性のダイナミズムを重視するから、意味論ではなくて技法論として有効たりうるんだね。
 まあ、「みんなは私、私はみんな」と思いたい人はシンクロニシティを信じてればいいし、「私は存在するのか」という執拗な懐疑から出発して、あらゆる意味付けを転移性の症状として理解したい人はそうすればいい。このあたりは、好みの問題、と言うことになるかなあ。あ、それとついでに言えば、いままでのラカンの議論、この転移問題もふくめて、いきなり仏教の「空」論に結びつけたりするのはちょっとカンベンね。たしかに、物事に実体があることを否定していたり、ものとものとの関係(「縁起」ってやつだ)のほうを重視していたりと、一見ラカンと仏教は、ラカンと量子力学くらい良く似かよっている。ただね。今ここで詳しく話す余裕はないけど、「空」論からは、たとえば「性関係は存在しない」といった、ラカン的なフレーズは出てこない。むしろ男女の関係を含めて、一切を関係性において理解しようとするだろう。性欲は煩悩の一つかも知れないけれど、人間を規定する特権的な属性ではない。「性」を人間存在の根幹に据える精神分析の発想とは、まず出発点から異なっているわけだ。
 では、転移が存在すると言うことを、どう考えたらいいか。前回の話題から、それは女性患者が男性治療者を愛するようになること、と誤解してしまった人もいるかもしれないから、それだけじゃないことをまず言っておきたい。
 僕がはじめて「転移とはこういうことか」と理解した経験について話そう。まだ駆け出しの、研修医時代のことだ。僕は外来で、その日はじめてやって来た中年の女性患者と面接していた。彼女は夫との関係がうまくいかないことに悩んで、うつ状態や不眠が続いていた。彼女の訴えは淡々としており、どちらかといえばその話しぶりは、自分の至らなさを責めるようなトーンだった。ところが、彼女の夫の振る舞いを聞けば聞くほど、これが実にひどいんだね。肉体的な暴力こそ振るわないものの、外泊して帰ってこなかったり、家に金を入れなかったり、パチンコでたくさん借金を抱え込んだり。で、僕はもちろん彼女に対して、まず現実的な対応策を勧めたくなった。つまり「まずこの旦那をなんとかしろ」と言わずにはおれなくなった。なぜなら、彼女はあまりにもそのことに無自覚に思えたから。
 でも、ちょっと考えてみよう。なるほど、いま目の前で話している彼女は、夫のひどさに十分気付いていないのかもしれない。でも、本当にそうだろうか。僕の言葉は、もちろん僕の口から話しているんだけれども、彼女の言葉を聞いたら、かなりの人がそういうアドヴァイスをしたくなったのじゃないだろうか。そう考えると、僕の言葉は僕自身のものというよりも、彼女に語らされていると考えるべきじゃないだろうか。しかし、彼女自身が問題のありかに気付いていないようにもみえる。だとしたら、正確には僕と彼女との関係性において、無意識に何かが伝達され、それが僕の口から語られたと考える方が正確なんじゃないだろうか。つまりこれが、自ら語っているつもりで、象徴界によって語らされているということなのではないか。


 前回も話した通り、精神分析っていうのは、この「転移」抜きには成り立たない。
 ラカンも転移をすごく重視していたことは前回話したよね。彼によると、もはや転移抜きでは精神分析は不可能だし、転移の経験なくしては、精神分析家になることすらできない。そのくらい大切な概念なんだ。ひさびさに、ラカンの言葉をいくつか引いてみよう。

・精神分析の始めにあるのは、転移である。
・転移はつねに、分析家のさまよいと導きの機会を示す。
・転移を支持するのは、知っていると想定される主体である。

 まあここまでは、転移の大切さということで理解できるよね。
 さらに言えば転移というものは、いろいろな意味でパラドキシカルな現象でもある。

・精神分析家が転移そのものに介入するのは、転移によって与えられた位置を通じてである。
・転移の解釈は、転移そのものを土台として、またそれを手段としてなされる。

 転移を知るには、まず転移が起こってなくちゃならないってわけだ。ちょっとしたパラドックスだよね。転移現象を上手に利用するためには、まずそれが起こっていることをみとめなくちゃならないんだから。言い換えるなら、転移が起きているか否か、それ自体は検証できないってことだ。なぜなら転移の存在は、それがあらかじめ存在しているという前提なしには利用できないんだから。転移を話題にした時点で、人はすでに転移の磁場のなかにいるということだ。

・転移がリアリティを生み出す。


 こうなると、ちょっと難しくなるかな。でも、転移がリアリティをもたらすのは、それが擬似的な感情であるにもかかわらず、どうしてもリアルな恋愛感情にしか思えない場合を考えてくれればいいかもね。恋愛に限らず、憎しみなんかもそうかな。「転移の転移は…」っていうのは、転移を可能にするようななにものかがあるとして、その転移はない、つまり「メタ転移」は存在しない、ということを意味している。これは、もうひとつの有名な言葉、「メタ言語は存在しない」っていうのに近いかな。転移を媒介するのは言語だ。言語にはそれを基礎付けるもの、すなわち「メタ言語」が欠けている。言語はシニフィアンであり、その根拠をそれ以上遡ることができないからだ。

 現代社会は「コミュニケーション幻想」と「情報幻想」が歴史上かつてないほど、ひろくゆきわたった社会だ。そこではあらゆることが情報化され、情報化されたものは必ず流通(コミュニケーション)させることができる、と信じ込まれている。でも、そんな幻想によって失われるものも多いはずだ。そう、たとえば「関係」がそうだね。いまは関係を確立したり、それを意識したりするよりも、とにかく「コミュニケート」しなくちゃならない。
 たしかに話し合うことは大切だ。僕だって臨床家としては、「会話」を特権的なまでに重要視している。ただ、コミュニケーション幻想をまともに受け止めすぎると、会話なしには関係性が成立しないかのような錯覚に陥ってしまうだろう。でも、実際にはそうじゃない。現実には、会話がほとんど交わされていなくても、関係性が成立してしまうことがある。「一目惚れ」なんて、そうでしょう。あるいは、会ったこともない作家やアーティストのファンになってしまうことも、よくあるよね。それだって、一種の「関係」だ。人間の心には、もともとそういう機能が備わっている。それがたとえば「転移」であったり、「投影」とか「同一化」といった言葉で言い表される現象だ。では、これらの関係を成立させているのは「情報」なのだろうか。
 ちなみに、「転移」「投影」「同一化」っていう言葉は、けっこう頻繁に出てくるわりにはまだちゃんと述べてはいなかったので、ついでに簡単に解説しておこう。
 「投影」とは、「主体が、自分の中にあることに気づかなかったり拒否したりする資質、感情、欲望、そして対象すらを、自分から排出して他の人や物に位置づける作用。」ということになる。要するに、自分の中の感情を、まるで相手の感情であるかのように体験することを指している。たとえば自分が腹を立てているのに、まるで相手が怒っているように感ずるような経験は誰にでもあるだろう。これは投影による作用だ。もちろん、それだけじゃない。ゆれるススキの穂に恐怖心を投影すれば、幽霊が見えたりもする。こんなふうに「投影」されるのは、たいてい自分では認めたくない感情であることが多い。





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Last updated  2006.02.02 05:05:47
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