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10月14日 スト-ンエイジ上映会
白鳥哲監督 来姫決定
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連載コラム[3] □・--------------------------------------
『 不登校を11年かけて肯定した男の話 』
バックナンバー http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000098424
3.無用の苦しみを抱えた大学時代
両親が私に虚偽の事実を教えた→親子の話し合いがうまくいかなくなった
→私が情緒不安定になり大学を留年した→私が自分の将来を考えるため
他人に相談した→相談相手が私の生き方を否定した→私が抜け殻状態になった。
ここ2回にわたっておはなししたことを要約すると、このように、泥沼
にはまってズブズブ沈んでいくようだったことがわかります。
この経緯を、両親と私の関係で表現すると、次のようになります。
両親が、本人のために善かれと思ってやったこと(虚偽の事実を教える)
が、本人の苦しみの原因になり、本人が、自分の苦しみを克服するために
善かれと思ってやったこと(他人に相談する)が、さらなる苦しみの原因
になった。
──このような「やることなることすべて裏目に出る」という悪循環は、
青少年問題や子育てのなかでは、よく起こります。
特に、私の両親がやったような策略的な対応策は、悪循環の口火を切る
"最初のボタンのかけ違い"の役割を果たしてしまいがちです。
ところが、わが子の不登校やひきこもりに直面した親御さんは、即効性
を求めて特別な対応策を探さずにはいられず、通常では不道徳とされるこ
とでもやってしまうことがあります。たとえば、不登校のわが子をだまし
て入院させるといったことは、典型的な策略的対応です。
しかし、青少年はロボットではありません。彼らには彼らの感性や自分
の人生への願望があります。そのことを無視して特別なことをやっても、
かえって問題をこじらせる危険は大きいと思います。
反対に、親子としての自然なコミュニケーションの範囲内で対応するよ
う心がけたほうが、かえって解決への早道になりやすいのです。
その意味では、この問題の"影の主役"である、不登校時代のカウンセ
ラーは、親子の間で話し合って決めた約束を破るという、実に特別なこと
を親にさせたのだなあと、つくづく思います。
カウンセラーが、あのときなぜ私たち母子の間に介入し、私が誓約書を
書くことを防がなければならなかったのか、今でもわからないのですが、
このような「過剰介入」も、学校現場や不登校への治療現場では、よく起
こります。
教師やカウンセラーや精神科医のなかには、生徒どうしのトラブル、
あるいは子どもの不登校に対して、トラブルの当事者、あるいは不登校の
本人とその家族との間で、自発的なやりとりで解決することを、良しとし
ない人がいるようです。
専門家としてのプライドなのか使命感なのかわかりませんが、子どもど
うしのトラブルや青少年問題を「自分が関わらないと解決できない」とで
も信じているかのようです。
しかし、人が生きていくうえで直面している問題は、われわれが想像し
ている以上に、通常の人間関係のなかで解決できる場合が多いのです。
さて、人のことばかり述べ立てましたが、私が大学時代に味わった苦し
みの本質は、もちろん、私自身の心理的問題にあります。前回の最後に指
摘した「自己受容」または「自己肯定」ができなかったことです。
前回もお話したように、私にとって高校時代の3年間は、大学時代とは
逆に「やることなすことすべてうまくいく」という好循環の時代であり、
それはその前の不登校があったから実現した時代でした。
ところが、当時の私はそのことに気づいておらず、過去の不登校に対し
て「人生の汚点」「同期よりも4年も遅れた原因」などと感じて、後悔や
罪悪感を抱いていました。つまり「不登校がトラウマになっていた」と言
えるわけです。
そのため私の心の底には、いつも「人生これ以上遅れてはいけない」と
いうおびえや「普通の人生への憧れ」の気持ちが潜んでいたのです。
そのことから、大学も「早く卒業してしまいたい」とばかり思っていて、
大学生活をエンジョイする気など、さらさらありませんでした。
そんな焦りがもとで、大学1年生の秋に、一時的に心身症的な症状が現
れたほどです。
このように、自分の人生を受け入れられずにいたことが「不登校時代の
心と体の状態(登校しようとしてもできない状態)がよみがえっ」たり、
「抜け殻のような毎日」を送ったりした原因だったのです。
確かに私は、同期の友人たちより4年遅れて高校を卒業しました。しか
しそれは、まぎれもない自分の「生きざま」であり、自分にとっての「現実」
です。そのことを受け入れ「これが自分の人生なんだ」と、心から感じる
ことができ、その結果、今を充実して生きることができる自分になること
が、不登校を終わったあとの私の"宿題"だったのです。
以上のような、私の気持ちの移り変わりが、その時々に書いた文章に反
映しています。そこで、連載の後半では、それらの文章を順に載せること
により、不登校体験を肯定できるようになるまでの、私の気持ちの変遷を
ご覧いただきます。
(続く)
=相談コーナー= 2006.12.18
地域安全安心ステーション事業 2006.10.25
安心・安全な地域創りを・・・・・ 2006.10.23
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