PR
Calendar
Keyword Search
Comments

10/9人吉青井阿蘇神社
****
『 ひきこもりを7年かけて卒業した男の話 』
バックナンバー http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000098424
私はなぜあんなに怒っていたのでしょうか。それは、両親だけではなく、
誓約書問題の原因をつくったカウンセラー、大学時代に私を非難した相談
相手、そして、彼ら大人たちが問題にされずにいられる社会への怒りと、
ひきこもり状態にある自分自身への、強烈な自己嫌悪と自己否定が高じて
の、ぶつけどころのないやり切れなさだったのです。
*
3.生き方探し
閉じこもるようになってから2年がたった頃、私はようやく外の世界
に出ていくエネルギーがわいてきて、かつて受講していたスクールソー
シャルワーク講座の修了生が月1回やっている研究会に通ったり、シン
ポジウムを聴きに行ったり、地元にある不登校児のたまり場にボランテ
ィアに行ったりするようになりました。
この頃私は、半年前の母の"証言"がきっかけとなり、当時のカウン
セラーの手法はもちろん、高校最後の三年間のなかでの一部先生方の指
導(たとえば、生徒会本部とある運動部との間に起きた予算をめぐるト
ラブルを、生徒会役員と運動部のキャプテンとの話し合いで解決させる
のではなく、生徒会と運動部の顧問の先生どうしが話し合って解決して
しまった)など、私が体験した「教育」や「援助」のなかには、子ども
の考え方や感じ方を無視したものが、実に多いことに思い至りました。
そのような問題意識から選んだ本(崎尾英子氏・佐々木賢氏・平井雷
太氏らの本)は「教育」や「援助」が、子どもの考え方や感じ方を無視
するのはなぜなのかを教えてくれました。しかも、それらの本が指摘し
ていたことが、自分の体験にもよく当てはまったのです。
私は、自分がこれまでに経験してきた(親やカウンセラーや周囲の人
との間に起きた)問題が、決して特殊な問題なのではなく、むしろ現代
の社会状況や大人の意識と密接に関係している、普遍的な問題であると
気づくと同時に、問題それ自体も、きれいに整理できたのでした。
たとえば、大学時代に両親がした策略を「トラブル予防」という"教
育的配慮"に基づいた"教育的対応"と考えることで、なぜ両親が策略
をやったのかが理解できましたし、自分自身が大学時代に味わった"脱
げ殻"になるほどの苦しみも「自分はこうあるべき」という「自己教育
的な思考」にとらわれすぎていたからだったのです。
つまり「両親は"子どものために善かれと思って策略に走る教育熱心
な親"であり、私は"教育に忠実に(=教育を自分のなかに一所懸命取
り込んで)生きてきた良い子"だった。このような親子の組み合わせこ
そ、自分が経験してきた問題の真因だ」と、私は理解したわけです。
それまで私が教師をめざしていたのは「教育は子どもの考え方や感じ
方に沿って行う行為だ」という"教育の素晴らしさ"を信じていたから
でした。ところが、今述べたように考えていくうち、私は、教育はそう
いうものではないと確信するに至ったのです。
第一に「親や教師が、子どもの考え方や感じ方にはおかまいなしに、
自分たちの論理で教育を行っている。カウンセリングなどの援助も同様
だ」ということ。
第ニに「子どもの考えや感じ方ではなく、大人や社会の論理から出発
するものが教育だとすれば、教育は子どものニーズに応えないものなの
だから、もともと功罪両面ある行為だ」ということ。
第三に「子どもは、大人と同様自分なりに考えたり感じたりしながら
生きている。しかし教育は、子どもはそこまで真剣に生きていない存在
という前提で行うものだから、親や教師はどんどん教育し、子どもの試
行錯誤の機会を奪っている。これが教育の"罪"の面だ」ということ。
したがって「このように教育が盛んな現代では、教育に圧迫されたり
傷ついたりしている青少年が多いだろう」ということ。
このような経緯によって私は、洗脳が解けたように、教育への見方が
がらりと変わりました。
私の関心は「どんな教育をやるべきか(教育の方法論)」から「どん
な教育をやめるべきか(教育のやりすぎ)」へと移ったのでした。
その結果私は、教育をどんどん行う「教育の推進者」ではなく、教育
をほどほどに抑える「教育のブレーキ役」になろうと決心したのです。
具体的には、仕事としては、教師ではなく、子ども主体の教育を行う
塾とか、不登校向けの相談機関などを始めることを考えました。
子ども主体の塾の例としては「らくだ塾」があります。公文塾と同じ
プリント学習ですが、解答時間の計測から採点にいたるまで、すべて子
ども自身にやらせるという、教育の常識を超えた塾です。
不登校向けの相談機関とは、不登校相談やフリースペースの運営など
を通じて、子どもが学校から離れて自分を取り戻すことができるよう援
助する場です。
また市民活動として「教育との付き合い方を考える青少年団体」を結
成することを考えました。
この団体は、かつて不登校児を、カウンセラーや精神科医といった専
門家に任せないで、親自身で対応しようと「親の会」が各地に広がった
のと同様に、自分をどのように教育するかを、親、教師、カウンセラー
といった教育する側に任せきりにしないで、青少年自身で教育に対応す
る("教育のされすぎ"から身を守る)ための自助グループです。
しかし、これらの構想は、どちらも実現しませんでした。仕事は自信
が持てずに、団体結成は参加者が集まらずに、それぞれ失敗しました。
そして、私にとっての最後のひと山を越える旅が始まったのです。
(続)
=相談コーナー= 2006.12.18
地域安全安心ステーション事業 2006.10.25
安心・安全な地域創りを・・・・・ 2006.10.23
Category
Freepage List