PR
Calendar
Keyword Search
Comments
浅間山
万座温泉

2003.11.19 [No.56:コラム版]
: ご か い の 部 屋 (ё)
: ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/
: http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人
--□-----------------------------------------------------------■--
不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 :
当事者と援助者の両方の立場から語ります。:
□
>> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :
---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ----------------------------
■ 連載コラム[5]:『再び私の経験から──ひきこもり〔上〕』
□ 教育相談のご案内
■「関連情報版」掲載記事の募集について
コ ラ ム ●・
再び私の経験から──ひきこもり
私の不登校とひきこもりについて書いた“体験記4部作”のスタート
から1年がたった10月から、体験記のなかで、さらに詳しくお話でき
かつ一般論に応用できる部分を抜粋・要約しながら、不登校とひきこも
りについて解説するこの連載がスタートしました。今回からひきこもり
について3回。
〔上〕 ひ き こ も り の 原 因 と 心 理
● 体験記からの抜粋・要約
※ 私の大学時代は、策略的対応によって私をコントロールしようとした
両親とのトラブル(誓約書問題)から、情緒不安定になり、相談した
相手から非難されたショックで抜け殻状態になるなど、苦しいものだ
った。
※ その原因は「不登校時代から成長していた大学生の私と、私を不登校
時代と変わっていないと見ていた両親との、ギャップによる衝突」だ
と私は考えた。しかも、両親をはじめあらゆる人に、再三「親は一生
変わらない」と教えられてきた私は、自分が両親との接し方を変えな
い限り、大学時代のような衝突が永遠に続くと予想した。
※ 「親は一生変わらないし、大人はみんなそう思っている」というのは
私が苦しみの末に、ようやく受け入れた現実であり、ようやく到達し
た人間観・社会観であったため、非常に強く確信していた。
※ そのため私は、大学時代の苦しみを繰り返さないよう、両親の見方に
自分を合わせる(両親の見方どおりの人間=不登校時代と変わらない
人間になる)ことで、両親との衝突を避ける生き方に変わった。
※ ところが、両親は私が大学を卒業したことを機に私への見方を変えて
いたため、大学卒業1年後、私にとって起こるはずのない“衝突”が
起こった。
※ 私は、確信を持っていた人間観・社会観が崩壊し、両親が変わった事
実を現実として受け入れることができず、人間や社会が理解できなく
なった。それはまさに、果てしない喪失感・空虚感であり、夢を見て
いるような現実遊離感だった。
※ 私は、社会を別世界のように(逆に言うと自分が社会の外側の人間で
あるように)感じ、自宅に閉じこもりながら母とひんぱんに話し合う
ようになった。
※ 「親は変わらない」と口をすっぱくして言っていた両親が変わったこ
と、話し合いのなかで、母が「自分たちが教えた誓約書の作成過程は
嘘だった」と証言したことで「だまされていた」と感じたこと、など
から、私は怒りの塊になり、母への追及を果てしなく続けた。
※ ただしその「怒り」は、両親だけでなく、誓約書問題の原因をつくっ
たカウンセラー、大学時代に私を非難した相談相手、そして、彼ら大
人たちが問題にされずにいられる社会への怒りと、引きこもり状態に
ある自分自身への、強烈な自己嫌悪と自己否定が高じての、ぶつけど
ころのないやり切れなさによるものだった。
※ 就職活動をはじめたとたん、私は仕事をしている人々への負い目や嫉
妬心が極限までふくらんだ。仕事をしていない自分の無価値ぶりを痛
感し、強烈な不安と焦りと劣等感と後悔の念に、押しつぶされそうに
なっていった。
※ その苦痛から「死」というものがとても身近に感じられるようになっ
た(実際には試みることはなかった)。
●
上述のとおり、私のひきこもりの原因はあまりに変わっているので参
考になりませんが、よく聞く話と共通している唯一の点は「社会への違
和感」「社会に出ることじたいへの恐怖感」などというところです。
親が働いている場面を見て育つ、親が仕事している間兄弟で家事を分
担する。近所づきあいが盛ん、・・・。このような、家庭が社会につな
がっている環境が少ない現代社会。代わって「大人と子どものパートナ
ーシップ」という概念が確立されれば、子どもなりの社会参加システム
ができるのですが、学校も、社会とは隔絶されて存在しています。
この現状では、子どもは社会を外側から見るという感覚になり、社会
への違和感や恐怖感が生まれやすいのではないでしょうか。
ただし、社会に違和感や恐怖感を持つことが、本人の誤りとして片づ
けられることかどうかについては、私には疑問符が付きます。
現代社会は、若者に展望を感じさせるものでしょうか。私は最近、職
業倫理が不在の、ある業界の実態を知りました。われわれ社会人がまず
すべきことは、ひきこもりを直すことではなく、外から見ても違和感や
恐怖感を若者に持たせない社会をつくることではないでしょうか。
一方、私の心理のほうは、多くの場合と共通点が多いと思います。特
に、怒りの激しさや落ち込みの深さは、社会に出られないことがいかに
つらいかを示しています。
「行こうと思っても行けない」という点は、不登校(学校)の場合も
ひきこもり(社会組織)の場合も同じです。しかしひきこもりは、より
自己否定的感が強く、本人は「人間失格」くらいに感じています。その
うえ、どこにも所属していないわけですから、外からの刺激も少なく、
感情は自分のなかで同じ所をぐるぐる回っていて、自分の外側に向かう
回路が閉ざされています。ひと言でいえば、深い落とし穴に落ちている
ような感覚でしょうか。
そんな彼らを援助するすべはあるのか、あと2回でお話します。
:筆者:丸山 康彦(まるさん)
スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、
不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、
1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に
当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。
“新 し い 自 分 ” 出 産 記 〔上〕 2006.12.28
教育対策研究所の主張〔下〕 2006.12.26 コメント(1)
教育対策研究所の主張〔中〕 2006.12.25
Category
Freepage List