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2006.12.19
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カテゴリ: 820 ごかいの部屋

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07年は猪の年・・・・・・

ごか い の 部 屋      

  ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~   \§/
 : http://homepage3.nifty.com/Husta/   Byヒューマン・スタジオ 人
--□------------------------------------------------------------■-
   不登校・ひきこもり経験のある相談員が、          :
            当事者と援助者の両方の立場から語ります。 :
                                □
   >> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... <<  :

---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ----------------------------

 ■ コラム:『再び私の経験から──不登校とひきこもり〔下〕』
 □ 教育相談のご案内
 ■「関連情報版」掲載記事の募集について


====・● コ ラ ム ●・  再び私の経験から──不登校とひきこもり


 〔下〕 援助しなければならないか

● 体験記からの抜粋・要約

※ 不登校になる前の私は、消極的で自ら友人を求めることもないほど、
  人間関係を軽視する尊大な子どもだった。ところが、不登校になって
  から、たまに登校したとき、クラスメートや担任の先生が、じつに温
  かく気づかってくれたことにショックを受け、私は生まれて初めて、
  友情や人間関係の素晴らしさや大切さに気づいたのだった。

※ 私にとって高校での不登校時代は、同級生の友情や先生方の愛情と、
  自分が経験したことや考えたことが相まって、人生を積極的に生きる
  ためのエネルギーになり、それが心の中で徐々に育まれていた時間だ
  った。

※ ひきこもり時代、私は自宅に1日じゅう閉じこもっていても、両親は
  何の対応もせず、また私が両親の言動を追及しても、まともに取り合
  わず、しかも誰にも相談することもなかった。

※ 私自身も、不登校時代にカウンセラーにかかり、大学時代に人に相談
  した(援助を求めた)結果が、いずれも悪かったことで「人に相談し
  てもロクなことはない」と確信していたため、誰にも相談することな
  く、7年という歳月がたってしまった。

※ 当時の私は、スクールソーシャルワーク研究会に毎月通っていたが、
  苦しみが強くなってから顔を出せなくなった。そんな私を、仲間たち
  は気にはしていたと思うが、だからといって、私に連絡をとってきた
  り、私を援助しようとしたりしたことはなかった。でもひきこもりを
  終えた私が、約2年ぶりに彼らの中に入っていったとき、彼らは何事
  もなかったかのように、以前と変わらない態度で接してくれた。

※ 不登校のときは、前述のように多くの人に援助されたうえ、母が私に
  愛想をつかしたことが直接のきっかけとなって終止符を打ったわけだ
  が、ひきこもりのときは、誰にも援助されないまま、自分ひとりで終
  止符を打ったわけである。

                ●

 私は不登校時代、たまに登校したときにもらった、クラスメートや先
生方の気遣いや励ましが、何よりの援助でした。一方、カウンセラーの
指導は、私にとって有効な援助ではありませんでした。また大学時代も、
人に相談しても良いことがありませんでした。

 その経験から、私は「日常場面でのふれあいは良い援助になるが、相
談では良い援助は得られない」ということを、肝に銘じて生きるように
なったのでした。
 そのため、私はひきこもり時代には、誰にも相談せず、したがって誰
にも援助されないまま、ひとりでひきこもりを終えたわけです。

 しかし、今になって考えると、私が援助を受けなくても何とかなった
のは、当時入会していた、スクールソーシャルワーク(以下「SSW」
と略)研究会の仲間たちの存在が心の支えになっていたからです。

 この会は、当時の私にとって唯一の居場所といえる場でした。そこに
は、私が共鳴している援助法があり、それを共に研さんしている、最も
心を許せる仲間たちがいました。
 しかし私は、自分がひきこもりだということを、彼らに打ち明けるこ
とができずにいました。

 なぜなら、私のひきこもりは、親との関係によって生成し、持続して
いるものだったからです。つまり私は、自分がひきこもりであることを
打ち明ければ、相手に「おとなにもなって」「親不孝だ」「家を出れば
いいじゃないか」などと(大学時代に人に相談したときのように)、
あきれられたり非難されたりするだろうと、予想していたのです。

 そこには「彼らだけには嫌われたくない」という恐れがありました。
会の仲間との関係が壊れることは、当時の私にとって、唯一の居場所と
心の支えを、同時に失うことを意味していました。

 そのうち、苦しみが強くなっていった私は、約2年の間、会から遠ざ
かりました。このように苦しみのどん底にいるときに、会の誰かが「ど
うしたの?」などと連絡をくれても、やはり私は、本当のことを言えな
かったに違いありません。

 結局、私は仲間たちから援助を受けることはありませんでしたが、そ
れでも彼らの存在があるだけで、私はギリギリのところで踏ん張れた、
というか、彼らから直接援助されなかったのが、かえって良かった、と
今は思えるのです。

 直接援助を受けなくても、遠くの人の存在が自分の支えになる、いや、
もしかすると、自分の支えになる人からは、直接援助を受けないほうが
いいのかも・・・そんなことを、私は自分の経験から感じています。

 さまざまな援助に支えられて生き抜くことができた不登校時代。援助
ではなく、人の存在に支えられて生き抜くことができたひきこもり時代。
どちらも、私にとっては「それで良かった」時代なのです。
 このように考えれば、不登校児やひきこもり者に対して「援助しなけ
れば大変だ」とは、言い切れないことになります。

 要するに、直接援助することも重要ですが、それ以上に、本人の周囲
に、どれだけ良い人や社会資源がある(=良い環境)か、のほうが重要
なのです。本人がそれらの存在を感じてさえいれば、それだけでもじゅ
うぶん、心の支えになっているはずです。


:筆者:丸山 康彦(まるさん)
  スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、
  不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、
  1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に
  当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。






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Last updated  2006.12.19 15:08:24
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