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私達がしゃべっているうちに、叔母は黙々と薬を分けていました。案外そういう作業が好きなんだよね…↓こういうの使ってました★ポイント最大16倍★【全国配送可】-マイスコ1週間おくすりカレンダー MY-8115 品番 my24-6967-00-- 1入り-【MY医科器機】JAN 4535847021780まあ、元は本当にきちんとした人で、家の中もいつも片付いてたし、細かいこともきっちりこなしてたのです。編み物も好きだったし…と思い至った時に、最近フェイスブックか何かでシェアされていた「認知症による編み物の変遷」みたいなタイトルの写真を思い出しました。四角の編み物が、どんどん四角じゃなくなっていくのです、認知症が進むと…部屋が片付けられなくなったのも、ここ1年ほどのことです。1年前には、もうハッキリとその兆候があったんでしょうけども…まあそれが素人にわかるのなら、医者いらずってもので。途中何度か数がわからなくなったこと以外には、特に何も問題もなく、叔母は薬を分け終わり、ヘルパーさんは確認作業に誘い…でもヘルパーさんが、叔母に何度か話しかけたのですが、叔母はちっとも話に乗らないのです。私相手なら何でもかんでも好き勝手に言うくせにね。というところで、お時間です。看護ヘルパーさんから家事ヘルパーさんに、バトンタッチ。家事ヘルパーさんは、ものすごくパワフル!「さあ、今日はどこをやりますか?」「台所やりましょうか、台所!」「テーブルが全く使えないですもんね、これじゃあね!」「じゃあまず食器から洗っちゃいましょうかね!」と、叔母が何も言えないうちに「今日は台所を片付ける」と決めつけ、とっとと開始!(笑)これは実は私が前もって、台所か、リビングの紙ゴミの処理か、どちらかをしたいと言っておいたのでした。で、紙ゴミの方は叔母がやる気になってきたので、叔母の後ろで台所を指差していたのでした。ゴミをまとめるのは一緒にしますよーとヘルパーさんに声をかけつつ、1年分溜まっていると思われるわけのわからないメモ用紙に着手。片っ端から剥がし、本の隙間・新聞の隙間に突っ込んであるものを発掘し、本棚の中にクシャクシャに放り込んでいるものを拾い上げ。あっという間に叔母の前にはメモ用紙の山が。この期に及んで「何よもう、放っておけばいいのに!」などと言い出すけども、ヘルパーさんが「あれ?片付けてくれるんじゃなかったですか?」と声をかけてくれ、粛々と片付けだす叔母。よっしゃ。そしていざやりだすと、ちゃんと真面目にやるのです。ちょっと頭がもとに戻るのかもしれません。イヤだやりたくないめんどくさい、というワガママは、あまり聞いてはならないのかもしれません。叔母が一人で紙ゴミの分別を黙々とやりだしたので、私はヘルパーさんとともに台所の片付けに。ヘルパーさんの手はとにかく早い!魔窟のようになっていたシステムキッチンはみるみるうちに片付き、シンクにあった汚れた食器はピカピカになって食器カゴにIN!テーブルの上の汚れた食器は次々とシンクに運ばれ、テーブルの第二層目があらわに…もうね、出て来る出て来るカップ麺の空き容器。空き容器と食器を重ねてたり、空き容器にいろいろなものを入れてあふれてまたそこに空き容器を…の繰り返しで成り立っていました、テーブルの上の九龍城。柱になっているのはゆすいでもない空のペットボトル。これまたなんでこんな大きなものがいろんなところから出てくるんだ!!な、異世界というか異空間というか、もうほんとにね…。こりゃ夏にゴキブリがわいたはずです…。それらもヘルパーさんは、バリバリ洗って、それぞれを袋詰め。あっという間にパンパンのゴミ袋が5つも6つもできました。幸いにもこのマンションは、ペットボトルや空き缶・空き容器はゴミステーションでコンテナに直接捨てることができるので、私はひたすらせっせとそれらをゴミステーションに運び、コンテナに分別していました。本当は、ヘルパーさんの手腕をひたすら眺めていたかったのですがね…私はあんまり家事が得意ではなくて、ちょっと片付けるにも時間がかかる性質なので^^;何度めかのゴミステーションから帰った時に、ちょうど生協の個配が届き、これまたヘルパーさんがすごいスピードで冷蔵庫と冷凍庫にドドドドド!!!と突っ込んでくださり…たぶん私なら本当に「突っ込む」だけですが、何もかもまっすぐになってるんですよ。わかります?整理整頓が下手な人間は、斜めに入れてしまうんですよ…いろんなものを。で、汁が垂れたりして。で、ベタベタになったところにホコリが付いたりして。←うちは犬猫の毛ですが。もうほんっとに、ヘルパーさんすごい!!すごすぎ!!正直、うちにもちょっと来てほしいぐらい…(笑)←いやー、結構切実に…。今後も生協の個配につきあってくださるそうです。その際に、冷蔵庫・冷凍庫のチェックも厳しくしてくださると。もう本当に、安心です…ありがたいですね、ほんと。
2019.12.29
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今日は朝イチで看護ヘルパーさんが、朝ニで家事ヘルパーさんが来てくださる日です。私も以前通勤で使っていた電車に飛び乗り、叔母の家へ。別に立ち会いとかはいらないんですが、叔母がどうしても私がいないと嫌だと言うもんで…まあこの辺も、病識が出てきた今はもうあまり言わなくなったのですが、少し前まで市役所の職員などにさんざん口うるさく「だいたいねー、他人が家に入ってくるのが嫌なんですよ、私は!」などと言っていたもので、じゃあしばらくは、みたいな話に。私の方も、薬の管理とか、台所を片付けるとか、冷蔵庫の中とか、私が触るとなぜか怒る場所をヘルパーさんにあれこれお願いできるのは願ってもないことなので。で、飛び乗った電車の中で「おはよう、今から行くからねー」とメールしたのですが、返事がない。こらこらこら、まだ寝てるんじゃなかろうな?バスに乗る前に電話しました。「あ?なに?」今からバスに乗るよー「え?今日どこか行くんだっけ?」違うよ、ヘルパーさんが来てくれる日でしょ「あー、そうだっけね。着替えたらいいんでしょ着替えたら!」まだ寝てたの?「起きてたけどさー」←絶対まだ寝てたなと思いつつ、年末の混み合う街をバスはゆっくり進み、さあ停留所に降りるよ!というときになって「タフグリップの赤いやつ【限定特価】タフグリップ透明 20g買ってきて」もうバス停着いたよ!!💢そもそも朝9時前なんて、ドラッグストアもまだ開いてないですけどね(笑)先週ヘルパーさんとケアマネジャーさんと一緒に片付け、先日眼科に行く前に片付けたとは思えないほど、ものっそい散らかりよう…あのさ、ヘルパーさんが来るからちょっと片付けておこうねって言ったよね?と言うと、「そうだっけ?」紙ゴミだけでも片付けようね、じゃないとヘルパーさんが掃除機かけられないでしょって言ったの忘れた?「忘れた」そうやって開き直るのはすごくよくないよ、やめようね。「・・・」ボケ老人だから何を言ってもいいなんて法はないんだからね。←まずは塩対応で様子を見る「わかった、じゃあその棚のところ片付ける」←シャキッとしてきた!じゃあこの無数に貼り付けてあるわけのわからないメモをまず片付けようか!「そうしよう!」よしよし。そうこうしている間に、看護ヘルパーさんが到着♪看護師さんは手際よく一通りの数値を見て、「じゃあね、今日は薬の仕分けを、いっしょにやってもらいますね!」と。1週間分の投薬を、○日朝・○日昼・○日夜、と、全部小袋に入れてくださるのです。来月から、投薬全部を分包にしてくれることになったのですが、今はまだなので…「もうちょっと早いうちに分包にしてくれればよかったのにねえ」と看護師さん。先生には、「ごはん食べてます!」「薬もちゃんと飲んでます!」言ってましたからね、本人が…「まさか先生も『本当ですか?』とか聞けないですしね(笑)」ですよねー、先生は認知症は全く疑ってなかったんですよ。「え!そうなんですか!」その時だけは受け答えもちゃんとしてたから…「うーん、まあ、短時間ですからね…」看護師さんが、診察の前後の様子を見ておかしいと思って、私が付き添っていった時に『ちょっと…』と言ってくれたんです「あ、そうだったんですね!」だから先生に先日、去年の夏から全く薬を飲んでませんでした、って言ったら、ショックを受けてました。「でしょうね(笑)」←もうほんっと、笑うしかないです…ああ、私達の血税が…。
2019.12.28
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ヘルパーさん・訪問看護師さんが来てくれることになり、叔母はとても嫌がっていました。そうなんです、もはや、自分のために良くしてくれるということすら、理解できなくなっていたのです。酸素吸入もちょっとわからなくなってきていて、何度も低酸素症寸前になっていたようでした。その繰り返しが、さらに認知症を進めてしまいました。ケアマネジャーさんが、「なんとかして施設に入れたほうがいい」と早い段階で提案してくれ、私もその方がいいと思っていました。が、叔母は完全に頭がダメになっているもので、まさに「イヤイヤ期」で、あれも嫌これも嫌…この頃叔母は、もう何ヶ月もお風呂に入らず、これ以上ないほど不潔になっていました。でもそれも、本人はちゃんと毎日お風呂に入っているつもりで…私は少し仕事を減らし、叔母の記録を付けることにしました。施設に入れることについて調べていて、結局きれいごとしか書いていない企業や公共機関のサイトよりも、本音をガンガン書いてあるブログのほうが、よほど役に立ったからです。私の経験もちゃんと記録しておこうと思いました。そのブログから、すこしまとめて再録していこうと思います。
2019.12.19
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叔母の住まいは、私の居住地よりさらに田舎でした。町役場の出張所に、叔母の介護が必要になったこと、ケアマネジャーをつけてくれないかと相談に行きました。担当者:あなた、働いてるんですか?私:はい、だから週に1,2度しか叔母の訪問はできませんので、ヘルパーさんなどお願いしたいのですが担当者:どうせ内職程度なんでしょ?私:はあ??会社経営者ですが。担当者:…失礼しました…というやりとりがありました。この町とは本当に早く縁を切りたいとつくづく思いました。ただ、翌週早速認定員とともに来てくれたケアマネジャーさんは、とてもいい方でした。テキパキとしていて、書類などもすごい速さで揃えてくれ、私の仕事に支障が出ないよう、あらゆる方向に気を使ってくれました。そんなこんなで、叔母の在宅介護が始まりました。
2019.12.18
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叔母のアルツハイマーの症状は思っていたより早く進んでしまったようで、…というか…なんか変だな、と思ったときにはかなり変になってしまっていました。もう、日常生活をまともに送れないな、と思うぐらいでした。本当に、急激な変化でした。私はたった一人で、何をすればいいのかわからないまま、とりあえず「親族 痴呆」とググったのを覚えています。すでに「認知症」という単語にアップデートされていることも、この時は知りませんでした。叔母の下に妹叔母がいて、これまた毒母を避けるためにあまり会うこともなかったのですが、毒母からの絶縁宣言もあったので、連絡を取りました。妹叔母は自身も重い病気で辛い中、とても親身にいろいろ教えてくれました。「私の友達が、親の介護をしているから、いろいろ聞いてるのよ。でもまさかあなたが姉さんの介護をするなんて…本当にごめんなさい、私が何もできないから…」と。私は妹叔母の声を聞くだけで癒やされていました。もうこの時すでに、叔母は半分別人になってしまっていたのです。
2019.12.17
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毒母と毒弟は、そうやって自分たちから絶縁を宣言してきたというのに、何故か私の動向を必死になって探っていて(おそらく金をたかるためです、父の遺産もある程度はあったのですが、使い果たしたのでしょう)、叔母のこともどこかで聞いたようですが、早く死んで金を寄越せとしか思っていないようでした。叔母は毒母と毒弟がすでに縁を切っている人物であると証書を作り、一銭も渡らないようにしていました。今から思うと、アルツハイマーが進む前で本当によかったなと思います。私は叔母の発病後、叔母のお金を全額使い切るのを目標に、最高の治療・最高の薬・最高の施設を自分なりに必死で探し、調べ、選んできました。どんなことでもお金を惜しまなければ、必ずいい方策を得られるものです。叔母の貯金はどんどん減り、恐ろしいぐらいの医療費になっていきましたが、それでいいと思いました。いとこたちもそれを支持してくれ、この4年間で叔母の貯金はすっかりなくなりましたが、みんなそれを喜んでくれました…ヘタをしたら余命1年ぐらいと言われた叔母が、4年以上も生きたのですから!ある程度はお金で命を伸ばせるのだなというのもよくわかった4年間でもありました。
2019.12.15
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叔母は亡父の妹です。父はよく私に、「あれは結婚もできなかった、いざという時は頼むわ」と言ってました。そう、ずっと独身で、キャリアウーマンで、都心に買った大きなマンションで悠々自適な人だったのです。年金生活になってからマンションを売って公団に移り、友達と旅行に行ったり楽しく暮らしていたようです。「ようです」というのは、私はあまり叔母と会っていませんでした。私の母はとんでもない毒母で、私に親切にする人や優しくしてくれる人全員に敵意を向け、遠ざけようとしました。この叔母のこともそれはそれはひどくいじめ抜き、叔母も私の実家には寄り付きませんでした。そして父が亡くなった時に、「もうそっちとは縁を切りたい」と、父方の祖父母の遺影を額から引っ剥がして叔母に送りつけてきたのです。弟も毒をしっかり受け継いで大変なキ○ガイ男になっているのですが、この弟と二人で「お前らとは縁を切る」と宣言してきたので、私と叔母はようやく心置きなく仲良く一緒に会えるようになったのでした。それが、7年前。5年前に、叔母が「低層階の部屋に移りたい」と言い、近所の公団に引っ越してきました。この時すでに間質性肺炎を患っていたのですが、まだまだ元気で、二人で京都に散策に行ったり、近所の美味しい中華料理を食べに行ったり、週に一度は一緒に遊んでいました。そして1年後…間質性肺炎の急激な悪化が引き金となり、叔母は突然アルツハイマーを発症しました。
2019.12.14
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