PR
Comments
New!
convientoさん
一度抜けて家に戻り、ペン太とドビーのお留守番をチェック。あまりの惨状に声を荒げて指示をする。午後は、そのロビー(?)で壁新聞を作るため6年生が抜けてたので、3~5年は基本練習をすることにして、私は玉出しのお手伝い。最後のゲーム形式に6年も戻ったが、まだ出来てないという。
ゲーム形式3本では線審をした。終わった~と思う頃にガヤガヤ声がする。そういえば、子供会5つ全部で合同の練習会があるって言ってた。圧倒する子供たち。ほぼ全校児童に近い。それでも元々の数が少ないので、全員でソーランが踊れる場所があるのにもちょっとビックリした。(転校前の学校は全員が体育館に入れるかどうか、ギリギリ、といったマンモス校だったからだ。)
そのソーランの練習の間も、壁新聞作りはなかなか終わらない。みんなで記事の内容をひねり出す。なんとかすき間を埋めて、仕上がった時にはソーラン練習も終了するところだった。
家に着いたら4時半。この7時間は、ペン太にはドビー付き留守番という長い修行、私も体育館に缶詰の長い一日、ドビーは外に出られず、文句いっぱいの土曜日だった。それでも、一度戻って指示をしていたせいか、ドビーの巣が予想よりずっと少なかった。ありがとう、ペン太。
ペン次は普段のドッヂ練習(9時半~2時)だけでも終わるとヘロヘロなのに、さらに踊りの練習でノックアウト。少林寺を休んでしまった。私もふくらはぎと足の裏が痛くて、マッサージ器が心底欲しいと思った夜だった。