「Life」を求めて

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2005.07.28
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カテゴリ: 哲学について
九月に八王子で九鬼周造『偶然性の問題』を読む合宿をする。テキストを読みはじめているのだが、難しい。議論が複雑でそれを追うだけで精一杯な感じ。『いきの構造』をよんでいても感じたが、九鬼の議論は、その論理のしつこさ(緻密さ)が徹底している気がする。胃もたれしそうだ。

今日はテキストの「序説」を要約してみました。どうにも大切な個所であると思われたので。



一 偶然性とは必然性の否定  
  無いことのできる存在
  偶然性において、存在は無に直面している
  偶然性の問題は無の地平において十全に把握されるものである
  それゆえ偶然性の問題は形而上学の問題である
  しかし、一切の学問はその根底において形而上学に連なっている

二 偶然性の意味を把握するにはまず必然性の意味を解明する必要がある。
  必然とは「必ず然有ること」
  必然性の概念は本質的に自己同一的に表される。
  必然性は具体的に以下の三つの関係性において認められる
 ロッツェは 
1 概念と徴表の関係   2 理由と帰結の関係 3 全体と部分

 ヘーゲルは
1 実体性と属性との関係 2 因果性の関係   3 交互作用の関係 

以下
1 定言的必然      2 仮設的必然    3 離接的必然
の語を用いてでこれらを表す。

三 同様に偶然性も以下の三様態に分類される
 1 定言的偶然  2 仮設的偶然  3 離接的偶然

アリストテレスは
 1「シュムベベコス」(accidens) 2 「アウトマトン」(casus)・「テュケ」(fortuna) 3 「エンデコメノン」(contingens)

ミローは
1 「遭遇」(rencontre) 2 「稀有」(rareté) 3 「一つの可能性」(un possble)

リッケルトは
1 法則的でないもの 2 原因を有たぬもの 3 本質的でないもの
とそれぞれ表記されている。
 後に示されるが、定言的偶然は論理学上の概念的見地に終始し、仮説的偶然は経験界における因果性に関して顕著に現れ、離接的偶然は形而上的の絶対者に対して特に浮き出てくるものであるから、三者を論理的偶然、経験的偶然、形而上的偶然と呼ぶのも一つの仕方である。


〉しょっぱなからきてますよ、げーでるくんよ。






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Last updated  2005.07.28 07:06:43
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