四方山話に夜が更ける

四方山話に夜が更ける

January 19, 2007
XML
カテゴリ: ありそうな話


   初めての経験だ。 話には聞いているが、まさか自分が経験するとは

  思わなかった。 

  「お見合い」 

  なんだかその文字にはずい分と古めかしい響きがある。 自分のまわりに

  お見合い結婚をしたという人がいない訳ではない。 ただし、同期の中には

  いないだろうし、いるとしたら私よりもずい分年齢が上の人だろう。 それ

  なのに、よりにもよって、私のところにお見合いの話が舞い込んできて

  しまった。 確かに私は32歳にもなって結婚の予定はないし、それどころか

  彼氏すらいない。 だけど、私にはいつか彼氏が見つかるだろうし、結婚

  だってするだろう。 そうでなかったとしたって、私には仕事がある。 

  某電気メーカーの受付をしているのだ。 たとえそれが電気会社の工場だと

  したって、受付の制服は本社のそれと同じだし、みんなの憧れの的である

  ことには変わりはない。 ただ、私が受付嬢と呼ばれるには、少しだけ年齢

  が高いだけにすぎない。

   お見合いとは、流行も廃れもなく、スタンダードを崩さない。 初めての

  お見合いで私はそれを知った。 親類のおばさんに連れられて行ったのは、

  横浜のホテルのティールームだった。 「そそうのないようにね」なんて、

  いつの時代かわからないような注意の言葉もドラマの中だけの話では

  なかった。 私たちが着くと、すでに相手は、やはり紹介の女性に随えて

  窓際の席に腰かけていた。 私たちが近づくと、愛想のいい女性とは

  対照的に、無表情の男性がこちらに顔を向けた。 なるほど、確かに写真

  と同じ顔だ。 にこりともしないところが写真そのままだ。 おばさんは

  遅れたことを言い訳がましく詫びている。 約束の時間に遅れたって訳

  でもないのに。 まあ、そんなことはどうだっていい。 とにかく私たちは

  席についてコーヒーを注文した。 なぜだかおばさんは私に訊きもせずに、

  「こちら様と同じものを・・・」 なんて言った。 まるでドラマの世界じゃないか。 

  お見合いスタンダード。 次はいったい何だろう。 趣味を訊いて、欲しい

  子どもの数でもきくんだろうか。 


   運ばれてきたコーヒーをお行儀よくすすりながら、私は何も話さなかった。 

  そう、何も話さない。 相手の付き添いの女性と私の親類のおばさんが、

  まるで井戸端会議でもしているように私たちふたりのプロフィールを説明

  している。 相手の男性も表情を変えずにまるで、プレゼンの説明を聞いて

  いるかのように小さくうなづき、コーヒーをすする。 某有名大学卒、某有名

  建設会社勤務、身長171センチ。 趣味は映画鑑賞で特技はテニス。 

  おいおい、そんなことは、わざわざ説明しなくても、ここへ来る前に履歴書

  を拝見させていただきました・・・なんて言えるはずもなく、私は黙って笑って

  聞いていた。

   ああ、ため息が出てしまう、と思ったちょうどその時、相手の付き添いの

  女性が言った。


  「じゃ、あとはお若いお二人で・・・」

  でたー! 超スタンダード! これぞお見合いの生姜定食ですわ!?

  そうして、私たちはふたりでおいてきぼりにされてしまった。

  「どうしましょう。 これから何か予定は考えていらっしゃいましたか?」


  「あ・・・いえ」

  あっそ・・・。


  「そうですか。 それじゃ、元町か中華街のほうでも歩いてみませんか。」


  「あ・・・はい」


  りょーかい。

   JRの切符を買って(私が買った)彼に渡すと、小さく頭を下げて切符を

  受け取った。 にこりと笑って歩き始めると、そのあとを子犬のように

  ついてくる。 生姜定食はどんなだったっけ? 生姜焼きに野菜を添えて、

  白いご飯とお味噌汁。 お新香がつけば上等か? 私は、そんなことを

  考えながら、スタンダードで楽しいお見合いを続けた。


  「お腹、空いてませんか? 元町だったら、イタリアンかフレンチの店が

   多いんですけど、中華がお好きなら中華街へ・・・」


  「あ・・・どちらでも」


  あっそ・・・。 

  「じゃ、近くの店に入りましょうか。 あそこの店、ローストビーフが

   美味しいって有名なんですよ」


  「あ、はい」

   お見合いってこんなものかな。 きっと、そそうはしなかったはずだ。 

  ゲストを気持ちよく送り出すように、私の初めてのお見合いは終わった。 






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  January 20, 2007 02:33:40 AM
コメント(6) | コメントを書く
[ありそうな話] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: