「佐緒里、会社でなんかあった?」
「え? どうして?」
「別に・・・。 最近なんか元気なさそうだし、昨日、あなた一時間以上お風呂
入っていたでしょう。 何やってたの?」
「別に何もしてないよ。 ただ、お風呂の中で考え事してただけ」
母親ってすごいと思う。 娘のほんの小さな変化も見のがさない。 失敗して
みんなの前で主任に叱られて、おまけに課長からは受付業務から事務の
仕事に変わらないかと言われている。 そんなことを母親に言えば惨めな
自分の気持ちが少しでも楽になったりするのだろうか。 いや、きっとかえって
自分が惨めになる。 今誰かになぐさめられれば、自分の気持ちに歯止めが
利かなくなるだけだ。
「そういえば、あの写真の人、誰だっけ。 親戚の人?」
「あ・・・見たの? 何も言わないから見てないのかと思った。 あのね、
おばさんが、あの後、すぐに持ってきたのよ、お見合いの写真。
いやだったら、いいよ。 断ったって。 なんか、あちらはぜひにって
言ってるみたいだけど・・・」
「お見合いの人なんだ・・・。 知ってる人かと思った。 どっかで、見たこと
ある気がしたから・・・。 でもどうして、ぜひに、なんていうの。 でも・・・
どっちにしても、今はいい・・・」
「うん。 いいよ。 かあさん、断っておくから。 心配しなくてもいいから・・・
さ、早くご飯食べちゃいなさい。 会社に遅れるよ」
たぶん私が何も言わなくても、4月になって新人が受付に配属されれば、
私は総務課の事務の仕事につくことになる。 昔の自分にしがみついて
いたってしかたがない。 私も大人にならなければ。 歳を一つとるごとに、
一つ何かを失っていく。 きっとそれが人生なのだ。 落ち込んだって
仕方がない。 誰もがそうして歳を重ねていくものなのだ・・・。
* * *
その日、私は受付のカウンター業務の担当だった。
朝から寒い玄関ホールに座っていなければいけないのだ。 足元には小さな
ヒーターが置いてあるが、それでも寒くてひざ掛けを手放すことが出来ない。
もうすぐ10時半になろうという頃、せわしく、一人の男性が玄関ホールへ
駆け込んできた。
「あー、すいません。 10時半の約束なんです。 田所と申しますが、
製品管理部の小池部長お願いしますっ。」
ああ、この間のインドの時の・・・。 この季節にこれだけ陽に焼けていれば、
見間違うことはない。 先日の通訳の人だ。
「お待ちくださいませ。 ただいま、小池に連絡いたします」
そう言って、電話に手をかけて顔を上げると、カウンターに手をついた彼の
顔は思った以上に近くにあった。
「あ・・・!」
そう思ったのは二人同時だった。 けれど、電話の向こうでは小池部長の
声が聞こえる。 心を落ち着けて静かに言った。
「玄関ホールに田所さまがお見えです」
ソウルフル・キス step 12 June 23, 2009 コメント(2)
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