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最近全然行く機会がないのですが、僕は釣りが大好きなんです。別にK田先生に対抗している訳ではないのですが・・・
最初に釣りに行ったのは5,6歳の頃だと思います。その頃は親父が釣りをしているのを、横でただ眺めているだけでした。はっきり言って暇でした。それこそ時間の無駄だったと思います。それも毎週続くんです。拒否権はありません。だって寝ている間に車に放り込まれて、気付けばもう海なんですから。おかげで目が覚めたときに海の近くにいることが、匂いで分かるようになってしまいました。毎週日曜はこんな感じでした。
しかしその暇の極地の中で、幼き頃の僕は思いました。僕も釣りがしたい。その頃(今もそうだと思いますが)は釣り場には、たくさんの釣り糸や釣り針が捨てられていたのです。そうしたゴミを集め、近くから棒っきれを拾てきて、見よう見まねでやってみたんです。
釣れるはずがありません。それでも考えました。何が悪いのか?行く度に考えました。それを見ていた親父は何も言いません。結局その方法では1匹も釣れませんでした。そしていつの日だったか、親父が釣竿を貸してくれたのです。嬉しかったですね。最初は釣りの仕掛けを親父が作ってくれました。でもそのうちその仕掛けは自分で作るようになり、釣りの面白さに惹かれていったのです。海の深さ、潮が動く時間、餌(選ぶのは親父でしたが)仕掛け、などなど色んなことを考え、魚と勝負するのです。もちろん全く釣れないこともありました。それこそ5,6時間海を凝視しただけということもありました。残念なのはもちろんですが、次こそはという気持ちの方が強かったですね。そんなことを毎週やってました。今思えば、それが負けず嫌い、チャレンジ精神、自然の厳しさなど多くのことをを僕に教えてくれていたのだと思います。
ある日1匹も釣れない日がありました(よくあることですが)。でも帰る間際に小さいのが1匹釣れたのです。幼かった僕はたった1匹でも持って帰りたかったので、親父に聞いてみたのです。『持って帰ってもいい?』 すると親父は『好きにしろ。』とだけ言いました。そんな訳で、僕は持って帰りました。しかしたった1匹のために氷を買うわけにもいかず、そのまま家に帰ったのです。帰って見てみると、臭います、腐ってます。そのとき親父にはこっ酷く怒られました。当時の僕は理不尽極まりないと思ったでしょう。僕は泣く泣く庭にその小さな魚を埋めたことを覚えています。親父はそうなることを知っていたのでしょう。あえて言わなかったのだと思います。実は小さな魚は釣られてしまったショックで、すぐに死んでしまうことがあるらしいのです。だからあの魚も仮に海に放しても、死んでしまったかもしれません。でもそんなことが問題なのではないのでしょう。海のものを海に返す。ただその気持ちを持って欲しかったのだと思います(別に親父に聞いてみた訳でわありませんが)。
偉そうなことを書きましたが、だからといって当時の僕が学校などの社会の中で立派な少年だったかというと全くそんなことはないわけで、そうとうな悪ガキでした。やらかしたイタズラなんて数えあげたらきりがありません。
この釣りの経験は、その時は僕に表立った変化をもたらしませんでした、しかし今の僕に与えた影響としては大きかったのだと思います。
困りました。話がまとまりません。要は僕は釣りが好きで、子供たちには是非やってみて欲しいと思っているわけです。