PR
Calendar
Category
Comments
~14年目の今年、「原点回帰」をテーマに、
「愛夢舎ヒストリー」を序章から再掲載しております。
現時点で、全33章。
各記事の一番下に、次章へのリンクがあります。
どうぞお楽しみください~
~~~~~~~~~~~~~~~~~
( 【第18章】へもどる )
2000年8月某日深夜。
佐々木
、 小田切
、 矢吹
の3人は、
トラックにコピー機や教材を積み込み、
近所の 「元・一軒家」
に向かっていた。
佐々木が出した結論、
それは、
武蔵藤沢校を 閉校・廃業
とすることだった。
ただ、自分たちを慕って通ってくれている生徒や保護者に、迷惑はかけたくない。
この頃、生徒は創業当初の2倍程度、
20人まで増えていた。
決して多くはないが、気に入って通ってくれている彼らの面倒を見続けたい。
そこで佐々木は、現在の校舎は廃業とするものの、
「同じ武蔵藤沢地区」に新たな塾を設立して、
通ってくれる生徒の面倒を引き続きみることにしたのである。
当時通っていただいていた全ご家庭からのご理解をいただいた。
全ての生徒が、新しい塾に入塾してくれることになった。
それどころか、新しい校舎を作るにあたって、
引越しの手伝いを申し出てくれる保護者さえあった。
新しい校舎は、小田切と佐々木が中心になって探した。
ビルのテナントでもよいのだろうけれど、
何しろ時間がない。
さし当たって、テナントを改装するような費用もない。
偶然か運命か。
広めの駐車場の突き当たりに、かなり大きめの一軒家が
「貸しテナント」として入居募集を行っているのを見つけた。
「うどん・そば屋」をやるのに向いている
という。
佐々木と小田切は、さっそく内見した。
無論、ただの家だから、
教室として使うためにはそれでも多くの改装が必要であったし、
「うどん・そば屋」にも向いていなそうな様子だったが、
2人が出した結論は一致していた。
「ここなら、いいんじゃないか?」
後から思えば、一軒家といえども、
塾として使うには非常に都合のよい物件であった。
まず、
広い。
何十人もの人が一度に入れる家など、そうはない。
広めの庭も、駐輪場として最適であった。
また、 前が駐車場
で、家に囲まれているわけではない。
佐々木をはじめ、小田切も矢吹も、
前の塾で鍛えられた授業力には定評があった。
楽しく、分かりやすい。
その代わり「声が大きい」
ということも、特徴として出てくる。
住宅街のど真ん中では、到底彼らの授業は行えない。
ここなら、本当に近くの家の方には迷惑であるかも知れないが、
まあ、授業を行っても差し支えがない。
「古めの家である」という点さえ気にならなければ、
塾としては申し分なかった。
そして、「家」であることを大きなマイナスと感じた者もなかった。
なぜなら、例えば小田切については、
自分が通い続け、愛してやまなかったかつての「塾」も
やはり「家」だったから。
新たな塾名は、相談する前から決まっていた。
前の会社と関係のない、本当の意味での佐々木たちの塾、
「愛夢舎」
は、こうして誕生した。
【愛夢舎ヒストリー まとめ】 2014.10.09
【愛夢舎ヒストリー第32章】 移転(再… 2014.10.07
【愛夢舎ヒストリー第31章】 新天地~… 2014.09.29