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~14年目の今年、「原点回帰」をテーマに、
「愛夢舎ヒストリー」を序章から再掲載しております。
現時点で、全33章。
各記事の一番下に、次章へのリンクがあります。
どうぞお楽しみください~
~~~~~~~~~~~~~~~~~
( 【第22章】へもどる )
1999年9月 。
鎌田
は佐々木、小田切の残る
倒産直前の「塾」を退職した。
(Zapping⇒⇒⇒
【Kama.1 先生を育てる】へジャンプ
)
「塾」を離れた後、
彼は
他の塾へ就職しようとは、微塵も考えなかった。
前の塾以外で教えるつもりは、全くなかった。
教育業界には残ろうと思った。
そして、今度は 「先生を指導する立場」
に興味を持った。
ひとりの講師が教えられる生徒は、せいぜい同時に数十人であろう。
しかし、
自分が10人の教師を育て、
彼らがそれぞれ10人の生徒を育てたら、
100人の生徒が育つことになる。
そう考えた鎌田は、教育業界専門の人材サービス会社に就職したのだった。
全生徒数が 50000名
を超える、
全国チェーンの学習塾経営を中心とする、
社員
800名
の総合グループ企業。(数値は当時のもの)
その中で、鎌田は本社傘下において
新規事業となった子会社の創立メンバーとなった。
当時の社員はわずか 5名
。
親会社が大きいといっても、
鎌田が所属する子会社は ベンチャー企業
もいいところだった。
2003年4月
鎌田は28歳になっていた。
会社は平均的な黒字経営が続くようになった。
社員も30名まで増えていた。
ここに至るまで、
営業、人事、企画・システム開発ほか、
およそ経理以外の全ての部門に関わり、
会社の基礎を築いてきたのが鎌田だった。
いざ会社が軌道に乗り、鎌田には
コンピュータシステム管理部門の
責任者のポスト
が用意されることになった。
ただ、彼本人は、
コンピュータ業務をしたいわけではない
。
あくまでも 「教育業界」にいたかった
のである。
それに、ここに至るまで、会社の全部門を築いてきた。
地盤もでき、落ち着いたので、もう、平安に暮らしなさい・・・。
おそらく会社が用意したポストは、鎌田の功績を認めた上のものであったろう。
これからは、もう少し 楽
をして、
その代わり 「管理業務」
を中心にやってくれ、と。
鎌田は、
この会社で自分がやるべきことが終わった
ことを感じていた。
もう自分がいなくても、この会社は勝手に成長していく。
社員もどんどん増えていくだろう。
自分も、
「このイスに座っていれば給料がもらえる」
そんな役割を過ごせばよい。
だが・・・。
過去に「塾」を辞めるにあたって、
鎌田には両親に頭を下げた経験があった。
それゆえ、せっかく入った
比較的大きめの会社での 「安定」
を、
簡単に捨て去ってよいものか。
前は「『自分のやりたいこと』なんて、勝手だ」と叱られた。
自分にはまだ
「自分のやりたいこと」を追う資格があるのだろうか。
第一、今の会社に大きな不満があるわけではない。
仕事以外にも目を向けて、
楽に暮らしていけばいいじゃないか。
さまざまな葛藤が彼を襲った。
内臓に神経性の炎症を起こし、体重も激減した。
自分には、
まだやり遂げていない、
他にやるべきことが残っている。
だから、この数年間、
休日を返上して「出かけて」いったのではないか。
まだ自分の中では 「完結」していないのだ・・・
、
いや、何を考えている、 この座を捨てるのは「愚の骨頂」
だ、
誰がどう考えてもアホな行為だ、やめておくべきだ・・・
だが・・・。
あるとき、独身にも関わらず、
30歳にして都内にマンションを購入した同僚が、
酒の席で鎌田にぼやいた。
「あ~あ、家、買っちまったしなぁ・・・。
あと30年、これを続けなきゃなんねぇんだよなぁ・・・。」
28歳の鎌田は、迷いを断ち切った。
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