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こんばんは、鎌田です
先日、自宅に ピアノ がやってきました。
新品ではありませんよ。
少なくとも25年は経過してますね。
僕のものでもない。
これは、僕の姉の所有物です。
姉が音楽大学に入学するときに
そのお祝いとして購入されたもので、
譜面台がグランドピアノと同型であるという
KAWAIの限定モデル。
姉が引っ越しを重ねるうちに
どうにも置き場に困ってしまい、
縁あって小田切副塾長の家で
長いことお世話になっていたのでした。
今回、僕が家に置くことができるようになったので
たぶん、このピアノにとっての最後のお引っ越し。
副塾長、今までありがとうございました。
東京都内数ヶ所をめぐり、
名古屋までとんで、
また東京に戻ってきて、
最後には八王子にやってきたという、
一台のピアノにしては
なかなかの遍歴をお持ちの一台になりました。
僕も、これまで数十年間、
やはり「生ピアノ」を置けるようなところに住んでいなかったので、
ずーっと電子ピアノで代用しておりましたが、
このたび、ようやっと
「生ピアノ」を置けるようになりました。
これは大変うれしいことです。
ええ、僕
ピアノ、弾くんですよ
このブログでも
「愛夢舎バンドライブ」
の報告
などを記事にしていますから
( 今年の報告記事まとめ
)
楽器をたしなむことをご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
自宅には電子ピアノ以外に
エレキギターとエレキベースが何本か置いてあります。
大学時代は、長いことドラムも叩いておりました。
自分で言うのはどうかと思いますが、
「マルチミュージシャン」と評されます。
さらに、自分で言うのもどうかと思いますが、
いちおう、シロートとしては
それなりに楽器を使いこなしている方だと思います。
そこで、尋ねられることがありまして、
「いちばん得意な楽器は何ですか?」 と。
これを聞かれると
「うーん」とうなってしまう。
で、最終的に
「ピアノ」って答えます。
いろいろな観点がありますね。
たとえば、技術レベルで考えると、
エレキギターでいえば、それこそ「超絶技巧」とか銘打っているようなのを除き、
市販されているバンドやミュージシャンのスコア(楽譜)で
「これは難しくて弾けない」というのはあんまりない。
ベースでも同様ですね。
たぶん、技術レベルだけでいえば
ベースがもっともプロに近いんじゃなかろうか。
こういってはなんだけど、ギター、ベースでいえば
ヘタなプロよりは、よほど上手に弾けると思ってる。
一方ピアノは
たとえば、リストもショパンも弾きこなせないし、
「全音クラシック」の中級編ですら
半分くらいしか弾けないと思う。
はっきり言って、ヘタ
しかして、
「一番得意な楽器」
がピアノであるという、
これいかに??
ひと言でいえば
「自分のやりたいことができるから」
ってことです。
「やりたい」というのはたとえば音楽である場合、
「ああ、ここで、こういう音を出したいな」
と感じること、
もしくは、自作の曲を弾いていて
あるいは、即興で演奏していて、
何も「計画」せず、先のことを「予定」せず、
自分の感じるままを音にしていける。
たとえば、ギターやベースで
アドリブをやるとするでしょう。
アドリブって、即興っちゃあ即興なんだけど、
実は僕の場合には
かなり先を予定している。
もしくは、なんだかんだ、事前に準備している。
弾きながら「次はこうしよう」と考えている。
つまり、アタマで考えないと弾けない。
さらに、そこで紡ぎだすフレーズというのは
誰かさんのフレーズの真似であったりするわけで
自分の「引き出し」の中から一生懸命探しているにすぎない。
うん、一生懸命、弾こうとしている。
この時点で、
自分のやりたいことと言えるのかどうか。
さて、
「吾唯知足」 (われ、ただ足るを知る)
とは
京都は龍安寺にございます「つくばい」に刻まれた文字ですが、
楽器…ピアノについては
僕は「知る」にたどり着いたのかと思っております。
たとえば、ピアノについて
技術的に弾けない、先人の曲は山ほどありますよ。
基本的に、速いヤツはほとんど弾けないので
むしろ、弾けない曲ばっか。
で、若いころは
一生懸命ハノンに取り組んで、
そういう曲に挑もうとしてたこともある。
ところが、いつしか
そういうのを弾きたいと思わなくなった。
っていうか、これは負け惜しみではなくて、
そもそもはじめから、
そういう方面に
大した魅力を感じていなかったことに気がついた。
そしたら、自分が出したい音というのは
すでに自分の持っている技術で十分出せることがわかって、
気もラクになったし、
ガムシャラになることもなくなったし、
曲を書くのも、何の気負いもなく、
「書く」というより「紡ぎだす」に近い感覚になった。
「足る」を知ったというよりは
実はずーっと、最初から「足りていた」ことに気がついた、というか…。
でもね、
「知る」にたどり着くまでには
「足りてない」と思いこんで
自分のレベルにいらだったり、
ガムシャラになったり、努力したり、
あれこれ試してみたり、ほかの人を真似してみたり、
やめてみたり、再開してみたり・・・。
そういう紆余曲折といいますか、
ジタバタが、やっぱり必要なんだ
と思います。
それも、かなりの量。
ギターやベースはまだまだですね。
僕も中学生の頃から弾いてるから
そりゃあ、かなりお稽古しましたよ。
あれこれ試してますね。
通常とは異なる、7弦ギターとか6弦ベースとか
そういうのを駆使してますよ。
でも、それでもまだ
「もっと速く」とか「もっと難しいフレーズ」とか
「もっと・・・」
と思いながらなわけなんで、
これはまだ
「知る」にたどりついていない。
しかし「足りてない」ということではない、
「知る」にたどりつくには、まだ足りていないかもしれないけど、
やがてそのうち、
実はとっくのとうの「足り」ていたことに気づくでしょうね、
やめないで、ジタバタを続けていれば。
勉強や「知識欲」でも、
ある程度、同じことがいえるのかもしれませんね。
「もっと頭がよくなりたい!」と思い、
ジタバタ努力することは、
「足るを知る」にたどり着くために、絶対必要です。
勉強ができるようになったと思ったら、
自分よりもさらにできる人が現れる、
それを追い越したと思ったら、
世界にはもっともっと「天才」と呼ばれる人がいる、
これでは、地球で一番賢い人になるまで、キリがない、
さらに、「地球で一番」になったとしても
宇宙の謎を解き明かすには程遠い・・・。
もう、イライラするし、ジタバタするし、
でも、「もっと・・・もっと!!!!」を続けることで
やがて「知る」にたどり着けるのかもしれません。
もちろん、そんなことを考えて
生徒指導にあたっているわけでもないんだけど、
少なくとも、自分自身の知識欲については
当たり前だけど、まだまだ「知る」にたどり着かないわけで、
願わくば、これは一生「知る」に達しないでいただきたい…。
が、それ以外の部分においては
けっこう「知る」に近いような感覚を持つこともありますよ。
そのへん、
フツーの人よりも「お坊さま」寄りかも、と
自分自身について思うところのひとつでございます。
kama
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