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2026年05月05日
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カテゴリ: 読んだ本


太平記(四)を読んだ。
南朝方は吉野からさらに奥の賀名生に移っていく。
足利尊氏は1336年に征夷大将軍になり、一応この年から室町幕府が始まったとされるが、強固な中央政権があったわけではなく、尊氏は政務は弟の直義にまかせきりで、実際には執事の高師直が権力を振るい奢侈を極める。やがて直義と高師直の対立が表面化し、観応の擾乱が起きるのであるが、これがわかりにくい。太平記の物語をみると、足利直義はいったい何を考えていたのだろうか。高師直と対立し、南朝方にいったんは帰順し、師直死後には尊氏を和睦し、その後、再び反乱を起こし、降伏後には蟄居し、毒殺ともいわれる死を遂げる。このあたり、歴史家だったら何通りもの解釈ができるところだろう。その間、手薄となった京都には南朝方の勢力が入り、北朝方が吉野に追いやられるのだが、これも短い間に終わる。
征夷大将軍になっても尊氏は何度も自害を考えるなど、権力基盤はまったく落ち着かない。近年に研究では応仁の乱で戦国時代が始まったというよりも、室町幕府ははじめから脆弱だったという説が強くなっているという。たしかにそうかもしれない。そういえば里見八犬伝の舞台になった結城合戦なども応仁の乱以前であった。
鎌倉幕府を倒し、建武の新政が始まり、将軍の勢力拡大を背景に南北朝時代が始まった…という流れからするとこのあたりはわかりにくい。南朝が一貫して衰退したというのではなく、北条時行とか足利直義、のちには足利直冬など、時の政権と対立する勢力が帰順する。また、この時代、多くの勢力が時流を見て、どちらにつくか決めていたようなので、優勢になるとあっという間に勢力は膨らみ、劣勢になると、裏切りや脱落が相次ぐ。合戦の場面など、これはどちら方かを整理して読まないとわからなくなる。平家物語のように名前でわかるわけではなく、しかも、寝返りもしょっちゅうである。
太平記を読んでいても、このあたりで脱落する場合も多いのではないか。





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最終更新日  2026年05月05日 09時51分02秒 コメントを書く


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