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今日はメンズクッキング。男女六名の参加、男は大先輩と新人二人と私。新人はさすがに手つきも初々しく見てると少々危なっかしく・・。 男が料理しても料理自慢してたらガックリ・・の女性も多いのではないかと思うけれど、私の伝える料理は、人を喜ばせるための料理。自慢するほどの料理ではありません。安い早いうまい・・・が基本。金出してサービス受けるのが当たり前の男にも、相手を喜ばせることで自分も楽しむ・・・そんなホストメンタルを身につけてほしいもの。そんなメンズクッキング・・・でした。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2017/01/30
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長い間、当ブログをご訪問ご愛読いただき感謝申し上げます。この楽天ブログに十年以上書き続けてきたけれど、媒体として使い勝手がよくないので、サイトを引っ越すことしました。引越し先は、https://jafarec.com です。これからも、変わらずご愛読いただけますようお願い申し上げますとともに、感想、意見、質問などどんなことでもコメント頂けますようお願いいたします。ただし、コメントはあくまでブログ内容に関するもので、カウンセリングや相談としてのご記入はご遠慮ください。その場合はホームページをご覧の上、個別のメールに要点をまとめてお知らせ頂ければ、具体的な支援について相談させていただきます。今日で師走となりました。慌しくなりますが、皆様無理のないよう、お励みくださいますように。
2016/12/01
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「やらないからできないのよ、誰だってやればできる、できないのはあなたがやらないから。おにいちゃんはちゃんとできてたでしょ」と、いろんな教師に言われた小学生の私。私は同じようにやってるのにできないのだから、仕方ない。もともと賢くないし、記憶力も計算力も弱いし、なんせ三月生まれだしねえ。やってもできない頭の悪い人っているんだけれど、それを認めないというか、みんなやればできるとマジで信じてる人が教師になるんだろねえ(笑)「頑張ってやったけれど、できなかったね。大丈夫だよ、できなくても、頑張ったことが大事なんだから。」と言われてたら、私の人生は少し違ったものになったかもしれない。世間ももう少し私を有意義に使えたのかもしれない。けれど、今の私は、そんな過去の私があればこそで、勉強できなかった私でよかったとつくづく思う。アホでよかったと。確かに記憶力や計算能力は劣ってて、漢字も覚えられないし、計算も出来ないし。でも直観力や言語処理能力は優れてて、読んで意味を理解するのは誰よりもよくできたと自負してる。だから漢字は覚えられないけれど、文章問題はすぐにわかる。だから教師の発言の矛盾やら嘘もすぐにわかるし、バカらしくて仕方ない。そんなバカな教師に何言われても、聞く耳持たない、問題児の私でした。こんな私、説教されても従うわけでもなく、いつもセンセを困らせてました。当時はセンセが私を困らせてると認識してましたし・・今もその認識は変わりません。(笑)当時、私を殴った教師も何人もいます。浜田、小丸、吾郎畑、山本、彼らの暴力を私は今も許さないし、人として教育者として哀れな存在とも思います。そして、子供の私が彼らに潰されることもなく、支配されることもなく、抵抗し続けたのはわれながら立派だと・・・。教師の暴力的支配と、それに抵抗するアホな子供。この構図のまま私の人生は続きました。差別的暴力的な権力支配の社会とそれからドロップアウトするアホな男。青年期から実存不安に苛まれ、その不安発作が怖くて長い間アルコールに依存してました。アルコールを断てたのは30歳前。不安から完全に解放されたと思えるのは30代半ば。仕事することもやめ、好き放題に生きるようになり、それからほぼ三十年近くの今。アホなのは相変わらず。アホとはいえ、言語力やら直観力、妄想力はハンパない私だから、誰もやらない、今の援助システムを一人で立ち上げ、潰さずにやってこれたのも事実。こんな私から言わせたら、DVもアルコールも覚せい剤も・・いろんな依存行動を説教でやめさせようなんて、頓珍漢も甚だしい。バカです。それらの問題行動は生育の中で防衛的に獲得した反応の結果の行動であって、脳内の報酬系がその依存行動と繋がってるから、説教でなおるはずはない。発達障害も人格障害が説教で治らないのと同じ。私にはよく分かる。ではどうすればいいのか・・・防衛を解かせて、心開かせ、別の行動と報酬系をつなぐ新たな神経回路を作るしかありません。とても大きな喜びや快感を日常で感じれるような体験的学習かな。一言で言えば、愛とか信頼とか・・暴力やめたい、酒やめたい、生きるのやめたい、いろんな人が繋がってくるけれど、私は頑張れとも言わないし、説教もしないし、善悪を語ることもありません。けれど、私の支援で、少しずつ人生を変えていく。その回復の物語をともに紡がせてもらってる私は楽しませてももらっています。ありがたいことです。そうそう・・・今日は昨日のシフォンケーキの失敗を確認すべく、リベンジしました。レシピを確認して、小麦粉を増やしたら・・・・今日はうまく焼けましたとさ。当たり前だけど・・メレンゲはツノが立つほど硬く 卵黄も泡立て 焼き上がりはひっくりかえし型から抜いて 出来上がりブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/30
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今日はクッキングセラピーを楽しみました。昨日の夕方はディナーセラピーで、晩御飯を楽しんで頂いた後にじっくりとお話を聞かせていただきました。美味しい食事で心和んで語り合うのは、セラピー効果も高くなるというもの。もちろん不安や緊張が高すぎて食事どころではない方には、それなりのセラピーを考えさせていただきます。今日のカウンセリングはお昼もかなりすぎてたし夕飯の時間でもないので、おかしづくりをしてみようとなりました。で、オーダーはシフォンケーキだったので、頭の中のレシピでさささっと作ってみました。プロセスとしては問題なくいけたけれど、なななんと、焼き上がりは凹んでぼってり・・・なんでだっ こんな失敗は初めて・・・笑ってやってくれ(笑)ーん、失敗の理由をあれこれ考えてみました。基本レシピよりも小麦粉が少ない、砂糖が少し多い、試しにシフォン型のサイドに取り出しやすいよう紙を使ってみた・・・この三点なんだけれど、条件を変えて、確認してみよぅ。リベンジじゃー。でもね、セラピーで失敗していいのかってことだけれど、失敗しても大丈夫、本質を理解する学びのためのいいチャンス。失敗を楽しみ学びの機会にする態度もまた、失敗して傷ついてる来談者には、案外最高の癒しになるのかも。でもね、じつはシフォンにはならなかったけれど、味はよかったんよねー。うまかったっす。(笑) ほんとはこんなになるはずでした。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/29
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今日は久々に冷凍庫の在庫品を使って押し寿しを作りました。鯖寿司、鮭寿司、鮭フレーク寿司、でした。 私はクッキング大好きなおじさん。毎日家人やシェルターの方、時にはご飯付きセラピーのためにお料理しています。レシピはだいたいイメージで頭の中にあるし、和洋中エスニック、たいていのメニューはこなせます。常に在庫もかなりの量があり、突然のオーダーがあってもかなりのメニューがこなせます。自分が発作的に作りたい時にもつくれるし、ほんと便利です。自分が作りたいように作ることの面白さを手放したくなかったから、シェフや板さんなどのプロにはならずに、家庭料理に徹してたし、エコやヘルシーを意識して、わがままに料理し続けました。プロになると、儲かる料理、を作らなくてはなりません。それは私の目的とするところではありません。わがままに作る、作りたいものを作る・・これが私の基本です。これは人生も同じこと。強制される生き方、みんなと同じ暮らし方、それがいかに合理的だろうと金になろうと、私の価値観に合わなければ無意味です。私の人生にはなりません。ほんと、不器用というかわがままというか、強情というか・・・こんな性格は子供の頃から変わりません。社会適応が難しい分、苦労も大きかったけれど、今はほんとにそんな自分でよかったと満足しています。アホでよかった。ほんと、今で言えば子供の頃の私ってLDといわれるこどもでした。計算も記憶もできないから、算数も出来ないし、漢字も覚えられません。授業にもついていけないから、机のしたで「手悪さ」をして遊んでたし、先生に勉強しないなら廊下に出なさいと言われた時は、はいはいと言って机を廊下に出して遊んでました。そんな私は今もそんな私。「権威や強制を嫌い、たたき上げのスキルで一匹狼で生きる」のはドクターXの大門道子と同じだけれど、同じフリーでも一仕事1000万の彼女と時給百円の私。値段は随分違うけれど、クライアントに納得してもらうのも、揺るぎない自己信頼を持つのも同じ。なんちゃって。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/29
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今日は朝からメンズカウンセリング講座でした。あまり呼びかけもしなかったし、忙しくて参加できない人も何人か聞いてて、こじんまりとした集まりとなりました。関東方面から三名、関西の方が三名の六人で中身の濃い学びになったと思う私。現在のDV支援の政治的な背景、とその政治的な構造の中で男性支援も語られるのはなぜか、日本の男性運動の流れとフェミニストの関係を個別のエピソードを交えながら説明していきました。参加者は当事者としての援助者を目指す方も何名もおられるし、メンズカウンセリングの支援を受けて回復されている方たちばかりなので、それぞれがどんな支援を受けてきたか、その体験を語ってくださいます。男性であるということで男女共同参画の相談ではまったく対応してもらえなかったこととか、一般のカウンセリングでは、具体的な話にはならないのに、一時間一万とか二万取られたとか、某加害者プログラムでひどく傷つけられたこととか、世間では男性支援がほとんど存在しないか支援としては機能していないことが語られました。どうしてそんな現状に成ったのか、私は、男性支援の先駆けである、男悩みのホットラインの立ち上げから退会までの私の体験から知りえた事実から、電話相談には支援の限界があること、相談の質の維持がとても難しいこと、それがアカデミズムや行政による支配の構造的な問題とからんでいることを説明しました。決局、支援という名の利権構造になり果ててしまうことで当事者のためではなく、支援のための支援になってしまうのは、今の被害者支援が必ずしも被害者の幸福にはつながっていないという現実にも通じること。この問題を解決するには、当事者の立場で当事者が権威や権力と無関係に自分たちで援助をしていくしかないし、そのためにはネットを使った当事者同士のネットワーキングが有効ではないか、ということに話がまとまりました。 ある参加者が持参してくれた豆乳チャイ!!うまいっチャイ男性支援の勉強会の後は、いつものロールプレイ。当事者が仕事絡みとはいえ、多くの話を聞くようになったり、ボランタリーに人の相談を聞くようになって、随分とカウンセリングスキルもアップされてて、少々驚くほどに。日常的に支援の立場を意識していることで、随分と対話スキルもアップするようです。ロールプレイのあとはワークタイム。今日はテルさんがお休みだったので、私がファシリもさせていただきました。一枚のカードから物語を妄想する妄想ワークや、語りとリアクションの関係を理解するためのワーク、おバカな質問をしあうワークなどなど・・・ おバカな質問では、メンカンならではのエロエロトーク満載でした。もうみなさん大笑い、何人もの方がおバカながナンパ体験を語ってくださいました。そのリアリテイーとか語れるだけの自己信頼とか、おバカな対話の中に、揺るぎない自己信頼を確かなものにしていく、不思議な作用があるようです。こんな学びを知らない知識だけの専門家は、自分の理解しえない当事者の世界には寄り添えないから、ただ、ふんふんと聞くしかないし、聞いて自分が不安定になったりコントロールされる立場になるのを防ぐために、病理化して別の支援に振ったり、与えられたメソッド通り定型的な支援にはめ込んだり。DVや虐待などの問題が終わらないのは、当事者の視点で支援がなされていないから、ということが語られました。今日の学びで、参加されたみなさん、メンズカウンセリングの支援がいかにハイレベルか、ってことについて、あらためて理解していただけたものと思います。マスコミや世間には通じないけれど、当事者には通じることだから、これからはネットだね・・・と熱く語ってお開きとなりましたとさ。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/27
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今日はあいにくの雨。カッパきてバイクでひと・まち交流館京都に。 今日の講座は、男性相談を含む男性支援について、何が問題でどうあるべきか当事者の立場での援助論について、学びたいと思います。関東方面からの参加もあって、深くて濃い講座になりそう。わくわく。
2016/11/27
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今日はあいにくの雨。カッパきてバイクでひと・まち交流館京都に。 今日の講座は、男性相談を含む男性支援について、何が問題でどうあるべきか当事者の立場での援助論について、学びたいと思います。関東方面からの参加もあって、深くて濃い講座になりそう。わくわく。
2016/11/27
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今日はひと月ぶりの疎水コースランニング・・・やはりランニング不足でスピード落ちてました。 山茶花? 椿? よーわからんけれど美しいピンクと白 皇帝ダリアって最近はあまり見ないけれど、確かに立派です。 山科疎水公園の紅葉・・ピークは来週かなそれでもいい天気の中、パシャパシャしながら走るのも気持ちいいものでした。筋力落としたくない私としては、もっともっと走りたいけれど、時間がないとか天気が悪いとかで、今月はあまり走れず、ひと月で30キロほどしか走れず、いつもの半分程度・・・これじゃあ筋肉落ちるわ。そういえば、今朝の新聞に糖質制限で癌の治療効果が高いという研究報告がされてました。私には何を今更って感じだけれど、医療界が製薬会社の嫌うことをやらない、やれない仕組みがあるんだろね。ということは、その研究者、これから仕事できるんだろか・・と案じてしまう私。小保方さんみたく、潰されてしまうことのないように研究を続けて、癌治療は金なくてもできるってことを常識にして欲しいもの。ちなみに私、健康保険もないし、金もないから、金のかかる医療は受けられないけれど、私自身は何も心配してません。病気にならない身体を維持できてるし、仮に病気になっても自然治癒で治るので、医療はほとんど不要です。まあ、こんな身体的調和も、食べ方暮らし方などなど生活のあり方や働き方も含め、誰かに教えられたわけでもなく(もちろん科学的知識はある程度学んでるし)自分の体や心と相談しながら長年やりくりしてきたから、と言えなくもない。ただねぇ、還暦で美しき裸体を披露すると豪語したけれど、そのお約束がまだ達成できてなくて、残念至極。もちろん、美しき裸体目指して日々励んでますが・・・最後の数キロのポニョがしぶとくて、なかなか仕上がりません。ここはなんとか達成したいところ・・・走らねば・・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/26
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昨夜の女と男のワーク・・・離婚や別居、親子引き離し絡みの問題でしんどさを抱えてる渦中の男たちと離婚後の親子関係の葛藤を乗り越えようとされてる女性など当事者六名と私のささやかな集まりですが、寒い中の花金にも関わらずよく来てくださいました。たまたま、私も昨日は暇だったのもあったり、過剰在庫のきのこがたくさんあったりしたので、きのこご飯を作ったのですが、食べる人もいないのでこれ幸いと、ワーク参加者の虫抑えに持参しました。 使ったきのこはひらたけ、えのき、しいたけ、松茸行ったワークは性と自己一致・・少々お堅いお勉強タイムと、エロエロなトークのおバカなワークタイムと。みなさんしっかり学び、楽しんでいただけたことと思います。 帰りの大阪駅前ロータリー。先日改修されてすっかり小綺麗になりましたとさ。ちなみに、私の自己概念は、ジェンダー領域で言えば男性60%女性40%くらいのジェンダーバランス。セクシャリティー領域は女性的な身体に欲情はするけれど、男性的な女性に憧れるという絶妙なパランス。こんなセクシャリティーだから、大和撫子みたいなのはさっぱりあかんのよね。アン・ハサウェイのキャットウーマンやガル・ガドッドのワンダーウーマンみたいなのに弄ばれたいみたいな、変態おぢさんですぅ(笑) ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/26
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昨夜は男ワークでした。かなり冷え込んでたので、お休みが多いかなと思ってたけれど・・ テルさんのリラクゼーションから始まって、ファシリもテルさん。お題は「スムーズな対話」です。二人で向かい合って座ってもらい、一人が語り、一人は聞く役になります。三分の語りの後役を変えます。語りをニパターンにし、初めは聞き手は、無視無表情で聞きます。二回目は、相槌をうったり、笑顔を返したり・・・本来は三パターンあって、三パターン目はなるほど、とか、すごいねっとか感じたことを言葉にして語る人に返しながらきいてたらどうなるか、というワークです。 それにしても、みなさん語りだしたら、止まらない。(笑)ほんとよくしゃべる・・なのにうちでは語らない、語れない。みんなでシェアしあううちに、パートナーとの対話が上手くいかない理由がわかっていきます。相手に無視されたら、不愉快だし、イライラしてくるし・・はたと考えて、自分もパートナーの話にちゃんと対話せずに無視したり、あさってのほうを向いていい加減に話してたりしてたなって。「だから奥さん話すたびにイライラをぶつけてきてたんやねえ(笑)」と。理屈や結論が得られなくてイライラする男と、気持ちに共感してもらえなくてイライラする女と。コミュニケーションモードは随分異なります。この辺りも大切な気づきです。こんな気づきを重ねながら、ワークで自分の気持ちを語り相手の気持ちに共感する対話スタイルを身につけていくことで、随分家庭も職場もいごこちよくなると思うけれどね・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/25
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どんどん増えてる離婚の離婚請求は圧倒的に女からの請求が多いようです。別れたい女、別れたくない男、の構造があるけれど、それは個々の考えというより、ジェンダー意識や家意識が、男女で異なることから、そのようになると、以前も書いたような気がします。もちろん、被害者支援の偏った支援もその状態を助長している節はあるでしょう。離婚を巡って、戦うときは弁護士つけて司法で争うということが一般的です。この争いでは、問題がなぜ起こったか、どうすればみんなが幸せになれるか、などの修復的な視点は全くなくて、相手からいくらむしり取るか、だけで争います。ですから、勝っても負けても、双方傷つき費用を弁護士に取られてしまいます。問題の本質には理解は及びませんから、傷ついたのは相手のせい、と恨みを残したまま、家族が壊れていきます。ほんとに胸痛むことが多すぎます。私は夫婦間葛藤に対してジャッジすることはありませんし、善悪で判断することもありません。基本は修復的支援で、苦しみや困難から解放され、みんなが幸せに生きていけるように支援して生きます。妻子に家を出られて、苦しくて生きていけない、と感じてた男性が、そんな妻を責めるのをやめ、子供達の幸せを願い、そして今は多くの人たちと豊かな関係を作ってそこそこ幸せに生きていけている・・そんな男性も少なくありません。そんな男性が離婚報告を下さったときに私がプレゼントする言葉は「自由だ!!」と「おめでとう」です。家族役割や家意識、妻の扶養の義務などから解放されて、自分のための人生を生きていけるのですから。こんなことが言えるのは、男が男らしさに縛られなくて、自分らしく生きていく方がどれだけ自由でハッピーか、私自身の体験はもちろん、多くの離婚後に幸せになった男たちを見ているからでしょう。もちろん、離婚のまま同じ相手と再同居したり、新しいパートナーと新しい家族を再構築したり、シングルのまま、いろんな方と豊かな関係を構築したり・・生き方、家族のあり方は人それぞれ・・どれが正しいでもありません。みんな幸せなのだから。もちろんそんな男たちも、男性支援があればこそでしょう。男が幸せに生きることは女が幸せに生きることと、なんら矛盾はありません。たとえDV男でも、犯罪者でも・・・「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」でしょうねぇ。この男性支援について、今度の日曜に、京都は「ひと・まち交流館京都」で勉強会ですぅー。当日はいつものテルさんもK島さんも来れないみたいで、ちんまりとした集まりになりそう。中身が濃くなりそうだから、期待してていいっすよー。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ メンズカウンセリング講座 第四講 2016年11月27日 ひと・まち交流館京都 主催 メンズカウンセリング協会 プログラム 9:15 開場 受付 9:30 講義 男性支援の現状と目標 男性支援の歴史 11:30 昼休憩 12:30 講義 男性支援の理論とスキル (ロールプレイ含) 14:30 休憩 14:40 メンズカウンセリング実習 (ロールプレイ含) 16:40 休憩 16:50 グループワーク実践 (交流タイム) 19:00 修了 飛べ・・・男たち・・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/24
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最近の報道では、いじめ絡みで子供達が少なからず亡くなっているし、死なずに生きることに決めたと、カムアウトした少年の存在もありがたい。いじめの認知件数は増え続けているし、文科省の対策も効を奏していない。民間でもCAPプログラムは結構な広がりを見せてるけれど、いじめの増加を抑止できるものでもないようです。いじめの問題が言われるとき、しばしばいじめられる方が問題視されて、死ぬのは弱い、とかいじめられる理由があるとか言われてたけれど、さすがに最近はこんな言い方はおかしいとの認知が当たり前になって、いじめる側の問題として言われるようになったようです。けれど、学校関係者は、いじめがあった、指導した、謝罪した、反省しいじめをしないと約束した、これで問題解決した、と認識しているらしく、文科省の調査報告では、88%ほどのいじめが解決したと回答しているらしい。嗚呼・・こんなんではねぇ、いじめはなくならんよねえ。DVは犯罪です、加害者が反省した、謝罪した、だけで問題解決にはならないのと同じ。加害者を悪者にして、謝罪させても反省させても、解決しないのは「反省させると犯罪者になります」という著作があるように、問題の本質を取り違えているから。DVもいじめも、根は同じ、社会病理です。弱者がさらなる弱者を支配することで自分のアイディンティティーを保とうとする防衛反応です。ここには弱者=惨めという認知(価値観の囚われ)があります。これは社会に蔓延する権力構造を是とする思考から来ているのだけれど、力あるものは正しくて弱者は間違ったもの、敗者、劣等などのスティグマを与えられます。この惨めさから自分を守るためにはさらなる弱者を苛めて自分を優位に立たせるしかありません。多くの人は生育の中で弱者敗者としての痛みを繰り返し与えられるから、心の中にそのプログラムが常に働いています。負けてハッピー、落ちこぼれてラッキー、アホで安心、なんてことを誰も教えてくれないし、そのプログラムをインストールすることもできません。私のところにはしばしば死にたいという思いを抱えてこられる方もおられますが、話を聞けば死にたくなるのは当たり前、そんな方には死ぬ前によくたどり着いてくれたことを嬉しく思うと伝えるし、死んで楽になるのもアリだけれど、死なずに楽になる方法もあるから一緒に考えよってお誘いします。結局死にたくなるのは、その方の認知があるからで、認知を変えれば、その状況でも悩まなくて済むようになりえます。私の仕事はそのお手伝い。直接状況にアプローチして介入することができるケースは多くはありませんし、それは私の本来の仕事というより副次的なこと。こんな私からすれば、学校の先生は状況にアプローチすることも仕事のうち。なのに問題解決できないのは(先生はできたと錯覚してるらしいが)いじめを含む暴力が社会病理だということ、自分たちがパワーコントロールしている加害者であることに対する無自覚、加害者対応について無知、など様々な問題が教師や文教政策にあるということでしよう。はあー、いじめも虐待もDVも・・・なくならんよねぇ。こんなんだから。先生たちがメンズカウンセリングを学べば、そのあたり多少は理解できるのではないかと思うけれど・・・エライ先生は私のところになんかこないよねぇ。(笑)とかなんとか・・・今日は一日暇でした。メンズカウンセリング講座の資料作りもしてたけれど、男性支援の論理のところで、私が15年ほど関わった男性のための電話相談の中で体験したことをあれこれ書き出してみました。相談業務に就かれてる方はもちろん、対人支援に関わっておられる方にはとても興味深いお話になるのではないかと思うけれど・・・当日は行政とその男性相談とコラボして「男性相談研修会」みたいなことをやるらしいから・・・この面白い話を聞ける人はいないだろなー・・(笑)今日は徒歩帰宅の途中、安物スーパーに寄ってみたけれど、白菜が少し値下がりしてて、寒い、鍋、白菜、と・・・白菜を買ってしまいました。まあまあ許せるお値段でした。 二キロ半ほどのかなりでかい白菜が380円・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/23
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相変わらず、虐待報道やDV関連の事件の報道も後を絶ちません。報道を見る限り、凶悪な人が多くなったかのような印象を受けてしまいます。司法判断もマスコミ報道も、DV加害者は男性=悪者、被害者は女性=弱者、虐待親は異常者、だから悪者には処罰を弱者には保護を、という判断が働いているようです。けれど、この価値判断に客観的な根拠はありません。私に言わせれば世間の風潮であって多くの人の思い込みでしかありません。その価値判断で、DVや虐待がなくなりみんなが幸せになってるなら問題はないけれど、現実はその反対で、DVも虐待もなくならず、ただ、多くの予算が使われて、被害者の保護と称したあまり意味のない分離がなされているだけ。長年男性支援、当事者支援を続けてきた私の判断では、DVや虐待は、大きな社会病理の呈する症状であって、問題は差別抑圧のある社会そのもの。その社会の権力構造に目を向けないで、症状緩和としての対症療法としての分離を行っても、何も解決しません。加害者の加害行為に至る認知や生活状況、被害者の経済力の問題や対人スキル、メンタル、など、社会病理に由来する具体的な問題に対する、サポートがなければ、分離したところで、様々な形で問題は再発するだけ。シングルマザーの貧困とか、虐待の増加、とか、いじめの増加など、様々な社会病理として問題は表面化します。様々な家族病理を社会病理として位置付け、個々人とその社会との関わりを洗い直し、家族関係を再構築する、そんな修復的支援は、私の他には誰もやってないようです。私はカウンセリングをベースに、グループワーク、シェルター、グルメナイト、ビジテーションサポート、などなど、様々な支援をワンストップで行えるよう複合的支援を可能にする家族再生センターを設立しました。行政の言う、加害者と被害者を近づけるのは危険だとの認識とは逆に、加害被害に関わりなく様々な当事者が場をともにし、体験や思いを語り合う場を維持してきました。特に、加害男性と被害女性が酒を飲みながら語り合うグルメナイトなんていう場は、いわゆる専門家には理解しがたいのかもしれません。そんな私なりの男性支援の歴史や、行政サイドのお粗末な男性支援の現状について、唯一学べるのが、メンズカウンセリング講座。先日の案内では、12/27 と誤って書いたけれど、ほんとは11/27 (日)です。今度の日曜、京都です。DV支援、男性支援に興味のある、援助者、当事者やその家族の方など、どんな方でも参加可能。ちなみにレジメの一ページについて下に転載しておきます、長いけれど、興味のある方は御覧ください。そうそう、今日は昨日失敗したリサイクルのズボン、サイズの違うものに変えてもらいました。 今日届いたメーカー直送の一番搾り菜種油。このメーカーは熊本の益城町です。熊本地震でかなりのダメージを受けたかもしれないけれど、こうしていつもどおりとてもいい商品を届けてくださったことには深く感謝です。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男性支援 の歴史 我が国で、男性問題が言われるようになった1990年代初頭、フェミニズムに関わった男たちが、フェミニズムでは男の問題は解決しないと理解し男性自身が男性の問題と向き合う必要性を感じ、日本で初めての男性運動をたちあげた。これがメンズリブ研究会である。月一程度のゆるい集まりで、京都と大阪で交互に開催していた。 三時間ほどの集まりは、男性問題を当事者として語り合う自助的な側面と、学者、研究者などによる学習会的な側面と両義的な意味をもたせていた。集まりには、常連のコアメンバーともう少し気楽に参加するメンバー、新規の参加メンバーなどで十数名から二十名ほどの集まりが多かった。研究者の立場にある者は伊藤公夫、中村正、など。ジャーナリストの立場で関わる者は、中村正夫、中村彰、当事者の立場で関わる者は、水野、味沢、安倍、遠藤、など。他研究者志向の院生、大山や多賀、大束、濱田なども、コアメンバーだったり、どこかに接点を持って関わったりしていた。 95年には、メンズリブ研究会で得られた男性問題に対する理解や男性支援の必要性に対する理解を前提に、その知識を社会還元すべく、男性運動の拠点として「メンズセンター」を大阪は天満橋近くの小さなワンルームを借りて開設した。この時、このセンターを「男悩みのホットライン」の活動拠点にしたし、男のコミュニケーション教室の開催場所とした。これが我が国で初めての男性の男性による男性のための支援の原点である。 味沢は1999年にメンズセンターの隣室に男性運動とはかかわりなく当事者支援のためだけのスペースを開設すべく働きかけたが、運動の足手まといになるとして、大山が反対し、メンズセンター運営会議では、設置を否定されたので、メンズサポートルームとして男性支援の施設を京都に開設した。メンズサポートルームでは男のコミュニケーション教室で培った支援スキルや、中村正がアメリカで学んできた非暴力トレーニングをベースに非暴力グループワークを京都と大阪で開催した。 男の悩みホットラインや非暴力ワークで見えてきた、加害被害の両義性、いわゆる男性被害者や女性加害者に対する支援や、修復的支援の必要性についても支援の対象とすべく2003年に京都に「日本家族再生センター」を設立し、年齢性別加害被害に関わらず、家族問題に関する様々な支援を提供し始めた。そこでは、カウンセリングをベースに、グループワークや、シェルター、アドボカシー、ビジテーションサポート、グルメナイト、料理教室など、複合的な支援を提供し、当事者がワンストップで利用出来るシステムにしている。 その支援では、男と女、あるいは加害被害の対立軸で支援するのではなく、多様で柔軟な価値観で支援し、自己肯定感や他者理解が進むよう育ち直し、学び直しを可能にする意味で多様な個性が対話可能な場になるように擬似家族的なセラピーも取り入れている。このあたり、加害被害の両当事者が場を同じくすることの危険性を言う専門家も多いだろうが、その危険性の根拠は示されていない。むしろ、この十数年の援助実践で、その危険性は単なる人々の思い込みにすぎないということを確信する。 今後の男性支援について、私のような支援はおそらく行政サイドでも男性学学者を含む専門家サイドでも受け入れることは困難だろうし、相変わらず男性加害者から女性被害者をいかに保護するか、男性加害者をいかに脱暴力させるか、そんなバイアスで男性支援の必要性が訴えられ、予算化し、無駄な支援のための支援が行われるのだろう。それでは何も解決しないけれど、専門家は問題解決そのものではなく、問題可決のための支援につく利権を目的とするから、問題解決しないのは当然である。これはこれまでのDV支援や虐待防止関連の動きをみれば一目瞭然。支援のための支援ではなく、当事者が問題解決し、みんなが幸せになるための支援「修復的支援」を行う援助者が増えることを切に願う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2016/11/22
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法律が変わったのか、先物取引きの口座開設や大学での講師料支払いに、マイナンバーの提出が求められました。ひねくれ者の私は国家による個人の管理に従いたくなくてマイナンバーカードを取得していませんでした。どーしましょ・・で、説明書をよく読んでみると、マイナンバー記載の住民票の提出でもいいとのことで、近所の行政サービス出張所で住民票をもらってきました。ああ、めんどくさ。このめんどくさ気分を吹っ切りたくて、帰り道にちょいと寄り道して、久々にリサイクルショップに。買ったのは500円のルンバもどき、100円の本革ベルト、一本300円のコーデュロイズボン3本。 ルンバもどきはそれなりに床掃除をしてくれました。ベルトもほとんど新品でいいお買い物でした。けれど、バカバカバカなのは、ズボンのサイズをすっかり間違えてたこと。閉店間際でバタバタしてて試着も何もせずに買ったけれど、サイズを10センチ間違えてました。ほんとバカな私。明日、取り替えに行こうっと。それにしても、私はまともな値段で買い物できるほど収入がありません。こんな私が先物取引なんてねえ。笑っちゃうし。狙いは白金。一応損失限定取引なので、損しても最大16万。儲けることができたら◯十万ほどのギャンブルです。もともと金に執着してないし、ギャンブルを楽しむ人でもないので、先物取引なんてかんがえてもなかったれけれど、まあ、成り行きを楽しんでるってところかな。ということで、今日はリサイクルショップで安物買いしたので、帰宅途中の安物スーパーには寄らず、出費を抑えましたとさ。がまんがまん。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/21
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今日はいつもの安売りスーパーでキャベツがやっとほどほどの値段になってました。といっても決して安いわけではないけれど。 私は最近はデンプンをかなり制限してるし、肉魚もたくさんは食べないので、せめて野菜は遠慮なく食べたいところ。だからこのところの野菜の高騰で少々苦しい思いをしてました。苦し紛れに冷凍野菜を使ってましたが、ブロッコリー、オクラはまだしも、葉物はうまくありません。ですから、キャベツが一個250円はありがたい値段。久々に青虫気分でかじってみるか・・・そうそう青虫といえば、今朝自宅裏庭のレモンの木にでっかいアゲハの幼虫が・・・ 小指大の芋虫だけれどツンツンすると、首をもたげて赤いツノのような触角を出して威嚇してきます。その努力に免じて殺処分は免除してやりました。 事務所にいくと、おとまり面会交流のパパと子が朝食中。パパと一緒に朝ごはん作りもして、楽しく食べることができたってさ。他にも、今日はビジテーションが重なってて、他のスタッフはお休みで、けっこうバタバタしてました。カウンセリングも三件あったし、いろいろ電話やメールもたくさんかかってきたし・・・今日は久々によく仕事しましたねー。さすがに夜の仕事はなかったので、八時頃に帰宅して、自宅で家族で晩御飯。そのあとはお風呂で筋トレ。今夜もあっと言う間に眠りに落ちそう。おやすみなさいー。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/20
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今日のビジテーションサポート(面会交流支援)は二ヶ月ぶりの面会の親子。離婚でかなりの距離に別れて暮らすことになったパパとこども。夫婦間葛藤が典型的なパターンで法的なステージに移っての離婚という結果になったけれど、そのころパパは私の支援を求めてこられました。私は極力対立や不信感をあおらないよう、修復的な支援に徹してお手伝いさせていただきました。離婚するしないが問題なのではなくて、壊れた信頼関係をどうやって構築するかが問題なのだから、闘争は避けるように助言させていただきました。面会に関しても、司法の場での争いにはせず、少しずつ相互理解を深めるように中立的な第三者として双方に関わらせていただきました。その結果、親子面会の中身は少しずつ充実し今日は初めてのお泊まり面会となりました。 近くに住んでるいとこ親子たちも来てくれて、ほんとに久しぶりのいとこ同士の団欒になりました。 晩御飯もみんなで家族しながら・・お互いが納得しないまま、法的根拠の薄い面会に関する取り決めをしても、実質的な面会を継続するのはとても難しいもの。「双方は誠意を持って取り決めに基づいて面会を行うこと。変更になどについては双方が適宜協議して決定する」なんて、家裁は簡単に審判を書いてくれるけれど、それができないでもめてるのにほんと馬鹿らしい話。その馬鹿らしい話で多額の金を請求する弁護士やら、そこに至る支援者やら・・ほんと困ったもんです。離婚に関しても面会交流に関しても、対立や不信を煽る支援ではなく、それぞれの問題を見極め、葛藤を減ずる修復的支援ができる専門家が求められています。なのにねぇ・・・ということで、そんな修復的支援を学べる唯一の講座「メンズカウンセリング講座」が来週12/27に京都で行われます。一般に開かれた公開講座ですので、興味のある方、お気軽にご参加くださいね。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/19
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昨夜のグルメナイト、新規参加の方たちや久々の参加の方たちが来られていつもながらに満員御礼に。メニューはいつものように50品でスタンバイ。おすすめは特製鶏ハムやアラ大根。 それにお二人が当日、と前日のバースデーだったので、チョコレートケーキをバースデーケーキに用意させてもらったけれど、なんと、二人以外にも当日の方、一日後の方、一週間後の方とか、前後してバースデーの方がなんとなんと五人も。 それにしても、男女当事者が十数人集まると、ほんとにいろんな話が出てきます。調停中の方、離婚成立された方、再婚された方、結婚や離婚の理由もいろいろあるけれど、みんなで語り合うことで、家族間葛藤の本質は、相互の価値観の相違や、コミュニケーションスキルの不足、役割意識、労働状況などの問題であることに理解が及びます。もちろん、そんな対話ができるのも、グルナイに参加される皆さんは、何らかの形で私の支援を受けておられる方だから、ということもあるでしょう。夫婦間葛藤の原因を善悪で決めつけて相手を責めるという、世間でありがちな支援で問題解決しようとする人には、思い至らないことかもしれません。悪者を作らない、問題の本質を理解し、自分と向き合う、そんな修復的支援があれば離婚するにしてもしないにしても、傷つきを最小限にできるし、よりよい関係を構築できます。その結果の相互信頼は、子供の成育における自我形成にとてもいい影響をもたらします。けれどねぇ、こんな修復的支援がどこにもないんよね。内閣府なんか、DV加害者は危険だから被害者に近寄らないように配慮しなさいなんていう通達を出してますからね。人に危険とラベルを貼って排除する、この思想がいかに暴力的で、人を傷つけ問題をこじらせるか。それでは、問題の本質に対する対応はできないから、DVやモラハラも無くなるはずもない。けれど、問題がなくなると困る人たちがいるんよね。その人たちはDVは治らない、被害者支援のために予算くれ、といい続けてますからね。でも本当は、ちゃんと問題を整理して支援していくと、いわゆる加害者も被害者も一緒に酒飲んでおバカな話をしてても、トラブルは起きないばかりか、相互理解、自己洞察も深まるんよね。そんなことを改めて感じさせていただいた昨夜のグルメナイト。昨夜は比較的早いお開きで、私も帰宅は二時半ころにできましたとさ。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/19
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私のところにはDV絡みで多くの男たちがやってきます。彼らはカウンセリングやグループワークなどで、自分の問題に向き合い、癒されたり成長したり・・・。何より、ワークで人の話を聞いたり、自分の気持ちや考えを伝えたりするトレーニングを重ねることで対話スキルが向上するだけでなく、共感することがどういうことか、実感することになります。この、話を聞く、共感する、ということができる男はけっこう人に好かれるようで、しばしばモテ期になるようです。DVで離婚したけれど恋人ができたとか、結婚したとかいう知人が何人かいます。壊れてしまった夫婦関係に執着しても喪失感がなくなるわけでもないし、癒されるわけでもない。恨みや孤独に苛まれるのがオチ。であれば壊れた原因を理解し、自分と向き合い自分を育て直すことで、新たな人生を再スタートすることも可能。昨日もある方の離婚成立に「おめでとう」とコメントしましたが。私 ? 私は「捨てられる男」みたいではあるけれどモテないわけではないと自負しています。でもねえ、残念ながらイタリア娘とお付き合いしたことはないんです・・・来世では・・・そんな私、今日は明日のグルナイの仕込みでバタバタ・・・バースデーの方もおられるので、チョコレートケーキも作ったし、アップルバイも焼きました。 久々のチョコレートケーキ 定番のアップルパイ 本格派オリジナル鶏ハム 忙しい時こそ、精神統一・・大体数分で卵は立つブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/17
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昨夜は二週間ぶりのランニング。昨夜は京都駅前のシネマまでの八キロです。五条坂の坂道を超えていくので、距離の割にはけっこうハード。気温は少し寒いけれど走る分にはちょうど良いくらい。 心霊スポットのひとつって言われる五条坂トンネルもヒタヒタ走ります。 京都タワーも怪しく光ります。(笑) 無敵のジャック・リーチャー、強い男。シネマはトム・クルーズの「ジャック・リーチャー Never Go Back 」ポスターのコピーは、決して屈するな、決して諦めるな、決して戻るな・・なんだけれど、この戻るってのは、前作が「アウトロー」だから、以前の軍隊のそれなりの地位とか安定した暮らしとかに戻らず、一匹狼でやり続けるってことでしょね。映画でジャックは無敵の戦闘技術を持って、知的でハードな戦いを続けるけれど、ポスターではその戦闘技術が男の強さだと、言ってるわけではないのよねえ。自分の弱さもちゃんと知ってて、自分の能力を最大限生かして戦うとか、他人の力をうまく使うのも自分の力。男女に関わりなく、ほんとの強さってのは、ブレずに孤独や不安や恐怖に支配されずに、自信と勇気を持って信念に基づいて動けるってことかな。結局は戦闘技術の問題ではなくて、心の問題に行き着くね。金や、権力、世間体、地位や権威で自分を支えてる人ってのは、結局は弱い人だってことですよねえ。映画では、結局、一匹狼のジャックが、米軍の悪徳将軍に勝つのだけれど、それは映画としてはとてもおもしろい物語。けれど、現実世界では、一匹狼が権力を倒すってのはとても難しい、まず無理。でもねえ、社会の権威や常識に屈することなく、おかしいものはおかしいと、セクハラカウンセラーにされてもいい続け、行政からもマスコミからも干されても、飄々と誰もやらない当事者支援を諦めずにやり続ける私って、戦闘能力はないし戦いは避けるけれど・・・けっこうつえーんでないかい。(笑)ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/16
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私はお金がなくても生きていけるとおもう人だし、蓄財に興味はありません。ただ、当事者性の援助を普及啓発して、支援がないばかりに困難から抜け出せない当事者男女に支援を提供していきたいとおもう。そのためにはメンズカウンセラーを養成する費用も必要な訳で、そのための金はあっても困らない・・・というわけで、センタースタッフが毎年買ってる年末ジャンボが当たれば、一部を寄付してもらうことにしています。そのために、私も当たれ〜当たれ〜と祈ってます。ははは、おバカな話ですぅー。そして・・・そんなおバカな話ではなくて・・・も少し現実的な話ですが、じつわ・・先物取引に手を出す準備をしてみようっていうことに。というのは、一年前にブラジル国債を売りに来た証券会社のセールスレディー、この方ほんとに学校出たてくらいの方で、痛々しいくらいに真面目にセールスしてたので、その生真面目さを買って、まあ騙されてもいいかと、最低口数のブラジル国債を買いました。当時はブラジルの政治絡みでか、国債が底値でした。その後オリンピックもなんとかやり抜き、今ブラジル経済は回復基調に。ブラジル国債は日本の国債と違って利回りは桁違いに良くてなんと年率10%近くだったような気がします。すでに一回目の利子配当は振り込まれてて、半年で投資額の5%ほど。とは言っても最小口数なので額としてはしれてるけれどね。そのセールスレディー、またまたやってきて、今度は貴金属の先物取引。今、白金が金よりも値下がりしてて、今後短期に上昇する可能性が高いので、今が買い時とのこと。詳しいことはよくわからないけれど、先物はリスクも高いけれど、リターンもでかい信用買いなので、値下がりの過大なリスクを回避するための損切りをつけとけば、まあ、投資分の半額くらいがなくなっても諦めたらすむだけのこと。反対に期待通り値上がりすれば、数ヶ月で投資の倍くらいの利益が見込まれるというもの。ははは、まあ、金儲けにハマることはないし、損したところで私の人生に何も変化はありません。ご心配なくー(笑) そのセールスさんが今日のセールスに持ってきてくれたリラックマミスド。こんなもんで買収されたってかぁ。ちゃうしいー。まだ先物は買ってないしー。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/14
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昨日のキャンプセラピーには12人の大人たちと、六人の子供達が参加しました。その多くは離婚や別居で傷ついた体験を持つ大人と子供。 大人たちは、日常では話せない、夫婦間の問題について本音で話せるだけでなく、いろんな立場の男女がいるから自分の痛みだけではなくて、知らなかった他者の痛みにも思い至ることもあるし、女が男の男が女の気持ちを理解することも可能です。ここまでは毎月のグルメナイトと同じだけれど、さすがにキャンプとなると、子供達にとっては大きな意味の違いもあるようです。キャンプ場は林の中にあるキャンプサイトでとても広く、しかもシーズンオフだから、他の利用者もなく、騒ごうが暴れようが、クレームはありません。子供達は初対面の子供も何人かいたにもかかわらず、すぐに打ち解けて、ドッヂボールをしたり鬼子をしたりでおおはしゃぎ。元気な大人たちが一緒に遊んでくれるからなお面白いようで、日頃はゲームにかじりついてる子供も体を動かすことが楽しくて仕方ないようです。学校や家庭周辺の日常で、大騒ぎ大暴れはできないし、いつも大人の監視や管理があり、あるがままの自分で居られることはありません。大人の価値観から外れることは許されないのに、その大人たち自身もいろいろトラブルを起こして葛藤を抱えてる、一体どうすればいいのか、混乱し不安になるのも当たり前。けれど、グルナイやキャンプでは子供をコントロールしない大人ばかりだし、大人自身も子供と一緒に遊んだり、おバカな話をしてたり、子供から見ても大人に不一致は感じないでしょう。たった一泊のキャンブだけれど、子供達は随分楽しんでくれたようだし、辛い状況にある何人かの子供達も、随分元気になってくれたようです。親が離婚してかわいそうな子供とか、ダメな子とか、フツーの家庭と違うから、とか、世間の価値観で語る大人がいないこと、子供を大人の都合や価値観でコントロールする大人がいないこと、子供達が自分の心や体の欲するままに動けること・・これらがどれだけ子供の癒しや成長に寄与するか・・・現場をみないとなかなか理解できないことでしょうけれど・・・。問題は子供にあるのではなく、子供達をコントロールする大人たちや社会にあるのだけれど、なかなかその視点にはいきつきません。特に教育者やら医療者やら、コントロールパワーを持って仕事してなおかつそのコントロールパワーに依存しそのことに無自覚な専門家たちは難しい。そんなことをあらためて実感したキャンプセラピーでした。それにしても昨夜は朝方まで話し込んでたし、朝一で朝食の準備をした私、二時間ほどしか寝てないので・・・今夜は眠いっす。ねよっ。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/13
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お昼少し前に、参加男性お一人と一緒に希望が丘公園をお散歩。ワークの限られた時間ではなく、のんびりと思いつくままにおしゃべりを楽しみつつ、紅葉の散歩道を歩くのもなかなかいいもんですね。 けっこう立派なサルトリイバラの実 ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/13
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テントの中にも朝が来た昨夜のオールナイトキャンプファイャー・・・ほんとに朝までおしゃべりしてた人も。さすがに炊事担当の私は寝過ごすわけにもいかないので、四時過ぎにはテントに入って寝たけれど。 朝ごはんは、サッポロポテト入りお豆腐のお味噌汁とゆで卵にご飯。
2016/11/13
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とりあえず、あれこれ荷物をつんだ車で滋賀県は希望が丘野外活動センターに。私はバイクで行くつもりだったけれど、ちょっと楽しようと車に同乗させていただきました。私はすぐに晩御飯に取り掛かって、大量のとりからとかクリームシチューとか。他の皆さんはおしゃべりしてたり、柴刈りに出かけたり。 アウトドアでもうまいもんはうまい。 子供達は遊び疲れて眠った頃、大人たちは焚き火を囲んで話は終わらない。おバカな話もあればほんとに真剣なお話もある・・・当事者だものね。 お空ではスーパームンが見守ってくださいます。 さてさて、あすはどうなることやら。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/13
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今日は滋賀県は希望が丘野外活動センターでキャンプセラピーの予定。参加者は離婚や別居など家族の困難を体験された当事者の方達。離婚した母子やら、子供を引き離されたパパ、DVやモラハラで傷ついたり傷つけた被害・加害の当事者・・などなど。大人が八〜九人、子供が六人ほどかな。とりあえず、難しいことは言わず、遊んで、食べて、しゃべって・・みんなが自分のあるがままを体験してみようってところかな。とにかくいろんな人と楽しい時間を分かち合うこと・・・そんな中で、いつもと違う自分や、知らなかった喜びに出会うことができたらOK。 五年前の 野外活動センターの紅葉 やっぱり火はいいねえ 今回もこのテント風コテージになるのかな?さてさて、どんなことになるのやら・・・また帰ったら報告するねー。ちなみに晩御飯のメインは山盛りのとりからだってー♡ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/12
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昨夜の男ワーク、初参加の方二名、女性一名を含む九人の集まりとなりました。ファシリは私、リラクゼーションはテルさん。 ウェルカムメッセージと近況報告のあとは、ワーク「感情とエピソード」でした。初めに感情を表す言葉をみなさんにカードに記入してもらいます。次にそのカードを集めシャッフルし、その中からそれぞれ一枚を選んでいただきます。その選んだカードに書かれてある感情について、その感情にまつわるエピソードを向かい合った同士で語り合うというもの。昨日も書いたように男性は特に感情の抑圧が強く、理屈で考えることは鍛えられていても、感情については無自覚で意識化もされないし、言語化もできません。ですから、一般的に男性は論理的思考に傾き合理的な判断を是とします。これに対して女性は感情に意識が向きやすく、情緒的な反応を優先しますから、共感的な判断を是とします。いわゆる「男は結論を求め女は共感を求める」ということ。もちろんどちらが正しいではありません。とりあえず、いい対話には論理的な要素と感情的な要素がバランス良く両方必要で、どちらかだけでは豊かな人間関係は維持できないということ。そのためにワークでは自らの感情や相手の感情に意識を向けながら語り合ってくださいね、とお願いしました。ネガティブな感情も含め、それぞれいろんな感情にまつわるエピソードを語り合ってくださいましたが、みんながけっこう楽しそうに、いつもながらに笑い声に満ちた時間となりました。参加は三回目の方が、加害者は反省して下向いているのかなと思ってたけれど、ワークではみんな楽しそうに前向いて話してるのが驚きでした、と語ってくださいました。下向いて心閉ざすのではなく、前向いて、相手の目を見ながら対話し、自らのそして相手の心に寄り添うことで、争いや対立にならない、支配もコントロールもない関係が作れます。けれど、それは外国語を学ぶのに似て、何度も繰り返すトレーニングをして初めて実用化できるもの。・・・まずは抑圧された感情に気づいてそれを言葉にしないとね。そんな昨夜のワーク・・あっという間の二時間でした・・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/11
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今夜は男ワーク。12回セッションの第三回目。テーマは「感情に気づく」かな。人は誰しも自身のことは見えにくいもの。鏡がないと自分の顔も見れないのと似ています。ましてや自分の感情をリアルタイムに理解するのは、かなりトレーニングしないと難しい。特に男の子は、男だろ泣くな笑うな、にやけるな、ふてくされるな、などなど色々言われて、感情を言語化することを禁じられて育ちますから、そんな感情を自分で認めて言葉にするのはとても難しいもの。恥ずかしい、惨め、つらい、寂しい、悲しい、腹ただしい、うれしい、安心、恋しい、愛おしい、などなど、心を通わし相互理解を深めるツールの言葉をうまく使うことができません。言葉にできない感情は蓄積しいつか些細な出来事で一気に爆発してしまいます。本人も周囲の人もわけがわからない状況になります。加害者と言われる人たちの多くは爆発した時の気持ちや考えは自分でも理解できず、しばしば記憶から飛んでしまったりしています。こんなことにならないように自分の感情をしっかり相手に伝え、相互理解を深めることで、感情の爆発も防ぐことが可能となります。そんなこんなを今夜の参加者にお伝えできたらいいな・・・さてさて、準備だ。 今日のランチは、チョコレート少々に、手作りインスタントオニオンスープ。うまっ。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/10
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今のところ、トランプが優勢で、株価も千円近く値を下げてるらしい。トランプショック。思い出せば、半年ほど前のイギリスのEU離脱投票でも、事前の予想に反して、離脱の結果が出たし、ずっと昔ゴアとブッシュが、フロリダでギリギリのせめぎ合いの結果、ブッシュが勝利した時に、私はブッシュの姿に悪魔を見ました。パパ・ブッシュはともかく、息子ブッシュはその不人気を挽回するのに9.11を利用して、アフガンやイラクで戦争を始めました。中東の混乱、中でもISのテロや難民の増加というツケをアメリカのみならず世界中が今払わせられているけれど、その原因はフロリダの混乱にあると言っても嘘にはならないでしょう。多分、トランプが新大統領になって、世界経済が混乱していくだけではなくて、その混乱に乗じて、軍事支配や経済支配を強める金融資本勢力が新しい世界の枠組みを作っていくんだろうなあ。やれやれ。閉塞感をぶっ飛ばしてくれそなトランプに夢を託したアメリカ国民もその夢が悪夢につながる選択だったことを後悔するのは、時間の問題かな。とはいえ、日米関係がすぐにどうこうなるとは思わないけれど、これからいろんな出来事が起こるたびに、世界はインフェルノに近づいていくような気がするなぁ。私の杞憂ならいいけれど、フロリダの時の「あららーあんたらアホちゃう ? 」という感じと同じ感じを今更ながらに感じています。まっいいけど。これから世界は少しずつ、危険なリスクを増していくけれど、やがてカタストロフというかインフェルノの世界になるのか、なんとかソフトランディングして、新しい世界秩序を構築できるのか、一瞬一瞬がその分かれ道。どちらを選ぶか、それは人々の意識に委ねられています。経済や軍事で世界を支配する人たちの思想に操られるのか、そんなパワーに支配されることなく、一人一人の命を重んずる生き方を選ぶのか・・・もちろん私はコントロールパワーを手放すことで、幸せになれる、真の平和を獲得できると信じてるから、そのメッセージは発し続けるつもりだけれどね。 2000年11月バカでチキンなブッシュを選んだからアメリカも世界も傷ついた。16年後もまたそのおバカな選択を繰り返す、アメリカ・・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/09
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この前見たトムハンクス主演の「インフェルノ」、映画としてもたっぷり楽しめたけれど、ストーリーのテーマは、人類滅亡です。ネタバレになるから、そのことには触れないけれど、たまたま今日はネット配信で、ディカプリオ主演の「地球が壊れる前に」を見ました。http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/2058こちらはそこまではっきりとは言わないけれど、近い将来環境問題で、人類にとって苛酷な時代になるとの警告を発しています。この手の映画はかなり以前にアル・ゴアが「不都合な真実」として今の政治経済が続くことの危険性を訴えています。いずれも、主に温暖化の危険性について警告しています。経済活動は私たちを豊かにしてくれる、と信じて、みなさんしっかり働き、ある程度稼ぎ、その稼ぎで消費することで、暮らしを支えています。車に乗ってドライブして、ハンバーガーを食べ、休憩どきにはポテチを食べ、夜には焼肉を食べて、ストレス発散。頑張って働いてローンを返済しなくては・・なんてこういうふつーの暮らしが、地球を壊し続けていることについて、多くの人はあまり意識はしていません。私は最近、この問題に踏み込んで書くことはほとんどないけれど、二十五年ほど前は主にこちらのテーマで活動していました。当時はまだ環境問題と食生活をリンクして活動する人はあまりいなかったので、私はキッチンエコロジストなる肩書きをでっち上げて、環境に配慮した食事のあり方についてささやかながら啓発活動を始めました。環境負荷の少ない食べ方暮らし方について、あれこれ考察し実践していました。結果的にそれはエコノミーにもなるし、ヘルシーにもなるし。基本的には、遠いものより近くのもの、加工度の高いものより低いもの、ビーフよりチキンを、肉よりも豆類、穀類を、添加物は少なく、旬のものを、リサイクルより、リユースを、車よりも自転車で、などなど・・・最近の私は活動をエコロジーからセラピーの方にシフトしてますから。以前のようなエコ関係の発言はしないけれど、ライフスタイルは極力エコに配慮したチョイスをしています。今も車は所有しないし、自ら運転することもありません。(これで月、五万ほどの経費削減にはなるでしょう。)食事も牛肉はほとんど買うことはなくて、主な肉類といえばチキンです。肉類はあまり使わないけれど、その分豆腐など大豆製品は多いと思います。何れにしても、近未来においては温暖化で様々な問題が起こるということを先述の映画は伝えているけれど、それは洪水、海面上昇、干ばつ、飢餓、内戦、難民、テロ、などの現象になり、消費の少ない貧困国がより大きな被害を受けやすいという状況をもたらします。それは、決して途上国だけの問題ではなく、豊かな国々にも大きな影響をもたらすでしょう。食料価格の高騰、洪水、土砂崩れ、貧困や犯罪の増加、などなど・・・インフェルノ(地獄)とまではいかなくても、被災する人にとってはインフェルノそのもの。地獄に落ちた人にとって、肉が食えないとか、車に乗れない、学歴がないとか、家が買えないとか、そういうことはどうでもいいこと。いま、命があること命をつなぐだけのささやかな食べ物や、雨露を凌ぐ屋根があれば、それだけでいいと。地獄に落ちることなくとも、多くの人がそのささやかな願いが満たされることに感謝でき、足ることを知る生き方ができれば、環境問題に派生する様々な問題がすぐに解決するのだけれど・・・残念ながら今の暮らしを手放すことができません。もちろん技術革新にある程度期待することもできるだろうけれど、より多くを消費することを豊かさと思い込んでる人が多ければ多いほど、問題解決は難しくなります。金を稼ぐこと、より多くを消費したり所有することが豊かさだと思い込むことが悪いとは言わないけれど、そのための労力やストレスなどのデメリットを考えると、別の思考法を取り入れるのは決して無駄にはならないでしょう。私は、エコを選択してた頃から、金や権力などのコントロールパワーを極力用いない、用いられない、そんな暮らし方働き方を選択してきました。嫌な仕事はせず、したいことだけをするために、パートのおじさんしてたし、ほとんど蓄財もせず、もちろん地位も名誉もかかわりなく、わがまま人生。なのに、今は貧乏だけれど、ハッピーな毎日。こんな私、実はインフェルノも怖くないしねっ。そんな私の今日の楽しみ・・・ 徒歩通勤途上の歩道に雑草のように繁茂してたハツユキカズラ、刈り取って植え込みました。活着するかな。 前回余って冷凍してたパイ生地で、今日はバナナ入りのアップルパイを。そうそう、昨夜のカウンセリングでのお話、私は「お金がいくらでも出てくる魔法の壺と、お金以外望むものは何でも出てくる壺と、どちらを選ぶ?」と私。その方は一瞬考えて「何でも出てくる壺かなぁ」と。欲しいもの、必要なものは自分で作れたり作ってくれる人がいたら、お金はなくても幸せになれるよね。金が全てなんて思ってて、一番大切なものを失ったのはミダス王のお話だけど、現代人はみんなミダス王になっちゃったのかもね。インフェルノにならないように何をするか、インフェルノでもサバイバルできるように何をするか・・・あなたはどうするんだろ・・・しっかり考えてたら怖い夢でも見そうかな(笑)おやすみー。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/08
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昨日の銀座ワーク、朝一の講座は性における自己概念についておしゃべり。ロジャースの言うに、悩みは自己概念と現実の体験的自己の不一致から発生するとか。よーするに、理想と現実のギャップ。その自己概念は生育や暮らしの中で体験したり学習した自己のイメージや情動からできる枠組みのこと。人は子供の頃から「女の子」「男の子」としてステロタイプな性イメージを植え付けられて育つけれど、身体の情動やら社会の有り様は複雑で、性の自己概念と、性をめぐる心身や世間の反応は不一致になることがほとんど。その不一致をケアする人も理論も不十分。ここには近代の価値観にある「性の抑圧」の問題があります。近代は多様な性を抑圧することで単純で合理的な社会を目指しています。例えば今、出生届けに「男・女」としかなくて、昔はふたなりとしてあった半陰陽である「その他」はありません。一定の確率で生まれるその他の人たちはない者にされて、どちらかに組み込まれてしまいます。最近はLGBTなる言葉で、性的マイノリティーも少しずつ認知されつつあるけれど、決して市民権を得ているわけではありません。子供の頃から「男・女」として育てられるのか「あなたはあなた」唯一の個としての尊厳を認められて育つのか、その自己概念は大きく変わるでしょう。今の社会に満ちている性イメージにとらわれていると、生物としての性的自己との不一致が起こるだけではなくて、他者との関わりもバイアスに満ちた行動様式になるから、対人関係も家族関係もトラブルが起こりやすくなります。ほんとは、みんなひとりひとりが個性として性を内包してるから、みんな違ってていいし、二分する必要もないし世間の性イメージに縛られる必要もありません。このあたりのことを進化論的にまた遺伝学的に、さらに社会学的に説明してみました。もちろん一時間ほどですから超スピードのダイジェスト版。おしゃべりの後は、ワークとして、ジェンダー意識とパワー依存度で座標をつくり、自分が性と権力意識とにおいてどの程度の意識をもっているか確認していただきました。男は強くて当たり前の位置と、女は弱くて依存的という意識の位置との間で、人は関係づくり恋したり悩んだり家族したりするわけだけれど、それらにとらわれず、私は私、あなたはあなた、世界でひとつの素敵な関係を作れたら二人?は幸せになれるけれど・・・みんなが勝手に幸せになられたら困る人たちがいるんよね、きっと。白黒はっきりさせないと、複雑なことは考えられない人達や、白黒簡単にして儲けたい人たちと。そんなワークの後はカウンセリングをして、お昼からのワークはインタビューゲームで「好きな人嫌いな人」をやりました。理屈や善悪ではなく、好き嫌いで語ること、自分の気持ちを語ることに慣れていただくためのワークです。そんなワークの後は、また夜までカウンセリング・・・・はあー。疲れないかって?不思議とねえ、私は疲れ知らず。夜バスの連チャンなのにちゃんと仕事できるんよねえ。たぶん、みんなと話したり、クライアントの語りを聞かせてもらってるうちに、私がパワーアップしてくるんよね。これって獲得スキルなのか・・天性なのか・・・よくわかんないけれど、みんなにもみんなと語り合ってもらうことで、力がついてくるし、私だけのことではないしね。となると場の力かな。そんなこんなを楽しませていただいた銀座のお仕事でしたとさ。 夜バスは早朝の東京に 銀座のお洒落な通りを抜けて こんなこじゃれた高いお店には入らず、マクドの100円コーヒーで二時間粘って 元モラおじさんがなんと自主的に保育担当を引き受けてくださったり 我が子に会えないぶん、よその子を愛する力を養って 仕事も全部終わってまた銀座の通りを抜けて夜バスののターミナルへ 七時間後にはバスは夜明け前の京都に。おつかれさんどしたーブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/07
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明日は銀座でワークやらカウンセリングやら・・・九時からはミニ講座・・先月は家族についておしゃべりしたから、明日は性についておしゃべりしよっかな。「性」というのはほんと「命」というのと同じくらい多様で不思議で奥深いもの。あたりまえと思っていることも、ただの幻想だったり、少し時代が変われば、とんでもない現実が普通にあったり・・・このあたりについて、凝り固まった常識をガラガラと崩壊させ、常識に囚われることの苦悩からみなさんを解放できたら、私のおしゃべりも意味が出てくるというもの・・・性の問題から、性をめぐる差別や抑圧について気づきのワークショップもできたらいいかななんて思っています。ということで、今夜はバス待ちですが、少し時間があったのでシネマしてきました。トム・ハンクスの「インフェルノ」です。歴史に造詣の深いラングドン教授の聡明さと優しさに男の魅力を感じる方も少なくないかもしれませんが、そのラングドン教授・・・・いつも女には苦労するね・・・女は怖いというのは簡単だけれど、そんな女を憎みきれないおバカな男もいるし・・・私? 私はおバカですぅー。 ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/05
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先日、遠来の知人がふらりとセンターを訪れてくださいました。その方は虐待やDVなどの被害者で、被害者支援の矛盾を身をもって体験しているだけではなくて、ご自身の親子関係も、児相の理不尽な対応で随分問題を抱え込まされておられます。行政の相談やシェルターでのDV支援、児相の児童保護、それらに関わる医療や司法の癒着など、支援をめぐる当事者に対する理不尽な対応がいかに当事者の病理を深め、問題解決を困難にしているか、私が上梓した「DVは なおる」の共著者の齋藤さんや私が書いてることにもリンクすることです。その方としばらく話してて、専門家、特に現場を知らない専門家、当事者を上から目線でコントールしようとする専門家には、問題解決は無理だよねってことで盛り上がりました。専門家は知識や援助論などを学んでいて、それぞれが得意とする援助論なり援助スキルを持っています。それは、学びの権力構造の中で得られるものだから、その構造から外れることは、その業界からの利益を失うことでもあり、保身のためには自らの理論やスキルの範囲内で支援しその有効性を出さなくてはなりません。となるとその理論やスキルに有効性がない場合は、援助者自身の非力に至るべきところを当事者の病理、家族、経済などの問題に転嫁し、自らは他人事として当事者との関わりを薄くするのも当然でしょう。この辺りの問題を回避するために、ナラティブアプローチでは、当事者との物語の共有ということだったり、リフレクティングチームによる、当事者と援助者の立場の入れ替えなど、権力構造を排する方法論を用いています。よく知らないけれどオープンダイアローグもおそらく同じ文脈でセラピーを位置付けていることでしょう。ナラティブアプローチもオープンダイアローグも当事者として支援してきた私には当たり前のことで、目新しいものとは感じないけれど、日本の権威・権力志向の文化になじんでる専門家には実践するのは大変なのではないかと憂慮します。というのは、援助者、セラピストが生きてる世界と、病んでる渦中の当事者が生きてる世界の差別権力構造があり、それぞれがその生活の場で何を語り、何を考えているかが、セラピストとクライアントの対話の中で問題としてあぶり出されてくるからです。セラピストの熱意やスキルがどうであれ、クライアントがクライアントに至る社会の差別権力構造の問題とセラピストがどう関わっているか、クライアントの語りは鋭く突いてきます。この問題に向き合えてないと、セラピストは防衛が働くし、自由で対等な対話は難しくなります。そのあたりの問題を超える援助が「メンズセラピー」であって、当事者の視点で当事者自身が当事者を支援していくことを前提としています。専門家といえど、この構造に依存する当事者でしかないのですから。専門家が自身の当事者性を受け入れクライアントと、同じ地平を生きるかどうか・・・。差別的な社会の中で、差別抑圧の苦悩を体験するだけではなく、その構造の中で生き延び、回復し、抑圧構造に加担しない生き方を指向する生き方が、渦中の当事者に対する大きな希望やモデルになりうるし、当事者同士の語りが、病理社会に対するアンチテーゼとして社会を非病理化する力を当事者に与えます。私が言ってきた病理社会のシステム論で言うところの「ポジティブ還元」です。けれど、この援助論について、私以外日本では誰も語ってはいないようだし、ましてや実践している人はいないでしょう。世界的に見ても、オープンダイアローグやナラティブは語られ、理論化されてるみたいだけれど、当事者主義と社会システム論をセラピーに取り入れてるって人はあまりいないようだし・・多分私が世界で唯一の最先端的なセラピーをやってるってことか・・・と妄想する私。もちろん、私一人では世界は変えられないどころか、多くの困難を抱える当事者に有効なセラピーを提供することもできません。だからメンズセラピーの有り様を伝えるべく日本男性会議を十年間続けてきたたわけだけれど。専門家指向、権力指向の学者センセや援助者は、この会議に関わることはありません。少ない数の当事者でちまちま続けてきました。先日もひと・まち交流館京都で「第十回日本男性会議」を開いたけれど、やはり現場を知らない、研究者指向のセンセは話にならないな、というのが実感。パネリストに「男性権力の神話」を訳された、マスキュリニストを称する男性に登壇いただくことにしたけれど、直前になって、会議のサブタイトルが気に入らないから変更しろとか言ってくるし、一時間ほど遅れてのご登場だし・・・・何を考えておられるのやら???その方は男性差別の存在を啓発するという意味でアラン・ファレルの著書を邦訳された(訳の良し悪しはおいといて)ことは画期的だし(日本の男性学研究者が避けて通ってる)その意味で敬意を表するのは事実。それがあって男性会議に三年連続でご登壇いただきました。その方は、誰から何を聞いたか知らないけれど、最近は私をフェミニストに寄与するメイルフェミニストだと断定し、彼のブログに悪し様に私のことを批判してました。会議後の報告でも、私に対しての罵詈雑言の羅列です。何を血迷ったか。会議でもその方と私、あるいは参加者との間でホットな議論が交わされ、私の「すべての差別を否定する立場をとりつつ現場で男女問わず、加害被害を問わず、回復への支援を提供する援助者としてのスタンス」と、世間にある男性差別の啓発のための発言だけをしていく研究者(?)としてのその方のスタンスの違いがはっきり、くっきりと見えて、面白い議論になりました。私は当事者の視点で考えますし、自らの男性性と抑圧される内なる女性性、そしてその被害者性も加害者性も自らの問題として向き合い、様々な自身の囚われや社会の中にある差別抑圧構造に対しての異議申し立てをしていきたいと考えます。けれど、その方だけではないけれど、メイルフェミニストに成り下がった男性学研究者たちはもちろん、女性差別を否定するフェミニストも、実は権力指向で抑圧構造に加担しています。この辺りを説明するとすれば・・・・性差別を女性差別としてのみ認識するか、男性差別としてのみ認識するかは別として、性差別に対する感受性をジェンダーセンシティブとして捉え、権力構造に対する感受性をパワーセンシティブとして捉えるとします。ジェンダーセンシティブ指数を縦軸に取り、パワーセンシティブ指数を横軸に取ると、その人の差別意識がどのようなものか理解しやすくなります。女性当事者を馬鹿扱いするフェミ学者の女も、加害男性は刑務所に入れたらいいんだと簡単に言ってくれるマスキュリニストも、当事者からみたら結局知識や権威権力に依存する差別主義者でしかありません。対話や議論の中で、自分の体験や思いについて自信を持って語ることのできない専門家は所詮他人事、現場を知らないで、自説に固執して人に押し付け、受け入れないと誹謗中傷するのは、女であれ男であれ、援助者としては失格、研究者としても無能でしょう。日本のジェンダーや福祉に関する研究者や援助者のなかで、当事者性を理解して仕事できる人って・・・いないよねえ・・残念なことだけれど。そうそう、冒頭で語った先日センターを訪ねてくださった方、ばりばりの当事者だけれど、私と違って研究熱心、ああいった方がアカデミズムの中で力つけて発信してくれたらいいのに・・とりあえず、そんな方が潰されないように祈ることにしますかねえ・・私はアカデミズムに食い込む暇も金も能力もないし、けれどそれなりに必要な知識はアカデミズム以外から得られてるしね。私自身はノープロブレム・・・ 会場になったお部屋はかなり大きくて。ここに二十名弱の参加者が・・ 分科会ワークショップではいつもの語りに・・・ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/04
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昨夜はうっかり、親指の指先をわずかだけれどスパッと切落としてしまいました。ほんのわずか皮膚の下まで切り込んでたけれど、大したことはないといつもながらに放置プレイで済むかと思いきや、出血がかなり激しくて、放置プレイではなかなか止まりません。わずかといえど血液をまき散らすことはためらわれたので、傷テープとガムテープで押さえ込んで、出血の漏れを防いでました。たまに切り傷はできるけれど、手当がいるほどの出血は珍しい。けどまあ、こんなのもたまにはいいでしょ。 生々しい出血状態が収まってパチリそんなエピソードの後は、今年最後のかき氷。キッチンに常設してた電動かき氷マシンをそろそろ収納しなくちゃならないけれど、エバミルクもかき氷の蜜も少し残ってたし、食べおさめと思って、ミルク金時のかき氷にして美味しくいただきました。 ほんと練乳とあずきあんとみぞれ蜜のコラボって私にはたまらん美味しさ。食べる楽しみ・・・最近はあまり食べないようにしてるし執着もなくなってきてるので、大量に食べることはないけれど、虫抑えに甘いものをちょいちょい食べてるし、タンパクや塩分、ミネラルなどはまだ体が要求するぶんだけは少しずつ摂取しています。いずれ完全に食べなくて済むようになればいいかなと思いつつ。とはいえ、作る楽しさ、食べてもらって喜んでもらう楽しさを放棄するつもりはなくて、毎日の家人の料理やら、シェルターの方の定食、グルメナイトでのハードなクッキングなど、作るのはやめられません。先日も冷凍してたスポンジケーキと、頂き物のりんごで作ったコンポートを使ってささっとりんごのショートケーキを作りました。これはこれで美味しくいただきました。 そうそう、クッキングの楽しみ以外にもガーデニングやらランニングでのお花の鑑賞も私の楽しみ。先日も事務所のガーデニングについて少し書いたけれど、昨日は事務所前のプランターをいつもお手伝いに来てくれてる方に手入れしていただきました。枯れたトレニアや金魚草、花つかずのアメリカンブルーなどを処分して、たくさんのパンジーやビオラの苗を植えました。パンジーを買いに行ったときのこと、ホームセンターのパンジーにはツマグロヒョウモンとかいうタテハ蝶の仲間がオスメス吸蜜に来てました。 ツマグロヒョウモンのオス ツマグロヒョウモンのメス 今はパンジーの植え付けの時期・・それにしても、金もない儲かる仕事もしてない地位も名誉もない私だけれど、こうして日々楽しく過ごせてるってのはほんとありがたいことですね。これも私の生活力があればこそだし、それ以上にいろんな方が私を支えてくれて手伝ってくれてるからなんですよねー。ほんとに当事者の方たちの存在はありがたい。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/03
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私のカウンセリングの半数以上は男性ですし、DVやモラハラの加害者とされた人も少なくなくありません。よく聞けばどう見ても、被害者なのだけれど、男性被害を立証・立件する仕組みがないから、夫婦間問題が起こった時には夫が加害者としてしか、法律や制度が動き出しません。男女共同参画の相談室や、配偶者暴力相談センターでは、看板は配偶者、男女としているけれど男性が被害者としての仕組みにはなっておらず、女性の被害相談でしかありません。もちろん、その相談から繋がれる男性用のシェルターも無ければ、DVのみならず、心理や暮らしなども含めた総合的な相談窓口も、支援センターもありません。男たちに対する支援は圧倒的に薄いのが現実です。もともと、男たちは女たちに比べて経済力とか社会的地位とかがあり、社会的強者であるから救うべきは女性という、フェミニズムの思考があっただろうし、それも間違いとは言えません。けれど、昔のような会社で男の人生まる抱えしてくれる時代はとうに終わってるし、大手も正社員は少なくなり、子会社、下請け、嘱託や派遣、などの不安定雇用が主流になりつつある今、男が経済的強者であるはずはありません。むしろ、稼ぐのは男(でも使うのは女)という性別分業意識が、男自身を縛ってて、稼げない男は二流三流と思い込み、稼げる仕事(正社員)になれないという葛藤を背負わされてしまいます。また性別分業意識に違和感を持たない多くの女たちも、当面稼げる男と結婚できたから、安定した暮らしが保障されたような錯覚を持ってしまって経済的自立を放棄してしまいます。けれど、稼げる男たちも会社の景気次第でいつ左遷されたり、倒産したり、首になるかわかりません。社会経験の薄い女たちは男たちのストレス社会での葛藤には無自覚。このあたりの意識的なズレが男の労働過密や女の育児不安と相まって、家族間の不信や対立になってやがてDVやモラハラの夫婦間葛藤に発展します。お互いコミュニケーションスキルも自己肯定感も低いからいったんこじれ出したら、相互信頼は簡単に崩れてしまいます。で、事件になった時には、男=強者=加害者、女=弱者=被害者の文脈で処理されてしまいます。暴力のダメージは圧倒的に男が強者ですが、頻度に関しては概ね3対2というのが統計上の男女比です。また暴力ではなくて、言葉や態度などの支配や攻撃では、男女差はないのではないかというのが私の実感。むしろ言葉や生活スキルという意味では、生活の場を支配している女の方が圧倒的に優位です。先日来談された男性もこの数年で数千万という金を妻に使い込まれていて、その使途を妻は絶対に明かさないという事例もありました。家族に問題が起こった時、女性は女性相談なり、法律相談、福祉相談、など様々な相談窓口に行けるけれど、男性はそもそも相談窓口に行くこと、電話することすらできません。仕事してますから。また、そもそも男性が気軽に相談できる男性相談というものがそもそもありません。私は日本で初めての男性相談『「男」悩みのホットライン』の立ち上げのメンバーとして二十年以上前から男性支援に関わったけれど、当時は男性支援という言葉も仕組みもありませんでした。最近でこそ、行政も男性相談をぼちぼち始めてるし、内閣府も男性相談マニュアルやら加害者支援団体の調査報告などを出してて、男性対応について動き出してはいるものの、内閣府男女共同参画が、旧来の女性弱者と言うバイアスでしか考えない研究者とつるんでるから、ほんとうの男性支援にはなるはずもなく、ただのアリバイ作りにしか思えません。実際常に最先端の男性支援をやってきた私はマニュアル作りにも調査報告にも一切問い合わせも依頼もなく、蚊帳の外でしかありません。まあ男女共同参画に関わる専門家には私を排除しないと不都合な人たちがたくさんいますからねぇ(笑)そんな実効性のない男性支援を行政主導でやっても、女たちがカモられる女性支援にしかならなかったのと同じく、男性支援も辛い男困り果てた男たちが金ヅルに利用されてしまう仕組みにされてしまうのではないかと危惧する私です。ほんと、自殺するのも多くは男、早死にするのも男、幸福度も低いのも男、事件を起こしてしまうのも男、こう言った男をめぐる「男性問題」を、旧来の男は強者=加害者としてしかみないジェンダー研究者、男性学研究者が、ちゃんと研究することなく、彼らはフェミニストに追随して飯を食ってます。このお粗末。ああ、男たちに未来はないのかー・・唯一のかすかな希望は真のメンズムーブメント「メンズカウンセリング」や「家族再生」にあるのかな。その流れの中で私が男たちに伝えるとすれば「結婚には気をつけて」「迷ったらすぐに私に連絡して」ということ。もちろん男だけではなく、男の問題で困った女たちもね。そうそう、昨夜はナイトランとナイトシネマを楽しみました。ランニングは自宅から八キロの東宝シネマまで。シネマはユアンマグレガー主演スザンナ・ホワイト監督、原作はル・カレ、リアルなスパイと諜報機関、それらの家族をめぐるドラマです。ヒューマンドラマとしての映画としても十分楽しめます。おすすめの一作。 人は誰を信ずるべきか・・・やはりまず自分。自己信頼がなければ家族も他者も信頼できませんよね。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/02
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私のところには、弁護士に相談したけれどなんか違うと思ったので依頼しなかった、女性相談に行ったけれど離婚しないと支援しないと言われて行けなくなった、シェルターでは問題解決できなかった、などという女性が支援を求めてこられます。その方達は離婚するにしてもしないにしても私の修復的な支援を受けるので、時間はかかっても傷つきも少なく、男性に対する恐怖や夫の追跡の不安もなく心理的回復も速やかです。反対に、妻に家出されたという男性の話では、典型的な冤罪DVも少なくないし、DVがあったにせよ問題は双方にある場合がほとんどです。夫が一方的に悪いと言う場合はあまりありません。世間のイメージでは男性=加害者のようなイメージが流布されているし、司法判断も男性に対して理不尽な判断をする場合が多いのが現実です。ですから、そんな夫には一見女性が優遇され利益を得ているかのようなイメージをもつのも当然です。となると一方的に家出して夫とも対話しない女性は幸福で、私のところに来た女性は不幸なのか?という疑問が出てきますが・・・ことはそんなに単純ではありません。DVやモラハラなどの夫婦間問題は単純に加害者被害者とラベリングするのは危険ですし、そもそもそれは不可能です。言葉での傷つきも人様々、言語化できない過去体験や感情も様々。女性の加害者性・暴力性も決して男にひけをとらないほどあるのは統計をみればわかります。なのに「あなたは悪くない」として、問題をすべて男性に転嫁することで、女性の抱える問題は隠蔽されてしまいます。女性自身も自分と向き合うことから回避され、問題解決ができなくなり、病理化したり問題が再発したり、ということが起こってしまいます。例えば、自身の依存体質をないことにして夫をDVだと訴えて離婚する妻は少なくありません。けれど誰かに依存しないと不安になるから、また暴力的な男性に依存してDV被害を繰り返してしまう女性もすくなくないようです。こんな女性は、DV支援の支援者には有り難いお客になるのかもしれません。相談件数も確保でき、シェルターの充足率も高められるし、離婚時の訴訟で弁護士は潤います。実はこの問題は表面的なDVだけではなく、浮気、ギャンブル、借金、アルコール、鬱、人格障害、など、DVに発展する要因として妻の抱えるさまざまな問題がある場合も少なくありません。こんな女性は自分の問題を表面化させたくないから「あなたは悪くない」という文脈に乗っかり、自らを被害者とする物語を作り上げ、夫を悪者にして当面の困難から逃避します。女性相談も弁護士も司法も、時には児相や警察も、こういった人たちに利用されていると言う言い方もできるかもしれませんが、被害者支援やら司法・弁護士はこういう女性と共犯関係にあるという言い方もできるでしょう。あるいは(評判の悪い)離婚弁護士にとってはこういった女性はいいカモなのかもしれません。けれどねぇ、このような女性が幸せだとは私には思えないのだけれど・・・。不倫やギャンブルを繰り返したり、鬱や人格障害で問題が繰り返されたり・・・本人も辛いのではないか・・・本当の平安とか、信頼や愛情に満たされた関係を得られないのだもの。目の前の問題から逃げても自分からは逃れることはできないものね。少なくとも私のところに来たクライアントの方たちには、私は誰かが悪いと言う言い方はしないし、極力争いや訴訟に進まないよう助言もします。双方の分断をさけ、不信、不安が増幅しないよう修復的な支援に徹します。そのぶん、双方でのコストは低くて済むし傷つきも少なくて済みます。何より、それぞれが自分とむきあうという作業をやりますから、自分の問題を終わらせ、自身の精神的安定や、対人スキルが向上し、家族関係がよくなります。離婚になるにしてもならないにしても。そしてそういった両親の変化、成長はなにより子供の安定した人格形成に大きなプラスになります。世間の女性支援と私の修復的支援と支援理論も方法もそしてその結果もまったく異なるけれど、人生や家族という大きな視点で評価した場合、どちらが有意義か一目瞭然。私の支援を受けた方はそのことを身を持って理解してるから、そのことをラッキーだったと認識される方が殆どです。逆に言えば、私のような支援をしている援助者は誰もいないので、修復的な支援を得られる当事者は殆どいないとも言えるでしょう。一見女性は支援の窓口も多く法律も制度も司法判断も女性が優先だから女性は得しているように見えるけれど、実は女性も本当の意味での支援は得られてなくて、カモられてるだけ、と言えなくもない。とはいえ、そんなこと、だれも教えてくれないしね。私のブログを見て私に繋がれる女性はほんと聡明でもありラッキーでもありってところかな・・・ ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/11/01
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事務所の緑化プランは少しずつ進んでいて、眺めていると心穏やかに過ごせるというもの。 来談室のミニプランツ 来談室の出窓を占領したボストンファーン 三階事務室はジャングルプランが進行中 これは二ヶ月前のガレージのプランターブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/31
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先日の元自衛官の爆死事件の栗原さんが私のユーチューブ動画にコメント入れてたのを知ったのは事件の後のことでした。https://www.youtube.com/watch?v=uIhMsUPZn5kそんなこととはつゆ知らず、事件報道を見てましたが、詳しいことはわからなくても、妻子にDVで逃げられ、裁判所はまともに審理もせず、加害者として多額の金をむしり取ったと訴えているらしいことはわかりましたし、その結果の爆死に対しては、共感する気持ちもありました。実際、彼以外にも裁判所に理不尽な判決を食らって納得できない、というクライアントは少なくありませんし、私自身も織田某という若い女性裁判官に(冤罪)セクハラの(民事)判決をくらってますから、裁判所がデタラメだということはだれよりもよく理解できています。そんな私は栗原さんの行為を批判する気持ちにはなれません。法治国家というのは公正で中立、証拠主義に基づいた法律が善悪の判断基準であるはずです。その前提が崩れて、法律が正義を投げ捨てて一部の人の利権に寄与したり、権力や世間の求めるイメージにおもねるようでは、裁かれる者はたまったものではありません。国が正義を捨てたら国民も正義を捨てるのは当然のこと。第二第三の栗原さんが現れるだけでしょう。そういえば、やはり自衛官で私のクライアントだった方は裁判所を爆破して判事や弁護士を道連れにしてやる、と息巻いてました。私がその方法を尋ねると、それなりのやり方を教えてくれて、なるほどーと感心したのを覚えています。もちろんその方は私の支援を受けましたから、爆死する必要はなかったようですが。栗原さんは真面目な人なのでしょう、裁判所で多くの裁判官を道連れにしなかったのは、裁判官以外の無関係な人たちも巻き添えにするかもしれないと考えたからかもしれません。とはいえ、孤立してなければたぶん爆死せずにすんだのではないかと残念に思います。DV男と一方的に断罪され、多額の金を妻や司法にむしられ、プライドもズタズタにされたとしたら、なまじ真面目に生きてきた人なら、そりゃあ耐えられないだろうし、生きてもいけないしねぇ。その恨みがあるから、ひっそりと死ぬこともできず、溜まりに溜まった怒りを世間に表明するには抵抗の証として差し押さえられる家や車を燃やして、自分も公開の場で華々しく爆死する必要があったのかもしれません。あのコメントに私が気付いてたら、あるいは彼が私のブログの方にコメントくださってたら、ひょっとして別の展開になってたかもしれません。それを思うとやはり残念ですね。爆死ではなくて、むしられ踏みつけられたクソの人生から再出発して、したたかに生き抜いて、裏切った家族というより家族をそのようにコントロールした多くの関係者をあざ笑うだけの強さを獲得して欲しいもの。彼を貶めた人たちの人としての哀れさ惨めさをいずれ暴露するのもよかろうし、彼ら以上に豊かで満ち足りた人生のターミナルに行きつけばいいだけのこと。けれど、そのためには価値観の大転換が必要だし、孤立してては無理だしね。クソのような司法にどうやってリベンジするか、笑いながら作戦会議するだけの仲間はいるのかな。そんなこんなを感じた爆死事件でした。死に方はともかく、無念の中で亡くなられた栗原さんが今は恨みつらみから解放されて心安らかであられますように。 ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/29
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今朝の朝刊にはいじめが増えてるという記事が。不登校も増えて長期化してるとか。 いじめ防止法ができて、監視や報告のシステムができたから統計上は増えるのは当然。このあたりDV防止法ができてどんどん認知件数が増えてるのと同じ構造があるような気がします。私に言わせれば、DVにしてもいじめにしても、上から権力でやめろと言っても無くなるはずはありません。パワーコントロールで問題解決しようとする思考法は、DVやいじめで気に入らない相手を力で支配しようとする思考法と同じです。「暴力やめないと殴るぞ」というような論理矛盾にあるのです。人権意識がたりないとか、被害者の痛みを理解できてないとか、差別意識があるとか、そういう表面的な知識を教えることで問題解決を図ろうとするのが、知識で生きてる人たちの思考法でしょうか。それは問題の解決法の一部でしかないし、教えるという構造そのものが矛盾をはらんでいます。私に言わせれば、そんなことで解決するはずないよねえ・・というところ。子供の問題ではなくて、教える教員や学校と言うシステム、勉強さえできればいいという親の価値観こそ問題の本質であって、教員が上から厳しく管理されて自由に教えられない状況や、まともに家族を楽しむことができない労働環境や高葛藤な両親の問題を解決できない大人たちがこどもたちのいじめをくすことはできるはずもないでしょう。大人たちがひとりひとり自由に幸せに生きて、両親が安心して家族を楽しめてたり、教職員が自分らしく人生の意味や、生きるための学びを教えられる学校であれば、子供たちも自分を支えるために弱者をいじめる必要も無くなります。ということで、昨夜の男ワークはテルさんが「手を語る」ワークをしてくださいました。相手の手に触れて観察し、その感じや思い、体験を相互に語り合うというもの。正義や理屈ではなく、体験や思いを言葉にすることって、男たちにはなかなか難しいことですからねー。 人生の喜びや辛さを分かち合うことで、自分の存在を確認し自己信頼を強くすることが可能です。その力は暴力や力で他者を支配することを不要にします。いじめにせよDVにせよ虐待にせよ、それらをなくすには、こう言った本質的な対応が不可欠なんだけれど、世間の価値観とは違うから・・・世間は理解できないんかなぁー。そんなことを今度の日曜「ひと・まち交流館京都」で日本男性会議で語り合いたいと思います。対人支援に携わる方、加害被害の当事者やご家族・・多くの方にご参加いただけたらと思います。昨夜のワークも和やかに楽しい時間となりました。参加された皆さん、ファシリのテルさんお疲れ様でした〜。ありがとねー。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/28
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以前、アドラー心理学の専門家の方が「嫌われる勇気」なんてヒット作を出したけれど、そんな勇気のある人はわざわざそんな本を買う必要はないだろうし、本を読んだところで嫌われる勇気は得られるものではないだろうし・・(笑)他者の批判や攻撃にも揺るがない自己信頼があれば、嫌われることが怖くて自己を否定するような言動はしなくて済みます。けれどそんな自己信頼の力は自分一人でできるものではありません。マズロー風に言えば、愛情や承認の欠乏欲求が他者のケアで満たされない限り、心の成長は難しいということ。生育の中で愛やいたわりを求めても、暴力的支配や差別ばかりを体験したものには、愛を求めながらも求めることで傷つくというアンビバレントな葛藤や恐怖の中で生きることが日常になってしまいます。傷つくことを恐れるがゆえに相手に支配されることを恐れ逆に相手を支配することで安心を得ようとします。支配が相手を傷つけることには思い至らず、自らは相手に見捨てられるという不安にさいなまれます。この複雑な心理は本人自身にも理解不能でしょうし、悩みの本質的対応にも向いません。自分の気持ちが定まらないのは全て相手の言動だと理解することで自分の葛藤を回避します。自分の問題とは理解していませんから、自分を変えるための行動や選択にはつながりません。私のところにつながってくる当事者、それが男であれ女であれ、パートナーの理解不能な問題行動の背後にはこうした心理的な背景があることを説明することで、善悪では理解できない現実を理解することもできますし、本質的な問題解決への道筋も見えてくるというもの。今日の女ワークに参加されてたある女性も、パートナーの理不尽な暴力暴言に対して、あるべき夫像を善悪を持ち出して押し付けるのではなく、自分の気持ちと感情を丁寧に振り分け、相手の気持ちにも極力配慮した手紙を送ることで、少しずつ対話の糸口が見えてきそうだと話されていました。そのパートナーの男性だけではないけれど、自分の問題行動の原因を相手に転嫁するのではなく自分の問題として受け入れ、自分と向き合い、自分を変えることで関係を変え、自分も成長していくことができればいいけれど、それはとても難しいということが語られました。加害者支援を受けいれることでその第一歩になるけれど、その一歩を踏み出すのも、そんな葛藤の渦中にある人には難しいよねって。それは男女に限らないけれど・・・。 昨日は雨の中、事務所前の交差点でワゴン車が横転してました。人生何が起こるかわからない。いつ何がおこってもいいように、自分には正直でいたいし、誰かのせいにしたくもないね。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/26
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一昨夜は少し時間があったのでナイトラン。八キロほどの距離だけれど五条坂の峠を越えたのでけっこうハードでした。行き先は京都駅前のイオンシネマ。 五条の峠から山科市街を望む なぜかピンクの京都タワー初めて見た「スタートレック・ビヨンド」です。スタートレックシリーズはまったく未体験だったので、どんなかなと思ってみたけれど・・・映像としてはそれなりに頑張ってるのはわかるけれど、ストーリー性とか演出とか、ちょいとお粗末なんではないか、と感じた私。スターゥォーズの方がちょいとましかな、という感じでした。スタートレックは残念だったけれど、これから見たいシネマがあれこれ・・・とりあえず、トムハンクスのインフェルノは見逃せないなー。そうそう、昨夜はカウンセリングでじっくりとお話を聞かせていただきました。抱える問題は深いので、簡単に解決するものではありませんし、私の非力もあって随分と長い付き合いをさせていただいています。その方の少しずつの成長を見守らせていただく私も、少しずつ成長させていただいてるって感じ。私のお手伝いは、お話をお聞きするだけではなくて、ひと時の癒しとして実家のような安心感を感じてもらいたくて、いつも晩御飯を楽しんでいただいてます。 トンカツ炒飯定食を美味しいと喜んでくださいました。感謝です。
2016/10/26
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今日はひと月ほどシェルターに暮らしておられた母子が退出されました。シェルターを出るのが名残惜しいと言ってくれてたママを見送らせていただきました。と言っても、また女ワークに参加されるとのことだし、これからもあれこれサポートは続くだろうしお別れの寂しさはありません。世間のシェルターでは、DV夫から逃げろ別れろ、関わるな、後は弁護士に任せて離婚を目指すべき、との指導が入るようです。それでみんなが幸せになれるならいいけれど・・・現実は離婚に至る対立や闘争が相互不信や傷つきを増幅させ、回復の手当てもないままシングルマザーとして子育てや仕事のストレスを抱え込んでしまいます。こんなことにならないよう、私は当事者がシェルターにはいるときも出るときも、離婚すべきとかしてはいけないとか言うことはありません。悩みや不安に寄り添い、こじれて絡みついた問題を解きほぐし、誰の問題か何が問題か明確化させ、それぞれの問題に対して、いわゆるワンストップで多様な支援を得られるようできる限りのサポートをしていきます。カウンセリングだけではなく、グループワークやアドボカシー、グルメナイトで、いろんな当事者と話し合う機会を提供します。こんな中で被害者は孤立する不安や加害者からの攻撃を心配しての不安から解放され、男性の思考や感情を理解し、自分の問題にも冷静に向き合うことが可能になります。その結果、自分が何をしたいのか家族はどうあって欲しいのか、自分の意志や感情を確認し、夫にコントロールされない主体性を獲得することも可能になります。とはいえ、現実にパワーコントローラーの夫と対等な関係を構築すのは簡単ではありません。夫のコントロールを受けないよう、適切な距離を保ち、時には援助者の支援を支えにしつつ、夫の変化を見ながら少しずつ対話のチャンネルを増やしていきます。最終的には、夫婦でしっかり対話を重ねながら、夫婦にとって最善の家族のあり方を模索することが可能となります。その結果の再同居でも別居でも離婚でも、相互信頼が確かなものになることで家族再生となります。今日シェルターを退出された母子も当面は別居家族としての再出発となりそうですが、離婚になるにしてもできれば離婚にならずに、みんなが幸せになって欲しいもの。これまでの過去や世間の常識にこだわらず、焦らずじっくりと家族再生してくれればと思います。今日の仕事はこの母子を見送るだけだったので、少し時間もあいて、自分のこともできたかな。壊れ掛かった自宅の睡蓮鉢をひとつ潰して、メダカを自宅玄関にセットした水槽に移しました。 ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/23
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グルナイでお泊まりした方たちが帰られた後は、久々の面会を楽しむパパと子の時間。確かに、回数時間とも厳しいものがあるけれど、パパとママの生活状況からは、今が限界という現実も。その厳しい現実の中で、それぞれが子供の成長のために、協力してくださっているのはよくわかります。そのパパとママの暖かい思いがしっかり伝わっているのか、子供さんも面会の時間をしっかり楽しんでくれています。両親の葛藤の間に立たされた子供はそれぞれの親を気遣うばかりに自分の時間として面会を楽しむことは難しくなります。それではせっかくの面会が子供の自我形成に役立たないということになりかねません。時間や回数も大切だけれど、それにとらわれすぎて双方の葛藤を高ずることは、面会に良い作用を及ぼしません。どちらの親も子供の幸せを願っていることには変わりないのだから、時間や回数という枠にこだわる前に、面会の質や密度を高めることで、より良い面会にすることも可能だし、そのことで相互信頼が少しずつ深まるのではないかとも思います。 面会が終わる頃には、子犬がじゃれ合うように体を使っての遊びとなりました。その中で心と体のフルコミュニケーションができてたようで、見てても微笑ましいものでした。パパとバイバイした後は気持ちよくママにお引き渡しをさせていただきました。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/22
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昨夜は恒例のグルメナイト、いつもより参加者が少なく、シェルターにいる母子や以前シェルターに居た母子が、和やかにおしゃべりしながらのスタートでした。 昨夜も50品くらいのメニューを用意してのスタンバイ。数日前から仕込みを始めていきますが、当日朝も買い出しからスタートです。この買い物も私には楽しみ・・・ 35センチほどのツバスが300円なので、迷わず買ってしまつたし、この赤い不思議な魚、名前も値札もないので手は出さなかったけれど、調べてみるとアカヤガラとかいう魚らしく高級魚だとか・・・買い物の後は、どんどん調理していきます。料理すること自体は私は苦にならないので、調理器具のキャパと時間などを組み合わせて、作業を進めますがこのあたりゲームというよりアートに近い感覚。 カナダ産の松茸500円が半額の投げ売りだったので、これまた迷わず買い込んで、松茸ごはんに。値段の割には十分なお味でした。結局、オープンから一時間過ぎたころ常連の方が来られて、笑いが溢れて賑やかになりました。アルコールが回る頃には女と男のおバカなおしゃべりになります。参加したのは大人八人、2歳にもならない子供からJKまでこども五人。よそのおじさんに抱っこしてもらってご機嫌な子もいれば、勝手にスマホをいじりながらも、大人たちのおバカなエロ談義にこっそり耳を傾ける女子高生。なんと猥雑な(笑)。教育環境としては最悪、と言われてしまいそうな状況のグルメナイト。DVやモラハラ、別居や離婚の当事者たちのあつまりなのに、問題が起こるでもなく、むしろ、女と男の本音が相互理解を深め、子供達は建前ではない、大人の人間関係を学んでいきます。昨夜も何回か聞いたのは、オイシイって幸せー♡という言葉。自分のために誰かが作ってくれるってのは、日々家族のために台所に立たざるをえない女性にとってみれば、とても嬉しいことらしい。私は自分で作るのは苦でもないし、むしろ楽しみだし、外で食べると金がかかったり、期待ほどうまくなかったりで、あまり楽しめませんから、人が作ってくれるのが嬉しい、という感覚にはなりません。むしろ、自分で作って自画自賛「おいしー、私って天才」と納得するおバカぶり。そんなこんなで、料理はたくさん作ってたくさんスタンバイしていますが、みなさんが食べるのはしれてます。かなりの量があまるわけですが、もちろん捨てることはありません。再加熱して保存したり、冷凍したりして、家人の今後の食材として利用させていただきまます。ほんと料理は楽しい、面白い・・さらに美味しくて幸せになれるし、みんなに喜んでもらえたら、さらにさらに幸せに成れる私です。下の写真は昨夜のグルナイではないけれど、数日前のシェルター定食。メニューはすべてグルナイの定番メニュー。天津飯、とりから、筑前煮、ポテサラ・・・など。 シェルター利用者の方にも美味しい食事で幸せを感じて欲しくて、飽きのこないようメニューが重ならないように考えます。ほんとおいしいって幸せですよねえ。この幸せを自分で作れない人って損してるよねえ、特に仕事しか出来ない男たち・・・、男たちも・・・レッツクック。人生を取り戻そ。ブログランキング参加しました。読んで良かったら、ぽちっしてね♫ にほんブログ村
2016/10/22
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そうそう、思い出した、先ほどアップしたブログに登場していただいたカップルの彼、彼とはほんと長い付き合いで、私が個人的なカウンセリングを始めた頃からの付き合いです。彼は、私のカウンセリングやグループワークに参加しながら、十年ほど昔に大阪府が行った検証的加害者プログラムにも参加されました。そのプログラムには彼以外にも私のクライアントが参加していたし、彼らは受講したあとのモヤモヤを、私に伝えてくださいました。そのプログラムのファシリテーターはフェミニストですし、私もよく知ってる方。なので、受講者のもやもやもよくわかります。プログラムは教育的で確かに指導は正しい内容です。懇切丁寧に認知の歪みを赤ペンで指摘することまでやってくださってました。これじゃあ加害者は傷つくし余計に防衛的になるか、あるいは権威に依存するようになるか、何れにしても脱暴力には逆効果ではないかと危惧してました。後日そのプログラムの結果発表のイベントが開催された時、私は参加できなかったけれど、参加された何人かの方の話では、有効性についての質問に対してははっきりした答えもなく、なんのための検証プログラムだったのか意味不明だった、とのこと。税金が使われてんのにね。それから十年?最近その大阪府も男性相談の窓口を開いたみたいだけれど、大阪市の相談があまり当事者性のない男性専門家を中心にやってるのと同じく、いいところフェミニストの意向を汲んだ男性相談員が男の悩みを聴くのかな。内閣府の流した男性相談マニュアルに沿って男の悩みを聴くとしたら、その効果もしれてるし。権力とアイディンティティーという男性問題を理解することなく、権力構造に依存する自分と向き合う体験も持たない人がいくら男の相談を受けてもねえ・・・妻に逃げられた、家族も仕事も失った、もう生きてられないよーという、加害者の思いに共感し、その彼がエンパワーメントされ、非暴力の人生を再構築するお手伝いなんて・・・できないよねぇー。権威や知識、資格や金に依存してるセンセが「男の人生、裸で大丈夫」なんて嘘くさくて言えないだろうしねぇ。いやはや、おバカなことを思い出しちまった。(笑)
2016/10/20
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多くの加害者、それが男であれ女であれ、その攻撃性が暴力となって相手を傷つけることになってしまいます。この攻撃性はあからさまなパワーコントロールだから、強者が弱者を支配し、コントロールしている状況と理解できます。ですから「暴力をなくすには加害者が自らの暴力について反省し、脱暴力へと変化することが求められますし、そのためには、自らの価値観や行動様式の問題点に気づき、それを改めるよう、加害者プログラムの受講を必要とする」というのが常識的な判断ですし、行政が指向するものもそんなものでしょう。けれど、この常識的な判断に基づくプログラムの脱暴力の根拠もその有効性も聞いたことも見たこともありません。アメリカでの研究によると有効性は高くない、という話は聞いたことがあるけれど日本での検証はありません。かなり昔、大阪や千葉での行政による試行的検証もあるようですが、あまりに実施被験者数が貧弱で検証に足りませんし、それでさえ有効性はほとんど示されていません。実はこの常識的な判断は、そもそも事実とはことなる単なる思い込みにすぎないし、そのプログラムでは有効性はない、というのが私の結論です。グループワークやカウンセリングで千人ほどの男女の話を聞いてきた私は、DVや虐待、モラハラなどの家族間の暴力やコントロールが、単純に強者の弱者に対する支配と理解するべきではないと考えています。加害行為を行った者を単純に加害者=強者とみていいのか、私はその見方は正しくないと考えています。どんな加害者といえどナイフを持って生まれてくるわけではありません。加害者が加害者になるに至るプロセスの中では往々にして被害体験を持っています。被害者としての傷つきが癒されないまま、加害者に同一化したり、不安を抑圧することで自我を防衛します。弱者である自己を受容することも不安や悲しみを語ることもできず、唯一怒りの感情に任せて相手を暴力的に支配することでしか自分を守ることができません。もちろん、この構造はDVやモラハラだけではなく、権力や経済力、知識や権威などすべてのコントロールパワーについても同様といえるでしょう。たまたま合法的なパワーコントロールで他者をコントロールできれば、暴力は不要です。しばしば家族は社会的な権威や権力でコントロールできないから暴力でしかコントロールできない、ということになります。先日も長い付き合いのカップルのお話を聞かせていただきました。15年近くの付き合いになります。当初は緊急避難的な対応とか、タイムアウトやらで、暴力の再発を防いでいましたし、それ以降は認知の修正やコミュニケーショントレーニングなどで葛藤の回避を目指していました。それはそれである程度機能していたといえるでしょう。15年間、夫も妻も、私を信頼してくれてたし、どちらもとても努力してくださいました。その努力には頭が下がります。けれど、人生のステージが大きく変わりだした最近、それぞれに抱えきれないほどのストレスが発生したことから、葛藤が夫婦間の問題を超えて、自己存在、いわゆる実存の問題に差し掛かりだしました。現象としては、夫婦間の言い争いや親子の不信感として現れましたが、問題の本質は、家族の意味、人生の目的、の喪失といえるかもしれません。私が比喩として問題提起したのは「全てを失って、お互いあまり人生も残されていないということが分かった時、自分がどんな気持ちになるか、相手に何を望むか」という命題です。人は自分を守る鎧や衣(権威、権力、経済力など)を失ったとき、それでもあるがままの自分を保てるか、自分を保つことができず、自我が崩壊したり何かに依存したりするか、自我の強さがわかります。生育の中でしっかり愛されたり、大切にされた人は自我が健やかに成長し、権威や権力、暴力などで自我を守らずとも、裸のままで自分を保てます。けれど、虐待を受けたり愛されたことのない人は、何かで自分を守っていないと、自分を保つことができません。それほどに弱い自我の持ち主と言えます。この自我の弱い男たち女たちが自分を守ろうと人を攻撃するのがDVや虐待でしょう。私はそんな加害者の被害者性にも寄り添うから、被害者としての痛みが終わり人格的な再成長をとげ、他者になんと言われようと他者をコントロールしなくても自分を守ることもできるし傷つくこともない、そんな人格に変容していきます。知識部分での学習による変化ではなく、愛されることによる無意識領域での変容で初めて根源的な脱暴力が可能となります。けれど、この理論によるプログラム(メンズプログラム)は加害者の中の被害者性を受け入れなくてはいけないから今の世間の常識とは相入れません。権威、権力で自分を支えている専門家には自己否定になるから、さらに抵抗するでしょう。さてさて、ではどうするか・・・結局、このメンズプログラムで回復した当事者が専門家として力をつけるってことしか方法がないってことかな。今の所。はあー。そうそう、先ほどのカップル、「今はこれまでの人生で最大のピンチだけれど、あるべき本当の自分に生まれ変わる、最高のチャンスだからうまく乗り越えて、さらに幸せになってくださいね」との言葉で見送らせていただきましたとさ。 最近は徒歩通勤、途中民家の生垣が甘く匂う金木犀 グルナイの仕込みのチキンカツ。大量に作ってフリージング 安物ショッピング依存の私が昨日も買ってしまったミニプランツ 見切り品バナナを買ったのでバナナ炊飯ケーキも作りました。ブログランキング参加してます。読んで良かったら、ぽちっしてね〜♫ にほんブログ村
2016/10/19
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少し前に五年ぶりの方とお話ししました。例のセクハラ騒動では私の無実を伝えるべく骨折ってくださった方。ほんとにあの時は多くのその方のような真実を知ってる方の支援を受けて、私は勇気と信念を持って、捏造された提訴に立ち向かうことができました。判決は司法の無能力、正義を失った裁判官の弱さを証明するものでしかありませんでしたが(笑)私はすけべで変態、結婚してるポリガミーと自称してるけれど、好みでもない女にセクハラするほど困ってもないし、人の嫌がることを無理強いする趣味もありません。五年前のその時もめんどくさい女ってやだねってその方と話してたのを思い出しながら語りあいました。そしてその方、五年前のあれ以来人生が大きく変わったようで、仕事も順調、人間関係も豊かになって、どんどん上昇機運にあるとか。けれど、家族のことで再度大きな問題が発生したけれど、それをどう考えたらいいか、私の助言を求めての来談でした。その家族問題は世間で言えばとても大きな問題で、法的な家族間闘争になりうる話。当然心情も大揺れになるだろうし、家庭が修羅場にもなりうるでしょう。私は善悪では語らないし、倫理・正義も語りません。家族がそれぞれ得たもの失ったもの、愛着や信頼、喜びや悲しみ、問題の所在、など俯瞰してみるお手伝いをさせていただきました。自分が何に依存し何に執着し何にとらわれているか、あるいは自分の真に望むものやそもそも自分とは何なのか、家族とは何なのか、などなどいろんな視点で考えることで、自分の問題と家族一人一人の問題を切り分けることも可能となります。さらに感情と思考、認知と情動など、自分の心や思考を解体しあらたな自己概念を再構築することも可能です。例えば、家族が憎いという感情と家族が愛おしいという矛盾した感情が同時にあるのは、私にとっては当然だしどちらも否定する必要もない。どちらかに基づいた行動を選ぶ必要もない。家族の反応は本人の言動の投影でもあるし、その家族の言動で刺激される本人の感情も本人の過去の体験の再演と言えなくもない。過去の事実も未来の出来事も、見える現実も真実も、シャボン玉の虹色が止まることなく移ろい変化するように、瞬間瞬間に変化していきます。けれどその中から、人は見たいことだけを見て、それが真実と思ってその世界を妄想していきます。その妄想が現実に投影されて、飛行機が飛んだりパソコンが動いたりもします。来談されるクライアントのほとんどは、近代の思考や価値観にとらわれて、自由な思考も多様な発想も難しく、困難や不安を抱え込んでしまっています。問題は状況にあると考えるより、状況の捉え方、いわゆる認知の有り様とか、過去の体験の意味づけにあったりするわけで、その問題を俯瞰するために、前近代の価値観やら、唯一絶対的な現実はありえないとする量子的な思考法を参考にする私。先日の方も、家族全員にとっての最善と、その方自身の行く末と、感情にとらわれない判断ができたようで、過去のネタを笑い話にしながら、笑い声と共に見送らせていただきましたとさ。そして昨日は、一昨日に準備したリンゴのコンポートとパイ生地で、アップルパイを焼きました。 それに昨日は、少々時間もあったから、ほんとに久々にクリームコロッケも作りました。 あさりのクリームコロッケ・・美味しかったよー。 ブログランキング参加してます。読んで良かったら、ぽちっしてね〜♫にほんブログ村
2016/10/18
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昨夜の雨も上がって今はいい天気。昨日のウォーキングが心地よい筋肉の疲労感を感じさせてくれてます。一週間ほど前からぐんと涼しくなったので、それまでの上下タオルケットだけというのをやめて、今は薄い敷布団と薄くて軽い羽毛ぶとんを使ってます。その心地よいこと。寝床が平というだけでありがたいと思うのに、暖かい柔らかいとなると、とてもとても幸せを感じてあっという間に寝付いてしまいます。睡眠だけではなくて、食事も大切だけれど私は食事をほとんど自分で作れるのでとても便利。美味しいものを食べるのに、コストや時間をかける必要はないですからね。買い物も楽しいし、クッキングも楽しい。食べてもらえるのも幸せ。私自身はもうさほど食べなくても満足。なんと便利な。それでいて病気もしないし、元気に遊べるしねー。ただ、こんな人生に出来たのは私の努力といより、偶然やらいろんな人に支えられたりしたから。子供の頃から、私が私であることにこだわり、自分なりに選択してきたその結果の今と言えなくもありません。努力も忍耐もできない、わがままで粗暴で、勉強のできなかった私の性格は今も変わらずにいます。ただ、粗暴ってところについては内実は同じでも表現が変わって温和になったかな。そんな私だから、結婚時に連れ合いを「養わない」と宣言したし、三十代半ばで完全にサラリーマンとして働くのをやめてやがてパート主夫になったりもしたし。以降ずっとやりたいことだけしてきました。だから、貯蓄もないし、年金も保険もありません。なのに不安もありません。結論を言うと、今を生きるスキルや知識やネットワークがあるから・・・ということでしょう。世間ではそれは社会に頼って生きていくのが常識。会社、年金、医療、貯蓄、健保、家族、そんなものに自分の命や将来を委ねています。少なくとも右肩上がりの社会ならそれもいいでしょう・・・けれどこの時代・・そんなものはいつ壊れてしまうかわかりません。自分の周囲にその崩壊の音が聞こえ出したら、怖いよねえ。だから、余計にそれらにしがみつく・・・悪循環でしょう。そんな私は、世間がどうあれ、困ることはほとんどないし、悩んだり不安に苛まれる、なんてこともありません。どんな今も、今を楽しめるしね。昨日のお買い物で、あれこれ安物買いしたのは 農家の自販機で買った1キロほどの冬瓜とかぼちゃ。百円と百五十円という破格の値段。 35センチほどの天然ツバスが300円さんまが70円なんてねー 時間もあったのでアップルパイ作りもかかりました。りんごのコンポートもつくってパイ生地も途中まで作りました。そういえば一昨日の夜は満月でしたね。とても月明かりがきれいで思わずパシャ。カメラで撮るとこんなあばたの月だけれど、私の裸眼でみると、バタ臭いあちらの女の顔に見える私は、やはり変態かなあ。 ブログランキング参加してます。読んで良かったら、ぽちっしてね〜♫にほんブログ村
2016/10/17
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今日は恒例の琵琶湖畔のウォーキング。春には長浜周辺を秋には湖西の志賀周辺を歩きます。以前は30キロコースを歩いてたけれど、最近は無理のないよう15キロほどのコースを選んでます。今日は13キロ、湖西線の近江舞子から志賀駅までの13キロをのんびり歩きます。休憩入れて三時間ほど。一緒にあるく連れ合いには丁度いい距離です。連れ合いは透析患者なのであまり負荷はかけられないけれど、一級障害者としてはとても元気で、月に一度はハイキングに出かけています。そんな連れ合いと一緒に歩くのは年に一度か二度のフォーキングの時だけ。連れ合いと旅行するとか、どこかに一緒に行くということもほとんどありません。だから一年分の一緒のお散歩をこのウォーキングで済ましてしまおうという、魂胆と言えなくもありません。私の暮らしは、サラリーマンと違って年中24時間仕事しているようなものだし、遊んでいるようなものとも言えます。その仕事は社会運動的な側面もあるし、対人支援でもあり、ある意味、私個人でリスクを引き受けている側面もあります。ですから、そんな私の活動に家族を巻き込みたくないという思いもあるし、家族を巻き込むことで縛られたくないという思いもあります。ですから、昔っから、活動の場に家族を同伴することはありません。子供が五、六歳のころには講座や講演に同伴したことはありますが。けれど、対幻想ばりばりの家族主義の運動家からは家族をないがしろにしてるとか、家族を支配して私だけ自由にしてるみたいに思われてたようです。どんな家族を作ろうとその人たちの自由だと思うけれど、私はお互いが縛り合わない、それぞれが家族に介入されないプライベートな世界を持ち、相互にそのプライバシーを尊重する、という決まりごとで家族を維持しています。ですから、家族の個人的なことを私の意志で勝手に書いたり載せたりすることもありません。とはいえ、連れ合いと一緒に歩いたことくらい、まあ、年に一度のことだからかいてもいっか、ということで書いてみました。去年は連れ合いのこと書いてたか、書いてなかったか・・忘れたけれど。(笑) 湖西線志賀駅からスタート 雄松崎湖畔 若いのはいいね、湖畔で戯れる若者たち お年寄りは足腰鍛えて 比良山系を右手に眺めつつ はるばる歩いて13キロ 近江舞子から和爾まで、湖畔のコースです。 ご褒美はおぜんざい。餅は連れ合いに・・ わにって読めないし、書けないよね。ブログランキング参加してます。読んで良かったら、ぽちっしてね〜♫にほんブログ村
2016/10/16
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昨夜は大阪での女と男の脱暴力トレーニングでした。前夜の男ワークと同じくインタビューゲームを。インタビューする内容は「好きな食べ物・嫌いな食べ物・好きな人・嫌いな人」でした。 これも話し出したら止まらないのは女も男も変わりません。けれど、それは好き嫌いで話すから、と言えなくもありません。善悪やら正論で語られると、対立やら不一致になって、話がトゲトゲしたりおもしろくなくなったりしやすいもの。その点好き嫌いだとみんな違ってもいいし、疎外や対立の原因にはなりにくいもの。で、みんなでシェアしてみて気づいたのは食べ物の好き嫌いと人の好き嫌いのイメージはリンクしてるということ。確かに、私は刺激物やら発酵したもの、過熟のフルーツが好きで、人間の好みもそれに近いです。なるほど。(笑)今日の午前中は疎水コースのランニング。前回よりも少し楽だけれど、遅いことには変わりません。無理せず、パシャパシャしながら、のんびりと14キロを走りました。季節はすっかり秋でした。 アカマンマだよ、きっと。 ホトトギスもりつぱに カラスウリかな 秋明菊 なんと、こんなとこにまでブログランキング参加してます。読んで良かったら、ぽちっしてね〜♫ にほんブログ村
2016/10/15
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