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クリント・イーストウッチ-

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2006.09.22
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テーマ: 子猫殺し(1)
カテゴリ: 仏の心

外国の言葉は、その多くが個人主義から生まれた所から、表現が簡単で明瞭である。

世界の言語の中でも日本語はかなり特殊であり、解らない(自分の言葉でない事を言葉にする)、判断しようのない事までも表現しようとする(他人の心を思い遣る)ため非常に難解な言語になってしまった。

私は最近、一世代位前の人達から私が良く使う一般的という言葉について批判を受ける事が度々である。

その人達は、一般的と漠然とした事について意味の無いものとして判断なさるらしくある特定の条件を指定しなければ話をしても始まらない(無意味なものである)と考えておられるらしい。

しかしながら、日本という国は伝統的に一点集中を嫌い、焦点を暈す(ぼかす)ようにして、個人批判を避け、遠まわしに対象になるものに自ら気付かせる手法を取って来たのである。

そこで、子猫殺し云々であるが、どちらにせよ、私は命を奪いました、その事を決して悪い事だとは思っていません。

現代のペットに関する状況を考えなければならないのです。

皆さんは、どう判断しますか・・・?

という問いかけは、挑発行動ではなく、明らかに罪の意識の薄い人間が懺悔の値打ちも無い告白をしているとしか判断できないのでは・・・と思う。

これを特定の問題について、現実を投げかけて討論するという事だとすれば、人を殺してさあこの事の問題点は何処にあるのかと問題提起するのと同じ事だとは思いませんか。

問題が起こりそうな状況を推察して、問題が起こる前にその芽を摘み取るために議論してこそ意味のある事で、たとえ不幸にも問題が起こったとしても、まだ救われるのではないだろうか・・・?

出る杭は打たれる。の諺がある通り、出すぎると大変な事になりますよ・・・。






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Last updated  2006.09.22 17:19:57
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