気の向くままに♪あきみさ日記

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2007.06.30
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カテゴリ: 風林火山おまけ
 白い草花が、一面に咲いている。
 あたりは薄暗く、靄が立ち込めて、己の足場も定かとは見えぬ。
 そんな仄白い闇のなかを数え切れぬほど、夕顔の花が蕭然と浮かんでいる。
(ここは…何処だ)
 歩もうとするが、ぬかるみにはまっているのか、足を持ち上げることができない。
(あれは───誰、だ…)
 娘がひとり、佇んでいる。遠目にもそれと分かるほど、腹を膨らませて。
 ゆっくりと振り向いた娘は、はじけるような笑みを浮かべた。
 不意に、人馬の気配がよぎる。ざわめき。いななき。風の音、矢が空を切る瞬間の───

 どうしたものか、先刻まであれほど動かなかった自分の体が、いつの間にか娘の真横に屈んでいる。
(…ミツ…)
 その名は、泥の底からぽっかり浮かび上がった泡沫のように、口の端からこぼれ落ちた。
 ミツがそろそろと、体を起こす。何かを抱えた両腕を、ゆっくりと伸ばしてくる。
───勘助…
 斬り裂かれたその腹から、朱に染まった両手に、血まみれの赤子を差し出して…
───勘助の、子ォずらよ…───

 声にならない叫びを発して、勘助は跳ね起きていた。
 荒い呼吸に、肩が大きく上下する。激しい動悸が胸を打つ。
(…夢、か…)
 何だ、あれは。…思い返すとあまりに生々しく、勘助は額を拭った。

 どういう意味だ、あれは───
 ふらつく体をどうにか起こし、這うようにして縁へ出る。
 外は薄暗く、東の方がぼんやり白みかけている。
 そのまま庭へ降り立ち、井戸へと歩んだ。膝が、己のものとは思えぬほど、震えている。
 汲み上げた水を、そのまま一気に頭からかぶせた。

 盛夏とはいえ、夜明け前の風は涼しい。濡れそぼった体はむしろ肌寒いほどで、井戸の縁に両手をついて体を支える。
(儂の、醜さか…)
───そちは、その己が強すぎるのじゃ。
 数日前、断罪されるが如くに受けた罵声が、脳裏に甦る。
 知らず左手があがり、さらけ出された見えぬ目に触れていた。あのとき、優美な形をした駿河国主・今川義元は、手にした扇子で眼帯を突付いたのだ。
───忠節を隠れ蓑にして、それを人に悟られまいとしておる。それを隠す小賢しさを身につけておる。
 醜い傷跡に覆われた、この見えぬ目こそが己の本性で、小細工でいくら隠そうとも隠しきれぬ、と…
 水の滴り落ちる頭を、勘助は激しく振った。
 儂は、間違ったことはしておらぬ。
 亡き諏訪頼重殿が今際の際に、卑しきこの手を握り締めて懇願された、そのことは我が胸ひとつにおさめておけばよいこと。冥府の頼重殿には、どれほど罵られても甘んじて受けよう。
 諏訪の領主には、甲斐のためにも、他ならぬ御屋形様と姫様の血を受け継ぐ四郎様こそふさわしい。
 誰がそれに異を唱えられる。板垣様も、諏訪満隣殿も賛成し、御屋形様がお決めになったこと…
───忠節を隠れ蓑にして。
 再び甦った言葉に、勘助は身震いした。
 それとも…これは、己の、欲なのか。大義を振りかざして、欲を隠しているだけなのか。
 我が命とも思う四郎様、そう思うこと自体が欲なのか。
 なぜこれほどまで心惹かれるのか、己にも分からぬ。分からぬが、愛しくてたまらぬ。赤子など、これまでただ煩い、足手まといとしか思えなかったものが。
 あの曇りのない眸がじっと己を見上げるとき、その蒼い瞳に吸い込まれそうな心持ちになる。
 あの白く、すべやかな頬に触れると、数々の悪しき所業に淀みきったはずの魂の奥底から、何かしら清しい思いがこみ上げてくるのを感じる。
 あの、己と同じ人のものとは思えぬほど小さく、やわらかな手が、己の服をつかみ、指先を握る、その弱々しくも確りとした力に、胸がうち震える。
 生まれてこの方、何の見返りも望まず、これほどまで慈しめる存在に出逢えたことはない。全身全霊をかけ、一命を賭しても守りたいと願う。
 それもみな、心より敬愛してやまぬ御屋形様と、誇り高き姫様の和子様なればこそ。
 ああだが、もし…もしも我が子がこの世に無事生れ落ちていたならば、同じ思いを抱いたのであろうか───
 頭をかすめたそんな疑念に、勘助は慄然とした。
 もしや儂は───生まれることあたわなんだ儂の子を、四郎様のなかに求めているのか…
 そんな莫迦な。さような恐れ多い存念など抱くはずが、それこそ己が欲ではないか…
(人を信用できぬ者は、己の欲にしがみつくものじゃ)
 不意に思い出す。はるか昔、家督を継ぐ前の北条氏康が、さびれた漁師小屋で語ったことがあった。
(怨みもまた、人の欲に過ぎぬ。欲にしがみつく者、また平然と人に媚びへつらう)
 まるで忘れていた。そんな風に諭された昔など。
 欲の姿こそ違えども、儂は怨みに憑かれていた浪人の頃と、何も変わっていないというのか。
───…それが、そちの醜さじゃ。
「違う…!」
 唇を震わせて、勘助は叫んでいた。
 仮に己の欲であったとしても、御屋形様のお決めなされたことだ。甲斐の、武田家のために、相違ないのだ。
「儂は、間違ったことはしておらぬ…」
 己に言い聞かせるようにつぶやき、勘助は拳を握り締めた。

 その日躑躅ケ崎館へ伺候し、事の次第を報告し終えた勘助は、庭から聞こえた気合の声にふと惹かれ、足を向けた。
 声はまだ幼い。果たして、晴信の長子である太郎が、庭の一角で傳役の飯富から剣術の指南を受けていた。
 何故かは分からぬ。気付くと、物陰に身を隠していた。
 太郎をながめる己の視線が、知らず険しくなる。
 一心に剣を習う武田家お世継ぎの逞しくも微笑ましい姿に、妙にささくれ立つ心持ちになるのは何故なのか…
「…勘助」
 あまりに凝視しすぎたか、飯富に見咎められてしまった。
 警戒と疑惑の面持ちで、寅王丸が件を問い質す飯富から、逃れようと立ち去りかけたとき。
「───お待ちなさい」
 冷ややかな、凛とした鋭い声が降ってきた。
 勘助は、この正室が苦手であった。
 三条の方の全身から、勘助を拒絶する気が発せられている。
 側室に近い者を好かぬという理由の以前から、三条が向けてくるまなざしは蛇蝎を見るが如くであった。
 三条を見る度、ざらざらした苦い思いが胸に湧く。
 義母のようだ、と…
 自分とその実子の幸せを、勘助が土足で踏みにじり、壊そうとしていると言わんばかりの、冷淡かつ嫌悪のまなざし。
 今もまた、その場に控える勘助を見下すように睨めつけて、三条は念押しした。
「忘れてはならぬ。武田家の嫡男は太郎じゃ。四郎も寅王丸も、いずれ太郎を支えねばならぬ大事な身じゃ」
 分かりきった話である。当然のこと…
 ちらりと太郎をうかがい見た勘助は、その瞬間、胸に湧いた黒い思念に、我知らずハッとした。
 だがそれを表情には出さず、
「心得ておりまする」
 平然と答えた。
「そんならもうよい。下がれ」
 三条の声音は最後まで厳しく、張り詰めて、蔑むような響きで胸を刺す。
 三条には見えるのであろう、この己の醜さが、いかに隠そうとも隠しきれぬ醜い心が…
 遣り切れぬ思いを抱えて、勘助は館を後にした。

CONTINUED

◇続き





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Last updated  2007.07.03 21:00:57
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