気の向くままに♪あきみさ日記

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2007.06.30
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カテゴリ: 風林火山おまけ
 「───勘助。勘助ではないか」
 照りつける陽射しのなかを、黙然と重い足をひきずっていた勘助は、呼びかけにふと我に返った。
「…真田様」
 供の者を連れた真田幸隆が、馬上から勘助を見下ろしている。
「いかがした、ぼうっとして。駿河へ参ったと聞いておったが」
「真田様こそ、いつ古府へお戻りに」
「うむ。この近くに屋敷を与えられたでな。古府に馴染むまでしばらく滞在せよとの仰せじゃ。要は監視であろうがの」
 真田は磊落に笑い、勘助を誘った。
「いかがじゃ。今宵、我が屋敷へ参らぬか」

「急ぐのか。また諏訪へ参るのか」
 そうだ。諏訪へ───姫様と四郎様のお傍へ、早く戻らねば。
 真田の言葉に、いてもたってもいられない思いが突き上げる。
 そんな勘助を、しばし真田はじっと見、そして言った。
「よし。ならば、今付き合え」
「…は?」
「甲斐見物じゃ。案内せよ」
 従者の馬を勘助に渡させると、返事も待たず真田は手綱をぴしりと打つ。否応もなく、慌てて勘助は馬にまたがり、その後を追った。

 川除普請を見たいとの真田の要望に、勘助は御勅使川の土堤まで馬を疾走させた。
「洪水を避けるため、川の流れを変えたというのはまことか」
 川面から吹く風が、汗ばむ膚に心地よい。流れのゆるやかな淀みに浮かんでは消える泡沫を見遣りながら、勘助は答えた。

「さようであろうな。十年、二十年とかけて行う大工事であろう。自然を相手にかようなことを考えられるとは、まこと恐ろしき御方じゃ」
 川向こうをながめる真田の横顔を、勘助はちらりと窺った。
 夏草が一面に茂った河原は広く、他に人の姿とてない。
「まこと、御屋形様は素晴らしき御大将じゃ」
「……」

 地方の一豪族に過ぎぬとはいえ、領主であった真田には、また違う見方があるのだろう。そう感心した勘助は、続く言葉に不審な目を向けた。
「そちは何故、御屋形様のお傍におらぬ。とっくに傷も癒えたであろう。何故未だ諏訪から戻らぬ」
「…御屋形様のご命令故」
 真田は何を言いたいのか。訝しげに見つめる勘助だったが、真田のまなざしがまっすぐ己にあてられると、どことなく後ろめたい心持ちに顔をそらした。
「…儂はな。人の心もこの川と同じと思うておる」
「……」
「吐き出さねば、堰き止められた思いが、いつか氾濫を起こす。ひとたび荒れ狂えば、誰も止める術を持たぬ」
「……」
「儂は新参者じゃ。新参者故、見えることもある。儂のような者の耳にさえ、いろいろ入ってくることもある。…そちは、御屋形様の、さような語り相手になっていたのではないのか」
 思わず目を向けた勘助に微笑で応えると、真田はゆっくりと川に向き直った。
 穏やかな清流のせせらぎの、絶え間ない響きのなか、真田の低い声が勘助の耳をうつ。
「御屋形様がそちを遠ざけておるように見えるのが、儂の杞憂に過ぎねばよいがの」
───その方が、由布も喜ぼう…
 和子様に逢える喜びに気にもとめずにいたが、思い返してみれば、諏訪行きを命じた晴信の表情は不可解であった。
「遠ざけられてなど…。此度駿河へ参ったのも、御屋形様のご意向なれば」
「そちもじゃ」
「…は?」
「何か、堰きかねるものを抱えておるように見受けたが、いかがじゃ」
 射抜くようなまなざしが、一瞬勘助を捉え、ふいと離れた。
「抱え込めば、澱となって淀む。それが積もれば毒ともなろう。毒が氾濫すれば、己だけではない、周りすべてを巻き込もう」
「……」
「…儂は、聞くぞ」
 清濁併せ呑む笑みが、その口許にのぼるのを、勘助はじっと見つめた。
「そちのためには何も動かぬ。だが、いかなることでも、ただ聞こう」
「……」
「聞いた端から忘れてやる。だから、安心して何なりと申せ。…氾濫する前に、な」
 真田の心遣いが、涼やかな風のように、胸に流れ込んでくる。
 このまま、聞き上手の真田に、問わず語りに何もかもぶちまけてしまいたい。己の醜い欲望を、知らず湧き起こっていた黒い夢を。そんな衝動がある。
 しかしそうはせず、ただ不意に目頭が熱くなる心地に、勘助は背を向け、空を仰いだ。そして、
「…かたじけない」
 ぽつりと、それだけつぶやいた。
 真田は、それ以上何も言わなかった。二人の男はただ、それぞれの思いを胸に、黙然と佇んでいた。

 諏訪へ戻った勘助は、半月ぶりに四郎をその腕に抱きかかえた。
 赤子の成長は著しい。たった半月の間に、四郎の瞳には感情や意思がきらめき、勘助を魅了した。
「ほんに勘助殿は、じいやのようでございまするな」
 侍女のからかい口調も気にならぬ。その穢れなき双眸、奇異や警戒、嫌悪、侮蔑、己に向けられたさまざまな負の視線の対極にある、ただ純心な瞳の光に、己の邪念すら浄化される心持ちがする。
 救われようなどとは思わぬ。ただ、既に初老にさしかかった己が身を思うとき、これから衰えゆく己のすべてを、この伸びゆく新芽のような和子様へ注ぎたいのだ。それが己がさだめと思えてならぬ。
 姫様の命を救い、御屋形様の側室と為したのも、ただこのためではなかったか───

 …辺り一面、白い靄が漂っている。
 あまりの静寂に、己の足元すらおぼつかない。
(ああ、また夢か───)
 前にも、同じような夢を見た。どんな夢だったか。何か懐かしいような、恐ろしいような…
 不意に、人馬のざわめきが、陣太鼓の轟きが、波のうねりのように押し寄せてきた。
 忘れていた。そうだ、今は合戦の最中なのだ。剣戟の斬りつけあう音が、馬のいななきが、ここかしこに近く遠く響き渡る。
 ふと、靄の向こうに、黒い人影が見えた。
 武者姿のその人影に、例えようもなく惹かれるものがある。
(御屋形様…)
 背格好も、威厳を湛えた立ち姿も、御屋形様によく似て。
(…いや、違う)
 兜の陰に、顔貌はしかとは見えぬ。だが───
───四郎様…!
 それは確かに、長じて家督を継いだ四郎の姿に相違なかった。
 勘助の叫びに、若武者は、ゆっくりと顔をあげた…
 その瞬間。
 肩の肉が、弾けた。
 続いて腕が、腿が。
 黒光りする、あの種子島の凶悪な銃身が数え切れぬほど、若武者へ狙いを定めている。
 その前に立ちふさがる勘助の四肢を、小指の先にも満たない鉛の弾が、次々と抉る。
 衝撃に倒れまいと足を踏ん張り、しかし不思議と痛みは感じなかった。
(…お守りいたしまする)
 肉が爆ぜ、血飛沫がほとばしる。
(それがしが、お守りいたしまする───)
 四郎が、晴信に似たその引き締まった口許が、かすかに笑んだのを、見た気がした。
 何かしら恍惚とした心地のなかで、勘助はまぎれもなく、その日を夢見ている己を感じていた。

END

◇あとがき





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Last updated  2007.07.03 21:01:57
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