人の感情に沿うときと同じだと気づいてしまったので、書き忘れました。

動機の中には思い煩いも入ります。
罪を告白することでもっとシンプルになります。
門を叩いているより扉を叩きなさいということなんしょうか。この一週間で再認識しました。
感謝です。 (2007.08.31 09:05:18)

東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2007.08.31
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「山上の説教(5)」

                   マタイの福音書、7章1~12節

 イエスは、6章の「敬虔な行為」と「地上の生活」では、「内側
の心における動機」について教えられました。7章の前半には、人
との関係(さばき)と神との関係(祈り)という「二つの関係」に
ついて記されています。

 イエスは、この「二つの関係」において、「内側の心における在
り方」について述べておられます。それは、何をなすべきかという
行為は、どうあるべきかという在り方によって決まるということを
教えるためです。

一、人との関係(1~6、12節)

 「さばき」という言葉の意味は、「善悪を判断すること」です。
ほかの動物と違い、道徳観念と良心を持っている人間は、善悪の判
断をせずに生きていくことはできません。

 イエスは、「うわべによって人をさばかないで、正しいさばきを
しなさい」と言われたことがあります(ヨハネ7章24節)。この御
言葉を考え合わせると、「さばいてはいけません」(1節)という
言葉は、「不当なさばきをしてはいけません」という意味です。そ
れは言い換えれば、「正当なさばきをしなさい」という当然の真理
を教えています。

 人間関係は、互いに不当なさばきをするためにむずかしくなるの
です。それでは不当なさばきとは、どのようなものでしょうか。

 1.動機をさばくこと(A・B・シンプソン)――私たちは、人の
言葉や行動となって外側に表れていない動機や、「心の中のはかり
ごと」などの「隠れた事」について、勝手な詮索や臆測また想像を
してさばいてはなりません(第一コリント4章5節)。
(A・B・シンプソン著「マタイ伝のキリスト」75頁、いのちのこ
とば社、1958年)。

 2.証拠がないのにさばくこと――私たちは、人の言葉や行動と
なって外側に表れたものについても、直接相手の言い分や弁明を聞
いて、確かな証拠がなければさばいてはなりません(ヨハネ7章51
節、使徒25章16節)。

 3.資格がないのにさばくこと――証拠のある罪の事実でも私た
ちがそれよりも大きな罪を犯していて、その人を責める資格がなけ
ればさばいてはなりません(3~5節)。 

 そしてイエスは、私たちが人の動機をさばいたり、また証拠がな
いのにさばいたり、あるいは資格がないのにさばいたりして、人を
不当にさばくなら、私たちも人から不当にさばかれることを警告さ
れました(2節)。

 しかし人は、不当なさばきを禁じられると、正当なさばきをも恐
れて、誤った愛や同情や寛大さを持つことがあります。それでイエ
スは、聖なるものを犬に与えてはならず、豚の前に真珠を投げては
ならないと言われました(6節)。これは、聖くて尊い神の教えや
真理を故意に神にそむいて罪から離れようとしない人に与えてはな
らないという意味です。

二、神との関係(7~11節)

 私たちは、必要なすべてのもののために祈るだけでなく、人との
関係を正しくするためにも、神に祈り求めなければなりません。

 1.求めなさい――これは、祈りの第一段階で自らの願いを告白
し、要求することです。
 2.捜しなさい――これは、祈りの第二段階で口で要求するだけ
でなく、全力を尽くして熱心に探求することです。
 3.たたきなさい――これは、祈りの第三段階で、探求するだけ
でなく、手答えがあるまで執拗に追求することです。

 聖書は「願っても受けられないのは……悪い動機で願うからです」
と教えています(ヤコブ4章3節)。しかし「目が健全」で動機が
純粋なら(6章22節)、「求める者は受け、捜す者は見つけ出し、
たたく者には開かれ」、必要なすべてのものは、祈りの答えとして
与えられるのです(8節)。

拙著「キリストの生涯の学び」50「山上の説教(5)」より転載





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Last updated  2007.08.31 06:56:55
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Re:説教要約 313(08/31)  
おはようございます。
私たちが神様から離れているとき、人間関係が難しくなるときがあります。微妙な距離感が関係してくるのでしょうか。

祈りは、その願いをシンプルにすればするほど、
聞き届けらます。うまくいえないですね 笑
私の言葉で言わせていただくと
ミジンコでも自分の利益(悪い動機)がそこ(魂・心)に入っていると言葉でどんなにキレイでも見透かされ、ただのうわ言になってしまいます。
これは、人の感情に沿うときと同じですね。 (2007.08.31 08:20:36)

追伸  

シオン☆けいさん  
昭島フリー  さん
書き込みをしてくださり、ありがとうございます。ブログを通して、ともに聖書と救いについて学び、信仰に励むことができることをほんとうに感謝しています。シオン☆けいさんの上に主の豊かな祝福がありますように心からお祈りいたします。 (2007.08.31 10:40:01)

祈りは深いですね。  
A・B・シンプソン先生の「マタイ伝のキリスト」が、出ていたんですね。そうか、1958年の刊行か?先生の学びの姿勢には教えられます。
(2007.09.01 07:34:27)

パスターハリーさん  
昭島フリー  さん
書き込みをしてくださり、ありがとうございます。先生のブログを毎日、読ませて頂いております。8月は、九州縦断のキャラバンの伝道奉仕に行かれ、特に今年は猛暑の夏でしたが、すばらしい奉仕をされたことを読みました。主が先生のお働きを豊かに祝福してくださいますように心からお祈りいたします。 (2007.09.01 23:25:21)

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