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「マタイ」
ルカの福音書、5章27~32節
取税人のマタイは、収税所にすわっていた時はレビと呼ばれてい
ますが(27節、マルコ2章14節)、十二使徒の名簿ではマタイと記
されています(6章15節、マルコ3章18節)。おそらく初めの名は
レビで、弟子になってからマタイ(神の賜物)という名が与えられ
たのでしょう。
一、イエスの弟子として召され、何もかも捨ててイエスに従
ったマタイ(27、28節)
レビの職業は取税人です。取税人は、ローマ帝国に納める税金を
ユダヤ人から取り立てる人で、売国奴とののしられ、税金を必要以
上に徴収して私腹を肥やしている守銭奴でした。それで彼らは、遊
女や犯罪者とともに罪人呼ばわりされ、神殿で礼拝することもはば
まれ、社会からのけ者にされて、一般の民衆と交際することも許さ
れていませんでした。取税人レビは、金持ちでしたが、心はすさむ
いっぽうだったにちがいありません。
レビは、キリストと呼ばれるメシヤのうわさを聞いていましたが、
自分のような罪人は相手にしてくれないと思っていたことでしょう。
ところがイエスは、このような取税人レビのところに来られただけ
でなく、目を留めて、「わたしについて来なさい」と言われました
(27節)。レビは、息も止まるばかりに驚き、狂喜したのではない
でしょうか。少しのためらいもなく、「何もかも捨て、立ち上がっ
てイエスに従った」のです(28節)。
二、取税人の仲間たちを集めて、イエスのために大ぶるまい
をしたマタイ(29~32節)
そこでレビは、取税人たちや大ぜいの罪人どもを集めて、「自分
の家でイエスのために大ぶるまいをし」ました(29節)。それは、
自分のような取税人を弟子として召してくださったイエスへの感謝
を表すためであり、また今までの罪深い生活との訣別を示すためで
あり、そしてイエスの弟子になったということを彼らにあかしする
ためでした。
ところがパリサイ人たちは、イエスの弟子たちが取税人や罪人ど
もといっしょに飲み食いするのを見て、彼らを非難しました(30節)。
神の前にも人の前にも称賛に値するマタイの行為も、パリサイ人た
ちにとっては批判の対象でしかありませんでした(30節)。
そこでイエスは、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病
人です」という当時のことわざを引用し(31節)、「救い主を必要
とするのは正しい人ではなく、罪人です」という真理を示して、ご
自分の弁明をするとともに弟子たちを弁護されました。レビは、こ
のイエスのことばを聞くと、からだの震えるような感動を覚えたの
ではないでしょうか。
三、十二使徒のひとりに選ばれ、ほかの使徒たちと行動をと
もにしたマタイ(6章15節)
それからイエスは「弟子たちを呼び寄せ、その中から」(6章13
節)、「ご自身のお望みになる者たち」(マルコ3章13節)、「十
二人を選び、彼らに使徒という名をつけられ」ました(6章13節)。
イエスが十二人の名を呼ばれた時、マタイもその中に加えられてい
ました。マタイは、思わず耳を疑ったことでしょう。しかしそれは
紛れもない事実でした。イエスの弟子として召されただけでなく、
十二使徒のひとりに選ばれたので、感激で胸がいっぱいになったに
ちがいありません。ますますイエスに従う決意をかためたことでし
ょう。
その後、マタイは、五旬節の日に聖霊に満たされ、ほかの使徒た
ちと行動をともにしています(使徒1章13節、2章1~4節、6章
2節、8章1節)。しかし新約聖書は、その後のマタイの言動につ
いては何も記していません。ただ私たちは、マタイがユダヤ人を対
象にして「王であるキリスト」を描いた「マタイの福音書」--王
の系図をダビデそしてアブラハムまでさかのぼるキリストの系図で
始まり、山上の説教をはじめ数々のすぐれた説教を載せ、新約聖書
の冒頭にふさわしいキリストの生涯--を書き記したことを知って
います。
マタイは、伝説によれば、ユダヤで伝道した後、エチオピヤ、マ
ケドニヤ、シリヤ、ペルシャに福音を伝え、火刑と石責めによって
殉教したと言われています。
拙著「使徒ヨハネの生涯」25「マタイ」より転載
