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「神の思いと人の思い(2)」
甲斐慎一郎
イザヤ書、55章8、9節
「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、
あなたがたの道と異なるからだ。--主の御告げ--天が地よりも
高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの
思いは、あなたがたの思いよりも高い」(8、9節)。
次に神の思いは人の思いよりも遥かに大きいということについて
学んでみましょう。
一、三種類の相違について
なぜ神の思いは、人の思いよりも遥かに大きいのでしょうか。そ
れは、神ご自身が人よりも比べものにならないほど大きな方だから
です。
1.時間的なスケールの大きさ--永遠
科学者が用いる時間の単位は、どんなに長くても何十億年、また
は何百億年です。しかし「とこしえからとこしえまで、あなたは神
です」(詩篇九〇篇2節)とあるように神は初めもなく終わりもな
い永遠の方です。
2.空間的なスケールの大きさ--無限
私たちの知る限りにおいて最も大きなものは、果てしもなく広が
る大宇宙です。しかし「天も、天の天も、あなたをお入れすること
はできません」(第一列王8章27節)とあるように神は大宇宙より
もさらに大きな方です。
3.本質的なスケールの大きさ--無限
このように神は、空間的には無限、時間的には永遠であるだけで
なく、知識においては全知、能力においては全能であり、聖さ、愛、
正しさ、憐れみ、真実さなど、その性質や属性のすべてにおいて無
限の方です。
二、人の思いについて
文字通り「ちりにすぎない」(詩篇103篇14節)人間が、大宇
宙よりも大きな神をとらえようとするなら、次のようなことになる
のではないでしょうか。
1.一部分を見て、それを全体であると思い込んでしまう
これは、最も浅はかな考えであり、多くの人たちが陥っている誤
りです。
2.一部分を見て、それをそのまま拡大したものが全体であ
ると想像してしまう
これは、「針の穴から天上のぞく(狭い見聞で、大きな問題を判
断することのたとえ)」という諺のように、往々にして間違いのも
とになることが多いものです。
3.全く分からなくなってしまう
これは、「燕雀(えんじゃく)安んぞ(いずくんぞ)鴻鵠(こう
こく)の志(こころざし)を知らんや(つばめやすずめのような小
さな鳥には、おおとりやくぐいのような大きな鳥の志すところはわ
からないように、小人物は大人物の心を知ることができないという
たとえ)」ということばのように、小さな人間の心で、無限に大き
な神のみこころを知ることは到底不可能です。
三、神の思いについて
それでは、人が神を知ることは永久にできないことなのでしょう
か。決してそのようなことはありません。まず神が私たちにご自身
を示してくださる--すなわち啓示してくださる--なら、私たち
は神を知ることができるのであり、その神の啓示が記されている書
物こそ聖書です。
ヨブは、言語に絶する苦しみを受けましたが、ヨブ記の42章に
は、四つの幸いな結果が記されています(5、6、10節)。
▽神を目で見る(5節)--より深い神経験
▽全く悔い改める(6節)--より深い謙遜
▽友のために祈る(10節)--より大きな愛
▽二倍に祝される(10節)--より高い恵み
そのためには次の三つのことが必要です。
1.神の啓示を信じ、受け入れる
2.へりくだって罪を悔い改める
3.神に祈り、信仰によって歩む
聖書は、「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近
づいてくださいます」と教えています(ヤコブ4章4節)。私たち
は、神の啓示を信じ、へりくだって罪を悔い改め、祈りと信仰によ
って神に近づくなら、神も私たちに近づいてくださり、いよいよ深
く神を知ることができるのです。
甲斐慎一郎の著書→ 説教集