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「救いの達成に努めなさい」
甲斐慎一郎
ピリピ人への手紙、2章12~16節
「恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。神は、みここ
ろのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせ
てくださるのです」(12、13節)。
真の救いには、常に「恐れおののいて自分の救いの達成に努める」
という人のなすべき分と、「神は、みこころのままに、あなたがた
のうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる」という神の
なさる分との両面があります。
しかし聖書が初めから終わりまで私たちに勧めていることは「怠
ることなく常に目を覚まして励み」、しかも「思い煩うことなく重
荷を主に委ねて安息する」ことです。
この「励みつつ安息する」または「安息しつつ励む」ということ
を可能にする秘訣は、人のなすべき分と神のなさる分とをきちんと
わきまえて、前者にのみ心を配り、後者は神に任せることです。し
かしこれを反対にするなら、思い煩って焦り、心の安息と気力を失
い、怠慢になるのです。
一、神の前になすべきこと
神の前において人間のなすべき分は何でしょうか。このように言
われると人はすぐ「あれもしなければ、これもしなければ、あれも
していない、これもしていない」と考えてしまいます。しかし神の
前において私たちの果たすべきことは決して多くありません。
聖書全体から学んでみると、第一は、神のことばによって示され
た罪を悔い改めて神に立ち返る「悔い改め」です。第二は、神のこ
とばを信じて立ち上がる「信仰」です。第三は、神のことばに従う
「服従」です。第四は、神のことばに従って神にすべてをささげ、
お任せする「献身」です。ほかのことはみな、この四つのことにつ
いてくるものであり、私たちがこの四つのことをする時、神は私た
ちにほかのことをも行わせてくださるのです。
ですから私たちは、この四つのことを果たすことを忘れて、「あ
れもできていない、これもできていない」と言って、嘆いたり思い
煩ったりしてはなりません。この四つのことを果たし、後のことは
神に任せて、神が行わせてくださることをしていればよいのです。
二、自分のなすべきこと
人間は、たとえどんなに良いことをしようとも、反対にどんなに
悪いことをしようとも、神の前に出られるのは、キリストの十字架
のゆえに先の四つの条件を果たす時だけです。これ以外に人間は神
の前に立つことはできません。しかし「それでは、さんざん悪いこ
とをして、最後に悔い改めればよいだろう」というのは、その動機
と方法において間違っていることは明らかです。
それで自分自身に対して心がけなければならない最も大切なこと
は、動機の純粋さと方法や手段の正しさです。これこそ人のなすべ
きことであり、結果は神がよいようにしてくださるのです。
結果は神のなさる分であり(箴言16章33節、21章31節)、人
の力ではどうすることもできないことですから、私たちとしては、
純粋な動機と正しい方法で物事を行い、結果は神に任せることが必
要です。しかし良い結果のみを夢みて、動機の純粋さも方法の正し
さも心がけなければ、結果が良くても悪くても、それは私たちをつ
まずかせ、神のみこころをそこなうことになるのです。
三、ほかの人になすべきこと
私たちは、人に対しても純粋な愛の動機と正しい方法(忍耐と謙
遜と知恵)をもって接することが人のなすべき分です。その結果、
ほかの人々がどのような態度をとろうが、私たちは、思い煩うこと
なく、神に委ねて、心を安んじていればよいのです。そして純粋な
動機と正しい方法で物事を行う秘訣は、先の四つの条件を果たすこ
とです。
このようにする時、「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行
い......非難されるところのない純真な者......傷のない神の子どもと
なり......彼らの間で世の光として輝く」ことができるのです(14~
16節)。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集