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「旧約聖書にみる降誕の意義」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2012年7月23日放映「キリスト教の神髄」
http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=57447&dreamon=Y
「旧約聖書にみる降誕の意義」
甲斐慎一郎
創世記、3章1~24節
今年も12月を迎え、2日より救い主の降誕を待ち望む待降節
(アドベント)にはいりました。そこでクリスマスの意義について
創世記の3章、そして旧約聖書全体から学んでみましょう。
一、罪の悲惨さ--救い主の必要性について(16~19節)
この創世記の3章16~19節には、堕落した人類の始祖に対して神
が苦しみと呪いを宣告されたことが記されています。ここで注意す
べきことは、この人類が受けた苦しみと呪いは、罪に対する刑罰と
して与えられたということです。
私たちが旧約聖書を読んでいくと、そこに余りにも多くの、しか
も目を覆いたくなるような赤裸々な罪の行為が書かれているのに驚
くことでしょう。殺人をはじめ、姦淫や盗み、放縦や残虐な行為が
次から次へと記され、旧約聖書の至る所に神への背信と不信仰と反
逆の行為が満ちているのです。
旧約聖書にこのように多くの罪が記されているのは、私たちに罪
を犯すことを奨励するためではありません。それは、この創世記3
章にある人類の堕落によって罪が全人類に及んだだけでなく、その
罪がどんなに恐ろしいものであり、どんなに残酷なものであるかと
いうことを、いやと言うほど教えて、人類には、どうしてもこの罪
からの救い主が必要であることを私たちに痛感させるためです。
二、救い主の予表--救い主のひな型について(21節)
「神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼ら
に着せてくださ」いましたが(21節)、この皮の衣は動物を犠牲に
してできたものであることは言うまでもありません。彼らの罪のた
めに動物が殺されて「いけにえ」とされたのです。
私たちが旧約聖書を読んでいくと、そこに目を通すのも繁雑なく
らいに詳しく牛や羊を殺して「いけにえ」にする宗教的な儀式が書
かれているのに気づくでしょう。
旧約聖書にこのように詳しく牛や羊を「いけにえ」とする宗教的
な儀式が記されているのは、野蛮で原始的な宗教を教えるためでは
ありません。それは、神は聖なる方ですから、罪は必ず罰せられな
ければならないこと、また「血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦
し」(ヘブル9章22節)も救いもないこと、そしてこれらの牛や羊
は、「模型」に過ぎず、本物の「いけにえ」はキリストであること
を教えるためです。
神は私たちに罪を示して救い主の必要性を自覚させるだけでなく、
いけにえの儀式を通して救い主のひな型を示し、罪から救われるた
めの道を予め教えておられるのです。
三、神の約束--救い主に関する預言について(15節)
「彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつ
く」(15節)という言葉は、原福音と呼ばれ、キリストは十字架の
苦難を受けるが、悪魔を完全に滅ぼすということを教えている救い
主に関する最初の約束であり預言です。
私たちが旧約聖書を読んでいくと、そこにキリストの誕生をはじ
め、その生涯から十字架の死と復活、また再臨(キリストが世の終
わりに再び来られること)に至るまで詳細に預言されているのに気
づくでしょう。
旧約聖書にこのように多くの預言が記されているのは、人々の興
味や好奇心を満足させるためではありません。それは、神は私たち
に罪を示して救い主の必要性を自覚させ、またいけにえの儀式を通
して救い主のひな型を示すだけでなく、具体的に必ず約束通りに救
い主を遣わしてくださるということを知らせるためです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集